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おどけ悪魔は寡黙魔女を理解できない③

 彼女は振られたそうだ。


 ネメシアには本当に既に恋人がいたらしい。リリウムに諦めさせる為に咄嗟に口走った事であったが、ミスティルの予想は見事的中していたようだ。

 小悪魔の情報網では一切掴めなかった事から、ネメシアはよほど恋人の存在を知られたくなかったらしい。

 ともあれ、リリウムの初恋は実らなかった訳だ。彼女には申し訳ないが、ミスティルとしてはとても喜ばしい事であった。


「嗚呼、おいたわしやお嬢様! ある程度予想はしておりましたが、失恋してしまうとはなんたる不憫でございましょうか……! 今度の街の中心部でのデートは慰め会も兼ねると致しましょう! いや、失恋の傷は新しい恋により癒されると申しますし、なんならこの不肖ミスティルがお相手を務める事もやぶさかではありません! そもそもお嬢様ってばネメシア様の事ばっかりなんですから! 全く、ワタシという者がありながらー! ワタシ嫉妬しちゃいますよー」


 実習の帰り道、胃の痛みも無くなり、ついついテンション高めのマシンガントークを繰り広げてしまう。そしてここぞとばかりに彼女を口説く。

 いずれまた彼女は誰かに恋をするかもしれないし、反対に、誰かに恋をされるかもしれない。ただ待つだけしか出来ないのはもうごめんである。彼女がフリーのうちに、ガンガン攻めて口説き落とさなければ……!


「……」


 リリウムは無言であった。


 リリウムは今まで決してミスティルの事を無視したりはしなかった。それだけ彼女は今、本気で怒っているのかもしれない。

 少し調子に乗りすぎたかもしれない、とミスティルは内心ひやっとしたが、一人前のジョーカーたるもの、相手の怒りを買う事を恐れているようではいけないのである。


「ちょっとお嬢様ー。無視しないでくださいよー」

「……貴方はただの私の契約した悪魔であって、別に恋愛関係にある訳じゃないでしょ」


 再びグサリとくる事を言い放たれた。自分に非がある上に全くもってごもっともな言葉ではあるのだが、自分は恋愛対象と見なされていないと面と向かって言われると、やはり辛い。

 「おおっと、お嬢様ってば相変わらず手厳しい……!」と表面上は軽く受け流すが、心の中では涙目であった。だがこの程度で屈する訳にはいかない。ガンガン攻めていくと今決めたばかりなのだから。


 そもそも、彼女は本来どんなタイプの男が好みなのだろうか。

 ふと疑問に思い、早速聞いてみる。


「――ネメシア様の事は恩人だから好きになった、との事ですが、お嬢様は本来どんなタイプの男性が好みなんです?」

「真面目で誠実で正直な人」

「わー、我々ジョーカーの存在全否定ですねー」


 素の自分ならば真面目というのは該当するかもしれないが、本音を隠し、ふざけてばかりの自分は誠実でも正直でもないだろう。

 終いには「別にジョーカーと恋仲になるつもりはないし」とまで言われてしまう始末である。早くも心が折れそうだ。だが負けるものか……!


「……そういえば、貴方には恋人っていないの?」

「おや、おやおやおや? もしやワタシに興味がおありですか? 凄く気になっちゃう感じですか??」


 唐突な自分への質問にミスティルは少しだけ元気を取り戻す。


 ――もしやほんの少しくらいは脈があると考えても良いのだろうか……?


「別に、何となく聞いてみただけだけど」


 それは本音なのか照れ隠しなのか、相変わらず表情の乏しい彼女の顔からは読み取る事が出来ない。後者であって欲しいものだが。


「おや、それは残念。お嬢様ってば思わせ振りなんですからー」

「……もう、すぐそういう事言うんだから……」


 彼女は少しだけむくれたような、呆れているような、そんな表情をした。

 普段は鉄仮面のように動かぬ彼女の表情だが、ごく稀に、ごく僅かに、こうやって崩れる時がある。そのギャップがまた良い。


 やはり自分は彼女の事を諦めるなんてまず出来ないだろう。例え彼女がネメシアと恋仲になっていたとしても、きっと彼女が心変わりする時を未練がましく待ち続けていた事だろう。

 ネメシアの事を潔く諦める事が出来た彼女は、自分なんかよりもずっと男らしいとミスティルは思う。


「あ、もし今彼女いない上に学園生活で出会いがないんだったらさ、お父様に頼んでお見合いの場を設けてあげようか? ジョーカーの女性だって紹介出来ると思う」

「それは慎んでお断り申し上げます」


 脊髄反射並の速度で断固拒否する。苦虫を噛み潰したような顔になるのをなんとか抑え込み、表面上は笑顔で取り繕う。


 このお嬢さん、突然何を言い出すのか。意中の相手に他の女性を紹介される事ほど悲しいものはない。


「別に遠慮しなくてもいいのに」

「遠慮などではございません。本当に結構ですので、お気になさらず」


 本当に遠慮などではなく、心の底からやめて頂きたい。


 それに、だ。


「……ワタシ、別に悪魔の女性がタイプな訳ではありませんし」


 根が真面目なミスティルは、小悪魔――特に真のジョーカーらしいジョーカーの女性というのが正直苦手であった。彼はさばさばとした、真面目で努力家な女性が好みなのである。まさしくリリウムのような。


 ミスティルがぼそりと呟くと、リリウムは少しだけ目を見開いた。


「……へー、そうだったんだ。意外ね」

「はは、意外ですか、そうですかー……」


 やっぱり彼女にこの想いは届いていないらしい。

 ……いや、本心がばれていないというのはジョーカーとしては良い事である。良い事であるはずなのに……本当に、このままで良いのだろうか……?


「……ねえ。今日のミスティル、なんか変だよ? 大丈夫……?」


 ミスティルが黙って俯きながら考え事をしていると、リリウムがその顔を覗き込んできた。相変わらず表情の乏しい彼女であるが、どことなく心配そうな面持ちである。


「ええ、大丈夫です、大丈夫ですとも……」


 大丈夫ですとも、お嬢様、と言い終える前に、はっとする。


 また嘘をついて本心を隠す、本当にそれで良いのか?

 今こそこの想いを伝える絶好の機会なのではないか?


 自分はジョーカーとしての生き方に誇りを感じている。だから今後も自分は軽薄で嘘つきで不誠実な男のままであろう。それがジョーカーとして正しい姿なのだから。

 だが惚れた女性には――この想いだけは、嘘偽りなくありのままを伝えたい。


 それはジョーカーの模範からはかけ離れてしまう行為だけれど――もう、構うものか――!


「あ、いえ、やっぱり……大丈夫じゃありません」

「えっ?」

「大丈夫じゃないから……今夜少しだけ、お時間を頂けますか? お話ししたい事があるんです」


 学園の寮に戻ったら今夜、彼女に告白しよう。今までのような軽いジョークじみた口説き文句ではなく、真面目に、真っすぐに、この想いを伝えよう。


「えっと……今夜は、ちょっと……」


 そう言ってリリウムは少しだけ眉をひそめ、困ったような顔をする。


「ほんの少しの時間でいいんです。ちょっぴりでいいんです。お願いです、お嬢様……!」


 真剣な面持ちで懇願する。するとリリウムは渋るように少しだけ考え込んでいたが、やがて「……うん、わかった」、と頷いてくれた。


「! ありがとうございます、お嬢様……!」


 まだ告白が成功した訳でもないのに、つい嬉しくなってしまう。

 ようやく、ずっと伝えたかった想いを、自分の本当の言葉で伝える事が出来るのだ――。


「約束ですからね、お嬢さ――」


 瞬間、ぞくりとした怖気がミスティルの全身を駆け巡った。

 「それ」に誰よりも早く気付けたのは、「それ」が彼の天敵だったからだ。

 いや、本来ならばもっともっと早くに気付いていなければならなかったのだ。

 戦闘はもう終わったのだと、驚異はもう去ったのだと、つい油断してしまっていた。その上彼女への告白の事で頭がいっぱいになっていた。恋愛に現を抜かしていたのは自分のほうではないか。


 やはり自分は駄目な男だ。

 だがせめて。


「……危ない!!」

「えっ……」


 彼女の事だけは守らなくては。


 ミスティルがリリウムを抱き締めるように庇った瞬間、木々の間から躍り出てきた魔獣の大顎に彼の背が切り裂かれた。


 激痛と共に鮮血が迸る。


 一般的な小悪魔は、どれだけ忠誠を誓った相手だったとしても、その者の為に命を懸けたりはしない。

 だがジョーカーは違う。

 ジョーカーは自己犠牲の種族なのだ。仲間の為に自分の命を捨てる事も厭わない。


 ――意気地無しでジョーカーらしくない自分だけれど、怖じ気づかずにちゃんと彼女を守る事が出来た。

 ようやく、本当の意味でジョーカーらしい振る舞いが出来た気がする。


 先にあの世へと渡った両親は褒めてくれるだろうか……?


 彼女の声が聞こえた気がするが、もう聞き取る事は出来なかった。


 ――嗚呼、彼女に告白したかったし、彼女の満面の笑顔だって見たかった。


 だがきっとそれももう叶わない。


 魔獣の事も気になるけれど、きっと彼女や他の者達が何とかしてくれるだろう。皆は強い。命を捨てねば愛する者一人守れぬ自分と違って。


 ミスティルの意識は闇へと沈んでいった。

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