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寡黙魔女はおどけ悪魔を理解できない③

 結果から言うと、リリウムは振られた。


 ネメシアは一つ上の学年のエルフの先輩と付き合っているらしい。

 その先輩はエルフの族長の娘であり、一介のエルフならともかく、族長の一族となると純血主義である。

 他種族の血が混ざる事を先輩の親族は認めてくれず、場合によってはエルフ、悪魔、天使の外交関係にまで発展しかねない為、話がある程度纏まるまでは公には秘密にしているらしい。普段から休み時間や放課後に姿を消していたのはそれが理由との事だった。


 そんな秘匿情報を自分なんかに教えてしまって良かったのかとリリウムは焦ったが、リリウムの告白を断る以上、きちんと理由を説明するべきだ、と彼は考えたのだそうだ。

 多少心配になるくらい、良くも悪くも根っからの正直者である。彼には愛する人と幸せになって貰いたいものだ。お相手のご家族の説得が上手く行く事を切に願う。


 よく物語の中では、振られても「私まだ諦めない」とか、「君の気が変わるまで待ってるから」などといった台詞があるけれど、そんなに未練たらしく付きまとうのは相手にとって迷惑なのではないか、とリリウムは思う。

 それとも本当に一途で真剣な恋ならば、そのくらいは普通の事なのだろうか。それぐらい積極的でなければ恋愛というのは成就しないものなのだろうか。

 ネメシアの事をこんなにすっぱり諦められた自分の想いは、所詮その程度だったという事なのだろうか。

 ならば自分には誰かに恋をする資格など始めから無かったのかもしれない。素直に勉強だけしていれば良かったのだ。これからは勉学にのみこの青春を捧げるとしよう。

 ……だが今夜だけは、予習も復習もせずに、自室で思いっきり泣くとしよう。そして明日からはより一層勉学に励む日々を送るのだ。――正確には、野外合同実習後は三日間授業が休みになる為、その間は自室での自習となってしまうが。


 実習の帰り道――周囲を木々に覆われた林道にて、生徒達の列から少し離れた最後尾をとぼとぼと歩きながら、リリウムが心にそう誓っていると。


「嗚呼、おいたわしやお嬢様! ある程度予想はしておりましたが、失恋してしまうとはなんたる不憫でございましょうか……! 今度の街の中心部でのデートは慰め会も兼ねると致しましょう! いや、失恋の傷は新しい恋により癒されると申しますし、なんならこの不肖ミスティルがお相手を務める事もやぶさかではありません! そもそもお嬢様ってばネメシア様の事ばっかりなんですから! 全く、ワタシという者がありながらー! ワタシ嫉妬しちゃいますよー」


 ……よくもまあ心にもない口説き文句をずらずらと並べられるものである。


 やけにテンションが高く、なんだか嬉しそうにすら見える。有り体に言えば、うざい。

 やはり小悪魔にとっては人の不幸は蜜の味、身近な者の失恋話はさぞや楽しかろう。

 正直非常に腹立たしいが、これも小悪魔の本能だから仕方がない。それにここで反応してしまってはこの男の思うつぼである。

 リリウムが黙ったままでいると、「ちょっとお嬢様ー。無視しないでくださいよー」と返答を求めてくる。だんまりすら許してくれないらしい。


「……貴方はただの私の契約した悪魔であって、別に恋愛関係にある訳じゃないでしょ」

「おおっと、お嬢様ってば相変わらず手厳しい……! ――ネメシア様の事は恩人だから好きになった、との事ですが、お嬢様は本来どんなタイプの男性が好みなんです?」

「真面目で誠実で正直な人」

「わー、我々ジョーカーの存在全否定ですねー」

「別にジョーカーと恋仲になるつもりはないし。……そういえば、貴方には恋人っていないの?」


 小悪魔種族は恋愛観や貞操観念が多少いい加減なところがある。ジョーカー特有の特殊な片目は他種族に不気味がられるという事だが、一夜限りの相手ならば眼帯でもしておけば良いし、ジョーカー同士ならばまず気にならないはずだ。

 自分はプレイボーイではない、とミスティルは主張していたが、付き合いのある女性の一人や二人いてもおかしくはないだろう。


「おや、おやおやおや? もしやワタシに興味がおありですか? 凄く気になっちゃう感じですか??」

「別に、何となく聞いてみただけだけど」


 本当に何となく聞いてみただけなので他意はない。


「おや、それは残念。お嬢様ってば思わせ振りなんですからー」

「……もう、すぐそういう事言うんだから……」


 ミスティルはしょっちゅう歯の浮くような台詞や口説き文句を口にする。だがどうせ本気で口説いている訳でも何でもなく、自分をからかっているに過ぎないのだろう、とリリウムは考える。小悪魔にはよくあるただの戯れ言だ。いちいち本気にしてはいけないのである。


「あ、もし今彼女いない上に学園生活で出会いがないんだったらさ、お父様に頼んでお見合いの場を設けてあげようか? ジョーカーの女性だって紹介出来ると思う」


 この学園にはジョーカーはミスティルのみであるし、人型の小悪魔女性を使い魔にしている者も今のところいない。しかしリリウムの父親は大悪魔ゆえ、上級悪魔にも下級悪魔にも顔が利く。恋人募集中の女性悪魔くらいいくらでも見つかるだろう。


「それは慎んでお断り申し上げます」


 さらりと丁重に許否されてしまった。


「別に遠慮しなくてもいいのに」

「遠慮などではございません。本当に結構ですので、お気になさらず」


 断固として突っぱねてくる。

 ……やはり小悪魔としては大悪魔の手を煩わせる訳にはいかないという事なのだろうか。


 結局彼女がいるかどうかすらもよくわからなかったが、そもそも何となく質問しただけの事なので、どうでも良い事といえばどうでも良い事である。

 ならばこの話は終わり、とばかりに会話を終了すると。


「……ワタシ、別に悪魔の女性がタイプな訳ではありませんし」


 ミスティルがぽそりと呟いた。


「……へー、そうだったんだ。意外ね」


 根は真面目疑惑があるものの、小悪魔らしい小悪魔である彼は悪魔同士のほうが気が合うのではないかと思っていたが、そういう訳でもないらしい。まあ好みは人それぞれゆえ、口を出すつもりはないが。


「はは、意外ですか、そうですかー……」


 突然、ミスティルの赤い瞳が翳りを帯びた気がする。そして何やら考え事をしているかのように、そのまま黙って俯いてしまった。

 今日の彼はテンションの差が激しすぎる。本当にどうしてしまったというのか。


「……ねえ。今日のミスティル、なんか変だよ? 大丈夫……?」

「ええ、大丈夫です、大丈夫ですとも……あ、いえ、やっぱり……大丈夫じゃありません」

「えっ?」

「大丈夫じゃないから……今夜少しだけ、お時間を頂けますか? お話ししたい事があるんです」

「えっと……今夜は、ちょっと……」


 今夜は思いっきり泣いて失恋の悲しみを吹っ飛ばしたいのだが……。


「ほんの少しの時間でいいんです。ちょっぴりでいいんです。お願いです、お嬢様……!」


 いつになく真剣な面持ちで懇願されては流石に断れない。それに、もしかしたら何か相談したい悩みでもあるのかもしれない。今まで周りに気づかれないよう、笑顔の仮面の裏にひた隠しにしていただけで。


「……うん、わかった」

「! ありがとうございます、お嬢様……!」


 ミスティルの表情が少しだけ明るくなった。

 きっと相当に大きな悩みを抱えているのだろう。自分なんかに解決出来るかどうかはわからないが、出来る限りの協力はしてあげようと思う。自分は今、傷心中の身ではあるが、大事なパートナーの為だ、一肌脱ぐとしよう。


「約束ですからね、お嬢さ――……危ない!!」

「えっ……」


 気づいた時には巨大な大顎を持つ黒い物体が目の前にあった。恐らく討ち漏らした魔獣が報復の為に周囲の木々の間から躍り出てきたのだろうが、この時のリリウムには理解が追い付かなかった。


 鎌のように鋭い大顎により切り裂かれ、激痛が走る――……はずだった。


 リリウムを抱き締めるようにして間に入った、ミスティルの存在が無ければ。


 彼の背から鮮血が迸る。


 ――ああ、そうだった。彼らジョーカーは、自己犠牲の種族なのだった――……!


「ミスティル……? ねえ、しっかりして! ミスティル……!」


 ぐったりとリリウムにもたれ掛かったミスティルは、既に意識を失っていた。

 ミスティルの背に回した手はべったりと赤く染まり、手で抑えても抑えても溢れ続けた。

 頭が真っ白になり、この後の事をリリウムはぼんやりとしか覚えていない。


 とにかく手負いの彼を守らなければ。それしか考えられなかった。


 身を翻した魔獣が、今度はリリウムを狙い、襲い掛かろうとした。

 が、その時。


 リリウムが反射的に放った魔法が暴走した。


 ミスティルと契約して以来魔力が安定していた為、ずっと生じずにいた暴走が、精神的ショックと危機的状況により誘発されたのだ。

 幸いにも暴走による爆発は魔獣の両目を()き、魔獣が怯んでいる隙に先を歩く他の生徒や教師達が駆けつけ、魔獣を退治してくれた。また、既に魔力がほとんど残っていなかった事もあり、暴走はこの一回だけで終わった。リリウムが覚えているのはこれだけだ。


 教師達が治癒魔法を掛けてくれたが、これだけの深い傷だと応急手当程度にしかならず、すぐさま彼を学園の救護室まで運んだ。普段、軽い傷の治療には保健室を利用するが、この救護室は重傷患者専用の場所である。それだけミスティルの傷は深刻なものであると言えた。


 治療を終え、ベッドで眠るミスティルの傍らで、彼の右手を握りながらリリウムは彼に魔力を送り続けるのだった。

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