88.二次会後日談
容量気にせず書いていたら何処までも書きそうでした。
何か凄い久しぶりに学園に来たような気分だな。実際には普通の休日と何ら変わらないのだが、やっぱり気分の所為か。凄まじく濃い一日だったからな。
「疲れが全然抜けていません」
「それは前者、それとも後者のどっちでよ」
休日中の様子を聞きたくて教室に乗り込んできた香織であるがグッタリしている俺に対して積極的に聞いてこようとはしないな。疲れている理由は変な夢を見たことでもあるのだが。
「後者です」
「やっぱりあの面子は琴音でもきつかったか」
「ストッパー不在ですよ。歯止めの効くような人達でもないからやることなすこと滅茶苦茶でした」
「見てみたいとは思うけど、現場に居たいとは思わないわね」
現場にいるのは心構えがない者はお断りだな。一般的なイメージで立ち入ってきたらそんなもの簡単に粉砕されるから。あのカオスな光景を公開するのは駄目だよな。色々な意味で。
「ねぇねぇ、画像とかないの?」
「部外秘ですから。あれは公開するの躊躇います」
「ケチね。別に画像を寄越せとかは言わないからさ」
「その内にね。心の整理が出来るまで待ってください」
「なら修学旅行中に見せてよ。いい話のネタになるじゃない」
「修学旅行?」
香織の言葉で忘れていたことを思い出した。パーティーの事やら二次会の事で頭がいっぱいだったから学園の行事なんて全然頭の中に入っていなかったな。全然準備していないぞ。
「まさか忘れていたの?」
「そのまさか。どうしよう」
「えっ、準備すらまだなの?」
「何も」
呆れたような顔をされたな。そりゃ修学旅行なんて人生に二回か、三回か。そんな大事なことを忘れているなんて普通ならあり得ない。だけど俺にとって高校の修学旅行は二回目なのだ。
「一週間後の話よ」
「ごめん。この間のパーティーと二次会で頭がいっぱいだった」
今度の休日後だったか。四泊五日の修学旅行。その休日で色々と準備しないといけないのだが、予算は大丈夫だろうか。貯蓄していたから余裕はあったのだが、今回ので消えそうだ。
「香織、今度の休日なんだけど」
「はいはい、分かっています。付き合うからお昼位は奢りなさいよ」
「善処します」
出費が増えてしまうけど仕方ない。修学旅行自体は経験あるのだが、女性として参加するのは当然ながら初めての事だ。何が必要なのか分かる訳もないから誰かに手伝ってほしい。その為の出費なら仕方ないだろう。
「あぁー、お金が減る」
「気を抜いている所悪いけど、地が出ているわよ」
「二次会の弊害ですね。化けの皮が剥がれ易くなっています」
机にダラーとしたら香織から注意を受けてしまった。確かに学園での俺のイメージではないよな。琴音のイメージとも合っていない。琴音の事を知らない人達には真面目でキリっとしているイメージで通っているんだよな。ただ大人しくしていただけなのに。
「私のイメージも随分と変わってしまいましたね」
「ここまで露骨に別人みたいになったら仕方ないわよ。また問題児になりたいの?」
「なりたくはないです。今年はこのまま終わって欲しいものですが」
「何かありそうなの?」
期待するような目を向けないで欲しい。それにこれはあくまで予測でしかない。何かが起こると確定している訳でもない。だけど葉月先輩と綾先輩の二人がこのまま大人しくしているとは思えないのだ。
「あの二人がこのまま何もしないとは思えないので」
「三年の問題児筆頭だよね。琴音が怖がっている霜月先輩はよく分からないけど」
学園だけではイメージが固定されているからな。何かしらやらかすとしたら葉月先輩のみ。綾先輩は遠くから傍観しているだけと思われるだろう。率先して乗ってくる人なのに。
「そろそろ時間ね。あとで待ち合わせの時間とか決めるわよ」
「お願いしますね」
さて香織と別れたのだが、別の問題を思い出したな。一緒に行動する班とか全然覚えていない。当然誰と同室になるのかも。クラスの人達からはすでに琴音のイメージは払拭出来ているから別に構わないのだが。気にはなるな。
「宮古さん。私の班編成はどうなっていますか?」
「ボォーとしていたから勝手に決めたけど。私と晴海の三人だよ」
「三人ですか?」
「そうだよ。本当なら四人なんだけど、人数的に何処かが三人にならないといけない班が出来るの。それが私達だよ」
なるほど。取り敢えずいつもの面子という訳か。安心と言っていいのか、夜の会話が予想できないというか。むしろ女子の会話というのが想像できないな。
「行先は京都ですよね?」
「他にも行くけど、メインは京都だね。何処に行くかは検討中だけど。琴音は何処か行きたい場所ある?」
「特には。二人で決めて貰って構いません」
これといって見たい場所がある訳でもないからな。何より時期がずれていて紅葉も過ぎ去っているだろう。何故にこのような中途半端な時期なのか。冷静に考えれば分かることだけど。
「他の高校と時期をずらした理由か」
「そう言えばそうだよね。他のところは大体終わっているだろうし」
「私達がいるからでしょうね」
「どうゆうこと?」
十二本家が動くとなると付属する人材も動く。つまり護衛の人達も。そうなれば訪れる人数も増えるし、他校との問題も無いに越したことは無い。だからずらしたのだろう。
「流石は十二本家。やることが大きくなるね」
「救いは私と小鳥、長月ですから問題はあまり起きない事でしょうか」
この三人なら何かしらやらかすことも少ないだろう。長月が大人しくしていればだが。高校生として相応しくない行動を見た時のあいつの対応が問題になる。
「うーん、問題が発生するとしたら琴音が巻き込まれると思うんだけど」
「止めて。そういうフラグを立てるのは」
嫌だよ、修学旅行でも問題に巻き込まれるなんて。大体長月関係で巻き込まれるのは可能性の話だ。近づいてさえいなければそんな心配もない。学園にいる生徒達で他に面倒事を起こしそうな人に心当たりもないからな。
「琴音ならこういうイベントで一波乱位起こしてくれると思ったんだけど」
「だーかーらー」
「お前らー、始めるから席につけ」
文句を言おうとしたらタイミングよく近藤先生が入って来たな。これで話は途切れてしまったが、本当にフラグにならないで欲しい。何かしら起こったら恨むぞ。
「さて用事を片付けてきます」
朝礼での注意事項はやっぱり修学旅行に関してだったな。残り一週間、修学旅行に気を取られ過ぎて勉学を疎かにするなとか定番な事だったな。俺もあまり考えすぎないようにしよう。そして昼休みを迎えたのでとある用事を済ませようと席を立つ。
「用事って?」
「忘れ物をした人に確認を」
晴海に聞かれたが詳しい内容までは話せない。あれは基本的にオフレコ。下手に十二本家が集まったと話が回れば変な噂が出始めそうだからな。それにやった場所が俺の部屋だから。
「葉月先輩、ちょっとよろしいですか?」
「琴音から訪ねてくるなんて珍しいね。やっぱりあの件かな?」
「気付いているなら何で忘れていったんですか」
忘れていったのはベース。あんなでかいものをまさか学園に持ってくることなんて出来ない。出来れば取りに来て欲しいのだが。本人が気づいていて含んだ笑みを浮かべているということは。
「まさかワザとですか?」
「もちろん。あれは琴音にプレゼントするよ」
「いえ、あんな高級品をタダで貰うなんて」
幾ら部屋代だとしても高すぎる。本音で言えば凄く欲しいのだが。それによる要求なんかあった場合が怖いな。ただでさえ相手は葉月先輩だ。
「いつか必要な時が来ると思ってさ。僕の壮大な計画に賛同してくれるならだけどさ」
「何をやらかそうとしているのですか?」
「まだ許可が取れてないから秘密だよ。でも許可が取れたら琴音には参加してもらうよ」
「それが代価だというなら仕方ありませんね」
恐らくだがあのベースが必要になるようなイベントなのだろう。だけど許可が必要というのはどういうことだろう。まさか野外でゲリラライブでもやるつもりじゃないだろうな。
「意外と素直に同意してくれたね」
「あれだけの品ですからね。ですが内容によって辞退しますよ」
「それは困るかな。僕達でやるからこそ意味があるんだから」
俺と葉月先輩で共通していることなんて同じ十二本家であること位だ。まさか意外性で十二本家のみでバンド組むとかだろうか。霜月先輩のイメージが崩れるぞ。
「ではそれが不許可になった場合の対価は?」
「それじゃ先払いにしようか。琴音、ハグしよう」
「はい?」
何で唐突にハグせねばならないんだ。それこそ変な噂が流れるだろ。前生徒会長と琴音が白昼堂々、廊下で抱き合っているとか。目撃者が多過ぎて揉み消すことも出来ないぞ。
「何を考えてやがる、この馬鹿は」
「琴音、考えていることが口に出ているよ。ほら、綾はハグしていたじゃないか。何か負けたようでちょっとね」
何に対して対抗心を持っているんだよ。大体あれは綾先輩から勝手にやってきたことだ。逆に葉月先輩がやってきたら抱き付かれる前に平手打ちしていると思う。
「百万円のハグですか。買収されているようで嫌ですね」
「完璧に僕が悪役だよね。悪いおじさんかな」
分かっているなら何故にそんな提案をしたんだよ。それに冗談のようには聞こえなかった。というか基本的に葉月先輩は有言実行を志しているような気がする。だから本気なのだろう。
「ほら」
「ほらじゃないのですが」
腕を広げるな。周りの生徒達が何事かと見ているじゃないか。その中で俺達が抱き合ったらどうなるか。下手したら付き合っているのではないかと思われるのではないか。
「葉月先輩一言いいですか?」
「うん、悩んでいる琴音に僕からも言おう」
「「後ろ」」
ほぼ同時に声を出すと、すれ違うように駆け出した。背後なんて確認しない。あの現場を知り合い、それも十二本家の厄介な人物に見られたらどのような行動をするのか予想が出来ない。
「はい、確保です」
「ちなみに私の背後は誰でしたか?」
「小鳥ちゃんですね」
葉月先輩の背後にいたのは変な迫力を出していた綾先輩。三年生の廊下で話していたのだから現れて当然か。それと制服を掴まれたので俺は止まったのだ。伸びたら嫌だしな。
「見事な足払いでしたよ」
「葉月先輩が転んだような音がしたのはそういう訳ですか」
変な声が聞こえたと思ったら人が転ぶ音が聞こえたからな。しかし何故ここに小鳥が現れたのだろう。用事でもない限り、こっちには現れないと思ったのだが。
「それでどうしてあのような状況になっていたのですか?」
「あのベースの対価としてハグを求められました」
「よし、小鳥ちゃん。やっちゃいなさい」
「ラジャーです」
ゴフッとか妙な声が聞こえるな。俺は小鳥の表情が怖いから未だに背後を振り返っていない。下手したら俺までも標的とされるかもしれないじゃないか。暴力が振るわれることはないだろうが、何を言われるか。
「傍から見ていても、凄まじい光景でしたよ。両腕を広げている葉月と恥ずかしがっているような琴音。これだけでもいい噂の的です」
「私、恥ずかしがっているように見えましたか」
「思い悩んでいるようにも見えましたね」
どうしようかと悩んでいたのは事実だ。ハグするだけであれだけのベースが手に入ると思えばその位いいだろうとも。ただしそれによる被害を考えると悩むべきことだろう。
「あそこは悩まずに一喝するのが正しい行為です。悩めばそれだけで何かあるのだと他の生徒達に思われるのですから」
「琴音さん。あのような事は安易にしてはいけません。めっ! ですよ」
小鳥にまでも駄目だしされてしまった。結局は俺まで責められるのか。葉月先輩の方に視線を向けてみると壁に手を付いて立ち上がる所か。顔色が悪いな。
「大体葉月も何故、あのような行為に及ぼうとしたのですか?」
「ほら、パーティーで綾がやったことで社交界での琴音と綾の仲の良さは広まったじゃないか。なら学園では僕と琴音の仲がいいことを証明しようと」
「「嘘ですね」」
綾先輩と小鳥の二人揃って否定されたな。それについては俺も同じだ。俺と葉月先輩の仲がいいのは今更だ。それは生徒会に所属していたことでも知られている。
「仕方ない。正直に話すよ。別に琴音に惚れている訳じゃない。ただ関係性を深めようと思ったのは事実だよ」
「その真意は?」
「うーん、琴音がやるとは思ってなかったんだよ。もしやってきても直前で止めるつもりだったし。それをネタにからかおうと思ったんだけどね」
それは真実とは言えない。それだと関係性を深めるというのには当て嵌まらない。なら何が狙いだったのか。考えれば簡単。この状況を作りたかったのだ。
「小鳥、誰に呼ばれましたか?」
「葉月先輩にです」
合致するな。ニヤリと笑っている葉月先輩の顔を見て確認した。そうなると絶対的にもう一人現れるはず。あれに連絡を取ったとは思えないが、意外と騒がしくしてしまったのだから出てくるだろう。
「騒ぎの中心にいるのは琴音か」
「うんうん、狙い通りだね」
これで二年と三年が集まったな。ギャラリーも増えてしまっているが。教室の中にいる人達はドアから顔を出し、遠巻きには二年も一年も集まっている。
「別に私が原因という訳ではないですよ。諸悪の根源は葉月先輩です」
「だがその中心にいるのは琴音だろ。凛も言っていたが葉月先輩、霜月先輩、琴音が揃うと碌な事が無いな」
俺は巻き込まれているだけなのに。しかしここに下級生まで集まってきたら収拾が付かないような気がする。それでも水無月は遠巻きに見ていると信じているぞ。
「それで何をしたんだ?」
「葉月先輩とハグ未遂をしただけです」
「お前は……」
額に手を当てなくてもいいだろうに。あのままの状態だったとしても流れに乗っていたとは思えないけど。俺だって後の事は考えているつもりだ。この連中に言っても信じて貰えないけど。
「琴音さん。本当にめっ! ですよ」
「やりませんよ。本当に」
和気藹々と廊下の真ん中で話しているというのに誰も注意しに来ないな。何で忘れ物の件を話しているだけでこんなことになったのか。俺にも分からないな。
また額を打ちました。
おかげで修学旅行の中身について固まってきましたけどね。
家の中だからといって電気も付けずに移動するのは止めましょう。
前方不注意、危険です。