87.二次会終幕
二次会、これにて閉幕です。
まさしく死屍累々。もう何戦したのかも分からないし、止め時を完全に見失ったと言っても過言ではない。スマホの中の画像ファイルが大変なことになっている。
「終了! もう終了にしよう!」
「時間的にもそろそろ目途をつけた方がいいかもね」
だから俺は声を大にして終了宣言を行った。綾先輩以外の全員が安堵したような表情をしているのだから中々言い出せなかったのだろう。ストッパー役が俺というのはどうなんだよ。
「私はまだまだやり足りないのだけど」
「これ以上、外部流出したら不味い画像を量産したらヤバいって」
葉月先輩以外は全員が最下位を経験済み。俺と長月は更に一回追加された。俺は何故か小鳥をお姫様抱っこして、長月は現在辱めに遭っている最中。
「長月もそろそろそれを外してもいいから」
無言のままにちょび髭眼鏡を外して崩れ落ちる。もちろん画像はしっかりとスマホの中に保存済み。後ろ向きで装着させて振り向いた途端、全員が噴き出したのは仕方ない。凄く馬鹿ぽかったから。
「そろそろ帰りの時間を考えた方がいいんじゃないか?」
「はい、泊まる!」
「布団がないから帰れ」
率先して泊まろうとした綾先輩に対して速攻で断っておく。布団がないのは本当だ。元々琴音の交友関係はないに等しかったから家族の誰も予備の布団を初期装備に含めていなかった。
「なら用意させるわよ」
「人使い荒いな」
忘れていたことだがここに集まっている連中は電話一本で大体のものはすぐに用意できる存在。ただし、それでも許可は出さない。霜月姉妹を泊めてしまったら自動的に小鳥もセットで付いてくる。せめて俺の平穏は守らないと。
「凛は帰った方がいいと思うよな?」
「私はどちらでも構わない」
「帰るよな?」
「帰った方がいいと今思った」
優柔不断な回答をしたから両肩をガッシリと掴み、目線を合わせて俺が何と言って欲しいのか分からせてからもう一度喋らせた。脅迫ではない、あくまで説得なのだ。
「凛が裏切るとは」
「綾もその辺にしておこうか。場所を提供してくれたことだけでも有り難いんだから。僕達が気にせず集まれる場所なんてあまりないんだからさ」
「それはそうだけど。ならもっと我儘を言っていいのかなと思うじゃない」
「綾はもうちょっと人の事を考えようか」
頑張れ、葉月先輩。俺じゃその人を止めることなんて出来ない。それが唯一出来る存在なんてこの中じゃ葉月先輩位だ。俺だと止めるより追い出す方向に進むから。
「仕方ない。お泊り会は次の機会に取っておこうかな」
やること決定かよ。しかし今回の面子が集まることは無いだろう。やるとしたら女子会になりそうだ。そうなると面子はどうなるか。霜月姉妹に小鳥。あとは木下先輩が引っ張って来られそうだ。なら俺からも誰か生贄を捧げないと。
「それ、今年中にやるとは言わないよな?」
「日程は追々かな。今回みたいな機会だと薫を呼ぶのがちょっとね」
木下先輩、南無。どうやら今回みたいな馬鹿騒ぎに巻き込まれることは決定のようだ。でもあの人が暴走することはないから大丈夫だろう。今度こそ安心なストッパーが現れるはず。
「でもゲームだけで終わるというのも何か物足りないと思わない?」
思っていない。十分に濃すぎる時間だったと思うぞ。何人かはプライドがズタボロにされている様子だし。これで暫くは弄るネタに困らない。その中に俺も含まれているのだが。
「それならこんなのはどうかな。隠し芸とかさ。あまり知られていない自分の特技を披露する」
何気にハードル高いものを要求してきたな。これでシュールな特技をした時の周りの反応は恐ろしいぞ。自分自身が居た堪れない気持ちになるから。大体この面子で隠し芸なんて持っている奴の想像なんて出来ない。
「そんなのない」
早々にお手上げしたのは水無月か。次に凛も無理だと答えた。下級生組は全滅か。俺も何もないと答えたいのだが、何故か期待されているような視線を感じて無理だと言えない状況。
「私は演舞位しか出来ません」
小鳥にはそれがあったか。だけど一旦周囲にある物を片付けないと場所の確保が難しい。結構大立ち回りしそうなイメージがあるからな。取り敢えず他の人の意見も聞いておこう。主に上級生組を。
「歌う!」
「ならギターを弾こうかな」
綾先輩に関しては全く隠していないだろうと思う。でも実際に歌っている姿を誰も知らないのだから隠し芸に該当するか。しかし葉月先輩がギターを弾くとは。意外といえば意外か。
「それじゃ琴音は何を演奏するのかな?」
「何で私も演奏すること前提なんだよ。大体楽器はどうする?」
「もちろんいつもの人達に持ってこさせるよ」
哀れ、黒服さん。こんなイベントでも活躍しないといけないとは。何となくそんな気はしていたが。それでも護衛の人達が扱き使われることは無かったな。ちゃんと言いつけは守ったぞ、おじさん。
「ならベース。楽曲はどうする。私達全員が知っているものという制約は付くぞ」
「シェリーのラヴソングは? かなり有名だから大丈夫じゃない?」
「僕は大丈夫だね。それにしても適当に振ったのに琴音が乗ってくるとは。ちょっと予想外だったね」
「私も大丈夫。無茶ぶりも大概にしろよ。演奏できるから良かったけど、私が弾けなかったらどうするつもりだったんだよ」
「琴音は空気読めないねと煽ろうとしたかな」
相変らず性格悪いな。大体煽られたところで出来ないものは出来ない。それとも今度までに練習して弾ける努力をしろということか。そもそも楽器持っていないのに。
「お待たせ致しました。ご要望のものをお持ちしました」
「うん、ありがとう。それじゃ帰ってね」
相変らず扱いが雑だな。かといってあまり長居されても迷惑なのだが。威圧感が凄いんだよ。前にも見たことがあるが体格がいいし、何故か夜なのにサングラス掛けているから。
「琴音はそっちね。僕も久しぶりに弾くから自信はないけど」
「私だってかなり久しぶりだから鈍っている可能性は高いぞ。というか、これって」
ケースを開けて中身を確認した瞬間、固まってしまった。普通だったら絶対に手が出せない額のベースが入っているのだから。何十万ならまだ分かる。百万超えているぞ、これ。
「適当に選ばせたからそれなりの額のものを持って来たんだろうね。それよりさっさとチューニングしよう」
当たり前のように言っているが、チューナー無いだろ。いいや、適当に合わせよう。何でもかんでも自分達と同じような能力を持ってると思っているのが十二本家の悪い所だよな。
「こんなものかな」
「同じく。スタートは三タップ後で。それじゃカウントを始めるぞ」
ぶっちゃけ上手く弾ける自信はない。俺だった時は暇があれば弾いていたのだが、琴音になってからは一切触れていないからな。軽く弾いてみた限り、感覚がぼやけている。
「意外なほど上手いな、綾先輩」
「僕も聞いたのは初めてだけど、本当に意外と上手いね」
弾きながら会話をしているが俺達も結構余裕がない。そして好き勝手言っている俺達に何かを言いたそうな綾先輩だが、歌っているから何も言えないな。
「でも将来歌手を目指すとしたらまだ足りないかな」
「そう言えば琴音は現役の人達と知り合いだったね。比べたら可哀そうだよ」
「それはそうだけど。私がこんな風に弾いていると知られたらどうなることやら」
お前らちゃんと聞けよと視線で訴えてくるのだが、その程度の眼力で俺達が怯むと思ったら大間違いだ。伊達に誰かさんに振り回されていない。むしろ振り回す方だからな。
「ちゃんと聞いてよ!」
「「はいはい、聞いている聞いている」」
歌い終わって、うがーと吠えている綾先輩に対して俺と葉月先輩は生返事で返していた。やっぱり相当に鈍っているな。弾く機会なんてないから、その内本当に弾けなくなりそうだ。
「私だってママに上手くなる方法を教えて貰おうと思ったわよ。でも学園卒業してから出直せとか言われてさ」
「勉学に励めということじゃないかな。学生デビューとか考えさせないとかもあったかも。ほら、綾先輩って猪突猛進だから」
「琴音に同意だね。協力しちゃったら学生の本分を忘れて、そっちに流れていきそうだからね」
「私も琴姉と葉月先輩に賛成。綾姉は本気で取り組むと周りが見えなくなるから」
ヤル気があり過ぎるのも問題だよな。下手したら学園にすら来なくなりそうで両親としてはそれを心配しているのだろう。だから卒業するまで手を貸すことはしないのだろう。
「別に卒業後の事前準備くらいしてもいいんじゃないか?」
「それが学生の本分からずれるから忠告しているんだ。綾先輩の事だから何も考えずに一人暮らしするとか言っているんだろ」
長月が同意しているのだが俺からしたら一人暮らし舐めるなと言いたい。バイトをしていると話を聞いたこともないし、何かの準備をしている様子もない。卒業まで半年もないのに。
「それでは綾先輩に尋ねる。貯蓄は? 住む場所の候補は? 自炊は? 何処に通って音楽を学ぶ?」
「あれ? 何で私が断罪されるような事態になっているの?」
流れ的なものだな。先程までの騒がしい雰囲気から一転。妙にシリアスな空気が漂い出した。それを読んだのか誰も発言しようとしない。こんな雰囲気で喋れるのは俺か葉月先輩位だな。
「それで答えは?」
「……何もない」
「いや、無理だから。それで一人暮らしとか無理だから」
「琴音は出来ているじゃない」
俺基準で考えるなよ。そもそも俺が一人暮らし出来ているのは生活の知識があって、家賃がタダだからだ。ある程度の仕送りを持っているのもそうだが、それだけじゃ足りないからバイトもしている。
「私が一人暮らし出来ているのはこの部屋がタダだから。仕送りを貰っているけど足りないからバイトしている。一人暮らし舐めるなよ!」
何の理由もなくキレてみた。仁王立ちしている俺に対して、綾先輩は正座して下を向いている。これで現実を知って貰えたなら御の字だな。ただし次の発言に俺は度肝抜かれたが。
「なら私は此処に住む!」
「現実見てよ、綾姉!」
顔を上げた瞬間に飛び出した爆弾発言に流石の俺も絶句した。後ろにいる葉月先輩と水無月は腹を抱えて笑い出すし、姉の暴挙に妹が必死の説得を試みている。先程までの空気は何処に消えた。
「もう追い出そうかな、本気で」
「時間的にそろそろ帰った方が良さそうだからね。丁度いいんじゃないかな」
本当に騒ぎに騒ぎまくった二次会だったな。防音がある部屋で本当に良かったよ。そうじゃなかったら近隣住民から大量の苦情が舞い込んできそうだったから。
「親睦会にしては全員が地を出し過ぎたような感じだったな」
「楽しかったからいいんじゃないかな。僕としてはまた開催したいくらいだよ」
「私も楽しかったです。こういう風に誰かに気を遣う必要もないイベントは初めてだったので」
「同意かな。肩の力を抜いて騒いだのは初めてかもしれない」
そりゃ顔色を窺って来る人もいないのだから当然だな。同格の連中が集まって、何の目的もなく楽しもうが今回の目的なのだから。気を遣わなすぎるのは欠点だった位か。
「俺はあまり知りたくない事実を色々と知ってしまって後悔もある。それ以上に親睦を深められた気もするな」
「難しく考える必要なんてない。全員がどういった性格かを知れただけでも収穫だっただろ?」
「お前の変わりようが今日一番の驚きだ」
どうやら長月自身も何かしら変化したかな。肩の力が抜けて大分警戒心も薄れた様子だから。これで俺に対して変に突っかかってくることもないだろう。ある意味で今日の収穫かもしれない。
「それじゃ全員撤収準備。忘れ物がないようにしろよ」
「忘れ物したら琴音が学園で渡してくれればいいじゃない」
「面倒だから却下」
バッサリと綾先輩の発言を拒否しておく。一番何かを残していきそうなのが綾先輩なのだから。大体持って来たものはドレスだけだろ。それを学園で渡すのは何か気まずいんだよ。
「それじゃ本日はお疲れ様でした」
「次の機会も宜しくね」
葉月先輩の言葉に一応頷いて答えておく。全員が退出してやっと一息つけるな。俺の仕事はまだ終わっていないのだが。これから部屋の片づけが待っている。
「散らかし過ぎだ、あいつ等」
明日に回さずに今やろう。流石に寝て起きてこの惨状を見たら色々なやる気がなくなりそうだから。もう一頑張りしますか。
部屋の電気を消して、出ようとしたら柱に額を打ち付ける。
痛みに呻きながら階段を下りていて最終段を踏み忘れて膝を打ち付ける。
膝抱えて痛みを堪えている間に、衝撃で倒れてきたモップが頭部を直撃。
柱との衝突はかなりの打撃音だったのか翌朝に両親から何があったのか聞かれました。
「またか」と言われました。私が何をしたというのでしょう。