表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸せは、その手の中に  作者: 散華にゃんにゃん
2/81

第一章 日常が終わった日 1

 見渡す限りの緑、山なりの地平線。何にも遮られない日差しが絶え間なく降り注いでいる。


「何も無ぇ……」


 現代、モンゴルのとある平原。緑を揺らすそよ風を肌で感じながら、草原に寝転がる男が一人。(あま)(つか) (ひかり)は無気力に呟く。

 大学病院が主体であるモンゴル国での医療援助ボランティアに参加した帰国前日、観光で『ゲル』という現地の遊牧民の移動式住居に立ち寄っている。移動式住居、と言ってもここは観光客用の宿泊施設なのだが、それ以外の人工物が目に入らない点では同じだろう。日本ではあり得ない大自然に囲まれ、日常から切り離された不安からだろうか、雨塚の気分は重い。


「先輩に頼み込んで無理矢理付いてきたはいいけど、あんま役に立ってなかったな」

 このボランティアは毎年の恒例行事で、医学部と歯学部の大学病院の先生達が先頭に立ち、学生を連れ立ってモンゴルの子供たちに無償で治療を行うものである。

 その点を踏まえると、雨塚が戦力外であった事は恥ずべきことでは無い。通常、参加者は大学病院の関係者なのだが、雨塚はただ一人、文学部なのだから。


「ま、ボランティアの手伝いが出来たってことでよしとするか」

 同じ大学とは言え、なぜ文学部二年である雨塚が、遥々モンゴルの地にまでボランティアの手伝いをしに来たかと言うと。

「日本に帰ったらラジオ体操のハンコ係か。あれは以外に感謝されるんだよな」


 この男、雨塚 光は人の為になることに生きがいを感じ、「情けは人の為ならず」を体現する人間なのだ。しかし、時折見せる見返りを求めない自己犠牲は「(もう)()利他(りた)」と言った方が正しいのかもしれない。


 欠点としては、自分の世界に入り込んで周りが見えなくなることだろうか。


「雨塚っ!!」

「……っ!?」

 至近距離で呼ばれた雨塚は慌てて飛び起きる。

「ずっと呼んでんのに無視かこの野郎」

「すみません先輩、気付きませんで……」

「午後からは乗馬体験って言ってただろ? もうみんな集まってるぞ」


 宮内(みやうち) (はじめ)。雨塚と同じサークルに所属する歯学部の五年生。雨塚のボランティア参加に尽力した先輩その人である。

「乗馬とかあんま興味無いんですよねー」

「まぁそんなこと言うなって。なかなかいいもんだぞ? いいから行くぞ」


 宮内に促され、雨塚は立ち上がり草を払う。そして、二人は乗馬体験の集合場所に少し早歩きで向かい始めた。気だるげな表情の雨塚に対し宮内が目を細めて問いかける。

「まーたなんか妄想してたのか」

「またとは何ですか。またとは」

「お前が未だに中二病患者で暇さえあれば妄想に浸ってるのは知ってんだよ」


 ボランティアについて考えていた雨塚だが、そういう癖があるのも事実だ。むしろ、ボランティアマニアであることよりも周知の事であるのかもしれない。わざわざ否定する必要も無いと判断した雨塚は話を合わせることにした。


「趣味ですよ、趣味。厨二な妄想を文字にしてるんです」

「文学部の課題もあるだろうに、趣味でも執筆活動とは恐れ入るね」

「ストーリーを作っていくのが楽しいんですよね。まぁ、本当に趣味レベルでして、前に投稿した、笑顔で敵をぶち殺す魔法少女の話も、その前の、母性溢れる清楚なお嬢様が世界征服する話も選考落ちでしたよ」

「なんか物騒な話だが、心は大丈夫か? 世界に不満でもあるのか?」

 宮内は後輩の精神状態を本気で心配している様子だが、雨塚は笑って返す。

「ははは。厨二病なんてそんなもんですよ。特に不満も無いですし、現実で何かやらかす度胸も無いですよ」

「『前』って事は、最新作もあるわけか」


 雨塚の目の色が変わる。


「よくぞ聞いてくれました! 今書いてるのは、黒髪ツインテ少女のバトルと恋愛ものなんですけどね。とにかく強い女の子が書きたかったってのもあるんですが、ツインテと言えばツンデレっていう風潮に一石を投じるようにクールキャラを貫き通そうと思ってるんです! でも、恋愛に発展していかないんですよね」

 早口で捲し立てる雨塚に対し、聞かなければ良かったと思った宮内は、別の話題を持ち出す事にした。

「恋愛と言えば、お前彼女とは上手くいってるのか? お前の彼女ツインテールじゃなくてショートだよな。実体験を元にした方が書きやすくないのか?」


「へ?」


 生まれてこの方、『彼女持ち』というステータスを得たことの無い雨塚は思わず素っ頓狂な声をあげた。


「いるだろうが、大学で四六時中一緒にいるような子がさ」

そう言われた雨塚には思い当たる節があった、というよりも初めからわかっていたのだが。

「もしかすると、あいつのことですか?」


 二人が同時に思い浮かべた人物は、二人と同じサークルで雨塚の文学部同期生『白花(しらはな) (ひとみ)』のことであろう。地方から出て来て友達のいなかった雨塚がサークルの勧誘の時に出会った、大学での最初の友達だ。


「瞳とは受ける講義が同じだったりの腐れ縁で彼女じゃないですよ!」

「誰も瞳ちゃんだとは言ってないんだけど?」

 顔を赤らめ黙り込む雨塚に対し、宮内は攻撃を続ける。

「お前らいつも一緒にいるじゃんか。瞳ちゃん可愛いけどお前以外の男と話してるのあんま見たこと無いしなー。俺とも未だに他人行儀だしなー。てか、呼び捨てなんだなニヤニヤ」


 ヘタレ雨塚にとっては、この手の話題は最も苦手な分野である。先輩である宮内から見てこうなのだ。同級生達からどう思われているかなど雨塚には容易に想像できる。白花と恋人同士になりたい気持ちはあるのだが、今の関係で満足し踏み出せないところも中学生並みの雨塚であった。

「あ、ほら先輩、もうみんな集まってますよ、急ぎましょう!」

「お前が来ないから呼びに行ったんだが?」


 雨塚は早歩きで逃げ出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ