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こうへん。

 なんとか、梨子からシフトを聞き出して、その翌日。いよいよ文化祭の日がやってきた。いつもは騒がない方の俺ではあるけれど、さすがにこの日は少しくらいハメを外してもいいだろう。あんまり外しすぎると大変なことになりそうだからそこは自重しよう。


 今の俺はお化け屋敷の驚かし担当だ。小さい子どもも来るけれど、まぁ親御さんと来ているからまぁいいや。


「に〜く〜らし〜や〜ああああああああああ……!!」


「ピギャー!」


 驚かした女の子はなんとも頓珍漢な悲鳴を上げてお母さんに抱きついた。お母さんはこちらにペコっと軽く一礼すると出口に向って女の子を抱き上げて歩いていった。うーむ、さすがにお母さんは冷静なんだな。母は強しというべきだろうか。いや、違うか。そしてしばらく来るお客さんを驚かし続けること数十分。俺にも休憩時間が回ってきた。梨子に聞いたシフトでは、あいつがシフトに回るのは正午と、午後の一部だったはずだ。あいつの容姿による集客力を見込んでのことだろう。


 少し小腹も空いてきたので、中庭に下りていい感じの屋台がないか物色する。屋台といっても、学生がやるものだから正直たかが知れているけれど、まぁそれは文化祭効果で美味しく感じるというものだ。


「水泳部のフランクフルトいかがですか~!」


 よし、それにしよう。


 ということで、フランクフルト2本セットを購入。120円。ちょっと高い? いや、そんなことはないか。


 中庭に設けられた休憩スペースでフランクフルトを食べる。粒マスタードをケチりやがったな。水泳部め。心の中で悪態をつきながら、フランクフルトをさっさと食べ終える。なんだかんだ忙しいのだ。早めの昼飯休憩のようなものだから、しかたがない。正午から午後は2-Bに寄る都合がある。


 食事を済ませて足早に教室へ戻る。もう11月とはいえ、日中の太陽は暖かい。寒いのは嫌いだから、これくらいがちょうどいい。


「お帰り、ほらほら、メイクよメイク!」


「せかさなくてもいくから、そんなに押さないでくれよ」


 クラスメイトの女子に背中を押され、衣裳部屋という名のスペースに入る。演劇部の男子にメイクを施され、制服を着替える……男子にメイクされるのがこんなにもむなしいことだとは知らなかった。


「そういってくれるな、了太郎。俺だって女の子にメイクしたい」


 知ってた。


「ほい、終わり。しっかり驚かしてくれよ」


「わかった」


 メイクを終えると、俺は担当している場所へ。上から驚かす配置だ。さて、子どもかな。それとも別のクラスのやつか、それとも外部の誰かさんか。一体誰がくるだろう。


「に〜く〜ら〜し〜や〜!」


「うおぉぉぉぉおぉぉ!?」


 恐らく別の学年の男子2人。「男2人でお化け屋敷とかやめろし」と草をはやしていたから間違いない。どうやら上から来るのは予想外だったようで、驚いてくれた。今のところ、特にトラブルは起きていない。複雑そうな道に思えるけれど、実際のところは1本道に作ってある。

 

 どうやら数人が並んでいるようだ。大盛況で何より。お客さんが来ない隙間時間に、俺は1人待機場所。暇を持て余していると、ブー、ブーとスマホが鳴った。LINEの通知らしい。どれどれ……?

 

 吉川:栗原! 嫁が並んでるぞ!


『や め ろ』と送っておく。からかわれるのは好きじゃない。

 山岡:おお? 照れてんのか?

 吉田:というか、お前ら付き合ってんのか付き合ってないのかはっきりしろよww

 治良:そうだよ(便乗)せっかくのかわいい子なんだから


『治良後で覚えてろ。梨子に声かけたらぶん殴る』


 治良:へいへい、わかってますよ。梨子ちゃんに告ろうとする男子はいないから心配すんなってwww

 吉川:砂城さんのことになるとキレる。やっぱり嫁さんってはっきりわかんだね


『ストップ。客来る』


 山岡:あいよ。栗原は12時交代な。吉田、それまでに戻って来いよ

 吉田:うい


 驚かす場所にいるときも通知は来るけれど、サイレントモードにしてばれないようにしている。客に自分の居場所がばれてしまっては仕方がない。


「結構怖いねー」


「A組も馬鹿にできないねー」


 お、客が来た。口ぶりからすると同学年女子。誰だろう。いや、正直知っているやつってそんなにいるわけではないけど。


 驚かすタイミング!


「に〜く〜ら〜し〜……」


「あ、くーちゃん」


「うぇっ!?」


 驚かそうと上から飛び出した先は、見知った茶色のつむじ。きょるん、と視線がこちらを向いた。少し垂れた目がほよん、と緩んで、柔らかな声音が俺を呼ぶ。飛び出した先には、幼馴染だった。というか、梨子だった。


「ここがくーちゃんの担当なんだ! 頑張って!」


 いやちょっと待って。お願い待って梨子さん。普通に俺の事流さないで。というかなんでわかったの!?


「え? わたしがくーちゃん間違えるわけないよ。だってずっと一緒にいたもん」


 俺、撃沈。ものすごい勢いで梨子の横にいた女子がスマホをタップしていたが、一体何事だ。


「またね、くーちゃん」


 そう言って、梨子は友人であろう女子を引っ張っていった。かちゃん、と何かが落ちた音がする。……古いカモメのキーホルダーだ。いや待て、これはどこかで。


 一言で言えばフラッシュバック。


 幼い頃の古ぼけた灯台で、梨子と一緒にかくれんぼをしたときの思い出だ。夏、そう、夏だった。


 あいつの誕生日に、カモメのキーホルダーを贈った。そのときに俺は──。


「おおきくなったら、けっこんしよう……」


 確かに、俺はそういった。約束。そうだ、約束。


 あいつがこれをもっているってことは、つまりあいつは俺の贈ったこれを身につけているということで。


 ということはもしかしたらあいつは返事を待っているかもしれなくて。


 つまりそれはあいつも俺のことを好きかもしれないということで。


 ──俺は、結局自分の感情から目をそらしていたのかもしれない。多分、あいつはいつも、いつでも答えを待っていてくれたんだ。


 感情が決壊した。泣きはしなかったけど、その直前。交代で出てきた吉田に怪訝な顔をされた。


「おいどうした、大丈夫か」


 正直すまん、何も言葉を返せねぇ。


 右手を上げて何とか意思表示をして、とりあえずメイクスペースに駆け込む。急ぎで落としてもらって、時間を確認。


 確か梨子のシフトは正午から。でも服を着替えたり、色々あるだろうから実働はもう少し後。


 ふぅ。一世一代。覚悟は決めたさ。


「お疲れーっておお!? なんかすげエ顔になってるぞ」


「治良か。わりぃ、今応えてる余裕ねぇんだわ」


 治良はお調子者だ。そいつに今の俺を状態を知られたらどうなることか。


「……ああ。行ってこいよ。砂城さんもお前のことを待ってると思うぜ」


 治良……。


「ほら、振りかえんなよ、大切なんだろ?」


「……ああ」


 まさか、治良に背中を押されるとは思わなかった。……なんだかんだ、友達だからか。


 クラスを出て、B組に向う。引き戸を開けると、メイドが迎えてくれた。


「いらっしゃいませー。あれ? 栗原じゃん、どうしたの? 梨子なら今来るけど」


 B組のクラスの女子に出迎えられるが、今の俺はほとんどそちらに意識を裂けていない。俺だって、さすがにそんな余裕はない。表情筋が緊張でこわばっている。


 ブレザーのポケットに入れたキーホルダーを握り締める。すこし、緊張がほぐれた気がした。


「くーちゃん、来るの早くない?」


 梨子が来た。俺もクラスの女子に押され、教室の真ん中に。どういうことだ?


「どうしたのくーちゃん。顔硬いよ」


「梨子。約束、覚えてるか?」


 今の梨子の格好がどうこうとか、似合っているとか、褒めるべきかもしれない。でおも俺の頭からそんな気遣いはすっ飛んでいた。はっきり言って、感情が止められない。


「……昔の?」


「……梨子。昔から、誰よりも、なによりも──」


 クラスメイトも、外部の人も、いたのか、どうなのか。そんなものはわからなかった。


「好きだ。梨子。どうしようもなく。お前が、世界で、一番」


「わたしだって! あなたが好き! 大好き! あなたはずっと気づかなかったけど、わたしだって、世界で一番あなたが好き!」


 自然。極自然に。


 キーホルダーを出して。梨子の手に握らせて。


「もう一度、かな」


 確信したように梨子が言う。まるで太陽のような笑顔で。


「梨子。結婚しよう」


「はい!」


 後のことは、よく覚えていない。気がついたら梨子と横に座らされ、ドンチャン騒ぎをしていた。多分、俺たち2人より、周囲の方がテンションが高かっただろう。


 昔々の約束を果たせた。


 伊勢物語。梨子が好きなこの古典には、幼馴染の男女の話があるという。


「くーちゃん! 大好き!」


 隣に梨子がいて、笑っている。俺は、これを確かにしたかったんだ。そう、思えた。


「俺もだ、梨子」




ぶっちゃけ、この2人は確定でした。題名は伊勢物語の筒井筒から。女性の返歌のほうですね。平安時代の繊細な感覚、好きです。

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