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魔女と悪魔の仮契約

 様々な種族が通う、とある魔術学園。その生徒の一人に魔女の一族の少女がいた。


 彼女の名はリリウム。淡い金色のミディアムヘアーと深い青の瞳を持つ、物静かな17才の少女である。

 口数が少ない上に淡々とした口調で喋り、表情も乏しいので初対面の者には何かと誤解されやすい。どこかぼんやりとしたような、どこか世の中を達観したような、そんな涼しげな目付きのせいもあり、周りからは何を考えているかわからない、愛想がないと言われた事も一度や二度ではなかった。


 そんな彼女の鉄仮面のごとき表情を崩す存在が、一人だけいた。隣のクラスの男子である、堕天使のネメシアである。背に鴉のような黒い翼を生やした、悪魔と天使のハーフだ。


 リリウム達魔女は、悪魔と契約する事でより強い魔力と長い寿命を得る。リリウムの一族は代々強力な悪魔と契約してきており、契約を結んだ悪魔をそのまま生涯の伴侶とする者も多かった。

 ハーフ種族である堕天使とは違い、悪魔と魔女の間に生まれた子供はそのどちらかの種族となり、リリウムの一族は魔女として生まれてくる者が多かった。また、魔女として生まれた者は種族上は人間に分類される。

 大悪魔を父に持つ彼女の中には強大な魔力が宿っているが、悪魔の血を引く魔女は他の魔女とは違い、パートナーとなる悪魔と契約するまでその魔力のほとんどは眠ったままとなってしまう。例え一時的に解放出来たとしても、コントロールが効かず、暴走してしまうのである。


 ある日、攻撃魔法の自主訓練中、彼女の魔法が暴走してしまった。このままでは彼女の命に関わる程の危険な状況であった。近くにいた生徒の何人かが先生を呼びに行ってくれたが、とても間に合いそうにない。もう駄目だと思ったその時、彼が――ネメシアが助けに入ったのだ。

 彼の片親は上級悪魔だ。大悪魔と呼ばれる存在には劣るものの、暴走したリリウムの魔法を相殺し、鎮める程度の力はあった。

 しかしその際に彼に怪我を負わせてしまった。幸い軽い怪我で済んだものの、自分のせいで怪我をさせてしまった、とリリウムは深く深く頭を下げた。だが彼は「魔法の訓練中にはよくある事だ、気にするな」、と笑って許してくれたのだ。

 その日からリリウムは恋に落ち、彼を前にすると気恥ずかしさにより顔が真っ赤になってしまうのだった。


 そんなある日、召喚術の授業で宿題が出た。それは使い魔を召喚し、喚び出した対象を先生に見せに行く、というものだった。この程度の召喚魔法ならば今のリリウムの使用可能な魔力でも事足りるし、魔法が暴走する事もない。

 先生に見せた後は、召喚した存在をそのまま使い魔にしても良いし、すぐに還してやってもいいとの事だった。リリウムは特に使い魔を持つ事に興味はなかった為、用が済み次第元の場所に還そうと考えていた。


 しかし。


「おや、これはこれは美しいお嬢さん。貴女のような方に喚んで頂けるとは、ワタシはなんと幸運なのでしょう! それにこの甘美な魔力の香り、もしや貴女は魔女なのではございませんか?」


 召喚の魔法陣から現れたのは悪魔の青年だった。へらへらとした笑顔が貼り付いた、見るからに軽薄そうな男である。

 暗い紫がかった髪に赤の瞳を持ち、化粧なのか刺青なのかそれとも生まれつきなのか、両目の下には涙のような紋様が浮かんでいる。シルクハットと燕尾服に身を包んだ非常に派手な装いだが、何よりも目を引くのはその右目であろう。

 彼の右目の白目部分は真っ黒に染まっており、ぱっと見では目が落ち窪んでいるように見えるかもしれない。まるで真っ暗な空洞に浮かぶ赤い鬼火のようなその右目は、大抵の者には不気味に感じる事だろう。


「……うん、そう。私は魔女。まだ半人前だけれど。貴方はもしかして……ジョーカー?」

「ええ、ええ! ご明察の通りでございます! お嬢さんは博識であらせられる!」


 リリウムは知っていた。

 彼はジョーカーという悪魔の一種だ。下級悪魔の中のさらに底辺である小悪魔に分類される、とても弱い悪魔である。

 攻撃手段をほとんど持たぬ彼らジョーカーは、弱肉強食かつ上下関係が厳格な悪魔社会の中、道化のようなおどけた態度と口八丁手八丁により今日まで生き延びてきたという。……もっとも、ふざけた言動や行動が上級悪魔の癇に障って粛清される、という事もしばしばあるようだが。


 ともあれ、リリウムはこれまでの経緯を目の前の男に説明した。


「成程成程、宿題をサボらずきちんと行うとは、お嬢さんは実に勉強熱心でいらっしゃる!」

「別に……宿題忘れで先生に怒られたら嫌っていうだけだけど……。それで、貴方は私の宿題に協力してくれるの?」

「おや、召喚対象に過ぎないワタシに拒否権があるのですか?」


 使い魔召喚では召喚主よりも弱い存在しか喚び出す事が出来ない。逆を言えば、弱い立場である召喚対象は召喚主に逆らう事は出来ず、生殺与奪の権利は召喚主が握っていると言っても過言ではないのである。


「別に貴方じゃないといけないわけではないから。別の使い魔を召喚すればいいだけの話だし」


 実のところ、リリウムは召喚主と召喚対象の関係というものがあまり好きではなかった。無理矢理喚び出しておいて上から目線で命令するというその神経が、どうにも理解出来ないのである。召喚対象にだってある程度の選択権を与えてやっても良いではないか、というのが彼女の主張である。

 ましてや今回は使い魔にする訳でもなく、宿題の為だけの召喚である。流石に申し訳なかろう。

 残り魔力にはまだ余裕があるので、宿題に協力してくれる個体に当たるまでひたすら召喚を続けようと思う。……魔力が枯渇するまで誰も協力してくれなかったら、少々――いやかなり困ってしまうけれども。


「んー、そうですねぇ。協力するのは構わないのですが……その代わりと言っては何ですが、ワタシと魔女と悪魔の契約を結んで頂けますか? 貴女の魔力はとても美味しそうですから」


 魔女と悪魔の契約では、お互いに魔力を供給し合う関係となる。

 悪魔にとって、魔女の魔力は一般的な魔法使いとは比べ物にならない程非常に美味なのだという。つまり魔女は悪魔から強大な魔力を得る代わりに、悪魔に魔女の魔力という名の至高のご馳走を振る舞うという訳である。


「……ごめんなさい。それは出来ないの」

「おやおや、やはりワタシのような下級悪魔とは契約出来ないと? それとも、この右目が不気味だからですかぁ??」


 男は口元に笑みを貼り付けたまま、その禍々しい右の目をリリウムにぎょろりと向けた。

 しかしリリウムは少しも怯える事無く、涼やかに言葉を返す。


「……魔女の力は契約した悪魔の能力に左右される。貴方の言う通り、下級悪魔と契約するわけにはいかない。……けれど、その右目の事は関係ない。それに、私はその目を不気味とは思わない。むしろ格好良いと思うけど」


 リリウムの言葉に男は両の目を見開き、先ほどまで貼り付いていた笑顔が消えた。しかしそれも一瞬の事、再びにんまりとした笑みを浮かべる。


「いやー、貴女のような可愛らしいお嬢さんに面と向かってそんな事を言われると照れてしまいますねぇ。いわゆる逆ナンという奴ですね!」

「ちがう」


 冷めた表情で一蹴するリリウムに「おっと、つれないですねぇ」と、男は大袈裟に肩を竦めてみせた。


「ですが、別に魔女が契約する悪魔は生涯で一人でなければならないという決まりはないのでしょう?」

「それは……そうだけど……」


 魔女が契約出来る悪魔の人数に制限はない。実際に複数の悪魔と契約している魔女も珍しくはない。ただ、契約人数に比例して彼らに提供する魔力も増える為、よほど魔力量に自信のある魔女しかまず行う事はない。だが大悪魔の血を引くリリウムの内に眠る魔力量は凄まじく、ましてや下級悪魔一人に魔力を吸われたところでどうという事はないだろう。


「すぐに本契約を結ぶのは気が引けるとおっしゃるのでしたら、まずはお試しとして仮契約を結ぶというのはいかがでしょうか? 仮契約でもお互いに多少の利益はありますし」


 正式な契約である本契約を結ぶとどちらかが命を落とすまで契約を解除する事は出来ない。文字通り一生ものの契約である。しかし仮契約という形ならばいつでも契約を解除する事が出来るし、解除権は魔女側にある。その代わり、得られる魔力は互いに少量だけである。


 軽く俯きながら、リリウムは考える。

 もうじき隣クラスとの野外合同実習の時期が訪れる。

 勤勉家なリリウムは筆記試験においては非常に優秀であるが、魔力の大半が眠ったままゆえ、いかんせん実技が苦手である。どんなに強大な魔力を内包していたとしても、使えなければまるで意味がないのだ。

 だが目の前の小悪魔と仮契約すれば、ほんの少しは魔力の解放及びそのコントロールが出来るようになるのではないか。

 野外合同実習は実技試験も兼ねており、今後赤点続きとなったら単位が足りずに留年、下手をしたら退学となるかもしれない。

 幸い、在学中の魔女と悪魔の契約は許可されている。むしろ推奨されてさえいる。そうしなければ、この学園のカリキュラムは彼女のような、悪魔と契約するまで魔力が眠ったままのタイプの魔女には圧倒的に不利だからだ。ちなみに悪魔と契約した魔女には食堂を一割引で利用出来るという特典まである。

 しばらく思案した後、ついに。


「……わかった。貴方と仮契約するわ」

「! では交渉成立でございますね!」


 ぱん、と両の手を打ち鳴らしながら、男は先程よりもさらに笑みを深めた。なんだかとても嬉しそうだ。そんなにも魔女と悪魔の契約を結びたかったのか。


(まあ、無理もないか。彼のような小悪魔が魔女と契約出来る機会なんてめったにないもの)


 きっと千載一遇のチャンスだったに違いない。この機会を逃すわけにはいくまいと案外必死だったのだろう。ずっとへらへらとした笑顔を貼り付けているから分かりづらいけれども。


「ワタシはミスティルと申します。これからどうぞ宜しくお願い致しますお嬢さん、いえお嬢様!」


 こうしてリリウムとジョーカーもといミスティルの仮契約生活が始まった。勿論宿題にもちゃんと協力してくれたので、リリウムは先生に怒られずに済んだ。

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