アイツ
まずは指先で軽く触れてみる。
冷んやりした感触と、思いのほか柔らかな感触が指先から伝わってきた。
おっ!!いけそうじゃん!
取り敢えず掴んでみるか。
フィンは変な生き物の背中と思われる辺りをむんずと掴み、思い切り引っ張ってみた。
川堀の服がフワッと浮くと、短い手足をバタつかせたそいつが離れる。
やった!とフィンが思った瞬間、大きな目はギロリとフィンを睨み付け、ジタバタと激しく抵抗を始めた。
『大人しくしろ!!私に抵抗は無意味だ!』
フィンの口からフィンではない声が響いた。
すると抵抗していたそいつは、急に大人しくなって震え始める。
そしてなぜか体が勝手に動いて、そいつを自転車のカゴに放り込んだ。
えっ?
何だこれ?
僕は‥一体‥‥?
「何か2時間ドラマの犯人みたいなセリフ吐くなぁ。大人しくしてるだろ俺?もう落ちた?綺麗になった?」
川堀がそう言うと、フィンの体はフッと軽くなった。
「‥落ちたよ。これで元通りだ」
今度は自分の意思通り言葉が出て来る。
「あざっす!あれ?なんか頭痛いの治ったぞ?体も軽くなった気が‥?」
「‥‥良かったな。取り敢えず教師へ行こう‥」
フィンは今自分の体に起こった事が理解出来なかったが、川堀が元通りになったのでまあいいやと思った。
それからの川堀は絶好調だった。
うるさいくらい良く喋り、体育の授業でサッカーをやった時も、ゴールを決めていないのに、海外有名選手のゴールパフォーマンスを真似したりと、朝の不調が嘘の様で普段以上に元気に過ごしている。
それに、フィンのガードもしっかりやってくれた。
フィンはこの容姿のせいで"フィン王子"と呼ばれている。
淡い金髪に緑の瞳、中性的な綺麗な顔立ち、185cmの長身に長い手足と小さい顔は、女子達のアイドル的存在となっている。
廊下を歩けば知らない女子から、用も無いのに声をかけられるなんていうのは日常茶飯事で、フィンは毎日ウンザリしていた。
それを知っている川堀は、上手くガードをしつつも「俺ならフリーだからいつでもオッケー!」と、ちゃっかり自分も売り込んでいる。
チャラい様に見えて気遣いの出来る奴だ。
フィンは川堀のこういう所が好きだった。
だから決して言わないのだ。
自分には変な物が見えるという事を。
フィンが子供の頃受けたいじめは、トラウマとして根強く残っている。
川堀以外にも大切だと思える友達は、こっちに来てから沢山出来た。
大切な友達を失いたくない。
その一心でフィンは言わないと心に決めたのだ。
「川堀」
「ん?」
「ありがとう」
「何が?俺本気でおこぼれでも彼女欲しいって思ってるんだけど」
「ハハッ‥‥頑張れ!」
「おう!見てろよ!夏休み中に決めてやる!」
「そのセリフ去年の夏も聞いた」
「いや、今年こそはいけそうな気がするんだ。フィンこそ作んねーの?よりどりみどりじゃん!」
「あー‥‥僕等はまだ、そういうのいいや」
「いや、早く作ってくれ!そうすればこっちにもおこぼれが回って来るからさ。本当頼む!早く作って!」
川堀の切実な願いは、どうやら本気の様だ。
とにかく、朝とは違ってこんな軽口が叩けるくらいに回復したのは、喜ばしい事でやって良かったと思える。
問題は自転車のカゴに入れた、アイツをどうするかだけだ。
試しにお気に入りの神社の池に連れて行って、清水で清めてみようか‥‥
そんな事を考えて1日過ごす内に、授業も終わり帰る時間がやって来た。
委員会がある川堀より先に、自転車置き場に着いたのはラッキーだった。
万が一またアイツにしがみ付かれでもしたら、せっかく引き剥がした甲斐が無い。
やっぱりアイツはフィンの自転車のカゴにいたから。
フィンが近付くとまたブルブル震えて、カゴの隅で体を丸めている。
フィンは気にせずその隣にカバンを押し込むと、お気に入りの場所へ自転車を走らせた。
澄んだ清水で満たされた池は、夏だというのに涼しさを感じる。
実際目の前に鬱蒼と茂る木々のお陰で、大分気温が低いのだろう。
フィンはアイツをカゴから掴み出すと、池のほとりに膝をついた。
ゆらゆらと揺れる水面に手を入れようと覗いたら、今迄見えなかった物が見える。
えっ‥!?これって‥‥
鍵穴じゃん!!
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