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20、ついに社交界デビューです!2

 一番の難関である女王陛下の謁見というミッションが終わったあとは、貴族たちへの挨拶回りに追われる。とはいえ、アリスはアーサーの隣についてニコニコしていればいいだけだ。なんて簡単な作業だろうか!

 もちろん、正式に社交界デビューしたのだから、アリスとの縁談を仄めかしてくる貴族もいた。だがアーサーが氷点下の微笑みで躱してくれるので、アリスはなんの心配もなかった。


 とはいえ、覚える気のない貴族の顔や名前が、次から次へと押し寄せてくる。さすがに飽きてきてしまう。

 暇つぶしに、ホール内に視線を彷徨わせる。

 壁や扉の前には、白い服を着た騎士が立っている。近衛騎士だ。中には腕章をしている者もいて、どれもアリスの知っている顔だ。ラズリスやローマン、バレルもいる。

 壁際に立って控える騎士たち、ホール内を楽しそうに歩き回る貴族たち。でもやはり、その中にヘンリーの姿は見当たらなかった。

 

「お兄様、あの……ヘンリー……様、は」

「え? ヘンリー? 彼がどうかした?」


 アーサーは、まるで不思議な言葉でも聞いたかのように、目をまん丸くしてアリスを見た。

 そこで自分が何を口走ったのか察する。アリスは慌てて、両手を振った。

 

「いっ、いいえ!? なんでもありません……!」


 もしかしたらアーサーなら事情を知っているかも、などという淡い期待が先走ってしまった。聞いたことにより、どう思われるかなど考えていなかった。

 ヘンリーは来ないと言っていたのだ。それでいいじゃないか。


「そう?」

「ええ、そうです! それより私、少し疲れてしまいました。休憩してきてもいいですか?」

「初めての夜会だから疲れてしまったかな? 気付かなくてごめんね。そうだね、どこかでひと休みしようか」


 アーサーは、どこまでも優しく暖かい笑みを浮かべた。アリスの手を握って、安心させるようにやんわりと揉む。きゅん、とアリスの胸が鳴った。

 

 (なんてこと……! やっぱりお兄様は天使だわ!!)

 

 あまりの喜びに悶え苦しみたい気持ちでいっぱいだったが、如何せん、ここでアーサーが一緒についてくるのは都合が悪い。

 どうしようかと思案していると、近くからアーサーの名前を呼ぶ声がした。相変わらず、貴族の挨拶回りは続いているらしい。


「お兄様、私のことは気になさらないでください」

「でも……」

「……まさか、私がこのホールで大立ち回りをしないか、不安なのですか?」

「うっ」


 図星らしい。

 分かりやすいのも、アーサーの可愛いところだ。


「心外ですわ。私、お兄様の不利になるようなことは絶対にいたしませんのに」

「そこは信頼してるけどさ……」

「でしたらどうか信頼してください。本当に、目立つようなことはしませんから」


 アーサーは、深いため息を吐いた。

 アリスのわがままに弱いのも、またアーサーの可愛いところだ。


「……わかった。あまり遠くに行かないように」

「はい。ほんのちょっと休憩するだけです」

「あと、もうすぐハインリヒ殿下がいらっしゃるから、その時までには戻るように。デビュタントがいないなんて、殿下に失礼だろう?」

「ハインリヒ殿下?」


 そういえば、ハインリヒ殿下も来るような事を聞いていたかもしれない。

 騎士の間でも話題になっていた、あのハインリヒだ。一度も顔を見せず、側近騎士も付けず、ついこの間も食堂で騎士の不平不満を聞いた。

 そんな人が来たところで、いちいちデビュタントの顔と名前を確認するようにも思えない。アリスひとりいなくたって、ハインリヒは気にもしないだろう。

 ひとりで納得して、アリスは素直に頷いた。


「もちろんです、お兄様」


 それでも不安が抜けきらないようで、アーサーは困り顔のままだった。だいぶ信頼されていない。一体なぜこうなってしまったのか。残念ながら、アリスには心当たりしかなかった。

 もう一度、「やっぱり僕も一緒に……」と言いかけたところで、アーサーの後ろから声がかかった。

 

「アーサー様、お会いできて光栄です。私……」


  恰幅のいい男性が、ニコニコ笑顔を浮かべながら近づいてくる。その後ろに隠れるように、白いドレスが見え隠れしている。デビュタントだ。

 アーサーが笑顔で応答すると、デビュタントの令嬢が顔を出した。まるで熱に浮かされたように、アーサーを一心に見つめている。

 嫌でも気付く。嫁ぎ先の相手を探しているのだろう。社交界デビューして早々、ご苦労なことだ。

 彼らはアリスのことなど目にも入れず、必死にアーサーに媚びへつらっている。「娘が今日社交界デビューして」だの、「自慢じゃないが娘は器量もよくて」だの、一生懸命に娘のアピールをしている。

 こんな小物が、アーサーの生涯の伴侶を望んでるだと?  笑わせる。

 

 アリスの心の中は嵐が吹き荒れ、トゲトゲとした気持ちになる。けれど同時に、この女性(ひと)をアーサーが選ぶことはないだろうという確信が、トゲの先端を削って丸くする。

 アーサーは決して、アリスを蔑ろにするようなひとを選ばない。

 アーサーと結婚したいのなら、まずはアリスを攻略しなくてはいけないというのに!  

 アリスはアーサーの後ろでふんと小さく鼻を鳴らした。それが合図だった。


「アリス?」

「お兄様、私はこれで失礼しますね。また後ほど」


 小物に目を向けることなく、アーサーにだけ軽くお辞儀をして踵を返した。そのまま早足で、ホールを突き抜けて庭の方へ向かう。

 ずっと、視線を感じていた。ホールに入ったときから、虎視眈々と、まるで獲物が罠にかかるのを待つように。

 アーサーの元を離れた瞬間、より一層視線は強くなり、隠しきれない殺気すらもアリスは正確に受け取る。


ホールをゆったりと歩くアリスの姿に、周囲の貴族は目を奪われたように、その姿を追う。だが誰ひとりとして、アリスに声をかける者はいない。それもアリスにとって好都合だった。

 そのままホールを突き抜けて、庭に出る。暫く歩いたところで、後ろから声がかかった。

 無意識に、アリスは口角を上げた。

 ……どちらが獲物かも知らないで。


「失礼、お嬢様。あなたはアーサー様の妹君、アリス様ですか?」


 アリスはぱっと扇を広げて顔を隠し、振り返った。


「……そうですが、どちら様?」

「私、近衛騎士の者で、アーサー様の同僚です。実はアーサー様から、アリス様がおひとりにならぬよう依頼を受けておりまして」

「まあ、お兄様が? それはどうも。あなたのお名前は――」


 そう言って扇子を下ろしかけた瞬間、素早くアリスの鼻と口元が何かの布で覆われた。その素早さには、さすがのアリスも驚いて目を見開く。

 その布から、つんと鼻を突くような鋭いにおいを感じたときには、アリスの身体は倒れていた。

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