癒しの水
目も眩む程に眩い、光の洪水を通り過ぎると、フィンは緑の野原に立っていた。
前回は何とも無かったのに、今回は軽い眩暈がする。
思わずその場にしゃがみ込むと、目の前にサンダルを履いた足が見えた。
「力の配分を教えねばな。無意識だろうが、無駄に力を使い過ぎだ」
頭の上から聞こえる声に顔を上げると、思った通りの人物が立っている。
「ヌアザ!これ‥僕どうなってんの?何だかクラクラするんだけど‥」
「お前の中に眠る力に、お前の器が耐えられなくなったのだ。そのまま横になれ」
フィンは言われた通り仰向けに横たわった。
雲一つない青空は、普段目にする空よりも、はるかに濃い青色をしている。
しかし、それをじっくりと眺める余裕は今は無い。
「目を閉じて、暫く動くなよ」
金糸の様な細く艶やかな髪が、サラリと頰を撫でて、少し心配そうなヌアザが覗き込む。
フィンが目を閉じると、サラサラという衣擦れの音と、ひんやりとした手が額に触れる感触がして、そのままその手は動かない。
その途端、フィンの頭の中に映像が流れ込んで来た。
初めは最近見た景色と自分で、そこからどんどんと過去の景色へ巻き戻されて行く。
映像は次々と変化し、歴史の教科書でしか見た事の無い、馬が馬車を引く様子や、ドレスを着た貴婦人、タイツを履いた膨らんだ袖の服の男性、鎖帷子を身に着けた中世の騎士の姿へと変わって行く。
程無くして、巻き戻しが急にゆっくりと進み始め、金色の髪に緑色の瞳の人物が現れると、巻き戻しから再生に変わった。
えっ!?何この顔‥‥
僕にそっくりだ!!
フィンにそっくりな顔の人物は、フィンよりも濃い色の長い金髪で、頭の上には兜の様な物が乗っている。
服装は長い衣に帯を締めて、そこには剣が下がっており、足元は革で出来た靴を革紐で留めて、手には槍を持っている。
多分、遥か昔の戦士なのだろう。
どういう訳か妙に懐かしい感じがする。
ヌアザは何故こんな映像を見せるんだ?
僕にそっくりなこの戦士には、いったいどんな意味があるというんだろ?
戦士の傍には、怪我をした男性が倒れている。
こちらも同じく戦士らしく、胸元を布で押さえて、止血を試みた様だが、苦痛に顔を歪ませ、浅い呼吸で今にも生き絶えそうだ。
するとフィンそっくりな戦士は、傍の水桶から両手で水を掬い、その水を怪我した戦士にそっと飲ませた。
これ‥知っている‥
癒しの水‥だ!
そう思った所で、映像はフッと消えて、額の上にあったヌアザの手の感触も遠ざかっていく。
「ゆっくりと目を開けて、上体を起こしてみろ。何をすれば良いか、もう分かった筈だからな」
閉じた瞼の向こう側から、ヌアザの声が聞こえる。
フィンはその言葉通り、ゆっくりと目を開けると、覚束ない体をそろそろと起こした。
ヌアザは右手の人差し指を振り上げてから、フィンの目の前を指差し、また引っ込めた。
すると、ソフトボール位の丸い水の球が現れ、目の前にフワフワと浮かんでいる。
ドクン!と、体全体が心臓になった様な衝撃が走り、手が勝手に水の球に引き寄せられて行く。
そして両手で水の球を挟んで、手の平で水を掬って口元へ運んだ。
ゴクリ!
一口水を飲み込むと、喉元を過ぎた辺りから体が熱を帯びて、さっきまで鉛の様に重く感じていた体が軽くなってきた。
慌てて残りを飲み干すと、すっかり元通り、いやそれ以上に元気な自分に変わっている。
何が起きたのかは良く分からないが、何故かこれは自分の力なのだという、おかしな確信があった。
「上手くいったな。思い出す方が、教えるより早いからな。お前はアレの生まれ変わりだ。魂に記憶が刻まれている」
「‥生まれ変わり?アレって‥誰なんだ、あの戦士は?」
「アレは生い立ちが複雑故、あらゆる知識を身に付けておった。誰よりも強く、賢く、人々に尊敬され、そして美しい金髪と白い肌を持っていた。元の名はデムナと言ったが、その美しい金髪にちなんで、お前と同じ名で呼ばれる様になったのだ」
「僕と同じ名‥?あの戦士もフィンなのか?」
「ああ、そうだ。アレはフィアナ騎士団団長、フィン・マックールという」
「フィン・マックール‥フィアナ騎士団‥?」
ヌアザは花の様に美しい笑顔を浮かべて、上機嫌で頷いたが、フィンにはピンと来なかった。
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