91.過去からの災難
護衛達の飲み会から解放されて、むしろ逃げてきたのだが風呂の時間まではもうちょっとあるな。部屋に戻った所で何をしていたのかと根掘り葉掘り聞かれるだろうし何か暇潰しを探さないと。
「団体行動を少しは心掛けろよ」
「見捨てた教師が何を言っているのですか」
さてどうしようかと思っていたら近藤先生に捕まってしまった。しかもビール片手に。護衛達が飲み会をしているのだから教師達も飲み会を始めていても不思議じゃないな。
「何か言う前に連れ去られただろ」
「だったら大部屋に乗り込んできてください。もしかしたら教え子の一大事かもしれないじゃないですか」
「あれはお前の護衛だろ。だったらおかしなことにはならないと思っていたんだが。何かあったか?」
「別に何も。適当に挨拶して逃げてきました」
あのままあそこにいたらまた護衛の交代の話が出てくることだろう。そして晶さんが再び暴走するとか。むさ苦しい男共に囲まれるのは勘弁願いたい。無駄に顔がいい人もいるが俺からしたらノーサンキューだ。
「不思議と如月はそういう要領がいいよな。あの時もだったが」
「そう言えば結局、あの後に一体どうなったのか聞いていませんでしたね」
「教えるまでもないだろ。静流がいつも通り飲みまくって、学園長が潰れる一歩手前までいったぞ。あれでもかなり持った方だと思うけどな」
「それについては何となく察していました。その後は?」
「解散だったぞ」
酔っぱらって俺の忠告を忘れたとかそんな所だろうか。二次会に誘えと言ったのに一次会で潰されるとは。社交界で酒に慣れている筈なのに、舞い上がって自分のペースを忘れやがって。
「月一のペースで飲みに行っているらしいから大丈夫じゃないのか?」
「その度に学園長が酷い目に遭っているような気がしているのですが」
「慣れって凄いよな。段々と耐性でも出来てきているんじゃないか」
まさかのアルコールに強くなっていたのかよ。しかし静流さんと同じペースで飲まれたらお店の方が大変なのではないだろうか。在庫間に合うのかよと思ってしまう。
「それで静流から相談されたんだが、如月にも伝えた方がいいだろうな」
「何ですか?」
「ここまで貢いで貰ったら結婚も考えないといけないわよねだとさ」
「うん、静流さんが良識のある人で助かります」
そして毎回学園長が飲み会代を出していることを知ってしまった。金額は知りたくないな。絶対に普通の飲み会代の何倍にもなっているだろう。恐ろしいな。
「もう一つが学園長とどう接すればいいのか分からないとも言っていたな」
「静流さんの相談相手は近藤先生ですか」
「いや、正確には俺と茜だな。この間、三人で集まった時に相談されたんだよ。会話が続かないとか、妙に緊張されているとか」
あの馬鹿者が。相手を不安にさせてどうするんだよ。それじゃ静流さんが悩むのも分かる。積極的に話もせず、ただ飲んでいるだけの相手が自分に好意を持っているのか疑問に思うよな。それだけ貢がれてもさ。
「変に勘ぐられても仕方ありませんね」
「如月の方で学園長を何とかしてくれ。流石にあの状態を見ているとこっちがヤキモキする」
「何かもう色々とばれているようですけど。修学旅行が終わったら殴り込み掛けておきます」
「如月。そんなに親しかったのかよ」
「この間も学園長の所為で大迷惑を被った所ですから。仕返しをしたとしても罰は当たらないでしょう」
無理矢理社交界に連れ出されたようなものだからな。それを考えたらちょっとした仕返し位安いものだろう。そもそも踏み込めない学園長が悪いのだから。
「しかしそんな状態でよく付き合えましたね」
「静流から切り出したらしいぞ。その時は静流も笑いながら話していたが」
かなり学園長が舞い上がったのではないだろうか。どうせいつ言い出そうかと散々悩んでいて踏ん切りがつかず、ぐだぐだと先延ばしになっていたのだろう。一歩前進どころか全く進めずにいたのがよく分かる。
「近藤先生的には今後二人の関係が進むように思えますか?」
「現状のままなら無理だろうな。静流が頑張った所で肝心の学園長があれだろ。俺も何回か一緒に飲んだが場が持たなすぎる」
「二人っきりで飲んだことが無さそうですね」
「俺かキャシーのどちらかが一緒だな。二人でデートとかしたことないとか聞いたな」
今年中に一回はデートさせた方がいいんじゃないかな。主にクリスマスを狙ってとか。下手に干渉すべきではないと考えていたが、少しばかり考えを変えた方がいいかもしれない。全然進展しないから。
「はぁ、頭痛いな」
「何で如月が頭を悩ませるんだよ。助言する程度なら別にいいだろ」
「デートプランを考えるのが私なんです。以前に学園長の案を見たのですが色々と駄目でした」
同じ男性視点として見ても駄目出しの多さだったからな。今回は静雄さんにも協力を求めよう。見返りはデートの締めにお店へ寄ってもらう事。事前準備さえしていればお客として優良だろう。
「苦労しているんだな、如月。だけど今は自分の事で楽しめよ」
「そうさせて貰います。近藤先生もそろそろ戻った方がよろしいかと。いつまでも生徒と密談している訳にもいかないでしょう」
現在いる場所は玄関口に設置されている休憩所。あまり目立たず、通路を歩いている者達にも見え難い場所なのだが完璧に隠れていられる訳ではない。見つけられたら変な噂が立つかもな。
「そろそろ戻った方がいいな。いつまでも抜け出していて探されて如月と一緒の所を見つけられると厄介だ」
しかし学園長と静流さんをデートさせるといっても難易度が高そうだ。そもそも学園長ならば絶対に俺の事を巻き込むはず。ダブルデートとか馬鹿な事を言う可能性だってある。俺は誰と一緒になるんだよ。
「厳しいな」
「相変らず他人の事で悩んでいるみたいね」
いきなり後ろから抱きしめられたが驚きもしないな。あいつなら絶対にやってくるだろうと確信も持っていた。ただ今の言い方は気になるな。俺であることに気付いているような発言だ。
「何か用ですか、綾香さん」
「相変らずの反応ね。クールを装っているのに顔が赤いわよ」
五月蠅い。男性だった頃からこういったことは多かったが慣れることは無かった。大体女性なのに男性に対してのスキンシップがやたらと多くて困っていたんだ。
「いいんですか。女優が密会しているような感じになっていますよ」
「同性だからいいのよ。うーん、感触は変わっているけどこっちの方がいいわね。柔らかいし、髪はサラサラだし」
離れる気が全くないな。それに綾香は明らかに琴音が以前の俺と同じであることに気付いている。義母さん達は生まれた頃から一緒だった為に気付けた。だけど綾香との付き合いなんて高校時代からだ。明確な根拠なんて持っていないはずなのだが。
「何で分かったんですか?」
「それは貴女のこと? それとも総司の事?」
「後者です」
「これでも人間観察は得意なの。あの先生と話している様子がそっくりなことと、後は私の願望でカマを掛けただけよ」
つまり明確な根拠を持っていなかったということだな。人間観察に関しては綾香の趣味でもあったのだから分かる。ただ最後の願望というのが分からない。俺が生きていて欲しいと思っていたのだろうか。
「頭おかしい人だと思われますよ」
「その位いいわよ。それに顔も見ずに声だけで私だと分かった貴女だからやろうと思ったの」
別に俺であることが絶対の秘密でもないからな。隠すつもりは一切ない。嘘を吐いたとしてもそれで事態がややこしくなる方が確率的に高そうだとも思っている。なら変に隠し立てしないほうがいいだろう。
「でも総司が女の子になっているなんて笑えるわね。しかもこんな美少女なんて」
「美少女なんて言うな。言われているこっちが気恥ずかしくなるから」
「いいじゃない。それも大事なセールスポイントになるのよ。演技が上手くても顔が駄目で落とされることなんてよくあるんだから」
幾ら技術が優れていても作品とイメージが合っていなければ駄目なのだろう。あとは知名度も。無名の女優を採用するよりも有名な方を選んだほうがいい場合だってある。もちろん若い芽を育てることもしているだろうが。
「別に売りにする気はないぞ。あといい加減離れろ」
「えぇー、ずっとこのままでもいいのに」
「こっちが暑苦しいんだよ。いいからそっちに座れ」
いつまでもこの体勢は辛い。ずっと正面を向いているから綾香の顔も見れていない。見る為に横を向いたら絶対に至近距離に綾香の顔があるはずだから。
「仕方ない。これでいいんでしょう」
「あいつ等もそうだが、綾香もあまり変わったように見えないな。強いて言えば少しばかり綺麗になったか?」
「これでも女優よ。高校時代よりも美容には気を付けているの」
高校時代よりも劇的に変わっていたら俺も気付かないし、何よりも何があったのか不安になるな。ただ高校時代の連中なら見た目が半端なく変わっていそうな奴もいそうだ。
「それにしても貴女から綺麗になったと聞くと嬉しくなるわね」
「何でだよ?」
「私の初恋の相手だからよ」
いきなりの爆弾発言に絶句してしまった。そんな話は誰からも聞いたことが無いし、俺も気付いてはいなかった。そんな素振りなどなかったような気がするのだが。スキンシップが過剰だったのは誰に対しても同じだから。
「何で今言った?」
「今だからこそよ。それに最初から失恋すると分かっている相手に告白するはずもなかったのよ。貴女の隣はやっぱり勇実が相応しいと当時から思っていたの」
「受けたかもしれなかったぞ」
当時の俺と勇実の関係など生まれた時から一緒に居る腐れ縁といった感じ。どちらもお互いに恋愛感情はなかったと思っている。もしかしたら勇実の方は違っていたかもしれないが。
「絶対にないわ。その場で断られるのが目に見えていたもの。だから初恋と失恋を同時に味わった感じかしら」
「何か悪いな」
「貴女が謝る必要は一切ないわよ。私が勝手に想っていただけだから」
しかし綾香が俺の事をな。確かに当時から美人だったし、他のクラスの連中から告白されていたのは見ていた。割と巻き込まれるような事態もあった。それと俺が告白を断っているのは綾香を参考にしている。
「だから願望だったの。貴女には生きていて欲しかった。幸せに暮らしていて欲しかったと」
「女に生まれ変わったことは?」
「面白そうだからOKよ」
そこの感性は変わっていなかったのか。サムズアップしてウィンクしているんじゃない。しかし当時の連中は俺がこうなった状況を疑いもせずに受け入れそうだな。頭がおかしい連中ばかりだ。絶対に笑いながら受け入れるだろうな。
「そう言えば当時は出来なかったことがあったわね」
「何かあったか?」
「協力して欲しい事よ。だからちょっと顔を近づけて頂戴」
何かの相談だろうか。耳打ちでもしてくるものだろうと思って顔を近づけたら不意を突かれるように唇を奪われた。しかも頭をガッシリと掴まれて。
「んっー!?」
「ご馳走様。私のファーストキスよ。有り難く受け取って頂戴」
「お、おま。ちょ」
慌てふためいて顔を真っ赤にしている俺に対して、コロコロと笑っている綾香。悪ふざけにしてはあまりにも理不尽すぎる。何か色んなものが吹っ飛んだ感じがする。
「これで仕事でもキスシーンをやれるわ」
「酷い。私としてのファーストキスが奪われた。というかやっていなかったのかよ」
「やっぱり初キスは好きな人にあげたいじゃない。意外と心は乙女なのよ」
雰囲気も何もあったものじゃないがな。それに心は乙女と言っている割にやっていることは男前すぎる。下手したら強姦にならないだろうか。同性ならばいいのか、これは。
「以前から言っているが恥じらいを持てよ」
「持っているわよ。貴女に抱き付くときはいつもドキドキしていたし、今も心臓が凄いことになっているもの。ほら」
俺の手を強引に掴んで胸に押し付けやがった。確かに心臓の鼓動が伝わってきているのだが、俺の心臓がもっと大変なことになっている。顔だって凄い熱くなっているのが分かる。
「相変らずこういうことに免疫が無いわね」
「あるか!」
何とか振りほどいて綾香から距離を取る。こいつの近くにいては次に何をされるのか全然分からない。こっちの心臓が持たないわ。何か前よりも積極的になっていないか。
「もう、そんなに離れなくていいじゃない」
「綾香もいい加減にしろよ。こんな所をスクープされたらどうするんだ?」
「今日はオフだからいいのよ。それに今日に限って言えばこの旅館周辺での警備体制はバッチリ。煩わしいパパラッチも近づいて来れないから」
確かに通常とは異なるからな。不審な人物が発見されたら速攻で何処かに連れて行かれそうなほど警備が巡回している。俺の所とか、他の所の連中が。飲み会に参加していない人達だろう。
「今日は本当に運が良かったわ」
「私にとっては運が悪すぎる。色々と汚された」
文字通りな。唇を奪われるわ、胸の間に手を突っ込まされるわと散々だ。これでどうやって楽しめというのかな、近藤先生。男連中なら歓喜のようなことだろうけど。俺は喜べない。
「さて、次はお楽しみの混浴ね」
「待て、お前も一緒に入るつもりかよ。それとどうして私の入浴時間を知っている」
「生徒から聞いたからよ」
確かに入浴時間が迫っている。時間についても有名人の綾香が聞けば答えてくれる生徒もいただろう。だがこいつと一緒に入ることは嫌だ。絶対に気が休まらない。
「ふふふ、楽しみね。あんなことや、こんなことをしてみようかしら」
「良からぬ想像をするな!」
本当に最悪だ。そしてすまない、晴海に宮古。俺にはこいつを止めることは出来ない。せめて二人に矛先が向かうように祈ろう。俺だって我が身が大事だ。
愛車とお別れしてきました。
橋から落ちそうになったり、電線が降ってきたりと色々なことがありました。
二十三万キロ、お疲れ様でした。
そして新たな愛車をお迎えし、早速ドアに手を挟めました。
慣れるまでは結構時間が掛かりそうです。