90.過去と仕事放棄
現実でのネタが本当に止まりません。
長時間バスに乗っていたおかげで身体が痛い。途中で休憩を挟んでの移動だったが動いていなくても疲れは溜まるな。やっぱり俺は自分で動いている方がいいな。
「うーん、やっと着きましたか」
「何か琴音が伸びをしているのはエロイわね」
「何でいつも私イコール、エロが付いて回るのですか」
反っているのだから自然と胸が強調されるような体勢になっているのが原因だろう。男子達の視線が集中しているのもそれか。多少顔を赤らめながら男子連中を睨みつけておくのは忘れない。
「本当に琴音は偶に無防備よね」
晴海からの忠告も正しい。それでも未だにそれで弱みを握られたこともないんだよな。葉月先輩には散々利用されているけど。今回の修学旅行で一緒でなくて良かった。あの人なら何かしらの理由を付けてでもやって来そうで怖いな。
「しかし、相変らず私達が所属している学園は凄いですね。有名な老舗旅館に宿泊できるなんて」
予約殺到の旅館ではなかったか。それをいつから予定に組み込んでいたのかは分からないな。人数が減ればキャンセルも出る。何よりこちらの旅館ともう一方のホテルを選ぶのは生徒次第。クラス単位でどちらかへと割り振られるのだ。
「琴音はどうしてこっちを選んだの?」
「温泉一択です」
「だよね」
ホテルの最上階に設置されている大浴場も魅力的ではあるが、やっぱり和風の方が好みなんだよな。俺が率先して旅館を押したらクラスメイト達も賛同してくれたから助かった。ただ俺の好みを知らなかった小鳥と長月はホテルの方になったが。
「この歓待はどうにかして欲しいですけど」
「私達にとっては新鮮だけどね。何回もは勘弁だけど」
玄関にずらりと並んだ従業員の方々。別に俺達みたいな大量の宿泊客がいなくても固定客は数多くいるはず。来年もよろしくねの意味なのか、それとも原因は他にあるのか。普通の対応でいいというのに。
「琴音の所為とか?」
「私達三人が揃っているのであれば納得できるのですが、私一人だけではこれほどじゃないと思います」
というか思いたい。他の所でもこんなのが続くと思うと気が滅入る。俺の他にも有力な令嬢や子息は揃っているからその影響だろうか。あとは経営に口を出せる家の者がいるか。
「相変らず琴音は自分の事を過小評価しているわね。謙虚も行き過ぎると嫌味になるわよ」
「以前に戻りますよ?」
「それは勘弁」
態度を大きくせず、目立たぬようにしていたからこそ今の状況になったのだ。実際は目立ちまくっていたのは自覚がある。何で普通に過ごしていた筈なのに、事態ばかり大きくなっていったのだろう。
「部屋に戻ったらどうしますか? 軽く散策するとか」
「夕飯までそんなに時間が無いから止めておこう。部屋でゆっくりしていたほうがいいわよ」
「ならそうしますか」
確かに夕飯まで一時間を切っているか。下手に外へ出たら間に合わない可能性だってある。買い物にしても中にある売店を使えば必要になりそうなものは確保も出来る。例えばお菓子とか。
「へぇ、ゆっくり出来そうな部屋ですね」
落ち着いた雰囲気のある部屋。変にゴテゴテした飾り付けたもなくサッパリしているから好みだな。だけど次に来ることもないだろう。普通に一泊の値段が高いからな。来るとしても何かしらの記念にかな。
「そろそろ擬態を外してもいいんじゃない?」
「そうだよ。部屋にいるのは私達だけなんだから」
「それもそうだな。学園の行事だから敬語でいる方が長くなりそうなんだよ」
他の生徒達と一緒に居る機会は多いだろうし、主に外での活動になる。そうなると必然的に周囲を警戒して猫を被っていることの方が多いだろう。でもそれはいつものことだ。
「楽しい修学旅行になるのであれば何だっていいんだけどな」
「お店選びとかは失敗しないようにしないと。それが一番重要だと私は思うのよ」
「宮古に賛成。記憶には残るだろうけど、それは回避したいわね。その為の情報収集は終わっているんだけど」
なら安心かな。今回に関して俺が口出すことは何一つない。むしろ二人についていく気満々だ。下手に俺が行動の指針を立ててしまうと妙な事態になり兼ねないからな。経験上。
「幾らなんでも今回は何も起きないと思いたいな」
「琴音、それはフラグだから止めておきなさい。今回だと私と宮古も巻き込まれ兼ねないのよ」
「それはそれで楽しいかもしれないけど流石に今回はパスかな。私だと頭がパンクしそう」
確かに宮古には辛いかもしれない。晴海なら何とかノリで乗り切れそうなイメージがあるけどどうだろう。結構偉い人物だったりするパターンもあるからフリーズする率は高いかも。
「おっ、散策している友人からラインが回ってきたんだけど有名人を見掛けたってさ」
「へぇ、誰? 私も知っている人かな」
プライベートなのか仕事でなのかは分からないけど俺にとってはあまり興味のある話題ではないな。あまりテレビを見ないから疎いのもあるけど。
「進藤綾香じゃないかなって言っているけど。遠目でハッキリと見た訳じゃないみたい」
「えぇー」
「何でそこで琴音が反応しているのよ」
行動の指針に口を出さなくても厄介ごとはやってくるのかよ。しかも出来れば会いたくない人物。以前の俺と関係のある人物だから琴音である俺に気付かない可能性はある。一応は確認しておくか。
「私の事を他の連中にも教えていたりしないよな?」
『同級生全員に画像付きで情報を流したよ~』
「仕出かしやがったな、あの野郎!」
流石は勇実だ。こちらの想定を上回る速さと正確さで情報漏洩をやらかしやがった。しかもどんな画像を送ったのかが分からない。まさかだがあのパジャマ姿じゃないだろうな。
「琴音。スマホを握っている手が震えているけど大丈夫?」
「先に謝っておく。御免、晴海に宮古」
厄介ごとに巻き込まれる可能性が飛躍的に上がってしまった。下手に綾香と接触したら絶対に絡んでくるはず。あいつはそういう奴だ。俺が出会わないように気を付けないといけない。
「まさかと思うけど女優の綾香と知り合いなの?」
「会ったことは無い。でもイグジスト経由で私の情報が流れたらしい」
「本当に琴音の交友関係は謎だよね。何で芸能方面にも知り合いがいるのかな」
俺だって知りたい。一癖も二癖もある同級生達だったが、進路はそれぞれで別れていた。それでも何の縁か頻繁に連絡を取り合うような仲である。自分達の個性を活かせる職業を選んだのだから分野的には様々だな。
「知り合いという訳ではないんだが。顔を見られたら絡まれることは確定だけど」
「何をしたのよ、琴音は」
「今の所はまだ何も。ただな、あいつだからな。何をしてくるか全然予想がつかない」
これが苦労枠の同級生なら当たり障りなくやり過ごすことは出来たんだ。だけど綾香は愉悦枠。面白おかしく事態を眺め、時には自ら行動を起こすような奴だ。つまり予測なんて全くできない。
「私がここにいることを知らないと良いんだが」
「幾らなんでも私達が通っている学園は知らないでしょう」
「あいつなら勇実達に聞いていても不思議じゃない」
それか別方面で情報を集めているかもしれない。情報収集に長けている同級生もいるからな。どういったコネがあるのか分からないが、事件の傍には絶対にそいつの影があったから。
「そう言えば綾香ってあまりプライベートの話題とか出てこないわね」
「私も聞いたことないかな。仕事では色んな役を演じ切る新進気鋭の若手とか言われているけど」
芽を出したのは最近ということだろうか。俺が死ぬ前までは有名でもなかったからな。まだ下積み時代といったところか。それが今じゃ随分と人気になったことで。
「私が知っている情報も大分古いものだからな。もしかしたら丸くなっている可能性も」
微塵も思えないのは何故だろう。社会に揉まれて多少なりとも改善している様に思えない。でも以前のようなことをやっていたら業界としても大変だと思うのだが。
「会いたくないなぁ」
「琴音がそこまで拒否するのは珍しいわね。苦手なの?」
「苦手だな。色々な意味で」
人の反応を楽しむような人物だからな。男性だった頃から妙にスキンシップしてきて俺の反応を楽しんでいたようなことが多々あった。それでも誰も恋愛系に考えなかった不思議もある。
「情報だけ先行していて先入観で考えているとかは?」
宮古の言葉は確かに正しい。それが本当に情報だけしかない場合だが。過去にあったことのある俺からしたら確定レベルで厄介な人物だと知っているんだよ。
「よし、忘れよう。もしかしたら宿泊客じゃないかもしれない」
「確かに旅館の中で見かけたとか書いていなかったわね」
それに救いを求めるしかないか。念のために夕飯まで部屋で大人しくしていよう。売店に何が売っているのか確認したかったのだが、やはり我が身は大事だ。
「何かこれからの展開が読めたわね」
「晴海に同意。私も何となく想像できるね」
「二人が何を考えているのか分かるな」
分かっているよ。どうせ遭遇しないように気を付けていても結局は出会って一悶着起こるとか思っているんだろう。その想像は正解だ。
そんなことを二時間前に思っていた筈なのにどうしてこうなったのかは俺にも分からないな。何故に俺は護衛の人達の飲み会に巻き込まれてお酌をしているのだろう。
「恭介さん、事態の説明をお願いします」
「いや、晶が琴音の事を自慢してな。そんな護衛にとっての理想のような存在がいる訳ないだろという話になって、晶が暴走した」
「だからって私を呼ぶのはどうなんですか」
クラスでの夕飯を食べ終わってから速攻で晶さんに拉致されたんだよ。手を引かれるままに別の会場に入ったら見たことのない人達がポカーンと俺の事を見ていたな。
「大体仕事はどうしたんですか?」
「今は時間外だ。学生達が外出禁止の時間になったら俺達も非番になるんだよ。だから修学旅行では恒例の飲み会が開催されるんだ」
「鬱憤晴らすためですか?」
「そういうことだ」
今回の仕事はかなりハードなものが予想されるのだが、それに付き合わされる俺はどうなんだろう。総勢何名いるんだろう。大部屋が埋まるだけの人数だからな。
「私の言っていることが本当だという事が分かったか!」
「如月家の令嬢を連れてくるとか頭おかしいだろ!」
滅茶苦茶野次が飛び交っているのに晶さんは上機嫌な事で。他の護衛が言っていることも正しい。超が付く大物を平然と飲み会の現場に連れて来ている時点で頭の中身を疑うよな。
「伍島さん、コップが空いていますよ」
「すまない。本当にすまない」
「いつもお世話になっていますからいいですよ」
詫びてきている伍島さんが一番可哀そうだな。この中で確実に貧乏くじを引いている人物だろう。恭介さんは晶さんの奇行に慣れ過ぎていて平然としているし、瑞樹さんは苦笑いを浮かべているだけ。
「畜生。本当に勝ち組じゃねーか。今日はヤケ酒だ!」
「付き合うぞ、同士!」
何か一部でヤケ酒が始まっているが明日の仕事に影響しないのだろうか。まだ修学旅行は初日だというのに。晶さんの行動はまさに火に油を注ぐようなものだったな。
「琴音ちゃんはこっちに居てもいいの? 友達とかを優先しなくても」
「その友達から逃げられました。連れて行かれる私を可哀そうに手を振りつつ見送っていましたから」
薄情な事である。瑞樹さんに言った通り明らかに厄介ごとへ巻き込まれないように退避したんだろう。これが他の十二本家なら嬉々として一緒に乗り込んでいたのに。やっぱりそこは意識的な差なのだろう。
「あとで主任さんか、部長に報告しておきますからね」
「「「勘弁してください」」」
元凶である晶さんが遠くの方で誰かと言い合いしているので他の三人が頭を下げる結果となった。晶さんの暴走を止められなかった時点で連帯責任が発生するからな。今回に関しては晶さんを見捨ててもいいのではないだろうか。
「入浴の時間が回ってきたら出て行きますから。それと後でお詫びとして何か奢って下さいね」
「その位なら大丈夫だろう。全額晶に持たせる」
今回の責任は全部相棒である晶さんの所為なのだから恭介さんの言っていることは正しい。しかしこれだけの護衛の人達が集まっているがやっぱり男性の方が多いな。比率で言えば七対三だろうか。
「そんな男性連中に混ざって騒いでいる晶さんはストレスが溜まっているのですか?」
「ストレスの元凶が何を言っているんだよ」
「私ですか?」
「主に前回の十二本家集合が原因だろうが。どれだけの連中が胃を痛めたと思っているんだよ」
あの二次会か。確かに護衛の規模が大変なことになったし、最初は無茶なこともやらかしたな。でも最初だけでその後は室内で騒いでいたのだからそこまでじゃなかったはず。
「琴音からのメールで俺はマジで怯えたぞ」
「それが目的でしたから。あのチョイスは真面目に不評でしたよ」
長月が巨乳のグラビア集を買ってきたのは恭介さんにも責任があったのだから俺の行動は間違っていないと思う。それをあの場に居た主任や部長に見られていたら無事ではなかっただろう。
「一つ確認しておくがもうあんな集まりはないよな?」
「残念でした、伍島さん。夜の女子会を鋭意企画中です」
今まで騒がしかった会場が一瞬にして静まり返ったな。でも俺はまだ十二本家が集まるなんて一言も言っていないのに。それともあの騒ぎはそれほどトラウマになったのだろうか。
「中止の可能性は?」
「企画者が霜月の時点で察してください」
「でもでも、前ほどは十二本家が集まる訳じゃないわよね?」
「瑞樹さんの言う通り、集まっても私と霜月、それに文月といった所ですね。あとは一般的な方々が集まるかと」
喜びの声を上げる人達と意気消沈している人達で綺麗に別れたな。ただしこれはあくまで予定であって正確な所は何も決まっていないのだ。実際企画段階で潰れる可能性だってある。
「何か決まりましたら早急にお伝えしておきます」
「頼んだぞ、本当に頼んだぞ」
伍島さんに凄い念を押されてしまった。ここら辺が他の令嬢と護衛の関係じゃないんだよな。プライベートの詳細を伝えることなんてあまりしないと思うから。
「それでは私はそろそろ失礼します」
「来てくれてありがとねー」
「あまりこういう場に呼ばないでくださいね。私はまだ未成年なんですから」
飲みたくなってしまうじゃないか。それに温泉上がりの一杯とか最高なのに。未成年であることがこれほど恨めしく思ったことは無い。さっさと部屋に戻って入浴の準備をするか。
前回の続きを書く予定でしたが、変更となります。
愛車が瀕死です。むしろ廃車が確定しました。
何でフロントガラスが割れたのか謎です。飛び石も無かった気がするのですが。
車検一週間前に事態が発覚。車検代と合わせて高額になりそうなので購入を決意。
次の日に購入という忙しい休日でした。
今年はこれで終わって欲しいものです。