ぜんぺん。
──夢を、見ていた。幼い頃の夢だと思う。明確に覚えていないことだけど。
「おおきくなったら、けっこんしようね!」
「うん!」
俺が、女の子になにかをあげている夢だ。波の音が聞こえるから、灯台とか、そういうところなんだろう。でも、女の子の顔は太陽の光の影になって、俺にはまったくわからない。ああ、もう、中途半端でむずむずする!
ガバッとベッドから起き上がる。時計を見るとまだ余裕があったけど、もう一度寝る気にはならない。もういいや、起きてしまえ、とベッドから降り、パジャマを制服のシャツとズボンに着替え、階段を下りる。
「おはよう、母さん、父さん」
「おはよう、了太郎。ご飯できているから、食べちゃいなさい。文化祭の準備があるんでしょう?」
すでにトーストを用意してくれた母さんに従って食事を済ませる。
「文化祭か……、すまないが、父さんは仕事でいけない」
父さんは先に起きてきて、もう朝食を食べたようだった。コーヒーを片手に新聞を読んでいる。
「ああ、いいよ……。もう、そんな年じゃないし」
コーヒーを飲みながらすまなそうにいう父さんに俺は返事を返し、2階の自分の部屋へ上がる。もう衣替えの時期は過ぎて、制服は冬服だ。……ネクタイ締めるの苦手なんだけどなぁ……。
ネクタイに四苦八苦していると、ピンポンという音。
「おばさーん、くーちゃん起きてますかー!」
げっ、来るの早すぎじゃないか!
かばんをとって、ブレザーを着て、階段を駆け下りる。
母さんがドアを開けるのと、俺が玄関に駆け込むのとはほぼ同時だった。
「おはよう梨子ちゃん、今日もよろしく頼むわね」
「はい、おまかせください!」
ああ、遅かった。玄関で待たせたくなかったのに。
「おはようくーちゃん!」
俺の目の前で太陽みたいに笑うこいつは砂城梨子。俺の幼馴染だ。生まれた病院が同じで、ベビーベッドも隣だった。そこからの付き合いだ。小さい頃から喧嘩もしたし、泣かせたりもしたけれど、一番大切な人を教えろって言われたら、多分コイツの名前をあげるだろう。そんな仲だ。これが恋なのか、わからないけれど。
「おはよ、梨子」
「ネクタイ曲がってるよ」とちゃちゃっと直され、母さんの「いってらっしゃい」という言葉を背中に家を出る。
「お前のクラスって喫茶店だったっけ?」
「そうだよ、メイド喫茶」
えっ……。えっ!?
何事でもないように俺の横を歩く梨子がそういうから、思わず少し下にある梨子のつむじを2度見した。肩口まで伸ばした髪がきらきらと太陽に輝いていて、思わず手を伸ばしかけたが何とか耐える。
「なんでまた……?」
「メイド喫茶でバイトしている子がいて、せっかくだからそのスキルを生かすんだって」
「お前のシフト教えて。絶対行くから」
梨子は俺の剣幕に驚いたようにこっちを見ている。贔屓目を抜いたとしてもこいつはかわいい。顔のパーツが整っていて、目鼻立ちもくっきりとしている。少し垂れ目だけど、それはコイツに愛嬌を加えるにすぎない。変なのに目をつけられると後が面倒だ。
「わ、わかった」
よし。とりあえずこれでいい。
「そ、それで! くーちゃんのクラスはお化け屋敷だっけ!」
互いが互いに距離を掴めているのか掴めていないのか。とにかく俺たちはそんな関係だ。だから、どちらかが一歩を踏み出さなきゃいけない。でも、その勇気がないのさ。
「ああ。演芸部のガチメイクだからな、怖くなるぞ。お前、全部抜けられるか?」
「大丈夫だよ。くーちゃんならわかるから」
……違うんだ。俺が聞きたいことはそういうことじゃないんだ。いや、嬉しいさ。気になっている幼馴染にそんなこと言われたら、嬉しいに決まってる。
「違う違う。最後までリタイアせずに来れるかって話だよ」
「うーん……。友達と一緒なら、大丈夫だと思うけどなぁ」
こんな風に梨子をからかっているけど、問題はコイツが来たとき俺が脅かせるかどうか。もしかしたら飛び出せないかもしれない。しょうがない。本能だ、本能。
高校までは歩いて10分くらい。すぐに校門が見えてきた。
すると、友人たちともすれ違うようになる。
「よう、了太郎! 今日も砂城ちゃんと登校かー! いいかげんくっつけー!」
「うるせぇ!」
「おはよう、梨子ちゃん!……あっ、ごめん、また教室でね」
「ええっ……。うん」
あれ、梨子が否定しない。これってそういうこと? いや待て、いくら幼馴染とはいえ、早急に過ぎる。まだ判断には早いぞ。
「梨子ちゃん、おはよう! 栗原君も」
こいつは2−Bの加藤。外にぴょんと跳ねた髪が特徴の女子だ。梨子とは同じクラスで、1年の時には俺と同じクラスだった。だから、俺たち両方と仲がいい。
「おはよう、晴美ちゃん!」
梨子と俺はクラスが違う。俺は2−Aだから、加藤に梨子を預けて……この言い方だと俺が梨子の保護者みたいだ。
「じゃ、梨子。喫茶店頑張れよ……もう一度言うけど、シフト教えてくれな」
「大丈夫だよ、くーちゃん! 私にお任せあれ!」
「あの〜、お2人さん? 二人の世界を作るのはほどほどにしていただけませんか」
底冷えするような声。加藤だ。彼女を見るとまるで養豚場の豚を見るような目をしている。こわい(小学生並みの感想)。
「じゃあ、またね」
「ああ、またな」
企画に間に合うか怪しい。頑張ります。