初心者用遺跡から
俺の目的はあちらの世界に帰るための術、あるいは連絡を取る手段を探す事、正直この世界の異変云々は知った事じゃない。原因究明までこちらに丸投げしてくるあっちが無責任だと俺は考えている。
その目的の関係上様々な場所を巡るのは必須、どこに思いもよらぬ知識があるのか分からないのだから。極端なたとえを言えば民家に手がかりがある可能性があるかもしれない。
それに俺自身がこの世界の知識を知る事を楽しみにしている。俺が本好きなのは知識狂であるせいだから。
この世界には獣人、亜人、人間以外の種族もいる。獣人は人に近いタイプと二足歩行している獣に近いタイプのどちらも存在、亜人は物語に出てくるエルフから始まり、成人しても子供にしか見えない小人族、鍛冶を得意とするドワーフなど。
人間の国は多きく分けると三つの国。典型的王政主義のアストレア王国、実力主義で貴族でなくとも優秀であれば政治にすら関わる事が可能なガルスト大帝国、他種族との交流を盛んにしている中立国家ヴァルクド。
他の種族にも獣人の王都と言えるオプトロン、亜人が住んでいるらしい集落で一番古く尚且つ重要視されているサイレストリス。
まあ、巡るにもレベル上げは必須だから一気に進むことはできない、だから俺の最初の目的地は超がつくほどの初心者用遺跡、子供の度胸試しにすら使える安全性があると評判だった。
「本当に近いし光属性魔法の魔物避けか。まあ、確かにこれなら子供の度胸試しにも使えるか」
町から徒歩で20分ほどの所に細かい装飾の施されたギリシャの遺跡のような建物。町で聞いた通り保存状態がとてもいい。遺跡内の通路も古さはあるがしっかりしている。
「壁に埋め込まれて光っているのは魔光石か?それもかなり純度が高いな。それに通路の壁画もいい出来……」
魔光石とは自然に漂っている微弱な魔力があれば光を放つ魔具、作り手の属性と力量で色と純度が変わる。純度が高い程壊れなくなるため取引の際でも高値になりやすい……がここまできっちり嵌っていたら取れないだろう。
正直俺はこの壁画と目的のあるらしい物だけでも昔の文化を知るための歴史的価値があると思うのだが、町では無の遺跡と呼ばれている場所。
命名の理由が宝箱も一つもなく宝と言える類の価値ある物が一切見つからない。要するに何も無いからその呼称が浸透したらしい。
「ちょっと俺でも行けそうな遺跡とか魔方陣の類がある場所とか教えてくれると助かるんだが」
「それなら近くに無の遺跡っていう子供の肝試しでも安全な場所があるわよ」
「はっ?子供の肝試し?」
「かなり強力な光属性魔法の魔物避けが施されているの。しかもその遺跡に行くまでに出てくる魔物だってスライムくらいだから問題なし。その遺跡の奥にある魔法陣もすでに効力を失っているから事故が起こる事がないっていうのもお城の専門家が保証しているしね」
「城の専門家が保証したのか?」
「ええ、そうよ?まあ冒険者からしたら本当に宝箱の一つないからアレだけど遺跡としての保存状態はいいし綺麗な状態で魔法陣が残っているから時折学者の人が見に来るわ」
という会話を町でした。実際スライムはつま先で蹴っ飛ばしたら霧散する程度の強さ。確かにこれなら子供でも大丈夫だと納得せざるを得なかった。
道中でこれ。そのため宝と冒険を求める冒険者が職業として成り立つ世界だから財宝もなくモンスターもいない遺跡はあってもなくても一緒なのかもしれない。
「俺は面白いと思うが、こればかりはな……」
それでも余りな呼ばれ方に遺跡に同情している。正直俺は壁画を調べたうえでのスケッチをしたいぐらいには興味があるから。
まあ、さすがに今は自重。奥の物を見てからにしないと奥にたどり着くまでどれだけかかる分からない。後で絶対するのは確定事項だとしても。
本を読むのも好きだが正直試行錯誤の方が好きだからな、もう自分の知的好奇心の強さが悪癖レベルな自覚もあるが直す気もない。
「……これは」
一本道を進み奥に行けば直径三メートルはある魔法陣が描かれた部屋、黒と銀で描かれたそれはかなり複雑な魔法陣。
部屋の外から魔術式で確認したが町の人が言っていた通りもう機能していないようだな、残留魔力もない自然にある魔力を取り込む様子もない完全に停止している。
さすがにここまであからさまなら違うとは思っていても罠として起動する魔法陣もあると書いてあったから用心するにこしたことはない。
カツン
部屋に一歩踏み入れた襲い掛かってきたのはとてつもない疲労感、そしてさっきとは違う明らかに洞窟にしか見えない場所。
「……っ……」
この疲労感には覚えがある、魔力を使い過ぎた場合の反動。正直俺は適正はあっても魔力自体は平均よりは多い程度。十中八九魔力を吸い取ったのはあの魔法陣。
「あー……しくじった」
念には念を入れておいたが条件を満たした場合のみ発動する陣なら俺がした解析は無意味。
あとはやっぱりあそこの城は信用ならないと思った。正直城のと聞いてちょっと……かなり不安を覚えたからな。
まあ不幸中の幸いと言うべきか魔物避けの魔法がかかっているのを感じた。どうやらこの場所はゲームなど言う安全エリアらしい。
まあ牢獄風の格子に扉という風体だが。ここを作った者の趣味は疑いたくなった。
「……趣味はともかく休めるのはありがたいがな」
正直魔力の使い過ぎは体と精神への影響が大きい。無理をして死んだらどれだけの間抜けだ。
とりあえず壁に背を着けて座って眠る事にする。そして俺は意識を落とし夢を見た。昔々の夢を。