第四話 山城を取る
それから、さらに数日が経って。
未だ左藤領である普立山の山頂は急に慌ただしくなった。
「篠山さま! 篠山さま! 御大将の本丸の城下町が燃えております!」
「なんと!?」
篠山典禅、急ぎ城の窓から首を出してみれば、山間に挟まれてよく見えないが、たしかに主君左藤秀政が居住する本丸の城下に火事が起きているようだ。
そこに、さらに主君の使い番が入って来て、挨拶もそぞろに声を張り上げた。
「篠山さま! 椙澤の兵が大挙して我らの城を攻めております! 貴殿らは何をしておいでだったのか? 至急、後ろから敵をつつき、どうにか追い払って下さいませ!」
これには篠山典禅も驚いた。椙澤勢が最近静かだったのは間道を通り本丸を狙うためだったのだとの考えに到った。
「か、畏まった。貴殿もどうにか城に戻って、お館様に典禅が命に代えてもお守り申すとお伝え下され」
「はは!」
その使い番は、城を指して馬を走らせて行ってしまった。
典禅は、急ぎ具足をつけると、馬に跨がり城に向けて兵を走らす。
典禅が、途中の山まで来てみると、「おや!?」と声を上げ兵の足を止める。
城下ではない、途中の山裾に枯れ木や芝藁などが重ねられ火がつけられているだけで、木々の間、黒煙による錯覚で城下が燃えているように見えるだけだ。
そしてあの使い番も、椙澤方の兵士が、左藤の具足を着用した偽物だったのだ。
「おのれ! 謀られたか!」
鬼の形相で振り返り、急ぎ山城に戻って来てみれば、山城から射掛けられる矢、矢、矢。
山城からピョイと首を出したのは、足軽大将の河内伴成であった。
「おやおや、篠山どの。お留守なようなので頂きましたぞ? 火事の野次馬とは篠山どのも悪い趣味をお持ちじゃ」
「うぬぬぬぬぬ、か、河内伴成ィィィィーーー!!」
典禅、意地になって五百の兵を以て総力戦をかけるが、矢を射かけられ、石つぶてを投げられ、煮え湯をかけられてしまい、石垣一つも登れなかった。
この山城が難攻不落であることは典禅自身がよく知っている。かと言っておめおめと本丸にも退けず恥じてその場で割腹して果てた。
こうして、椙澤資和は二群一城を手中に治めたが、その影に捨松の奇略があったことは三人の警護兵以外は誰も知らないことであった。
しばらくして、椙澤領内の虚空蔵寺。
捨松は戦場より戻り、前と同じように寺の床下を借りて、風雨を避け生活していた。
しかれているのはムシロが二枚。
そして数冊の兵法書。何度読んだことであろう。それをまた読み直している。
そこに戦場であった、あの三人の警護兵がやってきた。
「おい。おるか?」
「おお、ジサブどのではございませんか」
捨松は、床下から這い出た。作戦を伝えた後、住所を聞かれ、ここだと答えていたのだ。
「作戦をお館さまにお伝えになったようですな」
「うむ。貴殿の計略を、お館様は大変面白そうに聞いておられたようじゃぞ? 千ほどの兵を覚悟しておられたが、まさか一兵も失わずにあの山城を得られるとは。どうじゃ? 仕官するつもりはないか?」
少し考え込む捨松。そう言われても、こんな警護の兵では紹介の力が足るまい。なれても足軽がいいところ。それでは墨谷奪還など叶わない。せめて兵を預かる武将クラスでなくては。
しかしそれよりも不安なのは自分の出自であった。
「さて、どうでしょう。元々、わたしは家を持たぬ風来坊ゆえ、会って下されるかどうか」
「うん?」
「ただ、お館の椙澤資和さまや侍大将の高田義重さま、足軽大将の河内伴成さまには会ってみたい。下々の話しを聞いて下さる方達だというし、会って人と成りを見てできれば仕官したいと思っております」
顔を赤くしながら話す捨松。この三人ですら羨ましい。自分は足軽にすらなれないただの浮浪者。
作戦を考えたとはいえ、「あれを考えたのは私です」と言えるまでの自信はなかったのだ。
その話を聞いて笑い出す三人に少し、ムッとして口を尖らせる捨松。
「別に良いでしょう。夢ぐらい語っても。畏れ多くて会えないなんてことは百も承知です」
「まぁまぁ、わしら警護のものでも、たまには会える故、そんなに畏まるほどの人物でもないかな?」
「それよりもこれはどうじゃ? 飲めるか?」
ジサブが出したのは3つの瓢。酒だった。
「おお! 酒。久しゅうお目にかかれなかったが、元気でおられたか?」
といって、瓢を一つ抱く。そんな捨松のユーモアなセンスに、また笑い出す三人。
「そう言えば、名前を聞いてなかったの? ワシはジサブじゃ。福田ジサブ。歳は二十五じゃ」
「わしは、新田サブロウと申す。歳はジサブの一つ上でござる」
「拙者は、川田シロウ。歳はこの二人より若くて二十三。そして男前。よろしくお願い致したい」
そう言った後、顔を見合わせて笑う三人。
「何が男前じゃ」
「そうじゃ。わしの方が男前じゃろう」
「いえいえ。ジサブどのは最近、少しばかり目の下がたるんでござる。奥方に精力を搾られてるのでござろう」
「ぐぬ」
と、止まってしまうジサブに笑ってしまう三人。
「ホントに仲がよろしいな。わたしは侍ではございません。戦災の折りに松の木の下に捨てられておったので、養父には「捨松」と呼ばれておりました。歳はシロウどのより一つ上で二十四。養父は浪人で、あちこち点在して、流れ流れて。今では養父も亡くし、一人この寺の下に身を寄せております」
「さようかぁ。して、姓はなんと?」
「うん……。姓は実際はなんだったか。養父の姓を語れば二宮。「二宮捨松」でございます」
四人は堅く手を握った。
「そうか。士官が叶うといいな」
「ありがとうございます」
「では飲もう! 二宮どの。案内してくれ」
「え? ここででございますか? ここは狭いでございましょう。お侍様たちにはあわないかと」
寺の床下はたしかに中腰でも歩き辛い。
少し間違えば、衣装は汚れてしまうだろう。
「うん……。しかし我らの家は、こう、な。細君がうるさい故。すまんがここに寄せてはくれんか?」
「いやいや、わたしはよいでございますが」
ぞろぞろ、四人して這いながら狭い狭い、二枚のむしろの上に。
「大変おはずかしゅうございます。器もこのとおり。お墓から借りた欠けた茶碗ではございますが……。さぁ一献」
そういって、捨松はそれぞれに注いだ。