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21、お兄様、決着をつけてまいります!

※流血表現あります。


 ドサリ、と音をたてて倒れる女を、冷たい目が見下ろした。

 なんとも無防備な女だ。剣の天才・アーサーの妹でありながら、なんの警戒もなく、人目のない場所で異性と二人きりになれるその神経。それはそれは、蝶よ花よと大事に育てられて守られてきたのだろう。

 ()()は、アーサーにとって毒だ。アーサーのために、排除しなければならない。


 男はアリスを乱雑に担ぎ上げ、迷いのない足取りで進んでいく。

 歩く振動にあわせて、真っ白なドレスの布がゆらりゆらりと視界の端で揺れるのが煩わしい。こんな贅沢で綺麗なものに身を包んで。

 だがそれも今だけだ。すぐに、元のかたちも分からないほど、ボロボロになるだろう。その事実が、男の苛立ちを僅かに抑えた。


 向かう先には、小さな建物がある。貴族らの暗黙の了解で、夜会で燃え上がった男女のひとときの逢瀬を交わす場所になっている。

 まだ夜会は始まったばかりで、この時間に小屋を使う者はいない。


 中に入ると、薄暗い部屋の中央に人型の塊が見えた。五人の屈強な兵士たちだった。彼らは、誰かが部屋に入ってきた気配を察知し、ぎょろりと顔を向ける。

 そして、女が抱えられているのを見ると、途端に下卑た笑みを浮かべた。


 男は何も言わず、兵士の前にアリスを投げ下ろした。

 

「殺さなければ、その女は好きにしていい。辱めて、絶望させて、二度と社交界にも出られないようにしてやれ」


 男のその言葉に兵士たちは頷き、床に倒れて気を失っているアリスを取り囲んだ。

 美しい髪が汚らしい床に散らばり、白い腕が投げ出されている。その背徳的な姿が、彼らの加虐心を煽る。


 命令ではなく自ら進んで手を伸ばす兵士に、男はにやりと唇の端を持ち上げた。


「剣の天才アーサーの妹でありながら、剣のケの字も知らぬような愚か者は、ここで消えればいい」


 いい気味だ。

 パーティー会場ではそろそろアリスがいない事に気付き始める人間もいるかもしれないが、もう遅い。

 アリスが見知らぬ男と二人で抜け出したのを見た、と噂で流すように手配はしている。そうすれば後は、アリスが見つかっても、男に騙され捨てられた、キズもの令嬢に成り下がる。

 アーサーも表立って、妹の名を口に出すことは出来なくなるだろう。

 屋敷に閉じこもって、誰の目にも触れることなくひっそりと生きていけばいい。


 そうしたら、今度こそきっと――


 想像を膨らませながら、この先の未来を考えていたとき。男の視界の端で、その名の通り、手首が床に転がった。

 鮮血が吹き上げる。


「おい! 殺すなと言っ――」


 抵抗を恐れてアリスの腕を切ったか。慌てて兵士を怒鳴りつける。だが、一拍置いて聞こえてきたのは、女の叫び声ではなく男の呻き声だった。

 驚く暇もない。

 男に背中を向けて、アリスに手を出そうとしていた男の身体がぐらりと傾く。

 その奥から、細い白い手が伸びてきて、男の腰に差さっていた剣をすらりと引き抜いた。剣は月光を浴びて、鈍く光る。


「なん……」


 言葉にならなかった。

 兵士が完全に倒れたことによって、奥に隠されていた人物が見えてくる。

 上半身をゆっくりと起こし、先程まで気を失って倒れていたとは思えないほど、しっかりとした足取りで立ち上がる。

 どこから出したのか、左手には血に濡れた短剣。右手には、今しがた兵士から抜き取った剣。

 その人物は紛れもなく、アーサーの妹であるアリスで。


 男も、アリスを取り囲んでいた兵士たちも、思わず後ずさる。

 自らを陵辱しようとしていた兵士たちには目も向けず、アリスは傍らに立つ男だけを見やる。そして、にっこりと微笑んだ。


「こんばんは、ローマン・ザリル様。私は、アーサー・ブロワの双子の妹、アリス・ブロワと申します。この美しい月夜の晩にお会い出来たこと、光栄に思います」


 その男――ローマンは驚愕に目を見開いた。

 なぜ自分の名前を知っているのだとか、なぜこんな状況にもかかわらず呑気に挨拶をして笑っているのかとか、そんなことはどうでもよかった。

 目の前で起こっているこの光景は、なんだ?


 短剣はまだしも、兵士が扱う剣は重い。なのにアリスは、まるでパラソルや扇子でも扱うかのように、優雅に手の中に収めている。 


「せっかくこの姿でお会い出来たというのに、邪魔者が多いですわね」


 アリスは自分を取り囲む兵士をじろりと睥睨する。


「少々お待ちを。すぐに片付けます」


 アリスは両手をひと振りした。そう、たったひと振り。カンカンカンッと金属の刃がぶつかる音がしたかと思えば、兵士全員の手から、剣が落ちた。

 一体何が起こった? 速すぎて何も見えなかった。

 兵士たちは呆然と手首を抑え、アリスは両手に持ったままの剣を、手の中でくるりと回転して遊ばせた。フォンと、刃が風を切る音が不気味だった。


「大人しく下がっていた方が、身のためですよ」

 

 アリスの口元には笑みが浮かんでいるが、その瞳は、心の臓から底冷えするような氷点下の温度を宿していた。

 恐怖から一歩後ずさる兵士をチラリと確認すると、真っ直ぐにローマンを見据えた。

 

「ローマン様はご存じないようなので、教えて差し上げますね」


 アリスが、笑みを浮かべたままローマンに向かって一歩踏み出す。

 ただのか弱い箱入り令嬢のはずなのに。アーサーの愛を一身に受け取ることしか出来ない、愚かな女であるはずなのに。

 自分は今、確かに目の前のアリスという女に畏怖している。本能が、彼女には敵わないと告げている。

 ローマンは震える足を叱咤して、口を開いた。


「な、にをやっている! その女を黙らせろぉぉ!」


 ローマンの指示を聞いた兵士たちは、落ちた剣を拾い、もう一度構えて戦闘態勢になる。

 だが、アリスはそんなこと読んでいたというように、身体を回転させて剣を薙ぎ払い、剣士たちを弾き返した。間髪を入れず、左手に持っていた短剣を投げると、兵士のうち一人の利き腕に突き刺さり、手に持っていた剣がカラリと音を立てて床に落ちる。

 苦しそうに呻いて利き腕を抑える兵士をヒールで蹴り飛ばし、床に落ちた剣を拾った。


 そこからはもう、アリスの独擅場だった。

 完全に怯んでいる兵士を、両手に構えた剣で切り上げ、刺す。殺しはしない。だが、もう一度アリスに歯向かおうとする気持ちは、容赦なく殺す。


 ローマンは目を見開く。あっという間の出来事だった。

 少し金をちらつかせれば何でもするようなろくでもない人間だったが、それでも彼らは兵士だ。なのに、可憐だと持て囃されるだけの深窓の令嬢であるアリスに手を焼き、挙句の果てには押し負けて倒れた。

 大した怪我ではないのに、呆然と、魂の抜けたように床や壁にへたりこんでいる。


 ローマンの目の前に立っているのはただ一人。両手に剣を携えたアリスだけだ。

 剣の扱いはめちゃくちゃ。時には足も出る。アーサーの扱う剣とは程遠いはずなのに、なぜアーサーの姿がチラつくのか。なぜ目を惹かれるのか。


 ローマンの驚愕の視線を受けて、アリスは血のついた剣をひと振りした。びしゃりと、振り払われた血が床を叩く音が、やけに耳に残る。

 

「お時間をいただいてしまい申し訳ございません。これでようやく、落ち着いてお話ができますね」

 

 そして、胸の前に手を当てて、相変わらずの笑顔で言うのだ。

 この女と話すことなど何もない。一刻も早く、踵を返してここから立ち去るべきだ。

 それでも、訊かずにはいられなかった。


「なぜ、お前なんかに、そんなことができるんだ……?」


 大きな瞳が、きょとんと瞬かれる。そして合点がいったように、ああ、と呟いた。


「なぜ私が、剣を扱えるかということですね? もちろん、お答えします」

 

 これこそ、先程アリスがローマンに教えてあげようとしたことだ。

 

「本当の剣の天才は、アーサーではなく、その妹のアリス。この私だからよ」


 薄闇の中、琥珀の双眸が鋭く光った。




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