第二章 魂の邂逅 5
「天使や天素が、今まで認知されなかったのは?」
エルシーは蒼澄 遥の目を閉じ、少しの沈黙の後話し始めた。
「天使の襲撃については歴史から消えてしまったとしか言えない。天素は今までは目視も感知も検知もできなかったけど、あの結晶体の存在で天使だけじゃなく天素や天力も周知の事実になると思う」
それはつまり。
「人間も天力を使えるようになるって事か?」
「あなたのようにすぐにってわけにはいかないと思うけどね。そこが本題。さっきも言ったけど時間がないの。あなたの事を話したら現実世界に戻ってもらうから」
そう言われた雨塚は、今までの話から自らの身に起こったことを推測する。
「俺があの結晶体の影響で、天素や天力を認知し扱うことができるようになった。天使を殺すには天力を使わないといけない。現状、天力を使えるのは俺だけ、ってとこか」
「察しが良くて助かるよ。ほとんど正解。実際には下級天使程度なら人類の兵器で倒せるけど、あなたがさっき戦った中級天使は人間では歯が立たない。おそらく、核攻撃でもね」
つまり、天力は核兵器をも超えるのだと言うのだろう。
「俺がやるべき事は、その中級天使を殺すこと、か。確かに天力ってやつは想像通りに使える便利な感じがしたけど、俺なんかにできるのか?」
エルシーは一呼吸おいて、雨塚の目を見据えながら口を開いた。
「結論から言えば、天素の結晶体から惑星を消し去る程の莫大な天力を奪ったあなたにしかできない事なの」
「奪った?」
思いがけない返答に戸惑い、雨塚の声が裏返る。
「あんな得たいの知れないものに触るなんてどうかしてるよ? まぁ、その怖いもの知らずのお陰でこの星が存在してるのだけど」
大層な事を言われた雨塚は首を傾げる。自覚は無い。
「その強大すぎる力は、人の身ではとても御しきれないと無意識下で判断したあなたは、天力を扱う能力の覚醒と共に、3つの『器』を生み出し、力を分散させた」
そこまで言われて、ハッとした雨塚は周りを見渡した。
三脚の椅子に座る三人の少女達。雨塚が思い描いた主人公達である。
「こいつらを、俺が……」
莫大な力の受け皿。大量の水を保存し、効率的に扱えるようにするダムや貯水湖のイメージであろうか。それを雨塚が天力を使って作った、とエルシーは言っているのだ。天力を制御するために、天力を用いて作られたヒトの形をした入れ物、『器』だと。
「そう。そして最後に」
エルシーは、蒼澄 遥の目を黒姫 蛍に向け、話を進める。
「あなたがさっきまで使っていたその子。あなたの中でこの子はまだ完成されていないみたい。あなたが想像し、創造した、あまりに不安定な存在」
黒姫 蛍は、雨塚が現在執筆している小説の主人公である。雨塚自身ふんわりとしたキャラクター像しか持っていなかったことが影響しているのだろう。
「蛍ちゃんを完全な形で世界に存在させるのが最初の仕事ね」
返答も反論もせず、雨塚は静かに目を閉じ、黒姫 蛍を想像する。天使を討つ者を。
容姿、服装、性格、そして、武器。
「蛍ちゃんの完成によってあなたは現実世界に戻る。そして、天使を、倒して」
雨塚が目を開いて答える。
「任せろ。とは言えないけど、やってみる。この世界のために。それはいいとしてさ、話は変わるけど、今度会う時は素の話し方でいいからな、エルシー」
エルシーは蒼澄 遥の顔で驚いた表情をしたが、すぐに満面の笑みを見せた。
「うんっ!」
エルシーの心の底から湧きあがった明るい返事だった。
夜明けのモンゴル国のとある平原で発光現象が起こったが、気付くものはいなかった。