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ごじつだん。

本作、「振り分け髪を、君と。」はこれにて完結です。初完結作でもあります。

 文化祭を経て、俺と梨子は晴れて恋人同士になった。実際に何が変わったわけではない。親がいないときは料理を作りに来てくれるし、窓ごしに話すなんていつもの通りだ。でも、梨子との距離は、恋人になる前よりは格段に近くなった、と思う。学校に行くときには手を繋ぐようになったし、俺の家でゆっくりするときにも、手を絡めたりもした。たまには額にキスのひとつでもするし、この前なんかはキスで起こされた。照れて顔を赤らめる制服姿の梨子が余りにもかわいかったことだけは覚えている。


 付き合うことになったときに、ちゃんと小父さんと小母さんには挨拶に行った。さすがに緊張したし、冷や汗もかいた。けれど、小父さんと2人きりで話したとき、「もっと大人を頼りなさい」と諭されたのにはもうしょうがないと思った。俺はまだまだ子どもということを思い知らされたし、小父さんは俺と梨子を祝福してくれたのだ。「わたしはもちろん梨子の父親だが、君のことも息子のように思っている。互いに支えあって、幸せな生活を送りなさい」と。


 さて、文化祭から2週間ほどがたったある日。俺は、梨子を温泉に誘った。これ以上時がすすむと寒くなってしまう。これくらいのうちに温泉に行っておきたかった。


「梨子、今度の土日で温泉に行かないか」というぶっきらぼうな俺の誘いに、「いいよ!」と梨子は満面の笑みで頷いてくれた。こちらが照れているというのに、目の前のコイツはまったく動じる様子はない。まるで俺だけが照れているようだ。


 そして、その当日。男の準備なんてすぐに終わる。下着とカミソリとシェービングクリームと替えの服。それだけだ。服装だって、そんなに決めていったりしても仕方がない。初めて付き合って全然付き合いがない彼女ならいざ知らず、ずーっと一緒だったやつと旅行に行くのにキメッキメでいってどうするというのか。ワイシャツにジャケット。チェック柄のズボンに黒のハット。こんなもんだろう。あとは斜めかけのかばんを持って、俺の準備は完了。後は外に出て待つ。楽しみなのは、あいつの私服だ。


 幼馴染だと、待ち合わせ場所が楽だ。遅刻しそうだったら、窓から「準備が終わってないからもう少し待って!」と叫べばいい。実際、梨子が俺に対してそう叫んだことはない。叫ぶのはいつも俺だった。……情けないとか言うなよ、あいつの困り顔、それが楽しみだったんだから、しょうがない。小学校ぐらいの話だぞ。待ち合わせ場所は互いの家の玄関……家も真横だから、待ち合わせ場所もクソもないけれど。


「おはよう、くーちゃん!」


 噂をすればなんとやら。ガチャリ、とドアが開いて、梨子が出てきたのが見えた。


 梨子はこちらを見て、ニコリと笑った。うん、今日も笑みが眩しい。チェック柄の明るい茶色のキャスケットに、伊達メガネ、淡い緑のパーカーに灰色のショートパンツ。そしてサブくなってきたからか、タイツにショートブーツといういでたち。シンプルを貫きすぎた俺とは違う。さすが女の子。


「似合ってる」


「くーちゃんも、シンプルでかっこいいよ」


 とりあえず褒めるべし。恋愛雑誌にはそう書いてあるらしい。山岡のやつがそう言っていたが、正直今更じゃないかと思う。俺と梨子はちょっと一般的な彼氏彼女ではない、と思っている。


「俺ももう少し勉強した方がいいかな」


「何を?」


 緩くつないだ手。それだけが、俺の理想だった。まさかどんどんやりたいことが出てくるとは思わなかったし、それはそれで、関係が変わったのかもしれない。


「ファッションだよ」


「ええー。そのままでいいと思うよ。……あっ、そうだ。わたしがくーちゃんの服を見繕えばいいんだよ!」


 梨子のセンスは(多分)ある。今日の服装を見てみればよくわかる。それはまぁ、そのうちに行こうか。


 目的地の温泉までは、電車を乗り継いで一時間半ほど。よくカップルの破局原因にあるように、無言が気まずくなって喧嘩になるということはない。今更そんな仲じゃない。JRからローカル線に乗り換える。すると、対面して座れる4人掛けの席があった。


「電車も空いているし、あそこ座るか?」


「そうだね。座っちゃお!」


 おばさま2人が座っているようだったが、まぁいいだろう。もし気まずいようなら別の場所に移ればいいだけだし。


「すいません、失礼します」


 梨子の手を引いて、おばさまたちの横に座らせてもらった。いや、すいませんね、リア充で。


「あら、かわいらしいカップルさんね」


 おばさまたちはにこりと俺たちを迎え入れてくれた。この電車でしばらくの間座るからか、向こうから話しかけてきた。


「ありがとうございます」


 梨子はぽややんとしているように見えて存外礼儀正しく、きゃぴきゃぴしているタイプではない。そのせいか、おばさまたちも好印象のようだった。ただ俺の本心としては、梨子が変なことをいわれないか心配であったけれど、どうやらその様子もない。あいつのことをすっと懐に入り込むようなコミュ力と称した女子がいたけど、それは本当のことのようだ。あれ、あいつの名前なんていったっけ。


「お付き合いしてどれくらいなの?」


「付き合ってからは2週間ぐらいなんですけど、彼とは付き合い長いんですよー。たしか10年くらい?」


「違ぇ。16年だよ」


 互いの母親がベビーベッドが隣で家も隣でクラスも同じだからこれは結婚するしかないわね! と冗談めかして言いあっていたのが思い出される。


「そんなに長いの!? おばさん驚いちゃったわ」


「ええ……。なにせずーっと一緒なんですよ。こいつと」


「若いっていいわねぇ……」


「16年ってわたし達意識ほとんどないじゃない」


「互いの母親が言ってたんだから、それでいいだろ?」


「それはそうだけど……」


「うーん」と梨子が考え込む。俺は昔から一緒にいた意識があるからそっちの説を取るけれど、梨子は物心がついてからの10年間を取る。彼女に言わせると、過ごした時間の密度が問題であるとのこと。


 そんな風におばさまと話しながら電車に揺られること1時間強。おばさまは俺たちに手を振って降りた。


「私はもうおなか一杯だわ。互いを大切にね」


 そんな言葉を残して。


「ついたよ、梨子」


「はーい」


 互いの呼吸はわかっているから、そんなたくさんの言葉をかける必要はない。手を繋いで、電車から降り、改札を通って、目的の温泉へ向う。横に並んだ梨子から、女の子特有の甘い香りと、僅かにコロンの匂いがした。


「ふふっ……」


「どうした?」


 頭をゆるゆると振りながら、梨子は俺に笑顔を向けた。


「ううん、しあわせだなぁって」


 こいつっ……!


 思わず俺の心はぐらりと揺れた。こいつが俺にとって大切であることは重々承知していたけど、その予想の上をいってくる。余りに透明な笑みを向けられたので、抱きしめそうになった。ここが互いの家だったら抱きしめて梨子の肩に顔をうずめていたところだ。


「俺も、お前が横にいるから、うん。幸せだ」


「照れるよ」


「お前が言い出したんだろう梨子」


 梨子はくすくすと笑った。16年も一緒にいるのに、新たな魅力が尽きない。ああ、やっぱり俺は砂城梨子という女の子を好きだ、愛している。そう思った。


 そこから長駆20分。少し山に入ったようなところに目的の温泉はある。いや、その……もしホテルとか行ったなら、水着OKの混浴とか行ったけど、その、な。さすがにそれは勇気がいるし、小父さん小母さんも許さないだろうっていう俺の勘があった。(もしかしたら許したかもしれないという気持ちも確かにあるけれど)


「ふぃー、ちょっと長かったね」


「無理させたか? ごめんな、梨子」


「いいえ、大丈夫。わたしそれなりに健脚だもの」


 梨子はむん、と力瘤をつくる。ぶっちゃけできてない、かわいいだけだ。しかも健脚というのになぜ脚でなく腕なのか。いや、ツッコミはしないけど。


「くーちゃん、どうしたの?」


 反応のなかった俺に梨子はちょっと驚いたような顔をして近寄ってきた。なんでもない、と肩をぽんと叩いて靴をしまっていざ中へ。


「ようこそいらっしゃいました」


 タオルセットを購入して、バーコードつきのブレスレットが渡される。宿の中の買い物はこれでするっていうタイプのやつだ。宿を出るときにまとめて払うタイプの場所。ここはそういう宿だった。


「それじゃあ、また後でね」


「ああ」


 男湯と女湯にわかれて、湯へ。源泉かけ流しのタイプだ。爺臭い? なんとでも言え、かの天海も温泉は健康にいいといっているじゃないか。


 1時間後。ホカホカ気分で俺は温泉からあがった。


 待合の廊下の張り出しの椅子に座り、梨子を待つ。女性の風呂は長いからな。


 そして10分後。梨子がこちらにあがってきた。湯上りの彼女には、また別のしっとりとした魅力があった。ぶっちゃけ、色気マシマシである。温泉の良い所は、俺たちぐらいと同年代がほとんどいないということだ。若い男性はいるが、そもそも知らない女性に声をいきなりかけるようなチャラチャラしたやつは温泉になんぞ来ない。というかきてほしくないものだ。


「お待たせ!」


「おお、風呂上りだとまた雰囲気変わるな……」


「なぁにそれ? もう……」


 俺の褒め言葉に少しだけ頬を染めて俺の腰あたりをつついてくる。おい、待て。目立つって。


「あー! お兄ちゃんとおねえちゃんカップルだぁ!」


 ほらぁ! 子どもに見つかるじゃないかぁ!


「こら、やめなさい! すいません……!」


 お母さんに見つかって、子どもは連れて行かれた。だが、うちのお姫様は遠慮のない子どもの一言で「え、えやっぱりそう見えるのかな…やったぁ」などといって戻ってこない。うーん、これはどうするべきか。


「梨子―。梨子さーん。りっちゃーん。梨之介ちゃーん。砂城さーん。栗原梨子さーん。うちの嫁さーん、奥さーん」


「ふえわぇっ!?」


 お、戻ってきた。というかどうやって発音した?


「うわその嫁はまだ早いっていうかいやくーちゃんのおよめさんがいやなわけじゃなくてまだわたしたちこうこうせいだし」


「戻ってこーい。梨子ォ!」


 肩を掴む。すると「はっ!」といって、戻ってきた。ふう、一安心。その代償に、周囲の人々の目がどうしようもなく生暖かくなった。すいませんすいませんと頭をぺこぺこ下げながらその場を離れる。


 休憩室に逃げ込むと誰もいなかったから、膝枕をしてもらってしばらくゆったりと過ごした。梨子の足が痺れる前に頭を上げて今度は交代。男の膝枕のなにがいいのか俺にはよくわからんが、梨子には安心できていいらしい。


 夕食は宿の食堂で食べた。俺はそばと手付けカツ丼のセット。梨子は天玉うどん。味は上々。おいしかった。最後に家族にお土産を買ってまた電車に揺られて帰宅。梨子は道中、俺の肩に頭を預けて寝てしまっていた。会話がなかったのは残念だったけど、まぁこれはこれで、梨子の体温を感じられていい。


 そして、家の前。


「楽しかった! ありがとうくーちゃん」


「こちらこそ」


「梨子。ちょっと後ろ向いてくれるか」


「え、うん……」


 梨子のほっそりした首に両手を回して、ネックレスをつけてやった。


「わっ……!」


「ムーンストーンだってさ。女性の護り石なんだと」


 今月のバイト代は全部消し飛んだが、まぁいい。梨子を護る意思の石だ。そういう意味もある。


「いいの? 高かったんでしょ?」


「お前につけてほしいから買ったの! 6月の誕生石だし、お前の誕生日は6月だし……」


「ありがとう!」と梨子はこちらに飛びついて、唇と唇が重なった。手を首に回して、梨子を受け止める。


「んっ……!」


 ぱっ、と顔を離して、梨子ははにかんだ。


「くーちゃんはひどい人。でも好きよ」


 ぱっと、自分の家まで駆け出していってしまった。


 やられたなぁ……最後の最後で全部もっていかれた。


「勝てないなあ……」


 そんな俺の呟きが、秋の夜空に溶けていった。



ここまでお読みいただきありがとうございました。これにて完結です。初の完結作品、さらに恋愛モノということで、実験的な様相が多い本作ですが、愛的なサムシングは込めております。

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