扉の先
フィンが鍵を回すと、カチリという手応えが伝わって来た。
すると鍵穴の横から清水が二つに割れて扉の形に変化していく。
『押してみろ。さすれば扉は開かれる』
ヌアザの声が頭に響き、言われるままに扉を押した。
目が眩む程眩しい光が扉の間から漏れて来る。
思わず目を瞑ると何か強い力で引っ張られて、フィンの体は池の中に引き摺り込まれた。
「うわっ!!」
フィンが叫び声を上げてもがくと、ヌアザの呆れた様な声が聞こえて来る。
「全くお前は臆病者だ。目を開けて見てみろ。我等は既に精霊界に在る」
「えっ‥?」
恐る恐る目を開けると、青々と繁った芝草の野原に立っていた。
そして目の前には人の姿がある。
金糸の様な長く美しい髪、吸い込まれそうな輝く紫色の瞳、これ以上ない程整ったその顔は、何度も水面越しに見たそれの比ではなく、圧倒的な存在感を放っていた。
「君っ‥ヌアザ!!」
「うむ。やっと実体化出来たぞ。どうだ?驚いただろう?」
「じ、実体化?‥‥て事は、僕の中から離れたって事?」
「一時的にな。だがこの姿は私の思念が創り出した物で、こちら側でしか使えない。なぜなら精霊界における私の力が絶大だからだ。フフン!」
ドヤ顔で恐れ入ったかと言わんばかりのヌアザに、フィンは少し呆れ顔で言った。
「‥‥ヌアザって‥残念なイケメンなんだね」
「ム?何が残念だ!私が残念ならお前はもっと残念だぞ!何と言っても臆病者だからな!」
「慎重派と言って欲しいね。僕は準備万端整えてから行動するタイプなんだ」
「男なら少しくらい冒険心があった方が魅力が増すのだぞ!何より女の子の受けもいい。ほら、何と言ったかな?岩下さんと言ったっけ?お前はあの子が好きだろう?」
「な、なんでそんな事知って‥‥!!」
「何度も言わせるな。私はお前が生まれた時から、ずっとお前の中にいたのだ。お前の事なら手に取る様に良く分かる」
「うわぁ‥‥物凄く嫌だ!!プライバシーの侵害だ!」
「仕方なかろう?私だって好きでお前の中にいる訳ではない。血の巡り合わせだから、こればっかりはどうしようもないのだ」
「それだよ、それ!何で僕なんだ?他にも一族はいるじゃないか!」
「私は長い事我が子孫の血を巡り、最も勇敢であり強い力を持つ者と、同等の力を持つ者の誕生を待っていた。そしてそれがお前だった。お前のその名は偶然ではなく、私が求めていた者と同じ名だ。だからつまり、お前にはその資質があるという事だ。それに私がお前の協力を得る事は、700年前に決まっていた。アンガスの誓いによってな」
「いや、ちょっと待って!僕のご先祖の勝手な誓いのせいで、ヌアザは僕を選んだって事?それに資質って‥僕はただの変な物が見える高校生だよ?僕に力なんかある訳ない!」
「お前はまだ自分の力に目覚めていないから、そんな事を言うのだ。それにアンガスの誓いを"勝手な"と言ったな?アンガスが生き残ったから、今のお前がいるというに!先祖を悪く言う物ではない。お前の祖は私でもある」
「‥‥だってさ、目覚めていないと言ったって、何をどうすりゃいいって言うんだ?そんな事急に言われたって困るよ」
「お前もうすぐ夏休みだろ?だから暫くここで特訓をしようではないか。お前が力を使える様になったら、改めてトゥアハ・デ・ダナンへ行くとしよう。なに、心配するな、全て私に任せておけ!」
「‥ハァ‥‥。僕は結局ヌアザに従うしかないという事か。分かったよ。夏休みになったらヌアザの言う通りにしよう。‥そういえば忘れていたけど、僕が掴んでいたアイツはどこへ行ったんだ?」
「それならお前の足元をウロチョロしておる。どうやら犬だった様だな。そうではないかと思ったが」
「えっ?」
フィンが足元を見ると、背中に羽の生えた子犬が走り回っていた。
「わっ!なんだこいつ、メチャクチャ可愛いぞ!」
「川堀の背中を叩いた女というのは、多分こやつの元飼い主であったのだろう。側にいても気付かぬ飼い主に腹を立てて、川堀に乗り換えようとしたのだな。あやつは動物に好かれるタチだ」
「えっ?この子って犬の霊?」
「最初はな。だが飼い主に対する想いが強すぎて、悪い物に変化しかけていた。だから川堀は体調不良になったのだ。ここへ連れて来る時、我が力と縁のある水を通ったお陰で、浄化され精霊の姿になった」
「へぇ。やっぱあの清水は何か違うと思ったよ。ところで、何で鍵穴が池の中にあったんだい?」
「あの池に限らず、私の鍵は浄められた場所に湧く水なら、何処でも反応する様出来ている。まあ、お前達の言うパワースポットという場所だな。お前は私の力の影響で、無意識に池に惹かれたのだ」
「成る程ね。つまりヌアザが体にいる限り、僕も影響を受け続けるって事か。あー‥やっぱ早いとこ追い出さなきゃダメだな」
「人を悪霊みたいに言うな。まあ、何にせよやる気が出るなら致し方無いが。さて、今日の所は戻るとしよう。可愛いサラが待っている」
「可愛いサラって‥確かにサラは可愛いけど。何でヌアザがそんな事言うんだ?サラは僕の妹だぞ」
「お前が私から影響を受ける様に、私もお前から影響を受けるのだ。ちなみに岩下さんも可愛いと思うぞ」
「ちょ、それは言わなくていいよ!」
「ほら戻るぞ!私の手に捕まれ!」
フィンは言われた通りヌアザの腕を掴んだ。
すると四角い別の空間が現れ、見覚えのある景色が見える。
フィンはヌアザに引っ張られる形で、その空間を潜り元の場所に戻った。
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