第二章 魂の邂逅 1
真っ白な世界だった。
雨塚は寝起きのような倦怠感と体験したことのない浮遊感を感じていた。
体を動かそうとしても感覚は無い。しかし、意識するとその方向へ視界が動いた。
「これが、死後の世界なのか……?」
喋っている、という感覚も無いが自分の声は聞こえる。二十年聞き続けた雨塚自身の声だった。
空と地面の境目もわからない、白く果てのない空間。
白い世界を漂う雨塚はやがて、三脚の椅子を見つけた。
正三角形を形作る位置に置かれた三つの椅子には各々誰かが座っている。その一つに近づくと、見たことのある顔だった。
「黒姫……蛍……」
先程まで自らの体であったものがそこにあった。身体の右半分が無くなり、欠損部は靄がかかったように不鮮明であった。大量出血で辺りが血まみれ、ということもなかった。
(その子は修復中だから別の子にしなよ)
唐突に女性の声が聞こえた。ギョッとする雨塚だったが、すぐに思い浮かんだ事があった。
――あの『声』だ。
乗馬体験中に雨塚を呼んだ『声』。
「あんた一体何者なんだ? 姿を見せてくれないか?」
姿無き声に呼びかけると、すぐに返答があった。
(ぷぷーっ。体の無い人に姿見せろって言われちゃったー。まぁ私も無いんだけど。んじゃ少しの間、一人借りるねー)
他人を小馬鹿にした声が聞こえたかと思うと、ホタルとは別の椅子に座った女性が目を開けてこちらを向いた。
肩まで伸びた、輝くように美しいライトブラウンのストレートヘア。ネックラインが鎖骨の見えるくらい開き、肩の部分が少し透けたパステルブルーのワンピース。そのスカート丈は膝ぐらいで、ウェストにはリボンのついたベルト。しかし、最も目を引くのは、豊満なバスト。
雨塚の受けた印象は『清楚なお嬢様』。
正確に言えば、以前雨塚がそのようなイメージで創った女性。
黒姫 蛍と同じく、雨塚 光が生み出したキャラクター、蒼澄 遥。
その身体を『借りる』と言った声の主は、明るい声で話し始めた。
「初めまして! 雨塚 光君。私のことは『エルシー』って呼んでね。さてさて、時間はあまり無いから、あなたの質問に答えたいんだけど、何から知りたい?」
その口ぶりから、少なくとも雨塚よりは現状を把握しているのだろう。
目の前に現れた『エルシー』と名乗る不可思議に対して、今更オカルトがどうこう言っている場合では無い。
今日は不思議な出来事が多すぎた。
「なんでもいいのか?」
「どうぞー」
この声の主、エルシーは一体何者なのか、今日地球で何が起きているのか、聞きたいことは山程あった雨塚だったが、まず確認しなければならないことがあった。
「先輩や医療援助参加者は? オユンタナ達遊牧民は無事なのか?」
一拍の空白。
「あっははははははははは! こんな状況下で最初に聞くのがそれ? ホントにあなた変わってるよ」
蒼澄 遥の身体で腹を抱えるエルシー。
「で、無事なのか?」
雨塚の真剣さが伝わったのか、笑うことはやめたエルシー。
「どっちのグループも無事にウランバートルを目指してるよ」
ウランバートルとは、モンゴル国の首都である。雨塚も入国した際に立ち寄っている。
「それなら良かった……」
ホッとした雨塚にエルシーは釘を刺す。
「それが、そんなに良くないんだよねー。あなたが闘った『中級天使』は顕在だし、無数の『下級天使』も現れて、このままじゃ人類滅ぶよ?」