第五話 約束
酒盛りが始まると、大変に話しが合った。
ジサブも、サブロウも、シロウも、なかなかいい人格の持ち主で、浮浪者の自分にこうも気安く友だち語りをしてくれると、大変に嬉しかった。
やはり、仕える主がよいと、こうも人間がいいのかと思ったものである。
そんな中サブロウが話をしてきた。
「ところで」
「うん? なんでございます?」
「あの計略は見事なものじゃったのぉ。なんで、あんなことが考えられるんじゃ?」
捨松は少しはにかんだ。
「さて。昔から、こう戦場をみると、頭にあふれてくるのでございます。なんでしょうね? こちらのこと、敵のこと」
シロウは感嘆して尊敬の言葉を述べた。
「すごいのぉ。軍略の神が宿っておるのかのぉ」
「まぁ、早く戦乱の世が終わって欲しいですがね」
ジサブは捨松のそんな言葉にニンマリと笑った。
「お館様に仕官するのはいいが、お館様をどう思う?」
「されば……」
「うんうん」
「噂ではお人柄もよく、政治に通じ、戦上手というものですが、戦場を見て来ましたが誠にその通りでございました」
ふふん。と笑うジサブ。さらに聞いてみる。
「では弱点は?」
と問われて、しばし考える。
「長所が短所になるというところですかな? 情に厚いところが時として返って弱点になる場合もございます。お方様のお恵の方さまも、初陣の際に戦災孤児となった女児を可哀想だと侍女にお入れになり、年頃になってから、周りの反対を押し切ってご正室になされるなど、余りの情の深さでございましょう」
それに同調し三人の侍たちはウンウンと頷いた。しかし、捨松は続ける。
「しかし将来、もしもお方様がお先にお隠れになられたら? 重臣の方々が戦死なされたら? 余りに情が深い故に心労が重なりご病気になられる恐れもございます」
「そんなぁ。大丈夫じゃぁ」
ジサブはまるで自分ことのように言うがその声は多少小さい。そこをサブロウがポンと肩を叩いた。
「まぁ、たしかに二三郎……いや、お館さまはそういうところがあるのぉ」
というと、今度は楽しげにシロウが聞いてきた。
「なるほどのう。なるほどのう。では義重さまと伴成はどうじゃ?」
「伴成……?」
「……いやいや。伴成さまじゃ。ええい。わしも酔うてしもうたか」
身分の高い足軽大将である河内伴成を呼び捨てで呼んでしまったことを恥、シロウは自分の頬をパンパンと強く叩いた。
「義重さまも、伴成さまも、武勇優れたる傑物でございましょう。先の山城を奪い、篠山典禅を迅速に追い払った河内伴成さま。あれはものすごかった!」
「たしかにのう。たしかにのう」
とにこやかにうなづくシロウ。
「ですが、お二人とも忠義に厚すぎる。資和さまを恋い慕う余り、体を投げ出して戦場でケガでもなされなければよいが」
それを聞いたサブロウとシロウ。顔を見合わせて真っ赤な顔をして笑い合った。
「資和さまを恋い慕う?」
そう言いながら手を叩いて笑い転げるのをジサブは黙って酒を飲みながら横目で見ていた。
「あの大将二人は男色ではない。ちゃんと婦人を愛する丈夫だ。そんな恋い慕うなどと」
「いえいえ。兄弟以上の間柄。主従を越えた間柄と聞いております」
笑う二人に、あくまで第三者視点を伝える捨松。
「まぁ、良いではないか。それよりも、捨松が仕官できるよう協力せぬか?」
とジサブが提案するとサブロウとシロウは笑い転げた体を起こしてうなずいた。捨松もすぐに目を輝かせて自分の希望を言う。
「出来れば河内さまに取り次いで頂き、そこから椙澤お館に面会なんてのは出来ませんかのう」
三人は顔を見合わせた。
「なるほど。河内どのは出自が木こりの子であるからな。捨松の気持ちを理解してくれるかもしれん」
とシロウ。サブロウもそれに同調する。
「河内どのならば我らも心やすいお方。早々に申し上げてみよう。先の作戦は捨松の考えであるとな」
「なんともありがたい。お三方にはきっとお礼を致します」
「ほう。例えば?」
そう聞かれて捨松は少し考えた。
「もし、私がこの先出世したとしても、三人との友だち付き合いはやめません」
「となると、どんな城に住もうとも、我らを歓待してくれると言うことか?」
「もちろんでございます。どんな城でも、このムシロの上と同じと思って下され」
その話に三人は声高らかに笑った。捨松も合わせて笑う。虚空蔵寺に笑い声が響き渡ったのであった。
ジサブはニンマリと笑う。まるで全てを魅了する笑顔。
そして捨松のザンバラ髪に手を伸ばす。
「痛ッ!」
「仕官もいいがなんじゃこの髪はぁ」
「……髪など軍略には関係なかろう」
ポツリと言い返すと、今度はサブロウがアゴ髭を掴む。
「なんじゃなんじゃ、この髭は。侍になるなら、もっと侍らしくせい」
「そうかのぉ?」
「そうじゃ。まぁ、捨松らしいと言えば捨松らしいがのぉ」
酔いが進んでの軽口。だが捨松には全然気にならない。三人の真心が胸にはいるようで楽しかった。
やがて日も暮れかけ、三人の侍は中腰で捨松に暇乞いをした。
「すまんが今日はここで帰ることとしよう」
「あやや。大したことも出来ず申し訳ございません」
「なんのなんの。大変にうまい酒であった」
捨松は三人を寺の門まで送っていき、その背中が街の中に消えるまで見送った。