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13、お兄様のお友達と会話します


 その日はあいにくにも雨だった。王前祭の前に降ってくれてよかったと考えるべきか。

 訓練場は土で整えられているため、雨が降ればもちろんぬかるむ。だからといって、騎士見習いの訓練がなくなるわけではない。戦の日は必ず晴れているというものでもないため、視界の悪さや、雨に降られた地面の歩きにくさなどに慣れておく必要があるからだ。


 だが今回は、外での訓練ではないようだった。大きな広間に騎士見習いが集められ、バレルが言うに、今日は礼儀作法の授業を行うとのことである。 

 アリスが真っ先に思ったのは、騎士でも礼儀作法を学ぶのか、ということだった。少なくとも近衛騎士見習いは貴族の子息のため、一通りの礼儀作法は学んでいるはずだ。


 まさかここに来て、苦手分野が出てくるとは微塵も考えていなかった。剣を振っている方が千倍いい。

 なぜ礼儀作法なのか。それを教えてくれたのはヘンリーだった。


「ほら、近々王城で大きな夜会があるだろう。そのための最終確認みたいなものだ」


 雨が降らなくても、近々やっていたと思う。大きなホールの壁際に立って、ぽそりと言う。

 なるほど。騎士は戦場に赴くだけでなく、大きなパーティーの警護や護衛のために、会場で変な行動をする人間がいないかや、貴人に寄り添う場面も多くある。

 今ここで学ぶのは、礼儀作法といっても、貴族の紳士淑女が学ぶような礼儀作法ではないようだ。


 淑女教育はなかなか成果が出ないが、騎士の礼儀作法は案外適正があるやもしれない。それはそれで面白いような気がする。アーサーや両親が聞いたら頭を抱えそうではあるが。

 自分なりに精一杯やっているつもりなので、何故実を結ばないのか不思議なところではある。そこまで適正がないというのか。


「アーサーの妹がデビュタントとして参加するという夜会だよ」

「あぁ」

「今は、準備で忙しいんじゃないのか?」


 バレルの目がないのをいいことに、正面を向いたままヘンリーは話を続けた。

 確かに数日後、アリスがいよいよ社交界デビューをする夜会が開かれる。王族も関わる大きな夜会のため、警備には近衛騎士もかり出されるようだ。見目がいい人物を会場内に配置して、華やかさをプラスしていくのは大事である。


「そうだね……屋敷に戻るとバタバタしてるかな。昨日は、アリスのドレスの仮あてをしたんだよ。とても綺麗なドレスだった」

「ほう」


 短い返答だったか、声は僅かに弾んでいる。人の妹のドレスなんかどうでもいいと吐き捨てられるのが普通だと思ったが、ヘンリーはそうではないようだ。大切な人の妹だからだろうか。


 アリスは目を閉じて、昨日のドレスを脳裏に浮かべた。語彙力がないのかと怒られそうだが、本当に、綺麗で美しいドレスだった。アーサーの言うように、デビュタントのドレスの中で一番のはずだと言っても過言ではないくらい。

 あんな綺麗なものを身に纏っていられるなら、社交界だってそんなに悪い気はしない。だからといって、事あるごとに夜会だのお茶会だの行くかと問われたら、苦笑いをして手を振るだろうけれど。


「ヘンリーは、夜会に参加するの? それとも警備に?」


 アーサーはアリスの付き添いのため、今回の夜会には警備を行うことになっていない。貴族・ブロワ侯爵家としての参加となる。

 ヘンリーはどちらだろうか。それなりの重鎮の家系と予想しているので、騎士としてではなく貴族としての参加だろうか。

 それならば、あのドレスを着たアリスの姿で挨拶くらいはできるだろう。


 ヘンリーはしばらく言いよどんで、小さく首を振った。


「いや、私は……参加しないよ」

「ふぅん」

「なんだ、寂しいか?」

「ううん」

「えっ」


 即答だった。


 ヘンリーは、『警備として参加しない』とも『貴族として参加しない』とも言わなかった。けれど、どちらにせよ今回の夜会には参加しないのだろう。

 それを寂しがる必要など、どこにもないではないか。アリスにはアーサーがいるし、アーサーだってたかが一回の夜会で仲良しのヘンリー会えなくとも、寂しいと思うはずがない。毎日訓練で会うのだし、もっというなら、夜会が開催される昼間には王前祭の警備で会うのだから、わざわざその夜にまで会わなくてもいいだろう。


 その夜会の日である王前祭の警備は、アリスではなくアーサーが復帰している。偽物アーサーではなく、彼の慕う本物のアーサーである。十分だろう。

 ただ、アリスとして挨拶できる日が遠のいただけの話。どうせアーサーの妹として挨拶するなら、あの天使のようなドレスを着て対面できたらよかったなと思うだけだ。それは決して、寂しいと言う感情ではないはず。


 そう思っての発言だったのだが、反対にヘンリーがショックを受けているらしい。条件反射といったようにアリスを振り向き、雪のような瞳がこれでもかと開かれていた。

 もしかしてヘンリーは、一時の夜会でもアーサーに会えないのを寂しく思っていたのだろうか。それほどの執着が?


「そこ、待機中に動くのは何事か」


 ヘンリーが動いたことで、バレルは二人に気付いたようだった。

 僅かな動きだったか、それすらも許されないとは騎士の世界もなかなか厳しい。アリスとヘンリーは謝罪をし、話はそこで終わった。


 その後程なくして、ヘンリーはアリスに「すまなかった」と呟いた。何がすまないのか。夜会に参加しないことだろうか? それはアリスが会話の中で、参加してもしなくてもきにしない、という回答をしている。なぜ礼儀作法を学ぶのかという疑問に答えをくれたのだから、彼が謝る必要はないはずである。

 騎士の礼儀作法を学び、バレルに褒め言葉をもらい、ヘンリーの謝罪の真意に気付いたのは昼休憩になったときだった。


 そもそもあの場面で会話を促してしまった事への「すまなかった」だったのだろう。アーサーは、真面目で堅実な見習い騎士である。そんな彼に、講義中に話題を投げかけ、会話を成立させてしまった。そのせいで、共感であるバレルに注意される羽目になった。


 こんなことで今までのアーサーの評価がガクリと落ちるとは考え難いが、王前試合も直前に控え、何が徒となるかは分からない。目立つ行為は避けて取るべきだろう。


 そういう意味での謝罪であれば、理解ができる。だからといって、ヘンリーの言葉を素直に受け入れ、責任をなすりつけるのはお門違いである。アリスも油断していたのだ。会話のボールを受け取ってしまったのだから。


(お兄様の足かせになるようなことはしないと誓ったのに……)


 あの時アリスは、少なからずヘンリーとの会話を楽しんでいていた。この世で一番大好きな兄のことを考えるのを差し置いて。

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