金髪の少年
区画整理された田んぼの間を真っ直ぐ走る農道を、淡い金髪をなびかせながら少年が自転車に乗って進んで行く。
少し離れた所には片側2車線の国道が走り、歩道を歩く学生や、ジョギングをしている人の姿が見えるが、少年は敢えて農道を利用していた。
理由は沢山あるけれど、一番の理由はこの目立つ容姿にあるからだ。
竹内フィン
17歳
高校2年生
アイルランド系ニュージーランド人の母と、ここN県S市出身の父との間に産まれたハーフだが、まったくもって日本人の血が混じっているとは思えない容姿をしていた。
淡い金髪と濃い緑色の瞳は、この片田舎ではかなり目立つ。
田んぼのあぜで草刈りをする農家のお爺さん達に、時々「外人さんかい?」と聞かれる事もある。
でもフィンはジロジロ物珍しそうに見てくるだけの人よりも、遠慮なく聞いてくる人の方が好きだった。
悪意が全くないという事が、フィンには分かっているからだ。
フィンは東京で産まれて、7歳までは東京で育った。
田舎より外国人の多い東京の方が、フィンの容姿はよっぽど目立たないのだが、どうしても東京では暮らせない理由がある。
まあ、これも沢山ある理由の一つで、フィンは人混みを苦手としているのだ。
物心ついた時から、当たり前の様に"そいつら"はフィンの目に映っていた。
人混みに紛れて現れては消える"そいつら"は、所謂妖怪と呼ばれる物の類いなのだろう。
時には話しかけて来たり、からかう様に追いかけて来たりと嫌な思いをさせられて、それを人に言うと信じて貰えないばかりか、頭のおかしな奴扱いからいじめの対象にまでなってしまった。
その為フィンは人混みを歩くのを極端に嫌がる。
人口の多い東京で人混みを避ける事は難しい。
段々と表に出る回数が減り、引きこもりがちになる息子を心配した両親は、人口の少ない父親の生まれ故郷へ引っ越す事を決めたのだ。
ここS市はど田舎という程田舎ではない。
新幹線の駅もあるし、高速道路も通っている。
大型商業施設もあれば、コンビニだってすぐ近くにある。
まあ、程良い田舎といった感じで、自然が豊かな上にそこそこ暮らし易い割といい場所だ。
フィンも越して来てから10年経ったが、ここがとても気に入っている。
近所の人は気さくだし、お気に入りの場所もある。
今日もこれからそこへ寄って、家に帰るつもりだった。
「お〜いフィンちゃん、ちょっと待ってな。リンさんにこれ持ってって!」
ビニールハウスの横を通り過ぎようとした時、中から出て来た顔見知りのおばさんに呼び止められた。
因みに"リンさん"というのはフィンの母親の事で、名をケイトリンという。
「おばちゃん、僕等は男なんだから、せめて君って呼んでよ」
「フィンちゃんはフィンちゃんだよ。これミニトマトだけどリンさんに渡して。この前パウンドケーキ貰ったからさ、お返しにこんな物で悪いけど」
「ありがとうおばちゃん!おばちゃん家のミニトマト甘くて好きなんだよ」
「フィンちゃんみたいなイケメンに好きなんて言われたら、おばちゃん照れちゃうよ。またお宮に寄って行くんだろ?遅くならない様に早く帰りな」
「うん。これごちそうさま!」
フィンはミニトマトを自転車のカゴに入れて、目的の場所へ向かった。
この辺りの人達はお宮と呼んでいるが、フィンのお気に入りの場所はこの土地に昔からある神社だった。
何の神社なのかは知らないが、神社の横にある清水の涌く小さな池は、なぜか引き込まれる魅力がある。
多分パワースポットという場所に当たるのだろう。
この清水を口にすると不思議と力が漲り、生き返った様な気分になった。
神社の横に自転車を停めて、フィンは清水の池で貰ったばかりのミニトマトを洗っていた。
すると清水に映るフィンの顔の横に、もう1人の顔が映り込んだ。
「なあ、お前は何なんだ?昔からずっと僕の中にいるけどさ」
フィンが訪ねても、もう1人は微笑むだけで何も言わない。
長い金糸の様な髪と紫色の瞳に、整いすぎる程整った美しい顔。
女性ならば絶世の美女だろうが、男性である事はなぜか分かってしまうのだ。
小さい頃から自分の中にはもう1人いるという感覚があった。
だからついもう1人を含めて、自分の事を"僕"ではなく"僕等"と言ってしまう。
こっちへ越して来てこの神社へ祖父に連れて来られた時、イタズラに覗いた池の水面に、初めてもう1人の姿を見る事が出来た。
それからはほぼ3日に一度はここへ来て、もう1人に話しかけている。
まるで何かに突き動かされているかの様に。
「やっぱり今日も何も言わないか」
残念な様な怖い様な、なんとも言えない感情に支配される。
フィンは立ち上がると、洗ったばかりのミニトマトを一つ口に放り込み、自転車に跨り家に帰る事にした。
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