5、巻き込まれ事故
「じゃあこれ今日の報酬です。」
と札束を渡される。あれからオムライスを食べさせてあげて体が当たったとかで鼻血を出して近付かないでと言われ少し離れると寂しいと言われ面倒くさかったが、やっと食べ終わりお茶をいれて横に座り少し世間話をしてご馳走様と言われて奥の部屋から戻って来た。
「今回は時給4時間分の40万とエプロン5万、ご主人様呼び5万、最後の接触が10万で合計60万です。」
「ありがとうございます。」
でも足りない。後10万。私が浮かない顔をしているからかもやしが心配そうにこちらを見て言う。
「もしかして…足りない?」
「えっええ。でも何とかします。1ヶ月待ってくれるらしいので。後10万何とかします。今日はありがとうございました。話を聞いてくれて嬉しかったです。」
「美桜さん出世払いでいいよ。ちょっと待ってて。」
と奥の部屋に入りすぐにお金を持ってきて渡してくれる。
「いや…でも。」
「美桜さんは僕の運命の人、最愛の人です。これくらい出させてください。」
と言う。本当に本当に顔がいい。言っている事は嬉しいしありがたいのだが名前も素性も分からないストーカーに言われると…ちょっと。気味が悪い。こんな男に借りをつくっておくのもちょっと。
「あ、あの、ありがとう。」
とおずおずともやしを抱き締めた。本当に私なんかが好きならお礼にもなるだろう。
ん?もやしにバイブレーション機能が付いたのか小刻みに震え始めた。
「あばばばばばばばばばば。」
「えっ大丈夫?」
「ひょえ。み、み、み、美桜、さん、はわわわわわ。」
震えているが離れようとはしないので嫌ではないようだ。
「美桜さん、美桜さん、美桜さん。いい匂い。」
こいつ…そういえば、
「貴方の事何て呼べば良いんですか?」
「ああ!ごめんなさい今まで名乗らずに僕は三上篤輝です。」
ミカミアツキ。でもあっくんじゃない。あっくんはストーカーなんてしないし絶対に違う。顔の雰囲気も違うし。
「三上さん。」
「篤輝でいいですよ。なんならあっくんでも。」
「あっくんは私にとって1人だけです!」
私はもやしを突き飛ばし叫んだ。もやしが呆然と私を見ている。私はハッとしてから慌てて近寄り手を差し出して謝る。
「あっごめんなさい。」
「いいえ……美桜さんハグでいいですよ。10万円。貸しはなしです。」
「……ありがとうございます…あ、篤輝さん。」
「はい!じゃあまた送りますね!」
名前を呼ばれたもやしもとい篤輝は嬉しそうに瞳を輝かせて言う。
「ありがとうございます。」
そしてまたお重を持たされた。
「ありがとうございました。」
「ええ。ではまた。」
車の窓が開いて篤輝が激しく手を振る。
「バイバイ美桜さん、困った事があったら婚約者の僕になんでも言ってね!」
と言い残し黒塗り外車が走り去っていった。
「誰が婚約者だ……。でもありがとうございました。」
私はゆったりとアパートの部屋まで歩いた。
「ねえ誰が美桜さんをストーカーしてるか探し出して。」
「はい。」
「僕は彼女を知っていただけで後をつけたり、盗聴したりしてない。美桜さんが危険かもしれない。」
「かしこまりました。すぐに探します。」
「ありがとう。」
ドンドンドンドンドンドン。
私はまた玄関の扉を乱暴に叩く音で目が覚めた。
1週間って言ったくせに。2日しか経ってないじゃない!
「ちょっと!1週間って言ったじゃ……。えっ。」
予想通りで玄関扉を叩いていたのは借金取りのスーツの男だった。でもいつもの軽口は返ってこない。
「ぁぁ姉…ちゃん。ご、ごめんねぇ。ちょっとしくじって……。」
「どうしたの?血まみれじゃない!」
黒いスーツがべっとりと何かで濡れていて少し触れると、いてぇっと言う声と共に私の手に赤黒い血がついた。
「とっとにかく入って!」
私はスーツの男に肩をかして立ち上がらせて部屋に入らせる。
とりあえず中にいれて座らせてタオルを渡す。
「救急車呼ぶ?」
「ありがとぉ聞いてくれて。呼ばないでぇ。ちょっと服を脱がすの手伝ってくれる?」
「分かった。」
どうしてこんな事を私がと思ったけど、巻き込まれたのだから仕方ない。
「ありがとぉ。じゃあとりあえず優しく背広脱がしてくれる?」
「えぇ。」
とりあえず後ろに周り服を脱ぐのを手伝う。中の黒いワイシャツも濡れている。これこの人以外の血もある?
「あぁありがとぉ。じゃあお風呂を汚して悪いけど血が出てこなくなるまで背広にシャワーかけ続けてもらっていい?」
「えぇ。」
とりあえずこの人は放っておいて言われた通りにする。水道代が…と思ったけどまあ仕方ない。数分かけ続けているとやっと水が赤くなくなったので声をかける。
「それでこの後は?」
「あぁじゃあ軽く絞って干してもらっていい?」
「えぇ。」
軽く絞ってベランダに干した。男は少し落ち着いたのか呼吸が少し穏やかになっている。
「はぁ本当にごめんねぇ。ありがとぉ。」
「次は何すればいいの?」
「うーんじゃあシャツも脱がしてもらってできればお風呂に入っていいかなぁ?」
「えぇ。もう最後まで付き合うわ。」
「何から何までありがとねぇ。」
男を立たせてシャツを脱がす。背中に怪我はないし前にも浅い切り傷があるだけで血が出るような怪我はしていないのでやはり返り血…。って事はこの人は。
「殴られたの?」
「うんよく分かったねぇ。肋骨折れてる気がするぅ。あははは。」
「はいはい。1人で入れる?」
「いれてくれるの?やっぱりお金の為なら何でもするって噂は本当だったんだぁ。」
スーツの男が朗らかに言う。無意識の内に肋骨の辺りを押していた。
「ごめんごめんごめんごめん。謝るからやめてぇ!」
「分かればいいのよ。それに何でもはしてないし、そんな噂どこで?」
「いつも一緒に来る金髪が言ってたんだよぉ。申し訳ないけど下着は履いたままにするからお風呂いれてもらっていい?」
「えぇ。」
仕方なくスラックスと靴下を逃がしお風呂場に連れて行く。
「本当にごめんぇ。迷惑料として30万払うねぇ。だから。」
「他言するなって?」
「うん偉いねぇ。その通りだよぉ。」
「分かったわ。」
風呂場の椅子に座らせて男の頭からシャワーをかけてやる。
「もぉ怪我人だよぉ。優しくしてねぇ。」
「はいはい。とにかく頭を洗うわね。」
着替えを手伝った時に気が付いたが髪の毛にも血が付いている。
「うんありがとぉ。黙ってるねぇ。」
スーツの男が目を閉じて黙って座っている。シャワーで髪を濡らしてなるべく優しくシャンプーをする。一応トリートメントもした方が良いのかな?
「何か迷ってる?」
手が止まった事に気が付いたのか目を開けて私を見た。そういえばこの人のサングラスなしで前髪がない状態を初めて見た。黒髪で鼻筋が通っていてキリッとした二重の瞳に薄い唇で芸能人顔負けの男前だ。最近顔がいい人ばかりだな。
「トリートメントする?」
「ふふふ、そんな事。いいよしなくて。でも体は洗ってもらっていいかな?」
「分かった。」
そうして軽く微笑みながら男はまた目を閉じて黙った。ボディタオルで洗う。何度もふと我に返り自分が何故ここまでと考えながら体を洗う。
「前は自分で洗って。」
とタオルを渡した。
「うんありがとぉ。」
素直に受け取り自分で洗い始めた。私はお風呂場から出て軽くタオルで自分を拭き新しいバスタオルを出して着替えを探した。あの人細いし私の服でいける気がするとても悔しいが。とりあえず家にある1番大きいパーカーとTシャツ、ジャージのズボンを出した。
「ごめん立たせてもらっていい?」
お風呂場から呼ぶ声が聞こえたので戻る。何とかシャワーは浴び終えたようだ。
結局濡れた体に触れたので私も着替える羽目になりそうだ。
「濡れちゃったねぇごめんねぇ。」
初めて本当に申し訳なさそうに謝った。私は少し拍子抜けして、
「洗えばいいから大丈夫。」
「急にしかも嫌がらせのように来る俺を……。優しいねありがと。」
軽く頭にキスを落とされる。
「顔が良いからって勘違いしないで。そういう事で喜ぶような他の女の子とは違う。」
男は私の拒絶にびっくりした後、また自然に笑って、
「ごめんねぇ。体拭いてもらっていい?」
と話を流した。本当にこういう人種の男は……ってダメダメ、あっくんの教え通り人には優しく、人には優しく。
とりあえず背が高いので届く範囲を拭きTシャツを着せパーカーを着せてジャージを履かせた。
「ありがとぉ。じゃあ少し休ませて。」
と陽が差し込む場所に寝転び眠り始めた。6月にしては暑いと思っていたのに昨日とても冷たい雨が降って今日も肌寒く男は震えながら眠っている。やはり私の服ではズボンが短いのか足が出ているので余計寒いのかもしれない。
「猫みたい。」
時計を見ると9時前で急にお腹がすき始めた。
「急に上がり込んで眠るって。勝手な人。」
私はため息をついて玄関の扉を開けた。血が付いていたら面倒だと思ったが汚れた様子はなかったので中に戻り朝食を作り始めた。
今日はお重のおかずではなく親子丼を食べようと昨日から考えていたので豆腐と玉ねぎのお味噌汁と親子丼を作った。タイミングを計ったように料理ができたと同時に男が目を覚ました。
「いいにおーい。俺も食べたいなぁ。」
男が甘えるように私を見る。私は呆れたように、
「用意しました。」
と言い机を組み立て始める。男はあっと小さく声をあげてベランダの背広から何かを取り出して私に見せる。
「俺、藤村敦。これ免許証ねぇ。」
とびしょびしょの免許証を見せる。フジムラアツシ。でもあっくんじゃない。こんな乱暴な人じゃないし何よりあっくんは背が低くて。この藤村という男は180cm以上ある。
「藤村さん。これ食べたら出てってくださいね。」
冷たく言うと、
「えぇ。もう少しいさせてよぉ。とりあえず暗くなるまで。」
と低い声で真面目に言うので頷くしかなかった。