09.悪意の猛追
今回も暗い話になります。
感想でのご指摘は直せる場所は訂正していきますが、結構先まで書いているので訂正できないこともあるのでご了承ください。
09.悪意の猛追
車に乗せて貰って学園まで送ってもらった俺は相変らず足を引きずりながら教室に向かっている。肩を貸してくれると言った佐伯先生には悪いが生徒と教師があまり親密にしているのは外聞が悪いので丁重にお断りした。
学園での俺はまだ琴音として見られているのだから変なことを考える人が絶対に現れる。だから予防線はきっちりと張っておかないと。
「おはようございます。……何かあったのですか?」
教室に入ると俺の席の周りにクラスメイトが集まっていた。そして表情が暗いことから良くないことが起こっているのも理解できる。昨日の続きか。また花瓶でも置かれているのだろうか。
そして机の上を見て絶句した。
「これは、キツイな……」
昨日盗まれたものが返ってきていた。ただし全て壊された状態で。大事な時計は盤面が砕かれ金具も歪んでいるから金槌で叩かれたのかもしれない。携帯は高所から落とされたのだろう。フレームが砕け液晶は割れている。
本や財布や鞄はナイフで切り裂かれたようにズタズタ。部屋の鍵は真黒に焼け焦げている。全て見る影もない。
「こんなの酷過ぎるよ」
相羽さんの声が静かな教室に響く。確かに酷い、それに琴音の記憶でもここまでの恨みを買うようなことはした覚えがない。人の人生を破滅させるような場面はなかったはずだ。
つまり相手側は羽目を外している状態だということだろう。俺の反応がそこまで面白いのかよ。
「ほら、皆さん。ホームルームが始まりますので私のことは気にしないで席に着いてください」
「でも如月さん!」
「いいから、私のことはいいから」
段々と声が小さくなってしまう。本音で言えば泣きそうなほど辛い。これならまだ戻ってこない方がマシだった。もう動かない時計に触れてみれば破片がポロポロと零れ落ちていく。
本当に大事な時計だったのに。目の前で壊されたような気分だ。あぁ、本当に泣きたい、叫びたい。でもクラスメイトを不安にさせてはいけない。俺が決壊したらクラスメイトも辛いだろう。
だから今は隠す。表情を消す。何でも無いように振舞う。今はそれだけしか出来ない。
「お前ら、何があった?」
片づける前に近藤先生が来てしまった。だがそれでも誰も何も答えない。答えることが出来ないのだろう。それは俺に気を遣っているのか、それとも巻き込まれたくないからか。
だから俺は無言で机の上に広がっている残骸を指さす。
「これは、……一番早く教室に入ったのは誰だ?」
「近藤先生。事情を聞いても誰も分からないと思います。恐らくずっとこの状態だったのでしょう」
クラスメイトの男子が頷くのが見えた。誰よりも早くこの教室にやってきて昨日盗んで壊したものを机の上にばら撒いた。だからクラスメイトは誰も見てるはずがない。
「だがこれはあまりにも酷すぎるだろ。如月はこのままでいいのか?」
「いいわけないです。ですが物的証拠がないのではどうにもなりません。目撃証言だってあったとしても信じて貰えることはないでしょう」
「ちっ、胸糞悪いな。如月の証言は全部出鱈目か、相手を脅迫したとかになるのかよ」
それが罷り通るのだから厄介なのだ。あの人がやっているのを見ましたという証言が出る。だが証言者は琴音に弱みを握られ、又は脅迫されてしまっているとされる。
逆にやったとされる人も琴音にやらされていると答えればそれが事実となってしまっている。卯月家のお嬢様のことだ。そこら辺は抜け目なく手回しをしていることだろう。
だからこそ逃げられない確固たる証拠が必要なのだ。
「悪いが如月。これらを預かってもいいか?」
「ちゃんと返してもらえるのでしたらどうぞ」
何に使うかは分からないが、被害にあった物品として扱われるのだろう。推定の被害額の算出に使われるかもしれない。だけど時計だけは返してほしい。もしかしたら修理に出せば直るかもしれない。
ただあそこまで壊されているのだから完璧に元通りというわけにはいかないだろう。
「如月、今日一日何があっても我慢してくれ」
「……分かりました。従います」
囁かれた言葉に一瞬考えるが近藤先生の狙いを理解して頷いておく。つまり学園長と近藤先生は俺を囮として確固たる証拠を掴む気なのだろう。ただそれには俺の了解が不可欠。
相手が言い逃れの出来ぬものを掴むまで俺自身が耐えるしかない。
「ホームルーム始めるぞ!今日の予定は特になし!ただ階段での事故には注意しろよ。昨日一人落ちた奴がいるからな」
その言葉にクラス中の視線が俺に集まった。そりゃ教室に入って来る時に足を引き摺っていたから分かるよな。苦笑いで答えると皆ばつの悪そうな顔をしているが誰も視線を逸らすことはなかった。
中々に親切な人たちだ。
「じゃあホームルーム終わり!……お前ら、頼んだな」
最後のは予定ではなく懇願だろうな。せめてクラスの中では俺に被害が無いように守ってくれという意味だろうがその言葉が届くにはまだ時間が足りないと思う。まだクラスの中では俺のことを測り兼ねているはず。
確かにこの一か月、俺は大人しくしていて構わなければ人畜無害な存在となっている。それでもまだ琴音としてのことがクラスの中に残っているのだ。
「如月さん、その怪我は大丈夫?」
約一名、すでに琴音として見ていない人物はいるのだが。
「大丈夫じゃないですけど気にしないで下さい、相羽さん。安静にしていればすぐに治ると思いますので」
「自分でやったんじゃないのかよ」
「健太!」
目の前の席に座っている生徒の言葉に相羽さんが本気で声を荒げた。それに慌てる位なら言わなければいいのだろうが、彼の言葉はクラスの総意だ。つまり同情を引くために俺がワザと階段から落ちたのではないかと。
実際は背中を押されてバランスを崩して転がり落ちたのだが、正直に言った所で信じる人は少ない。
「そう思うのは結構です。だから私のことは気にしないでください」
「あ、あぁ。そうさせてもらう。だからお前も大人しくしていろ」
「健太の馬鹿!」
「相羽さん、私は本当に気にしていないので大丈夫ですから彼を責めないでください」
遠回しにではあるが心配してくれているようだからな。それに気づかれないように周りを観察してみれば何人かは心配そうに俺のことを見ていることから俺のこれまでの行いが無駄ではないことを知らせてくれる。
それにしても相羽さんが彼のことを下の名前で呼ぶとはどういう関係なんだろう。
「相羽さんと田中さんは昔からの知り合いですか?」
「そうだよ。この馬鹿とは幼馴染の関係だよ」
「馬鹿って何だよ、馬鹿とは」
「だって馬鹿だもん。それにこの間のテストだって赤点スレスレだったんでしょ。健太の家族が嘆いていたよ」
「ぐっ、確かにそうだが。大体お前だって苦手な科目があったはずなのに何で今回に限って点数が良かったんだよ」
「ふっふっふ、如月さん謹製のノートのおかげだよ。あれと勉強会がなかったら危なかったなぁ」
何で遠い目をしているんだろう。仮に点数が悪かったら何があったんだ?まぁ教えた二人は大幅とはいかないが結構点数を上げたようだから家族からのペナルティもないと聞いたけど。
香織のペナルティは聞いたけど、相羽さんのペナルティは聞いていなかったな。
「そういやテスト準備期間中どっか行ってたな。図書室とかにも居なかったし」
「私の部屋で勉強していましたね。何もないのでサボりようがないですから」
「本当に娯楽が何もなくて私も驚いたよ」
「お前らいつの間にそこまで仲良くなったんだよ。というかノートだけでそこまで変わるのか?」
「見ますか?」
近藤先生から俺の折衝役を頼まれただけなのにそういえば何故かいつの間にか仲良くなったよな。まぁ一番近くで俺のことを見ていたから何か気づいたことがあったのだろう。
取り敢えず無事だったノートを田中さんに渡してみるとペラペラと捲っている。あれ、何か表情が変わってきているのだが。主に獲物を狙うような目に。
「なぁ、これを次の時に貸してくれないか?」
「え、えぇ。コピー位ならいいですよ」
何か鬼気迫るものを感じて頷いてしまったが、そんなに重要なことは書いていないんだけどな。というか周りの人達まで集まって人のノートを見ないでくれ。他人にノートを見られるのは何となく恥ずかしいんだよ。
それからもう何人かからコピーの確約を取られてしまった。そんなにいいのかな?
それから授業自体は何の問題もなく進んだが、昨日と同じく厄介な授業が午前中にやってきた。
「如月さん、無理だよね」
「流石にこの足で体育に参加するのは遠慮したいです」
昨日の体操服は階段から落ちて大分汚れたから洗濯中。予備はあるとはいえ持って来ようとしたら佐伯先生に止められたから必然的に不参加なんだよな。
問題はあの体育教師が大人しくこちらの言い分を認めてくれるかだな。
「仮病は許さないぞ」
予想通り聞く耳持たず。体育館の隅で座っていたら目の前に立たれた。琴音はこの体育教師が嫌いだったが、俺も好きじゃない。筋肉は確かに凄いだろうが自慢するように今の時期にタンクトップになってんじゃねーよ。
暑苦しい上に気持ち悪いわ。
「養護教諭の佐伯先生には許可を貰っているのですが」
「そんなものは俺に関係ない。いいから立て」
つっ、左腕を掴むなよ。まだ治ってなくて左足ほどじゃないが痛いんだよ!反射的に睨みつけてしまったが不敵に笑っただけだった。何だ、何か違和感があるぞ。
「体操服を持ってきていないので参加するのは無理です」
「制服で参加すればいいだろ。別に誰もお前の下着になんて興味ないから安心しろ」
このセクハラ親父が!俺だからいいが、他の女生徒だったら訴えられるぞ。それに今までの教師たちは俺をいないものとして扱っていたのにこの体育教師はあまりにも露骨すぎる。ああ分かった。
こいつ全部知ってやがる!
「分かったので腕を離してください」
「分かればいいんだよ」
俺が如月家から追い出されたことも階段から落ちて怪我をしていることも知ってる。恐らく怪我をしている箇所についてもどうやって知ったのか分からないが把握しているのだろう。
だから露骨なまでに強気に攻めてきているのだろう。あとは今までの恨みでも晴らそうとしているのだろう。
「如月さん、何でこっちに?」
「クソッタレな体育教師に嫌がらせされただけだ」
「口調!口調!」
「すみません。あの体育教師は好きじゃないので」
「うちのクラスで好きな人はいないよ。でも怪我しているのに。それに制服でバスケに参加させるなんて何を考えているのよ!」
「誰かから情報提供でもされたのでしょう。あと、昨日の件について黒に近づきましたね」
昨日の件というのはロッカーの鍵のことだが、あそこまで露骨だと怪しすぎる。琴音はあの体育教師に対して嫌味を言ったくらいで特に何もしていなかったはずなんだがな。
というか言った内容も他の人達が思っていたことを言っただけなんだがな。筋肉気持ち悪いとか露骨にピチピチした服着るなとか暑苦しいとかだよな。
「如月さん、予備の体操服貸しますので使ってください」
「すみませんがお願いできますか?」
「流石にあれは私もどうかと思いますので」
良かった。他の女生徒が親切で助かった。
「それじゃ女子更衣室に」
「駄目だ。着替えるならここでやれ」
「「は?」」
「更衣室に行くと見せかけて逃げたらどうする。いいからここで着替えるんだ」
流石に俺も女生徒も驚いて声を上げた。こいつ何て言った?逃げるからここで着替えろとかマジで言っているのか?マジなんだろうな、さっきの様子だと。流石に周りの女子たちが殺気篭った目で睨んでいるぞ。
これは明らかなセクハラだ。訴えれば勝てるが今の時間は何とも出来ない。はぁ、何でここでストリップしないといけないんだよ。
「幾らなんでもそれはあんまりですよ!」
「何だ?教師に逆らうのか?いいのか、成績に響くぞ」
「この!」
掴み掛ろうとした女生徒を何とか抑える。まさかここまで屑だとは俺も思わなかったぞ。まず女性生徒全員を敵に回して男子からも露骨に敵視されているぞ。普通の教師なら今の発言で終わったはずなんだが何か裏がありそうだ。
例えば擁護する大物の支援を受けているとか。
「抑えて皆川さん。私が我慢すればいいだけですから」
「でも!」
「すみませんが持って来てもらえますか。私は、気にしますが我慢します」
気にしないというのは無理だ。幾ら俺でも公衆の面前で着替えるとか恥ずかしいわ。下はスカート履きながらでも着替えることが出来るが上は脱がないと無理だよな。
シャツを着ているとはいえ下着が透けて見える可能性がある。たく、この体育教師は何を考えているんだ。
「お待たせ。女子でバリケード作るから少しは安心して」
「ありがとうございます」
この時ばかりは女子生徒達が結託してくれた。まぁあれは幾らなんでもこっちを擁護してくれるだろう。どっちが悪いのかなんて聞くまでもないからな。ただ問題もある。
「うわ、胸デカい」
「わぁ、肌が白い」
「うぅ、どうすればそんなスタイルになるの」
「あの皆さん、他の人達に丸聞こえなんですが」
裸にはなっていないがシャツ一枚だと思いっきりスタイルが分かるからな。だからといって声に出さないでほしい。男子も聞いているのだから変な想像をされても困るんだが。
まぁバリケードのおかげで見えないようだから安心だが。
「あまりパスは回さないようにするから目立たないようにして」
「多分無駄だと思いますよ」
「仮病なんだからちゃんと足を引き摺らずに歩け」
「あれだから」
皆川さんも頑張ってくれるのだが完璧に目を付けられている俺があいつの視界から消える訳じゃない。つーか、無理するなと言われているのにここで無理しないといけないのかよ。
試しに左足で地面を軽く叩いてみた。痛い、凄い痛い。だけど何とか我慢することは出来そう。
「適当にパスを下さい。適当に回しますので」
「あのクソ野郎マジでクビにならないかな」
「口調崩れてますけど、それが皆川さんの素ですか?」
「そうよ。ったく怪我人に無茶させるなんて教師の風上にも置けないな」
その意見には大いに賛同するがな。だが無茶しないとまた何かしら文句を言ってくるだろう。あの調子だと俺だけじゃなくてパスを回さない女生徒にも被害が行きかねないからな。
はぁ、気合入れて頑張りますか。
で頑張った結果。
「ねぇ、本当に怪我しているの?」
「痛みを我慢して何とか。あっ、入れますね」
パスを貰ったので3Pでゴールにスポッと入れておく。相変らずスペック高いよな、琴音の身体能力は。だが流石に全力で走るのは無理だった。痛み以外の感覚が無くなってきているんだよ。
それなのに痛みだけは主張してくるから性質が悪い。
「怪我が治ったらバスケ部に来ない?」
「バイトがあるので無理です。よっと、ほい」
相手側のパスをスティールしてゴール近くの人にパス。俺がいる方のチームが勝っているのだが、俺に対してのマークはきつくない。怪我人相手に本気のブロックされても困るんだがな。
そこら辺は何だかんだで察してくれているのだろう。俺が動いているから体育教師からの無茶な注文もやってこない。
「ふぅ、終わった」
「お疲れ様。さっさと女子更衣室に行こ。皆、あいつのことは無視しているから」
「確かにそうですね。それじゃ制服を取ったらすぐに行きます」
終業のチャイムが鳴るとゾロゾロと生徒達は出口に向かっていく。女子も男子も関係なく向かっているから体育教師に対するささやかな抵抗だろう。こういうチームワークはいいよな、このクラス。
俺も何か言いたげな体育教師を無視して制服を取るとさっさと女子更衣室に向かった。
入った瞬間に崩れ落ちたが。
「ちょ、ちょっと如月さん!?ここに座って!」
「相羽、私も手伝う。ほら、如月さん掴まって」
相羽さんと皆川さんに肩を借りながら備え付けの椅子に座り一息吐く。痛みがそろそろ限界を迎えそうだったのだ。ついでに痛み以外の感覚は全くない。ゴムでも付いているような感じだ。
「ほら、このタオル使って」
「体操服と一緒に洗ってお返しします」
「気にしなくていいよ。それより早く汗を拭いたほうがいい。そのままだと風邪を引くよ」
バスケで動いての汗じゃなくて殆ど冷や汗と脂汗なんだがな。一通り拭いたら靴を脱いで怪我の状態を確認する。正直確認するまでもなく悪化しているのは分かるんだがな。
ただ貼っている湿布が意味を成しているように感じないのだ。
「「「うわ……」」」
女子全員から引くような声が出た。うん、他人事なら俺も同じような声を出すな。だってすでに足首に見えない。むしろ足より太くなってないか、これ。乾いた笑いしか出ないわ。
これじゃ包帯している意味もないし湿布も意味ないな。全部外そう。あぁ、少し涼しい。
「保健室に行くよ。流石にこれは見てられない」
「皆川さん、私も行きます」
「いえ相羽さんも皆川さんもいいですよ。一人で行きますから」
「「引き摺ってでも一緒に行く」」
引き摺られたら悪化するぞ。というか絶対に折れないな、この二人。
「分かりました。肩を貸してもらっていいですか?」
「「言われなくても!」」
何か意気投合してらっしゃる。他の女生徒たちにも心配しなくていいと伝えてから着替える前に移動を開始した。正直着替えるのも億劫な状態なんだよな。保健室に行くのも一苦労だ。
佐伯先生いるかな。居たら滅茶苦茶怒られそうだな。かなり悪化させたから。
「いらっしゃい。といっても状況は最悪みたいね」
「すみません。思いっきり悪化させました」
「何があったのか聞かせて貰える?私の忠告を無視するようなことがあったんでしょう」
「その前に。相羽さんも皆川さんも此処で着替えてから教室に戻って下さい。治療してもらってから私も行きますから」
「一人で戻って来れる?」
「佐伯先生に肩を借ります」
心配してくれる相羽さんに笑い掛けながら答える。佐伯先生に確認してみれば頷いてくれたから大丈夫だろう。その間にも佐伯先生はテキパキと治療を始めていた。
うん、こうやってみればやっぱり仕事が出来る女の人に見えるんだけどなぁ。私生活を垣間見たら残念に思えるのだが。
「さて二人も居なくなったことだから話してくれる。聞かれたくない内容だったんでしょう」
「はい。先程の体育の授業でなのですが、かくかくしかじかということです」
授業中の体育教師のセクハラの件、他の生徒に対する脅迫について、バックに恐らく卯月家の影があることを説明する。卯月家といっても本家でなく志津音個人が援護しているであろうことを伝えておく。
流石に本家が相手ではこちらの分が悪すぎる。そうなると対抗するにはこちらも本家の力を借りないといけない。今の俺にそんなことは出来ない。
「稀にみる屑っぷりね。この件に関しては私から学園長に報告しておくわ。教師間の暗黙の了解で権力に靡くような真似をしちゃいけないことになっているの」
「それでしたら佐伯先生も危ないんじゃないですか?ほら、如月家と縁のある人の家に行っているのですから」
「冗談がいえる位なら大丈夫ね。私は親友の友達の家に行っただけ。その友達がどこのお嬢様なのかは全然知らないわよ」
「クスッ、そういうことにしておきましょう。それでは私はそろそろ行きます」
「だから一人で行こうとしないの。ほら、肩に掴まりなさい。あと松葉杖も貸してあげる」
一人で教室に向かおうとしたら案の定止められてしまった。別に壁に寄りかかりながら進む分に問題ないと思うんだが。階段がちょっと危ないかな。それでも手摺に掴まれば何とかなると思うんだが。
それを許してはくれないんだけどね。
「で予想通りまた問題ですか」
教室に着いてみればまた俺の席が囲まれていた。ただ違うのはクラスメイト達がせっせと作業を行っていることだろう。雑巾とバケツで机や机の周りを拭いてくれている。
何かが変わった。それが理解できた瞬間。
「あの、何をしているのですか?」
「うっ、意外と早く来ちゃった」
「相羽、隠していた所で昼休みにはばれることだ」
オロオロとしている相羽さんに諦めたような表情をしている皆川さん。また何か嫌がらせをされたのは分かるが粗方片付けられているので被害が一体何だったのか把握できない。
「男子が帰ってきたら如月さんの机の上に多分お握りが砕かれた状態でばら撒かれていたの。ご丁寧に飲み物も一緒にね」
「なるほど。でしたら片付けは私に任せてもらっても良かったのですが」
「もう少しで授業が始まるのよ。あの状態じゃ皆気にして集中が出来ない。ということにしてくれないかな」
「ふぅ、仕方ないですね。そういうことにしましょう」
俺と皆川さんはお互いに笑みを浮かべながらハイタッチする。授業の邪魔になるから片付けたのなら仕方ない。それが屁理屈だろうが言ったもん勝ちだ。それがクラス全体の意見ならば通る可能性は高い。
しっかし攻勢が止まる気配が微塵もないな。これでロッカーにまた制服を入れていたらまた切り裂かれたんじゃないだろうか。
「はぁ、やっぱり私のお昼ご飯でしたか」
予備の鞄を覗いてみれば当然の如く昼食が消えている。本日は軽めにお握り二つにいつものお茶を用意していたのだがお握りは無くなり水筒の中身は空になっている。
鞄自体に被害が無かっただけ良かったと思うしかないか。しかし昼食どうするかな。この足じゃ購買にもいけないし学食も遠慮したい。昼はどちらも戦場だからな。
「一食抜いたくらいで死にはしないからいいか」
授業が終わって周りで昼食の準備をするもの、学食や購買へと走っていく者達の姿を眺めながらよく晴れている空を見ながらボソリと呟いてみた。うん、呟いたところで空しいだけだな。
体育であれだけ動いたのだから腹は減っている。だが食うものが無いのだから仕方ない。
「ほら、これ食えよ」
目の前の田中さんがお握りを一個私の机に置いてくれた。はて、食っていいとは言われたが何故親切にしてくれるのだろうか。お金を要求されても今の俺には支払い能力が無いのだが。
首を傾げて見せると田中さんは赤くなりながら言い訳を始めた。
「今までの詫びだ。それとも市販の飯はいらないか」
「健太は素直じゃないなぁ。片付けだって率先してやってくれたのに」
「ばらすな!」
「ではご厚意に甘えさせて頂きます」
コンビニおにぎりでも十分だ。それにしても幼馴染というのはやっぱり関係が近いんだなぁとしみじみと思う。田中さんが相羽さんに気があるのは何となく察するが肝心の相羽さんが全く気付いていない。
田中さんももうちょっと素直になれば変わるんじゃないかと思いながら、おにぎりをパクつく。
「むぅ、どうやったらノリがパリパリのまま保存できるんでしょう」
気にはなるが無理だろうなぁ。手作りには手作りなりの良さもあるし、市販品の良さも分かる。だがこだわりたいのだ。
「その前に良家のお嬢様が美味そうにコンビニおにぎりを食っている姿に俺は激しく違和感を感じるのだが」
「イメージで判断しない方がいいよ。ギャップが凄いから」
そういえば部屋に招いた時に置いてある小物に関して相羽さんから聞かれたな。百均とか普通の雑貨屋だと答えたら目を丸くしていたなぁ。ついでに出した飲み物もインスタントと答えたら更に驚かれたっけ。
口調を素に戻した時なんて唖然としてたな。しばらく戻ってこなかったし。
「食べ物を粗末になんて出来ません。食うに困ることが一番大変なんですから」
「だからお嬢様の発言じゃねーよ。それだとまるで家計が苦しいみたいじゃないか」
「実際問題苦しいんですけどね。この足じゃバイトも出来ないし」
壊された物や制服や鞄を買い直すだけでどれだけお金が飛ぶのやら。考えるだけでも憂鬱だ。折角の貯蓄がパァだよ、たく。
「は?バイト?」
「絶賛一人暮らしなので家計を助けるためにやっています。今こそ頑張らないといけない時期なのに」
もう少しでGWだからこそ稼ぎ時なのにこの足じゃ絶対に仕事させてもらえないだろう。店長や沙織さんからは身体こそ資本なのだからと口酸っぱく言われている。だから怪我をしてまともに歩けない状態だと絶対に反対されるだろう。
五月乗り切れるかなぁ。
「なぁ、凄い黄昏ているんだが何かあったのか?」
「多分来月の家計の心配しているんじゃないかな。考え方が一般主婦だから、如月さん」
「何か凄い情報ばかりだな。確かに宮古が言った通りギャップが激しいな」
「何の話をしているのよ、あんたら。ほら、如月さん。これでも食べな」
机の上に置かれたのは焼きそばパンとお茶のペットボトル。見上げれば皆川さんが立っていた。というかこれを買うためにさっきダッシュで走り去ったのかよ。頭が下がるな。
「奢りよ。流石にあれだけ動いて昼食抜きは辛いでしょう。それとも市販品は駄目?」
「さっきコンビニおにぎり美味そうに食ってたから問題ないだろ」
「なら安心。というか田中、あんたいつの間に仲良くなっているのよ」
「別に仲良くなったわけじゃねーよ」
「あんたはそんなだから気づかれないのよ。ほら、遠慮せず食べて」
言われるまでもなく焼きそばパンに齧り付く。あぁ、懐かしい味だな。成人してから全くといいほど食う機会がなかったから俺としても感じる物がある。これで午後が乗り切れる。
そういえば食っている俺の姿を珍しそうに他のクラスメイト達が見ているな。やっぱイメージと違うのかね。
「あの、良ければこれも」
「あっ、私のもどうぞ」
何故か続々と差し入れが机の上に置かれていく。おにぎりや総菜パン、菓子パンに果てはお菓子まで置かれ始めた。最終的に机の上を覆い隠すくらいの量になってしまった。
えっと、いつの間に俺はフラグを立てたのだろう。
「あんだけ美味しそうに食べていたら毒気も抜かれるわよ。あとはそこの素直じゃない奴の効果かもしれないけどさ」
なるほど田中効果か。いや、効果の詳細は全く分からないのだが食糧に罪はない。ありがたく全部貰っておく。流石に全部は食いきれないのでお礼を言って持ち帰ることを話しておく。
あぁ、これで暫く食費が浮く。助かった。
「しっかし、人も変われば変わるものね。こんな人だと分かったら早めに話しかけるんだった」
「むぐむぐっ、こんなとは失礼ですね。否定はしませんけど」
「それよそれ。以前の如月さんならこんなことを言ったら激怒していたのに今じゃ普通に受け止めているじゃない。それに施しなんて絶対に受けないわよ」
「施しというか親切にしてもらっているんですから拒否するのは失礼ですよ」
「うん、別人だ。やっぱり如月さんの偽物だ」
「はっはっは、遂にばれたか。じゃあ私は誰でしょう」
皆川さんと軽口を叩き合いながら笑う。僅か1か月でここまで親しくなれるとは俺にとっても予想外だったが、悪くない。むしろ歓迎するような出来事だ。だが切っ掛けがいじめというのが複雑だが。
これは本当にクラスメイトを守らないと。俺の所為で迷惑を掛けることは出来ない。
あくまでも戦うのは俺一人じゃないといけない。
突っ込み来るだろうなぁと思っています。うん、連帯感みたいな感じだと思ってください。
ちなみに主人公の弱点は食費です。何故こうなったのかは筆者も分かりません。