第一章 日常が終わった日 10
ロシア航空宇宙軍のパイロット、ルスランとリューリクはモンゴル上空を飛行しながら、無線で会話をしている。
「巨大隕石ったって、NASAでは何も観測してなかったんだろ? モンゴル人がウォッカの飲み過ぎで幻でも見たんじゃねーのか? 赤い隕石ってのも意味がわからねー」
「間違いないな。なんで俺たちが偵察に行かなきゃならないんだ」
モンゴルには空軍が存在しないので、隣国であるロシアから航空偵察隊が派遣されたのだ。無線は基地にも聞こえているだろうが、二人と同じく危機感など無いだろう。
「まぁ、さっと確認して帰ったら隕石の幻見るくらい飲もうぜ」
「そりゃいいが、そろそろ目標のポイントだ。一応、任務は遂行するぞ」
「モンゴルの平原見渡して終わりだって」
そこで、二人の視界の先に赤い光が見えた。
「なんだありゃ?」
「隕石には見えないが、何かあるな」
次第に赤い光が近くなり、大きなガラスの柱のようなものと、周りに無数の小さな赤い柱が確認できた。二人が今までに見たことのない光景であった。
「これが報告にあったやつか? こんなでかいもんNASAが見逃すとは思えないが、酔っ払いの戯言じゃなかったとはな。 なぁ?」
機体を旋回させながら相棒に問うルスラン。
しかし、返ってきたのは、言葉ではなかった。
ドカンッ! という爆音とともにリューリク機が炎に包まれた。
「おい! リューリク!」
返事はない。リューリクの乗っていた機体は二つに分かれ、モンゴルの大地に落ちて行った。
唖然とするルスランの耳に再び不可解な音が響く。
ガンッ、という金属音が右翼から聞こえた。
ルスランは目を疑った。何かが戦闘機の翼に降り立ったのだ。
ルスランの駆るスホーイ24は旋回中とはいえ音速に近い速度で飛行中だというのに、だ。
体長は70㎝くらいだろうか。人間の赤ちゃんのように丸い体と短い手足。背中には小さい光る翼。顔面の中央部にはゴルフボール程度の赤い光点。歯の無い切れ込みのような口。
ルスランにはそれが笑っているかのように見えた。
そしてその右腕には、光で作られたような剣が握られていた。赤い液体が付着した光の剣。
それがリューリクごと戦闘機を切り裂いたものだと判断した瞬間、ルスランは機体を右方向に360度ロールした後、スロットを全開にして離脱を図った。しかし、加速しなかった。
数体の白い赤ん坊のような異形が機体を掴んでいる。そしてさらに数を増やす。
「何匹いるんだよ、おい……」
ルスランの全身が汗で濡れる。
やがて、戦闘機は推進力を殺され、白で塗りつぶされた。
「何なんだよこいつらは! くそったれっ!」
スホーイ24は各種兵器を搭載してはいたが、それが火を噴く前に引き千切られた。
モンゴルの空へ投げ出されたルスランが見たものは、無数に飛び交う白い異形であった。
「…………っ」
絶句するルスランの下方で待ち構える数体が虚空から現れた光の剣を握った。
ルスランは己が持っていたイメージとは少し違うが、天からの迎えを思い浮かべた。