第八話 初陣
それから三日ばかり経って。
二宮捨松は生活のために日雇い仕事をして暮らしていた。
夕暮れになり、借り暮らしをしている虚空蔵寺の床下に向かうと、ジサブとサブロウ、シロウが荷物を携えて待っていた。
「おお、おお。お待たせして申し訳ございませぬ。いつからここにおらっしゃった?」
「いやいや。いま来たところじゃ。それに文王は待つものじゃからな」
「え?」
「いやいや、こちらの話じゃ」
そういって携えていたものを捨松の前に突き出した。
それは、侍らしい小袖と裃、それに大小の太刀と槍。さらに具足の入った木箱に捨松は驚いた。
「これは?」
「伴成どのに、そなたのことを話したらことのほか喜んだ。しかし、お館様に面会するにはそれなりの格好が必要じゃ。そこでこれを伴成どのは我らに持たせたのだ」
捨松は余りの感動に言葉を失ってしまった。
「こ、こ、こ、こ」
「なんじゃ。ニワトリの真似か?」
「これを私にですか?」
「そうじゃ。やがて伴成どのより使者がこよう」
「ありがとうございます!」
捨松はその場に泣き崩れた。
三人の温情。切り開かれた仕官への望み。
捨松はこれより大きく活躍できる場を与えられるかも知れない。
三人に深く感謝した。
しかし、そう簡単には行かなかった。
そこから数日。真夜中に陣太鼓が鳴り響き、馬蹄の響きが聞こえだした。
捨松が慌てて飛び起きると西の山にざっと広がるかがり火。
人藤の領から左藤の領内まで真っ赤だ。
両軍は同盟を組み、かなりの軍勢で攻め入ってきたと見て取れた。
「なんとしたことじゃ!」
馬蹄の響き。足軽たちの駆ける音。
まさに風雲急であった。
しかし捨松はどうしていいのか分からない。
まだ仕官していないのだから、いつものように戦場の調査に行くべきか?
それとも拝領したばかりの刀を下げて、戦に参加するべきか迷っていた。
そうこうしてると、椙澤資和の住まう大館の大手門が開き、お館である資和の軍勢も出陣していくようだった。
「こ、ここはわしも僅かではあるが援軍に行くべきであろう」
と決めた時だった。寺の中にドヤドヤと軽装の足軽たちが一頭の馬を率いてやって来た。その数は九人。
それが、捨松の前に平伏する。
「二宮どの。河内伴成様の命によりお迎えに上がりました。我らを率いて、伴成様の陣に急いで下さい」
「なんと、伴成様が?」
捨松は率いられた馬に危なっかしそうに跨がると、兵に馬の口をとられ伴成の陣に急いだ。
そこは、椙澤資和の本陣とはかなり離れた場所ですでに五百ほどの騎馬隊が集まってかがり火が焚かれる西の山を睨んでいた。
そしてその騎馬隊はすでに勝ったかのように大笑しながら下知を待っている様子で、捨松の口取りをする兵たちは、その間を抜け黒い鎧の大将の前に連れてきた。
「二宮どのをお連れしました」
その言葉に気付いて首を向けたのは、河内伴成。
しかし顔には口の部分を隠す面を付けており、さらに夜の暗さも手伝って顔がよく分からなかった。
「二宮捨松と申します。微力を尽くす所存です」
少しばかり声が震えたがちゃんと言えた。
だがさすが歴戦の大将。微動だにしない。
「さようか。そなたは計略を用いるらしいが戦場でどれほど役に立つのか見てみたい。見事な働きを見せてみよ」
「は、ははぁ!」
捨松は乗り慣れない馬を操りながら、血気盛んな騎馬隊に紛れた。