表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

悪魔と魔女の仮契約

 幼い頃、彼はとても泣き虫だった。

 性格は真面目で努力家であり、それは小悪魔界の変わり者種族と称されるジョーカーの中においても、異端児と呼べる存在であった。彼がそんな風に生まれてきたのは、きっと自身にごく僅かに流れるジョーカー以外の血筋が原因だと彼は考えている。


 ジョーカーは興を提供する事を至上の行動理念とする種族である。彼らはいかなる時も笑顔の仮面の裏に本心を隠し、他者からは何を考えているかわからない、食えない奴と思われるような存在でなければならない。

 また、一人前のジョーカーたるもの、涙を流す事は許されない。

 

 ジョーカーは成長するにつれ、目の下に涙のような模様が徐々に浮かび上がってくる。この涙模様が完全に浮かび切ると成人と見なされ、涙模様の中に自身の涙を封じ込める――つまり、この涙模様は一人前のジョーカーとして、人に涙を見せない事を誓った証なのである。


 しかし彼は別に、ジョーカーとして生きる事が嫌なわけではなかった。むしろ自分の種族に誇りを持ってさえいる。

 両親の死に様は他種族から見ればさぞや無様なものだっただろう。しかし二人はジョーカーとして誇り高く散ったのだ。自分も両親のような立派なジョーカーになるというのが彼の夢だった。


 彼は大きくなるにつれ、ジョーカーらしく振る舞うのがとても上手くなっていった。

 常に笑顔で、ふざけていて、人をおちょくった態度の、実にジョーカーとして模範的な存在となった。彼の幼少期を知る者でなければその本性に気づく事はまず無いであろう。


 そんな彼はある日、足元に使い魔用の魔法陣が現れ、様々な種族が通う魔術学園に召喚された。

 使い魔召喚の際には術者より弱い存在が召喚される為、結果的に小悪魔種族は使い魔として召喚される事が多いのだ。

 召喚主によっては、使い魔はかなりこき使われると聞く。むさい男に馬車馬のように働かされるのは嫌だな、と内心嘆いていた。が。


 彼を召喚したのはそれはそれは可愛らしい少女だった。

 さらさらとした柔らかそうなミディアムの淡い金髪に、吸い込まれそうな程深い、神秘的で落ち着いた雰囲気の青の瞳。まさに『お人形さんみたい』という言葉がぴったりのお嬢さんである。

 また、彼女から滲み出る魔力からは甘く、それでいて爽やかな、まるで果実のような非常に美味そうな香りがする。

 こんな美少女にこき使われるならあながち悪くはないのではないか、むしろ自分はかなりラッキーだったのではないか、とすら思える。

 彼は早速ジョーカーらしい笑顔の仮面を被りながら、少女に声をかける。


「おや、これはこれは美しいお嬢さん。貴女のような方に喚んで頂けるとは、ワタシはなんと幸運なのでしょう! それにこの甘美な魔力の香り、もしや貴女は魔女なのではございませんか?」

「……うん、そう。私は魔女。まだ半人前だけれど」


 鈴を転がしたような、透明感のある涼やかな声だ。


「貴方はもしかして……ジョーカー?」

「ええ、ええ! ご明察の通りでございます! お嬢さんは博識であらせられる!」


 流石は魔女の卵。彼女ら魔女は悪魔と契約を交わす関係上、悪魔の生態に造詣が深い。また悪魔の血を引く者も多く、このお嬢さんからも悪魔の気配を色濃く感じる。魔女は種族上は人間に分類されるが、そこはかとなく、彼女の気配からは思わず跪きたくなるような、威圧感のようなものを感じる。

 小悪魔だからこそわかる。これは大悪魔の気配だ。きっと彼女は大悪魔の血を引いているのだろう。

 大悪魔と呼ばれる者はいわばエリート中のエリートであり、貴族の地位に就いていたり、魔王城仕えをしている者がほとんどである。つまりこのお嬢さんは正真正銘の『お嬢様』だ。


 彼女は説明した。

 彼女の名はリリウムという事。

 案の定、彼女は名の知れた大悪魔――魔王四天王の一柱――の娘である事。

 ここは多種族が通う魔術学園である事。

 そして彼女は今、使い魔召喚の宿題が出され、それに協力してもらいたい事。

 宿題の成果を先生に見せに行った後はすぐさま解放してくれる事。


 つまり使い魔として半永久的に縛り付けるつもりはないらしい。それは強制的に喚び出された身としては大いに助かる。しかもどうやら宿題への協力を拒否する権利もあるらしい。召喚対象に拒否権を与えるなど、なかなかに変わり者のお嬢さんである。

 だがそれよりも、だ。

 こんなに美味しそうな魔力を放つ魔女の卵と出会えたのだ、せっかくなら彼女と魔女と悪魔の契約を結びたい。小悪魔と契約してくれる可能性は低いが、可能性が無いわけではない。ダメ元で契約を持ちかけてみるのもありだろう。

 それに、大悪魔を身内に持つ者に契約を持ちかけるなど、大抵の悪魔種族は萎縮してしまって実行には移せないが、小悪魔は刹那主義の快楽主義。そして不真面目である。大悪魔への畏怖の念よりも美味なる魔力を得る事を優先するのは、実に小悪魔らしい振る舞いであると言えるのではないだろうか。


「んー、そうですねぇ。協力するのは構わないのですが……その代わりと言っては何ですが、ワタシと魔女と悪魔の契約を結んで頂けますか? 貴女の魔力はとても美味しそうですから」

「……ごめんなさい。それは出来ないの」


 やはり拒否されてしまったか。予想通りではあるので別にショックな訳ではないが、ここは嫌味の一つでも言ってからかうのが小悪魔らしい反応であろう。


「おやおや、やはりワタシのような下級悪魔とは契約出来ないと? それとも、この右目が不気味だからですかぁ??」


 笑顔を浮かべたまま、他種族から忌み嫌われるジョーカー特有の右目をぎょろりと向けてやった。

 ジョーカーは左右の目のどちらかの白目部分が真っ黒に染まっており、まるで落ち窪んで空洞と化しているかのように見える。ちなみに両目ともこういう目を持つ種族は他にもいるが、ジョーカーは片目だけであり、その左右非対称(アシンメトリー)さがより一層不気味に感じられてしまうらしい。

 しかしリリウムは全く動じる事なく、涼しい顔をして言った。


「……魔女の力は契約した悪魔の能力に左右される。貴方の言う通り、下級悪魔と契約するわけにはいかない。……けれど、その右目の事は関係ない。それに、私はその目を不気味とは思わない。むしろ格好良いと思うけど」


 思いがけない言葉に一瞬、笑顔を絶やしてしまった。不覚。

 だが美少女に格好良いと言われるのは悪い気はしない。


 ……我ながら、この単純でちょろい所は小悪魔失格だと思う。


 幼い頃、故郷でもさんざん他のジョーカー仲間達に言われてきた。


『お前は小悪魔らしくない』

『お前はジョーカーに向いていない』


 と――……。


 ジョーカーに向いていないと言われても、ジョーカーとして生まれて来たのだからどうしようもない。それでも立派なジョーカーになる事が彼の夢である為、これまで体裁だけは保ってきた。

 だが周囲の目はごまかせても、自身の心をごまかす事までは出来ない。こうやって事あるごとに素の自分が出てきてしまう。自分はまだまだ未熟者だ……。


「いやー、貴女のような可愛らしいお嬢さんに面と向かってそんな事を言われると照れてしまいますねぇ。いわゆる逆ナンという奴ですね!」


 なんとか再度笑顔を貼り付け、戯れ言を口にする。ほとんど本音ではあるが。


「ちがう」

「おっと、つれないですねぇ」


 冷淡な表情で即座に否定する彼女に、わざとらしく肩を竦めてみせる。

 それと同時に、思う。

 彼女の宿題に協力するにせよしないにせよ、魔女と悪魔の契約をしない限り、自分は元の場所に還される。そして彼女とは二度と会う事は無いだろう。……それはなんだかとても惜しい事のような気がするのだ。

 どうにかして魔女と悪魔の契約を結びたい。そしてもっと彼女と共にいたい――。


「ですが、別に魔女が契約する悪魔は生涯で一人でなければならないという決まりはないのでしょう?」

「それは……そうだけど……」

「すぐに本契約を結ぶのは気が引けるとおっしゃるのでしたら、まずはお試しとして仮契約を結ぶというのはいかがでしょうか? 仮契約でもお互いに多少の利益はありますし」


 必死に思考を巡らせて――しかし必死さを気取られぬように――食い下がる。

 するとリリウムは軽く俯き、しばらく思案した後。


「……わかった。貴方と仮契約するわ」

「! では交渉成立でございますね!」


 ぱん、と両の手を打ち鳴らし、嬉しさのあまりさらに笑みを深める。


 まだ彼女の傍にいられるのだ……!


 うっかり素の笑顔を浮かべてしまったが、笑顔とはいえ、本心を表に出してはいけないジョーカーとしては、あまり良い事ではなかったかもしれない。


 彼女に気付かれていなければいいのだが……。


「ワタシはミスティルと申します。これからどうぞ宜しくお願い致しますお嬢さん、いえお嬢様!」


 本来、魔女と悪魔は対等の関係であるが、相手は大悪魔の娘、片やこちらは小悪魔である。身分が違いすぎる。

 だから彼は――ミスティルは、彼女の事を『お嬢様』と呼ぶ事にした。小悪魔とて、身分差くらいは弁えるものだ。

 ちなみにリリウムは「別にどう呼ばれようと構わない」と、まるで興味が無さそうだった。多分、自分が何故『お嬢様』と呼ばれているのかもよくわかっていないのではないだろうか。


 こうしてミスティルとリリウムの仮契約生活が始まったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ