3、自分の軸
結局、黒塗り外車でボロアパートまで送ってもらった。お重を開けると中には様々なおかずがパウチされていて綺麗な文字の手紙に、
食べきれない分は全て冷凍してください。本日は御協力ありがとうございました。
と書いてあった。
「当分値引きのお弁当買わなくて済みそう。」
ちらとエコバッグの中の札束が目に入る。とにかく馬鹿親父の借金の50万を返してここの家賃半年分の30万も先に払ってしまおう、家さえあればなんとかなる!
貯金の10万と手持ちの1万、それからさっきの残りの20万のあわせて31万か。
「それにしても言ってくれたらお金くらいあげるのに。」
馬鹿親父は小学生の時に母親が違う男と出て行ってから酒に溺れながらも必死に働き家事も最低限してくれて大学まで行かせてくれた。それなりに恩も感じているし、酒代でもギャンブル代でもある程度なら出してあげるのに。わざわざ借金なんてしなくても。
「……あっくん私どうすればいい?あっくんなら……。」
私はベッドの横の壁に貼ってある写真に話しかける。私の初恋でずっと好きで心の支えにしている幼なじみのあっくん。小学生にあがる前に引っ越してしまってから会っていないけど、私の心の支えになっている。なんというか神様みたいな人だ。特に神や仏を信じているわけではないけど、彼はいじめっ子から私を救ってくれた。その時から私の軸になった。彼をお手本にして周りの子に接すると幼稚園で誰にもいじめられなくなった。他の男の子みたいに暴力で解決しない、彼は優しくて穏やかで人気者だった。彼こそが救世主だった。だから何をする時も彼ならどうするか誰も傷付けない選択をするか彼の目線で考えるようになった。だけど彼に何かを望んでいる訳では無いただ彼が見ていても恥ずかしくないようにと生きてきた。
「大丈夫。なんとかなるよねきっと!」
私はそのまま布団に入った。
ドンドンドンドンドンと玄関の扉を叩く音で目が覚めた。あの2人は玄関ベルが存在しない世界から来たのだろうか?
「おーい姉ちゃん来たよ!今日こそは金返して。」
こいつら3日待つって言ったくせに。嫌い。こういう人間は人を傷付けるから。
「もう少し静かにお願いします。これお金です。」
「わーいじゃあ預かるねぇ。おい数えろ。」
スーツの男が低い声で金髪に言う。こういうとこも嫌い。
「あります。」
「はーいじゃあ借用書ね。またどうぞぉ。」
スーツの男がニコニコと帰って行く。玄関を閉めて鍵をかけてからパタンと座り込む。
「はぁ……昨日の事もあいつらも全て夢だった。あんな事、現実じゃない。あんな大金も、借金取りも、私の人生には存在しない世界。私の世界には、私の世界はあっくんでできてるもの……。あっくん以外の人間なんて私にはいらない。あんな奴らは特にいらない。」
そしてお重を押し入れの奥にしまい込み封筒を捨てた。
それから数日、不思議な事が起こり始めた。外に出るといつも誰かに見られている感覚に陥るけど周りには誰もいないというのが始まりだった。次は郵便物が減り始めてその代わりに手紙が入るようになった。内容は私の1日の行動や誰かと話した事、食べたものや飲んだもののリスト等。
「気味が悪い。」
今までこんな事なかったのに。私はお重のおかずをチンして食べ始める。これで終わる何となく早く食べてしまいたくて、ここ数日毎日食べている。
「はあ、仕事も決まらないし。どうしたものか……。」
ピンポーンと玄関ベルが鳴った。箸を置いて立ち上がりスコープを覗かずに開けてしまった事を後悔した。
「久しぶりお姉ちゃん5日ぶりだね。でコレ。」
とまた借用書を見せられた。馬鹿親父の字、100万円。前と同じスーツ姿のサングラスの男とスカジャンで金髪の男。スーツの男はニコニコと金髪の男は不機嫌そうに現れた。
「こ、これは?」
「もう!初めてじゃないでしょ。借用書だよぉ。まだ借りてたみたいよ君の名前で。」
「えっ。えぇ!」
「ねーびっくりだよねぇ。でも今のところこれで終わりだから大丈夫。これの期日はまだ1ヶ月あるしゆっくり返してねぇ。1週間後に来るからねぇ。バイバイ。」
「ちゃんと金を用意しとけよ。あんまり舐めてると痛い目見るぞ。」
そしてスーツの男と金髪の男が帰って行く。嫌い。あの2人も父親も。
「父さん勘弁してよ。」
と玄関扉の前で膝をついた時、またピンポーンという音が響いた。あの2人!
私は開けて怒鳴る。
「幾らなんでもそんなすぐに来てお金なんてある訳がないでしょ!馬鹿なの帰ってよ!」
「ヒワッ。怒鳴るお姿も美しい。それにしても美桜さんそんな姿で外に出るなんて僕以外にパジャマなんて見せて欲しくないよ。もうっ!」
とあのもやしが執事と共に立っていた。ボサボサの前髪で顔を隠したジーンズにTシャツのもやしと燕尾服の執事。そういえばこいつ!
「あんた!最近よく手紙をくれるわよね!やめてくれない!気持ち悪いの!」
また私が怒鳴るともやしが驚いて弱々しく言う。
「ぇっ…手紙なんて知らないよ。」
「嘘つかないで!」
「本当に知らないんだよ。それよりお金に困っているならまた働かない?」
「はぁ?誰があんたみたいなストーカーの元で働くのよ!」
「今回は僕のお家でご飯を作ってくれて食べさせてくれるだけで時給10万出します。」
「やります。」
「よしじゃあ行きましょう!」
あぁまた口が勝手に……。お金が無い自分が憎い。でも家賃も払ってしまって100万まで70万近く足りない。あの2人とはなるべく関わりたくない。その為には働かないと……。
私はまた黒塗り外車に乗り込んだ。