第五章 二つ目の器 6
(俺自身の……身体……?)
雨塚の反応にハルカは少し違和感を覚えた。
「まさかとは思いますが……。御自分の身体の事をお忘れで?」
雨塚は赤い結晶体の近くで、最初に中級天使と対峙した時の事を思い出した。
あの時はすでに、未完成であった『黒姫 蛍』の器の中にいた。その後、天使との戦闘、エルシーとの対話、ウランバートルでの天使の殲滅、と必死であったため、雨塚は自身の肉体の事を忘れていたのだ。
「光さんの他者を労わる理念には、驚嘆するしかありませんが、これからはご自身の体に戻る事も考えて下さいね。それが、赤い結晶体を破壊する事にも繋がるのですから」
(けど、具体的にどうすればいいんだ?)
天力を極める、と言ってもそのゴール自体が雨塚には想像できなかった。
「やはり、エルシーさんに聞くのが一番ではないでしょうか」
(そう言っても、エルシーがどこにいるのかわからないし、そもそも、あいつの存在自体謎だしな)
魂だけの存在のエルシーとどのようにコンタクトを取ればいいか検討も付かない。
すると、ハルカは右手を前に差し出しながら提案した。
「では、エルシーさんに見つけてもらいましょう」
そう言いながら、ハルカは目を閉じ、右手に天力を集中し始めた。
「良い機会ですので、この『器』が扱える天力の総量と光さんが扱える力について御理解頂きます」
ウランバートル上空、1人の女性の片腕に膨大な天力が集められる。
その力が、ハルカの右手を中心として膨れ上がり、渦を巻く。
大気が震え、空間が軋むような音が聞こえる。
雨塚の見立てで、中級天使を防御壁ごと消滅できる程の力。
「これが、私が使える天力の限界です。このまま光弾として放っても、あの赤い結晶体を破壊するには致らないでしょう」
赤い結晶体が秘めている天力が、それだけ強大な事は雨塚にも理解できた。
「それでは、光さんの力で、さらに天力を集めてみて下さい」
(これ以上を……俺が、か?)
「はい。あの赤い結晶体を破壊できるレベルをイメージして下さい」
雨塚は言われるがまま、心を無にして天力を感じ取る。
エルシーが話していた、この宇宙を構成する全ての物質の基となったという天素。
その天素が天力を生み出すのであれば、この世界に存在する物は、例外無く天力を宿しているという事だ。
(世界は天力で満ちている……。その天力を可能な限り……、ハルカの右手へ!)
瞬間、収束した天力が夜を消すほどの光を放った。
そして。
バキン! という音と共にハルカの右ひじより先が砕け散った。
「くっ……!」
(つぅっ……!)
凝縮されていた天力がはじけ、爆風となってハルカの身体を襲った。
しかし、ハルカはそれを予期していたため、左手で天力の結界を展開し、吹き飛ばされるに留まった。
数秒後、二つの魂と世界が落ち着きを取り戻した。
ハルカは失った右腕を復元するために、天力を集中させながら喋る。
「ふぅ……。今体験して頂いた通りです。光さんが扱える天力の総量は、私『蒼澄 遥』の器では耐えられ無い程なのです」
(それはわかったけど……。俺の身体だって耐えられ無いんじゃないか?)
ハルカが少し時間を置いてから答える。
「光さんは、天力に覚醒したその瞬間に、光さん自身の肉体で天力を使い、私達『3つの器』を創造したはずです。単純に考えれば、私の持つ天力の3倍の力を扱ったという事になります。その凄まじい天力の制御法さえ身につければ、あの赤い結晶体の力に届き得ると思うのです。エルシーさんの話では、光さんの力は赤い結晶体から奪った物との事でしたし」
(いや……、理屈はわからなくないが、最初から言葉で説明すればいいじゃないか……)
雨塚は溜息交じりに呟いた。
ハルカの右腕は元通りに復元したが、痛みの余韻がまだ残っていた。
「確かに痛かったですけど、もう一つの目的は果たせたと思いますよ?」




