Act.1 本物と本物の本物
ご観覧ありがとうございます。
1話目ですが、ほとんど人物紹介のようなものです。物語は大きく動かないので、退屈かもしれませんがご了承ください^^;
「お兄ちゃんは、どこから来たの?」
純粋な好奇心を瞳に輝かせながら、少女は問うた。
「ずーっと、ずっと遠いところだよ」
答えるのは、黒髪に色白な肌、そしてひときわ違和感を放つ左右違う色の目、いわゆる《オッドアイ》をした、高校生と思しき少年…高城蓮斗。
「そういう設定なの?」
「せって……はは、そうだね。設定なのかもしれない」
容赦のない言葉を突き刺してくる純潔の少女の未来に、蓮斗は早くも、世間一般で呼ばれる「ドS」の可能性を垣間見ていた。
少女の頭を撫でながら、苦笑いまじりに蓮斗は返事をし、遠く夕日の沈みつつある景色を見つめる。その苦笑いに不思議そうな顔をしながら、少女は蓮斗の見つめる遠い景色を同じように眺めた。
「もうそろそろかな」
蓮斗は立ち上がると、つられるように少女も立ち上がる。
「お兄ちゃん、帰っちゃうの?」
「いや、帰らないよ。でも君はもう帰らないとね」
「え?」
「お母さんが迎えに来てくれたよ」
「ママ?」
少女は辺りを見渡すが、そこには自分たち以外誰もいなくなった公園が広がるのみ。母親の姿は見て取れない。
「ママいないよ?」
蓮斗を見上げ、そう少女が呟いた時、ちょうど公園の入り口から、夕日を受けた人の影が、長く伸びてきた。
「みさき、かえるよ」
「ママー!」
少女は笑顔を浮かべ、母親のところへ駆けて行った。蓮斗もそれを見てほのかに微笑む。
「ありがとう、お兄ちゃん!またね!」
「ありがとうございました」
少女とその母親はぺこりと一礼すると、ゆっくりと歩みを進めていく。
「気をつけて帰るんだよ」
ボソリと呟くと、遠くから嬉しそうに話す少女の声が、蓮斗の耳に届いた。
「あのね、みんなが帰っちゃったあと、あのお兄ちゃんがみさきと遊んでくれたの!遠くから来たっていつせっていなんだって!」
小さく笑みをこぼし、誰もいなくなった公園で、蓮斗は一人思い出に浸る。
あの日もちょうどこんな風に…一人で公園にいたっけ。
時間を遡る能力があったなら、あの日に戻ってすぐに家へ帰るのに。
でも、それじゃあメルがずっと苦しい思いをすることになる。
結局…これでよかったのか…?
公園の中央にそびえ立つ大きな時計が、夕刻5時の知らせを奏でる。
カーン、カーン。カーン、カー…。
しかし音色は最後まで響くことなく、不自然に途切れた。
「12」を指していた分針が急激な速さで回転し始め、それに伴い時針もゆっくりと傾き始める。
6…7…8…9…。
しばらくして、分針が「12」を指し示した時、時針と分針は完全に重なり合い、針は全く動かなくなった。
景色を包み込んでいた赤は、ゆっくりと西の空へ姿を消していった。そして訪れる静かな闇は、えてして何者かによって壊される。行き交う車の騒音、光放つ夜の街、時々…泥酔親父の雄叫び。
例によって、今日もそれはごく自然に壊されるのだ。ただ、今日の破壊者は『光の亀裂』から現れた、『不の聖者』。
空間が切り裂かれたかのように、何もない景色に亀裂が入る。蠢くようにその亀裂から這い出てきたのは、発光する人型の“何か”。『不の聖者』と呼ばれるそれは、夜の闇を眩しく弾き、蓮斗のオッドアイを軽く刺激した。
亀裂は1つにとどまらず、蓮斗を囲むようにして複数出現、その亀裂の数『不の聖者』も出現した。
「…早く終わらせよう。メルが待ってる」
時間の止まった世界。
正確には、『この世界の時間で表せない時間が広がる世界』。
それは“この世界”であり、また“別の世界”と同義である。
☆
私、朝倉詩織!
私立桜峰高等学校に通う2年生!今を生きる女子高校生です!
普段ならこの時間にはもう学校の教室にいるんだけど…大変!今日は寝坊しちゃった!
てへっ☆
朝ごはんを食べている時間もないし、食パンをくわえて家を出ます!
こんな私だけど、やっぱり夢見る女子高校生…。運命の人と巡り会える日を心待ちにしています!今日もほら、そこの角を曲がれば、赤い糸で結ばれた運命の人に……
ドサッ。
…え?うそ!?本当にぶつかっちゃった!
まさか、これが私の恋物語の始まり…!?
「いてて…ごめんなさい!大丈…夫…ですか……って」
「ごめん!僕も前見てなかった……あぁ、詩織か。おはよう」
そこにいたのは、なんと『ただのクラスメイト』の高城蓮斗…。右目が赤くて左目が青い、ただの痛いクラスメイト。もう、運命の人に会うためのシチュエーションに、なんであんたがはいりこんでくるのよ!
「こんな時間になにしてんのよ!遅れるでしょ?さっさと行きなさいよ!」
「詩織だってギリギリのくせに…」
私の恋物語が始まるには、まだまだ試練が多そうです…。でも負けない!
いつか必ず、巡り合ってやるんだから!
☆
今日は朝から理不尽な罵倒を受けた。
少女漫画のヒロインのような高校生であろうとしながら…僕に対しては、カエルを睨むヘビのような雄々しい顔つきでピリピリ接してくる、幼馴染みネーム『悲劇のヒロイン』さんから。
曰く、「あんたの幼馴染みであることが人生最大の不幸よ!」とのこと。
「…なに見てんの?」
「いや、別に」
「用がないならその目で見ないでくれる?中二病がうつるでしょ」
「だからこれはカラコンじゃないってば…」
「んなわけないでしょ!中学卒業するまでは黒かったのに、どんな突然変異が起きたら両目とも色が変わるのよ!」
「それは、その…」
「入学式にあんたから話しかけられるのをみんなに見られて、私がどれだけ恥ずかしかったかわかる!?」
「…。ごめん」
…とまぁ、悲劇のヒロインこと…幼馴染みの詩織が僕に冷たい理由は大方理解しているのだけど、正直な所…僕だって、なりたくてこんな目になったわけじゃない。
一番痛い視線を向けられるのは僕なんだから。
フンッ、と鼻を鳴らしてそっぽを向く詩織に、ぅ…と情けない声を漏らす。それを見て、後ろの席に座る『本物』が、詩織に聞こえぬくらいの小声で茶化してくる。
「やぁ大将。あっけなく撃沈したな」
「黙れ『本物』。僕がお前と同類に見られてるのは、半分お前が調子に乗って話しかけてくるからなんだぞ」
僕は振り向くことなく応答した。振り向けば……
人によって不潔感を感じるほどの長髪。
校則がゆるいのをいいことに、痛々しいほど綺麗に染めた赤髪。
穴を開けることを嫌がるも、かっこいいからしたいという理由でつけている挟むタイプのピアス。
そして、いかなる時も浮かべる気持ちの悪い微笑。
それらを身一つにまとめてしまった、極端に残念な…『本物の中二病』こと本田陸の姿を見なければならなくなってしまう。
「本物って……。それを言うなら大将は、いうなれば『本物の本物』じゃないかい」
しかしこいつは、幸か不幸か…この学校で唯一、俺の秘密を知る人物でもある。本物の本物とは、つまりそういうことだ。
「黙れ…。それからいい加減その“大将”ってのやめろ」
「やばい闇の炎で焼かれる」
こう会話だけ聞いていれば普通の男子高校生同士の他愛のない話なのだが、それに姿が加われば、完全な中二トークと化す。驚くべきことに、陸は自分の出で立ちに不自然さを感じておらず、また周りから変に思われていることも理解していない。これこそ、現代を生きる新世代の中二病、『痛い言動はとらない中二病』なのだ。
…まぁ、たった今闇の炎がどうたらぬかしていたが。
「……それで、詩織ちゃんに嫌われるのが嫌なら、大将なんであの事隠してるのさ」
闇の炎以下略を無視したためか、少し大人しめに話しかけてくる。しかしそれでも“大将”という呼び方は変わらないらしい。
「隠すに決まってるだろ。それ以前に信じてもらるわけない」
「そんなの、大将が力を見せれば…」
「おい」
僕は陸の言葉を遮るように、低く強い声で振り向いた。ヘラヘラと気に触る笑みを浮かべる顔をを睨みつけ、その軽口が呟こうとした言葉の重みを、叩きつけるような視線で訴える。
「言葉に気をつけろ」
「…。悪かったよ。もう二度と言わない」
睨まれた陸は、「面白くない」とでも言いたげな顔をしながら視線を泳がせ、渋々発言の謝罪をした。
前に向き直り、ため息を一つついて机の上で腕を組む。そこに頭を乗せ、そのまま寝る体制をとった。
その日はそれ以上陸とも詩織とも会話をしなかった。授業が終わると同時に早々荷物を片し、売店で『あしたの分のおやつ』だけ買い、誰よりも早く帰宅した。中二病発言とかじゃなく、本当に疼くのだ。赤く染まった右目が。
…何が“力”だ。
冗談じゃない。
中二病?…そんな子供くさい言葉で片をつけてしまえるほど、“この目”はちゃちじゃない。
本物の“兵器”だ。
それがわかっていながら、陸はなぜああもたやすく“力”などと口にできるのか…。
僕には理解できなかった。
☆
鍵を開けて家に入ると、そこから真っ暗な廊下が伸びていた。脱いだ靴を靴箱にしまい、綺麗に並べられているスリッパの中から自分のものを履く。
最近は日が落ちるのも早く、家に着く頃にはすっかり夜の暗さだ。一人きりで家に帰る事もあって、さすがに心細さを感じる時もある。
真っ暗な廊下を進み突き当たりの扉を開いてリビングへ向かっていると
ふにゅ。
なにか踏んだ。
微妙に柔らかい、まるで人の手を踏んだような感触だった。
「…はぁ」
本日二度目のため息をついた僕は、ため息をつきすぎると早死にする、などという言い伝えを思い出しながら、おそらく朝からずっと寝巻きで過ごしたのであろう…足元で伸びている“それ”をつついた。
「まったく、なんでこんなところで…。起きろー」
「んんー…。んぇ……?」
暗闇に馴染んできた目で仰向けに倒れているその姿を捉え、両手を引っ張ってリビングへとひこずる。
「うぶぶぶぶぶぁぶぶぁぶぇぶぉぶ」
何か喋ろうとしているのだろうが、ズズズ、とひこずられる振動で、唇が激しく動いて言葉になっていない。
「なんだって?てか自分で歩けよ」
歩け、といった途端に喋らなくなった。これは「運べ」というサインなのだろう。ひこずられることは特に問題ないようだ。
リビングまでなんとか運ぶと、床に一旦放置し部屋の電気をつけた。変わらず地べたに張り付く体を抱き上げ、長めのソファに横たわらせる。
「んぁ、おかえりー」
やっとまともに喋った。
その言葉とともににっこりと送られてきた輝かしい笑顔は、健全な男子高校生の心を一瞬にして支配してしまう、魔性の笑みだ。
しかしながら、陸の不気味かつ不潔に加えて苛立ちすら覚えさせる魔性の笑みとは比べ物にならない、いや、比べてはならないほど…美しいものだ。
「ただいま」
僕は、目の前の少女…。
思わず目を奪われてしまうほど綺麗な銀髪に、シミ一つ見当たらない白く透き通った肌。
そして、1年ほど前まで僕のものだった…黒い瞳。
そんな、まるでおとぎ話に出てくるような美少女に、苦笑いまじりで答えた。
「あんなところで何してたんだ?」
「寝てた」
「それは見ればわかるんだけど…なんであそこで?」
「ん?なんでだっけ…」
少女は必死に思い出そうと、顎に手を当て目を閉じ眉間にしわを寄せて考え出した。
その完璧な容姿には、どんなポーズだって例外なく似合う。そしてかわいい。ずっと眺めていれば、いい意味でこちらの気がおかしくなりそうになってしまう。
ん?これはいい意味なのか?
「思い出せないや」
「ああ、そう。まぁいいか」
またも満面の笑みで僕の心を鷲掴みにしてきた少女へ、こちらも苦笑いで同じく返した。
彼女の名前はメルフィナ。何メルフィナなのかはわからない。上の名前、あるいは下の名前を尋ねてはみたが、「名前はメルフィナだよ?」と言われた。普段は略して“メル”と呼んでいる。
「レン、お腹すいたよ」
「そっか。じゃあご飯にしよう」
年は16、と答えた。一つ屋根の下に暮らす以上、出来るだけ妹のように接してあげたいのだが…なにぶん妹を知らない身なので、結局彼女の行動一つ一つに、あらぬ気持ちを揺さぶられてしまう。
「思い出した!お腹すいて食べ物探してるうちに寝ちゃったんだ」
「はぁ…。おやつはいつも冷蔵庫に入れるからって言ってるだろ?」
「おやつならちゃんと食べたよ」
「え…。あの量でもまだ足りませんか…」
メルは、そのスレンダーなお腹周りを見れば、「どこに入れてるんですか」と問いたくなるほど大食いだ。
僕が学校から帰ると、メルは決まって「お腹すいた」という。そのため毎日少しずつではあるが、メルに用意したおやつの量を増やしていっている。だが…そうして増やし始めてからすでに半年以上経った。もはや昼食や夕食と並ぶ量に達したおやつでさえ、しかしメルのお腹を満たすことは叶わないらしい。
くどいようだが、そんな彼女の体型はどこぞのモデル並みにスレンダーだ。
健康を感じさせる程度に白く美しい肌。
ふくらみとくぼみが絶妙なバランスをとるはっきりとした体のライン。
決して大きすぎない、しかし小さくもないまさにどストライクなサイズを止めた胸。
座っていてもその長さがわかるほど、綺麗に伸びる脚。
…よくよく見れば見るほど、どうも雑誌に載っているモデルとは比較できないほど神々しい女の子であることを再確認させられる。
一歩でも外を出歩こうものなら、その容姿に目と心と精神を奪われた野郎どもが、瞬く間にメルを覆い尽くすだろう。
「レン?どーした?」
「えっ?」
気がつけば…僕はメルの体を、まさに「目と心と精神を奪われた野郎ども」と同じ目つきで食い入るように見つめていた。
「あああ!いやその、なんだ!いやなんでもない!」
「今、変なこと考えてた?」
「へ、変なこと…なんて」
小悪魔的な上目遣いで、ニヤニヤしながらメルに問われる。普段はのほほんとしてるドジっ子のくせに、たまにこういう表情を作るからこいつはずるい。
「考えてない!じゃあ僕ご飯作るから!」
「別に見てもいいんだよ〜?」
慌てて席を立つ僕へ、メルはからかうように言った。加えて
「メルフィナを見てくれるのは、レンだけなんだから」
と、小さく呟いた。
その言葉を聞き取り、立ち去ろうとしていた僕は足を止めてメルの方へ向き直る。僕に聞かれたことに気づき、慌てて作ったメルの笑顔は、一見して先ほどと変わらない天使の微笑みのようだが…。
僕には、その表情に隠しきれていない確かな陰りが感じ取れた。
「.………!」
僕はメルの手を引き寄せ、半ば無理矢理立ち上がらせると、強く抱きしめた。抱きしめずにはいられなかった。そんな顔をされて、僕まで目に涙が…じわじわとしみてくる。
「えっ、レン?そんな、急にこんなこと…」
僕の意図を感じ取れていないメルは、僕の腕の中でわたわたと落ち着きなく慌てている。
「ごめん。ごめんな、メル…」
「れ…ん…?」
その華奢な体に顔を埋め、堪え切れなくなった涙を、見られぬようにと精一杯我慢する。それでも、滲み出るそれは止められなかった。
「メルフィナは悲しくないよ。レンがいるから、悲しくない」
そんな優しい声色は、まるで僕が慰められているような感覚に…。
いや、実際そうなのだろう。
メルは、僕が思っているよりもずっと…強い子なのかもしれない。
「ありがとう…。僕も、何があろうとメルを忘れたりなんかしない」
「うん!」
そうしてまた輝く彼女の笑顔は、心底嬉しそうな…一点の曇りもない光のようだった。
☆
放課後。
早めに教室を出て、靴を履き替え校門で時間を潰す。
さすがの私も、今日の態度は冷たすぎたかな、と思ったりしなくもなかった。
あいつ…朝会話を少ししてから、今日1日珍しく怖い顔をして過ごしていた。今まで幾度となく喧嘩をしてきたけれど、あんな風に怒って1日口をきかない、なんてパターンはこれが初めて。
『入学式にあんたから話しかけられるのをみんなに見られて、私がどれだけ恥ずかしかったかわかる!?』
…私の本当の気持ちだし、この発言について謝ろうとも思わない。けれど、その…。
あいつの気持ちは、考えてあげられなかったかな…。
実際、入学式の日は死ぬほど恥ずかしかったし、その日を境にあいつを見る目も変わった。けれど、中学卒業までそっち系のことに全く興味を示していなかったあいつが、なんでいきなり両目カラコンして登校するようになったか、私は知らない。
『悩み事があるならまず私に相談!お互い隠し事はしないこと!いいね?』
そんなことをあいつに言った日もあった。遠い昔のように感じても、実は2年ほど前のことだったりする。
中学生2年生のとある日。あいつが浮かない顔で1日過ごしていたから、下校時に校門で待ち伏せしてそう言った。すると、あいつはすんなり悩みを打ち明けてくれた。「女の子に告白されたんだけどどうすればいい?」とかいうふざけた悩みだったけれど…。
その日と同じように校門で待ち伏せする今日は、当時と色々状況が違っている。高校生ともなれば、校門で合流して一緒に下校する男女をみて、彼氏彼女の関係でないと思わない人の方が少数だろう。あいつとそういう風に見られるのには、やっぱり多少の抵抗があるけれど…。それでも。あの怖い顔を見たからというわけではなくて、少し謝って、あいつの事情を聞いて…ゆっくり話をしながら帰りたい気分だった。
「詩織?誰か待ってるの?」
「あ、美緒」
中学時代からの友達、美緒。今はクラスが離れてしまったけれど、時々相談に乗ってもらう。今を生きる女子高校生に悩みはつきものだし。
「ちょっと、あいつをね…」
「あいつ?…ああ、高城くん?」
察したように美緒はその名を呼んだ。
高校に入学してから、私はまともにあいつの名前を呼ばなくなった。子供みたいなことをしていると自覚はあるのだが、どうも「蓮斗」、と呼べないまま、時が過ぎている。
「高城くんならもう帰ったと思うよ」
「え?」
「ほら、高城くんっていつも、売店でお菓子たくさん買って帰るでしょ?『明日の分のおやつなんだ』とか言って。さっきあたしが売店寄った時には、もうお菓子ほとんど買われて無くなってたから」
「…そっか、ありがと」
聞いた瞬間、変なモヤモヤとした気持ちが私の中で膨らみ始めた。
なんだろう、この気持ち。
わかんないけど、不愉快だ。
「詩織、もし帰るなら一緒に帰らない?この前行ったケーキ屋の割引券もらったから、よかったら一緒に行こうよ」
「ほんと?いく!」
この気持ちは…。苛立ちというか、悲しみというか…。
せっかく待っててあげたのに。
…いやいや、待ってたのは私の勝手で、どのタイミングで帰ろうとあいつの勝手。
それでも、やっぱり…私の考えが無駄になったみたい。
あいつも、それだけ怒ってた、ってこと?
「ほら、行こう詩織」
「あ、うん」
美緒と一緒に楽しく過ごせば、この苛立ちのような気持ちも忘れられるかもしれない。
勝手に待って勝手に帰られて勝手に怒るだなんて、我ながら子供だと思う。思うのだけど…。
中学の頃、よくあいつと一緒に帰っていた時間が嫌いじゃなかった私にとって、また同じような時間を過ごせると思った矢先。
どうしても、こんな気持ちが浮かんでしまうのだった。
★
ピンポーン。
家のインターホンの音を聞いた僕は、反射的に壁に掛けてある時計を見た。8時15分…ふむ。
「…おきゃくさん?」
ご飯を食べた後、すぐにソファで寝てしまったメルが、インターホンの音で起きてきたらしい。
こうして毎日、ろくに運動もせずぐーたらして食べて寝て、を繰り返しているのにもかかわらずこのプロポーション。素晴らしい。
「ああ、うん。僕が出る」
“とある事情”から、夜に他人と関わるのには多少神経質になっている。まぁ、万が一にも僕が考えているような事態は起こりえない、とわかってはいるのだが。
「はーい」
パタパタとスリッパの音をたてて玄関へ急ぐ。鍵を開け、扉を開けるとそこには…
「よう大将!放課後ぶりだな」
酷く悍ましいにやけ顏をこちらに晒す、本物の中二病が立っていた。
「…何の用だよ」
露骨に面倒臭そうな雰囲気を込めて言い放つ。正直、こいつの話は面倒事に繋がることが多いから、さっさと帰らせたい。
「そんなに邪険な扱いしてくれるなよ。こう見えてもガラスのハートなんだぞ」
「今まで僕が放った数々の罵倒に耐えてきた英雄心が聞いて呆れる」
「ん?なんか今心地いい呼ばれ方された気がするからもう一回言って大将」
「聞いて呆れる」
「そこじゃない」
そんなどうでもいい会話を続けていると、僕がいつも家へ来た人にする対応と違い、(陸の声の大きさも相まって)騒がしいことを心配したのか、リビングからこっそり出てきたメルが声をかけてきた。
「お客さん…?誰…?」
僕の肩の向こうから顔を覗かせる美少女に陸の瞳のピントがあった時、とてつもなく嫌な予感がした。
というのも、陸に限らず…メルを見た人は決まって僕に問うのだ。
「!?大将!誰だこのべっぴんさん!」
そう、“誰だこの子は”…と。
(まずい…!)
「…………。えへへ…」
その言葉を聞いたメルの顔には、やはりどこか寂しそうな…少しの曇りを浮かべた苦笑いがあった。
「…この子はメルフィナ。うちの居候だ」
「へぇ、居候…!どういったつながりで?」
「お前には関係ない」
冷たく言い放ち、少しして我に帰る。
このメルの表情は、陸に非があって浮かべられているのではない。そう頭ではわかっていても。
僕の口から出た言葉には、怒りのこもった冷たさが、確かに鋭く光っていた。
「大将…?なんか怒ってるか?」
「………。ごめん、なんでもない」
僕の脳内で起こる小さな葛藤を察してか、陸はどこか申し訳なさそうに言ってきた。いつもは気持ち悪く基本ふざけているが、常識人としてのマナーはわきまえている。
陸に、自分に非があるのではないかと思わせてしまったようだ。感情のコントロールが下手なばかりに、こうして知り合いに気を使わせてしまう。人として、僕はどこまでも未熟だ。
「それで、本当に何の用があって来たんだよ」
「ああ、忘れるところだった。今日もどこかで“開いた”みたいだが…どうする?いくか?」
要件を述べたその口元に、いつもの笑みはない。
他人が聞いても、内容が省略されすぎて意味のわからない会話だが…わかる僕達からすればそれは、緊迫した冗談を入れる余裕もない会話だった。
「行きたくない。…でもお前一人じゃ危なすぎる。だから行くしかない」
「そうか!消去法でもちゃんとついてくれる大将、俺は好きだぜ!」
「僕はそうでもないかな」
キョトンとするメル。振り返った僕はメルの瞳をじっと見つめ、頭に手をやった。
「少し出てくる。遅くなると思うから、僕が出たら鍵を閉めて。ちゃんと風呂に入ってから寝るんだぞ」
わしゃわしゃと少し荒めに髪を撫で、笑顔を作る。が、自分でもわかってしまった。
こんな作り笑顔では逆効果だ。
「レン、メルフィナも一緒に…」
「ダメだ。大丈夫…ちゃんと帰ってくるから」
それでもまだ心配そうに僕の瞳を見つめるメルの頬を、僕は優しくひっぱった。
「はう」
そして、今度こそ悟られぬように、僕に出来る限りの笑顔を作った。
「行ってきます」
前に向き直ると、僕とメルの関係を察したかのように、何かを哀れむ表情で陸がこちらを見ていた。
「行ってらっしゃい…」
露骨に寂しそうな声。こんなロリ声で僕の理性をかき乱すメルは16歳、高校1年生の年だ。すべての意味でそこらへんのJKを凌駕している。一緒に生活する中で、やはりこんな子を妹と思い込むほうが無理なのではないだろうか。とすれば、ごくごく健全な男子高校生のテンプレートな反応をとる僕は、何も間違っていないのではないか…!
…と、こんなことでも考えていなければやっていられなかった。
これから、向かい起こり予想されることが、億劫すぎて。
お読みいただきありがとうございました。
1話目ということで、少し長めにしてみたつもりです。
いろんな人に言われた「改行を増やして読みやすくしろ」という課題にも挑戦してみました。
前書きにもあった通り、物語の説明要素や付箋が多すぎて、あまり面白くはなかったかもしれないです。。。
ですが2話目からはどんと盛り上げていこうと思います!ご期待ください!
それでは、この辺で失礼します。