寡黙魔女はおどけ悪魔を理解できない①
ミスティルと契約して早一ヶ月。彼についてわかった事は大きく分けて二つ。
ある日の放課後、リリウムは自室で勉強をしていた。
この学園はいわゆる名門校であり、ここに所属する生徒はやんごとない身分の者がほとんどである。また、この学園には様々な種族が通っている為、種族によって常識やマナーも十人十色だ。ゆえに、生活の場を完全に住み分ける事でトラブルが起きないようにという配慮もあり、希望者は生徒一人につき一部屋の個室寮を利用する事が出来る。風呂やトイレ等の生活に必要な設備も各部屋に完備されており、リリウムもこの寮で暮らしている。
彼女の部屋は必要最低限の物しか置いていないものの、小物や家具には所々に猫やウサギのデザインが施されており、年頃の少女らしい可愛らしい空間であった。
「お嬢様ー! 差し入れをお持ち致しましたー!」
ノックもせずに、ミスティルがトレイに載せてクッキーとティーカップ、ポットを持って部屋に入って来た。
彼にも個室が与えられているが、自室にいるよりもリリウムの部屋に入り浸っている時間の方が遥かに長い。ちなみに、ドアに鍵を掛けておいても魔法で勝手に開けられてしまうし、それどころか、近い場所ならば転移魔法で移動する事すら出来てしまう為、リリウムの部屋に直接転移してくる事も可能であった。
ジョーカーという種族は争いを好まない。――正確には、戦闘能力が絶望的である為、処世術として非暴力の精神を先祖代々受け継いできた、というべきか。攻撃に使える魔法はせいぜいこのポットの湯を沸かす為の炎を出せる程度である。その代わり、非戦闘用の魔法は実に豊富であり、これらの食器や飲食物も全て彼の魔力により生成された物である。
「紅茶を淹れて参りましたので、一旦ご休憩されてはいかがです?」
「……そうね。じゃあお言葉に甘えて頂くわ」
これまでもミスティルは何かにつけてリリウムのお世話を買って出ていた。だが彼女はあまり人に頼らないタイプの女性であり、「自分の事は自分でやるわ。貴方も自分の事は自分でやってくれるだけで私はとても助かる」、と言って彼の申し出を断っていた。
しかし彼が魔法で淹れた紅茶は自分で淹れるよりも何倍も美味しく、また魔力の塊を飲むようなものの為、魔力回復の促進剤になるのである。ゆえに彼の用意した紅茶と茶菓子だけは素直に口にするのであった。
「はぁ……まったく、お嬢様はティータイムの時だけでなく、もっと色々な事をワタシに頼って下さってもよろしいのですよ?」
ミスティルはわざとらしく大袈裟な溜め息を吐いた。
その様子に、紅茶のカップを手にしたままリリウムは不思議そうに小首を傾げる。
「……? 何故? 私は貴方を使い魔召喚の儀式で喚び出したけど、貴方は使い魔ではなく私のパートナーの悪魔。雑用をする必要はないはずだけれど」
「何を水臭い事をおっしゃいますか! ワタシとお嬢様の仲ではございませんか!」
「……まだ出会って一ヶ月程度な気がするけど」
「ワタシは攻撃面ではまるでお役に立てませんからね、こういった生活面でお嬢様のお役に立ちませんと。本当は洗濯だってワタシがして差し上げたいのに! あ、もしかして下着を見られる事を心配されてます? ワタシとお嬢様の仲なのですから気にする必要なんて無いではございませんか!」
「だから私達まだ出会ってそんなに経ってないってば……」
わかった事その一。
この男、喋る。とにかく喋る。
その洗練されたトークスキルにより、既にクラスメイトやその使い魔達とも打ち解けている。
流石口八丁手八丁で生き残ってきた種族。コミュ力の権化である。
しかし彼がどんなにマシンガントークを繰り広げたとしても、口数の少ないリリウムは「ふーん」「へー」「そうなの」といったマンネリ化した夫婦の会話のごとき淡白な返事しかしない。にもかかわらず、ミスティルは特に気にした様子もなく、またリリウムにもっと喋れと催促する事もない。
それゆえか、自分とはこんなにも真逆の存在のはずなのに、彼の隣は案外居心地が悪くはない、とリリウムは感じていた。
「……それに、貴方は攻撃はほとんど出来なくても、戦闘で充分役に立ってる。この紅茶や私への契約の効果でね」
傷を治癒する魔法を使えるクラスメイトや使い魔はそれなりにいるが、他者の魔力を回復させる魔法を持つ者は、少なくとも彼女のクラスには他にいない。教師陣にも数える程しかいないだろう。
しかもこの魔法は対象に魔力を分け与えるわけではなく、対象の魔力の回復を促すものである為、小悪魔の少ない魔力でも充分な効果を発揮する事が出来るのである。
また、大悪魔の魔力というのは強大すぎて扱いが難しく、未契約の魔女でなくとも暴走しやすいものである。しかしリリウムは小悪魔との契約により、父親から受け継いだ魔力のごく一部だけが解放されるようになった。まだ魔法の未熟な初心者の練習用にはこの程度で充分であり、むしろ理想的な量であるとすら言えるのだった。
「まさかワタシのような者が魔力の回復要員として重宝されるとは、人生何があるかわからないものですねぇ。ですが何より、お嬢様のお役に立てているなら恐悦至極でございます。我々は案外体の相性が良いのでございますね!」
言いながら、ミスティルは嬉しそうにリリウムの肩に腕を回す。
「その言い方は誤解が生じそうからやめて欲しい。あと飲んでいる時に抱き付かれると危ない」
「おっとこれはこれは、ダブルで失礼致しました」
そう言って彼女の肩に回した腕をほどきながらも、今度は彼女の髪を愛おしそうに撫でる。
彼についてわかった事その二。
スキンシップが過剰。
契約した悪魔は体の一部が直接触れ合った部分から魔力を吸収する。だからスキンシップ自体は不思議な事ではない。
――が、流石に少々多すぎやしないだろうか?
父は魔女である母にここまでしていただろうか?
そうだったような、そうでもないような……。
本来、魔女と悪魔の契約は互いに魔力を供給し合う関係であり、魔女は悪魔から上質かつ多量の魔力を、悪魔は魔女から、比較的少量ではあるものの、悪魔にとって最高の嗜好品とも言える美味なる魔力を提供し合う。しかしこの二人の場合、リリウムがミスティルに魔力を与える機会の方が遥かに多い。ミスティルは小悪魔ゆえ魔力量が少なく、彼から頻繁に魔力を吸い取る訳にはいかないのである。
一方、リリウムの魔力量ならば彼に頻繁に魔力を吸われたところで大した事はない。
しかしそんなにも彼は魔女の魔力が欲しいのだろうか。割と食いしん坊なのか、はたまたジョーカーという種族はこのくらいのコミュニケーションが普通なのか……。
種族が違えば当然文化も違う。だからある程度は許容してあげようと思う。
そう、ある程度までならば。
「それと、セクハラは禁止」
どちらかと言えば小ぶりなほうだが形の良いリリウムの胸に、さりげなく伸ばされた彼の手をつねる。
「おっと、これはこれは手厳しい。ほんのスキンシップのつもりでしたのに」
手の甲をぎりりとつねられても笑みを崩さないのは流石というべきか。痛みを感じているのかどうかすら疑わしい。
「どうせ素肌で触れ合わなければ魔力を吸収する事は出来ないのだから、服の上から触れても意味ないでしょ」
「え、では直接触らせて頂けるのですか!?」
「なんでそうなるの。……私、そろそろ勉強を再開したいんだけど。邪魔するなら自分の部屋に戻ってくれない?」
「そんな……! 自室に篭りっきりだなんてワタシ、気が滅入ってしまいます!」
わざとらしく悲痛な声を上げる。この男、いちいちオーバーリアクションである。普段は笑顔を絶やさぬくせに、こんな時だけとても悲しそうな表情を作り上げる。
「別に部屋に篭っていなくてもいいじゃない。街の中心部でナンパでもしてきたら? 貴方顔は良いんだし、モテるんじゃない?」
この学園はギルドとしての役割も担っており、野外での実践訓練の一貫として、街からしばしば討伐の依頼が舞い込んでくる。勿論学年に合わせた難易度の討伐対象があてがわれるが、任務中に大怪我を負ってしまう事は少なくない。それゆえ、現地に赴きやすいよう、及び怪我人を一刻も早く学園の救護室に運べるよう、この学園は街の外壁近くに建てられている。
この付近は学生以外の人通りは少ないが、街の中心部は人通りも多く、非常に賑わっている。彼氏募集中の麗しき乙女の一人や二人、すぐに見つかるだろう。
ミスティルは人間の年齢で言えば二十歳前後くらいの見た目をしている。鼻筋がスッとしており、目は切れ長ながらも柔和さが感じられ、紳士的な雰囲気の漂う美形、端的に言えばイケメンである。また、声もその紳士的な見た目を裏切らぬ、心地良くて落ち着きのある糖度高めの美声。
コミュ力の申し子たる彼にかかれば初対面の女性を口説き落とす事など造作もないのではなかろうか。
「おやおや、それはもしや遠回しな愛の告白ですか? むしろプロポーズですか?? 式場の予約はいつに致しましょう??」
「……少し訂正。貴方は顔『だけ』は良い、『黙ってさえいれば』」
「そんな! 我々ジョーカーに喋るなと言うのは死ねと言っているも同義でございます!」
ショックを受けるところはそこなのか。
「……じゃあもうナンパ相手と好きなだけ喋り倒してきて。私は勉強の邪魔さえされなければそれでいい」
するとミスティルは何やら訝しむような表情を浮かべた。
「――あの、お嬢様? 何故先程からワタシの事をプレイボーイのようにおっしゃるのです……?」
「え、違うの? 貴方軽いから女性とあらば見境なく口説いているのかと」
「それはとんだ偏見というものでございますよお嬢様!!」
はぁぁぁ~~……っと、ミスティルは今日一番の大きな溜め息を吐いた。なんだか非常にがっかりしたように肩を落としている。
ともあれ偏見は良くない事だ。「それは……ごめんなさい」とリリウムは素直に謝った。
「いえ、お気になさらないで下さいませ。――ですがねお嬢様。ワタシの右目はジョーカー特有の不気味な物でございます。他種族の者は皆、この目を気味悪がるか怖がるものです。全く気にしないのはお嬢様くらいのものですよ」
すなわち、不気味な右目を持つ男と学友になる程度ならばともかく、恋愛となると話は別。生理的に無理、という訳である。
もしかしたらこの右目のせいでナンパに踏み出せない、もしくはナンパをして振られた事でもあるのかもしれない。そう思うととても不憫である。
「……ただ白目の部分が黒いだけなのに、なんでそんなに気になるのか私には理解できない」
リリウムは本当に不思議そうに小首を傾げた。
「はは、お嬢様は変わり者でいらっしゃる」
「うん、よく言われる」
自分はどうにも感覚が周りの人とずれているらしい。自分ではよくわからないけれども。
「見た目であれ内面であれ、自分と違う存在に対してはつい排他的になってしまうものです。それは人間も悪魔も同じでございます。むしろお嬢様は何故この右目を不気味に思わないのか不思議でなりません。ワタシ、気になりすぎて10時間しか眠れませんよ」
「それはむしろ寝過ぎよ。体に悪い。……多分だけど、私は様々な種族の特徴を見慣れているからだと思う。私の一族には悪魔を伴侶とした者が沢山いる。だから親族には色んな悪魔がいるの。人型だけでなく、獣型とか、昆虫や爬虫類の特徴を持った人とか、本当に色々」
「それはまた、ごった煮のような血筋でいらっしゃいますね」
「ごった煮って。……それだけ多種多様な悪魔を虜に出来るくらい、私の一族の魔力は美味しいって事みたいよ。……私達魔女にはよくわからない事だけど」
「ええ、ええ、それはもう! お嬢様の魔力はまるで脳の奥から痺れるような、熟成されたワインのように芳醇な香りと濃厚な味わいのする素晴らしい魔力なのでございますよ!」
「貴方お酒飲むの?」
「いいえ。何となくそれっぽい事を言ってみただけです」
「あ、そう……」
この男の言う事はどこまで信用して良いのか本当に判断が難しい。
「そういえば、貴方のご家族はどこに住んでいるの? 貴方が急に召喚されてしまったから心配しているんじゃない? 居場所がわかるのなら一度連絡したほうが……」
「あー、ご心配には及びません。ワタシの両親は既に他界しておりますので」
「……そう。悪い事を聞いてしまったわね。ごめんなさい」
リリウムは少しだけその瞳を翳らせた。
「おやおや、そのようなお顔をなさらないで下さいませ。我々ジョーカーにとって、父と母の死に様はとても勇敢かつ名誉なものだったのですから」
「勇敢な名誉の死……というと、強敵と戦って討ち死にした、とか?」
ジョーカーには戦闘能力がほとんどない。もしかしたら仲間を敵から逃がす為に足止め役を買って出て命を落としたりしたのかもしれない……。
「いえ。上級悪魔の前でふざけた結果、怒りを買って粛清されました」
「……そう……」
それのどこが名誉の死を遂げた事になるのか、リリウムにはさっぱり理解出来なかった。
「貴方達ジョーカーは生存戦略としておどけた態度を取るようになった、と聞いた事があるけれど、その結果殺されてしまうのは名誉な事なの……?」
「ええ、ええ、それはもう! 我々ジョーカーは他者に興を与える事を至高の行動理念としております。命懸けで笑いを提供しようとする姿勢は称賛に値するものなのですよ。それに、どういう行動を取ったら相手に気に入られるか、逆に怒りを買ってしまうか、そういった事をその命を以て他の仲間達に伝える事が出来ますから」
種族によって思想や文化、倫理観及び価値観は違う。リリウムがジョーカーの価値観を理解出来ないように、種族毎に「常識」の形は非常に異なっている。つまり、一方の種族にとっては笑い転げる様な内容であっても、もう一方の種族にとっては癇に障る、または不敬罪に当たって処刑される可能性とてあるのだ。種族によって異なりすぎる笑いのツボを把握するには自らの命を懸けてひたすら試行錯誤するしかないのである。
幸い、上級悪魔というのはその魔力の高さゆえの心の余裕からか、なんだかんだで器の大きい者が多い。一人のジョーカーが粗相をしてその者を処刑したとしても、その一族をお家断絶に追い込んだり、ジョーカーという種族を意図的に滅ぼそうと考える事はまずない。
ゆえに、一人でも多くの仲間が上級悪魔に気に入られる方法――つまり生き延びられる方法――を模索する為に自己を犠牲にする事は、彼らの美徳と考えられている、とミスティルは説明した。
それを聞いて、リリウムはふとテントウムシの生態を思い出した。
テントウムシにはとても苦い毒があり、一度テントウムシを捕食した鳥はもう二度とテントウムシを襲わなくなるという。彼らが派手な色をしているのは自分に毒がある事をアピールしている、いわゆる警告色なのだという。
他の小悪魔種族は上級悪魔に蹂躙される事を恐れ、姿を隠したり、逃げる術を特化させてきた。しかしジョーカーは自ら上級悪魔達の前に現れ、派手な出で立ちと行動により上級悪魔のご機嫌取りをする事で生き延びてきた。そして種の存続の為ならば自分が死ぬ事も厭わない。そういった意味ではテントウムシと彼らは少しだけ似ている気がする。……もっとも、テントウムシの毒のような一矢報いる手段がジョーカーには存在しないというのが悲しい所ではあるが。それでも今日まで種が存続出来ているのだから、彼らの生存戦略は決して間違ってはいないのだろう。
「……笑いを取るって大変な事なのね」
「はい、大変なのでございますよお嬢様!」
これだけ思考を巡らせていても寡黙な彼女が口に出す感想はこんな一言だけなのであった。
その後もそんな取り留めのない話をしていたせいで、結局勉強はほとんど出来なかった。
しかしこれ程誰かと長く喋ったのはいつぶりの事だろう。案外悪くない日だったかもしれない、とリリウムは思った。
が、しかし。
その日の夜、リリウムは風呂から上がってネグリジェに着替えた後、寝る時間まで魔法書を読んでいた。すると。
「お嬢様ー、貴女のミスティル、再び参上致しましたー」
ポン、と小気味良い音と煙幕と共にミスティルが部屋の中に転移魔法で現れた。もうドアから入ってくる気すらないらしい。
「せめてドアから入ってきて」
リリウムは少しむすっとして冷たく言い放つ。
「いやー、この格好でお嬢様のお部屋に入っていくのを他の方々に見られてしまうとまずいでしょう?」
ミスティルもまたガウンに身を包んでいる。髪が湿っており、顔が少し上気しているところを見るに彼も風呂上りなのだろう。
それにしても、燕尾服を着ていない彼はなんだかいつもと違って見える。右目が特殊である事と、両目の下の涙模様を除けば普通の人間の青年にしか見えない。ガウンから胸元がはだけていて若干目のやり場に困る。
「……で、何の用? 私今、寝間着なんだけど」
「寝間着姿も素敵ですよお嬢様!」
そういう問題ではない。
リリウムが抗議しようと口を開きかけたその時、突然ミスティルが身を乗り出してきた。吐息が感じられるくらいとても近い。さしものリリウムも驚いて目を見開く。
「あのねお嬢様。魔力を吸収する時は直接触れ合わなければならないでしょう? ですが普段の状態ですと触れ合える面積があまり多くないでしょう?」
ミスティルは普段燕尾服を着ている為、手や首から上部分しか露出が無い。直接リリウムと触れ合える部分はごく限られている。
「ワタシね、貴女の美味しい魔力をもっと沢山頂きたいのです。だからもっと沢山貴女と触れ合いたいのです。――全身で、ね」
にっこりと笑いながら「ジョーカーたるもの、夜も楽しませて差し上げなければ」、と付け足す。
リリウムの頬がほんの少しだけ赤く染まる。一般人と多少センスのずれがあるリリウムとて、彼の言っている意味くらいわかる。魔女には割とよくある事だ。そもそも悪魔を伴侶とする魔女が多いのは、まさにその結果と言える。――所謂できちゃった婚という奴で。
「そういえばテントウムシって凄い肉食だった……」
「え、テントウムシ、でございますか?」
「あ、ううん、何でもないの、気にしないで」
ちなみに種類によっては草食や菌食もいるらしいが、今はそんな事はどうだっていい。
ともあれ、リリウムは話を元に戻し。
「えっと、悪いんだけど、貴方の望みに応える事は出来ない……」
「おや、それはまだ、我々の契約が仮のものだからですか? 仮契約の悪魔とはそこまでの関係にはなれない、と?」
「そうじゃない。私は……そういうのは好きになった相手としかしたくないの。ごめんね……」
魔女は悪魔と関係を持つ事を一切躊躇わない者が多いが、身持ちが固い者も勿論いる。リリウムは後者であった。ましてや今の彼女には片想いの相手がいるのだから、尚更である。
「やれやれ、お嬢様は相変わらず真面目ですねぇ。まあそんな所も魅力的ではありますが」
仕方のないお嬢さんだ、とでも言わんばかりに肩を竦める。
「それともお嬢様、もしや意中の相手でもいらっしゃるのですか?」
ボッ、とリリウムの色白の顔がさらに赤くなった。耳まで真っ赤だ。
勿論それをミスティルが見逃すはずもなく。
「おや、おやおやおやぁ? からかい程度に尋ねただけなのですが、もしや図星ですかぁ?」
にやにやとした嫌な笑顔を貼り付けてとても楽しそうにしている。
しまった、とリリウムは思う。
恋愛話というのはいつの時代、どんな種族にとっても大変興味深いものである。ましてや小悪魔にとっては相手をからかう為の最高のネタである。要はこの小悪魔に弱味を握られてしまったのだ。
「これまでそういう素振りは全くありませんでしたよね? という事は同じクラスの男子ではない、という認識で間違いございませんか?? ねえねえどなたがお好きなのです? ワタシの存じ上げるお方なのでしょうか? まだお付き合いしている訳ではないのですよね??」
ぐいぐい来る。案の定コイバナが気になって仕方がないようだ。
だがミスティルとは常に行動を共にしているのだ、遅かれ早かれいずれはばれてしまっていただろう。ならば今のうちにある程度は自白しておこうか――。
「……うん。片想いだけど。隣のクラスの人。……それ以上は教えない」
「ほう、ほうほうほう! これは興味深いお話が聞けました。丁度三日後は隣クラスとの野外合同実習の日。これは非常に楽しみです!」
――そう、三日後には隣クラスとの野外合同実習があるのだ。……意中の彼に会える日でもある。
彼――堕天使のネメシアは普段、休み時間や放課後になるとすぐさまどこかへと姿を消してしまい、すれ違う事すら難しいのである。特にミスティルと出会ってからのこの一ヶ月、全く姿を見かけていない。
そろそろ一目だけでもいいからその姿を拝みたいと思うのが乙女心というものであろう。
「とってもとっても楽しみですのでワタシ、今日は早めに寝ようと思います。それではお休みなさいませお嬢様」
そう言って、ミスティルは入ってきた時と同じように転移魔法でさっさと帰っていった。
だが三日前に寝溜めしたところで、果たして意味はあるのだろうか。
やはりこの男の考えている事はよくわからない。