第九話 戦場の再会
やがて河内伴成の下知により、葉隠山を指して走り出す。それに応じるように葉隠山のかがり火も動いた。
辺りに怒号が響く。
捨松は今までにない興奮を感じた。
他の部隊も小競り合いを始めている。
山から下りてくる方が戦には強い。
だが、やはり大将の差なのだろうか?
兵力と力押しをする人藤勢とは違い、椙澤の軍の動きに無駄がない。
伴成の騎馬隊は、まず敵を正面で受けるように構える。
しかし敵が近づくと、前の数列は左右に駆け出して敵の横腹を突く形に変形する。後ろの数列は正面に突っ込む。敵兵はどこを相手してよいか分からず、潰走してしまうのだ。
だから寡兵の割に、あっという間に敵兵を薙ぎ倒してしまう。
それを目の当たりにした捨松。
ここに身を置いても武勇のない自分は邪魔になるだけと、馬を後ろに下げ戦いから離脱する。
人藤と椙澤は、この小競り合いを何度繰り返したであろう。
人藤勢には兵力がある。椙澤には将がいる。
その間に人藤は同じことを繰り返すであろうか?
兵士を無駄にぶつけて無駄に引く、無駄な戦を。
自分ならそうはしない。それに人藤も気付いたであろう。
椙澤はいつものように、人藤の兵を押しつぶす。
人藤が兵を退くまで。
だがそれは目眩ましだ。
「河内さま!」
「うん?」
捨松が急いだ場所は河内伴成の控える陣であった。
捨松の兵は息を切らしながらそれに続いていた。
「なんじゃ二宮。そなたは戦場が怖くて逃げ帰ってきたのか?」
「いえ、そうではありません」
捨松は拝領したばかりの槍を構えて、河内伴成の前に立って守る形をとる。
「先の人藤勢と迫勢の戦において、人藤勢の中で暗躍する部隊がありました。それは大将たちを暗殺し、指揮官を失った兵士は蜘蛛の子を散らすようになってしまったのです」
「はあ? それがどうした」
「それは九鬼の里の諜報部隊です。つまり今宵の戦も、それと同じように」
「なんと?」
その時であった。月夜に僅かに輝くものが見える。
それは的確に河内伴成に向かって飛んでくる。
それに気付いた捨松はそれに向かって槍を振り上げる。
小さくインと音が響いて、それの軌道がズレる。
そして、河内伴成の横に控える小姓の兜に当たって地面に落ちた。
それは棒手裏剣であった。一撃を急所に食らえば致命傷。
みなそれを見つめるが捨松はまだ空を見つめている。
また僅かに輝く。
「河内さま! 私には武勇がありません! 手裏剣をうまく打ち落とせませぬ。どうか御身をお守り下さい!」
その声に気付いた河内伴成は体を大きくずらして馬の腹に貼り付いた。
すると、後ろにある陣幕に二つの穴が空く。
「ええい! 手裏剣を投げるものを捜して討ち取れ!」
と河内伴成は左右の小姓に命じると、彼らは陣幕を抜けて近くの木に向かって走り出した。
敵は上手く河内伴成の急所を狙って投げてくる。
小姓の向かっていった方向に間違いはない。
だが、木の上にいるものをそう簡単には討ち取れまい。
相手は、恐ろしい忍者集団だ。
すぐに逃げる算段を付けているだろう。
河内伴成を馬に乗せて逃がすしかない。
そう思って馬に駈け寄ったときだった。
「ぐえ!」
と、断末魔。それは後方から。
そして木の上から落ちる音。
まさか小姓が早々と忍者を討ち取ったのかと捨松は振り向いた。
やがてもう一つ断末魔が聞こえ、それも木から落ちる。
手裏剣は飛んでこない。
捨松は陣幕の入り口を目を凝らすと見覚えのある顔が飛び込んできた。
「捨松!」
「アツ!」
久しぶりの再会であった。
アツは捨松のもとに駆け込んで抱き付いた。
捨松もそれに応じて彼を抱きしめる。
「来てくれたのかアツ」
「おうとも。虚空蔵寺からそっとつけておった。それにわし一人ではないぞ」
そう言うアツの後ろに十四人の軽装、黒装束の男女が降り立った。
「墨谷の生き残りだ。他にも六人、辺りを警戒している」
「なんと誠か!」
捨松はアツに命じて河内伴成の陣に四人の墨谷のものを配置し、自身は残りを引き連れて高田義重の陣へ向かい、半分に分けて椙澤資和の本陣への警戒に向かわせた。
結果は捨松の思った通りだった。高田の陣と本陣にはすでに数人の忍者が大将を暗殺しようと隠れていた。
それらはまさか自分たちが暗殺されるとは思わず、あっさりと討ち取れた。
やがて東の山が朝日に輝く頃、西の山に光るかがり火が引く。
人藤は暗殺が失敗に終わったことをさとり、兵を退いた。
それに応じて左藤も兵を退いてゆく。
それを捨松は山裾を駆けながら河内伴成の陣へと戻っていった。
戦が始まって四刻(八時間)。椙澤勢の防衛は成功した。河内伴成の陣はすでに他の兵士は整列し、各々の戦功を口々に自慢していた。
大将は残誤処理が大変なのであろう。早馬を辺りに飛ばし、待機中の兵士たちには食事の準備を命じていた。
その河内伴成に、暗殺集団の殲滅を報告した。
戦は終わったというのに河内伴成は兜の面を付けたままで応対した。忙しくてそれを取る暇すらないのであろう。
「河内さま」
「おお二宮。まさか敵があのような戦術に来るとは思わなんだ。高田どのやお館さまはどうであった」
「はい。やはりすでに忍者が伏せられておりましたが、私の手のものがそれらを討ち取りました」
「なんとも素晴らしい。そうか。ご苦労であった。此度の活躍はわしの方からお館さまに報告しておく。そなたは他の兵士と共に、食事をするがいい。昼前には解散となるであろう」
「は、ははぁ!」
捨松はアツや他の墨谷のものを引き連れて、炊き上がった米の飯を食った。珍しい白い米の飯に舌鼓を打ちながらアツと笑い、今日の戦功を語り合う。
「ほほう。やはり米の飯はうまいのう。銀に輝き、仏の舎利骨のようじゃ」
「なんじゃ、捨松は米の飯が珍しいか」
「当たり前じゃ。いつも粟ばかり食ろうてたからのう。たまの米の飯には雑穀を混ぜて量を増やしておったのじゃ。そう言うアツは戦働きするから、米の飯は珍しくはないのか?」
「馬鹿を言うな。ワシら下働きには滅多に回ってこん」
「そうかぁ。やはり椙澤郡は豊かじゃのう」
「まったくじゃ。早う大将になって、毎日米の飯を食わしてくれよ」
「おおう」
捨松の初陣は華々しく完全勝利に終わった。