84.やりすぎ注意
次のゲームを何にするかそれぞれで考えた結果、人生ゲームになった。考えたといっても三分も掛かっていないが。更に問題になるが罰ゲームの内容。
「次は誰の案にする?」
「一位が決めるでいいんじゃないかな。毎回琴音が考えるのも大変だからさ」
確かにネタが尽きるのは早いかもな。以前に俺としてやっていたようなことは出来ないだろうし。やったら護衛会社が総出で止めに来るかもしれないからな。
「綾先輩と葉月先輩の罰ゲームが怖すぎるんだが」
「大丈夫だよ。僕達だってそこまで酷いものは実行しようと思っていないよ。多分」
そこで多分と言う辺り信用性なんてない。最初からそんなもの期待していなかったけどな。兎に角、この二人を一位にするのだけは阻止しないと。
「取り敢えずルーレット式は止めよう。何人か自力操作できそうだから」
力加減次第で慣れてしまうと進行なんて操作できそうだよ。だからダイスにしようと提案すると全員納得してくれた。ちなみに三人ほど出来ると自己申告してきたよ。
「流石にダイスコントロールは出来ないよな?」
「無理無理。幾らか練習すれば出来るかもしれないけどさ。流石に今回はやらないよ」
本当に何でも出来るな、葉月先輩は。イカサマし放題なんだからベガスでもぼろ儲け出来るんじゃないだろうか。この人相手に賭け事を挑むのは愚策だな。今もだけど。
「はい、葉月先輩! 罰ゲームは何でもいいんですか!」
目を爛々と輝かしている小鳥が葉月先輩に確認してるのだが背中に怖気が走った。俺の事を見る目が捕食者のそれなのだが。暴走者、一人追加か。被害者、俺。
「あまりトラウマになるようなことじゃなければ何でもいいんじゃないかな。後は本人次第だと思うよ」
「拒否されたら別のを考えます!」
何をやらせる気だよ、この子は。鼻息も荒いのは気のせいだと思いたい。その横の凛までも何かやる気を漲らせているような気がする。水無月はよく分からないな。
「不安しか感じない」
「そりゃ獲物は琴音なんだから仕方ないよ。ちなみに私の狙いも琴音だからね」
周りが敵しかいないこの状況は何だよ。意地でも最下位だけは回避しないと本当に何をされるか分からない。俺の考える罰ゲームなんて些細なものだからその時に考えればいいか。
「ちょっと失礼」
スマホに着信を確認したので玄関まで移動する。着信相手を確認するとおじさんだったからさっきの苦情だろうか。外の人達には迷惑を掛けている自覚している。知ったことじゃないが。
「はいはーい」
『ちょっと表出ろ』
「了解しましたー!」
やたらドスの効いた声だったので怒っているのが伝わってきた。やり過ぎた気はしないのだが。先程のなんて勇実達と馬鹿やっていた頃に比べたら可愛い物なのに。
「おじさん、久しぶりー」
「じゃない」
出会って早々にアイアンクローを食らう結果になった。久しぶりだなと思いながら笑顔を作ろうとして失敗した。一気に力を込められて痛みに表情が歪む。
「痛い痛い! マジで痛いから!」
「だったら自重しろ、馬鹿野郎。前と同じようにやったらどうなるか位、お前なら分かるだろ」
「いや、全然」
「ふざけんなー!」
「ぎゃー!」
仕事している時のおじさんは家にいる時と違うな。ちょっとテンション高めというか、仕事だから真面目になっているのか。だけど俺に対する扱いは俺のままだな。
「前とは立場が違うんだ。馬鹿騒ぎをしたら迷惑が掛かる位は自覚しろ」
「おじさんも気付いた人か。あっ、ちなみに自覚はしているから。まるっと無視しているだけ」
「姿は変わっても、中身は全然変わらないな。お前は」
変わらないからこそ、俺だと分かったんだろうけど。顔から手を離してくれたが、その顔は大いに呆れている。
「それで何で私を呼んだの?」
「中身がお前のままで私とか言われても違和感が凄いな。そりゃ初音も戸惑う訳だ」
師匠が戸惑っている所なんて確認したことないんだが。俺だと気付いた時だって風呂場に直接乗り込んでくるような人だったし。内心はそうでもなかったということか。
「それで用件だが、騒ぐんならなるべく中だけで頼む。外に出られるとこっちが大変なんだ」
「やっぱり?」
「長月の全力に何人追い付いていけると思ってんだ。お前に鍛えられている恭介ですらギリギリだったぞ」
流石は恭介さんといった所か。誰か護衛に付くと思っていたけど、複数人付いてまともに追いすがれたのは一人だけとか。会社の質的に評価は変わるかな。
「自重しろというのは分かるけど、忠告を聞けるのは私だけだぞ。他の連中を抑えるなんて出来ないんだけど」
「やれ」
「そんな無茶苦茶な」
あの連中を抑えるなんて俺に出来る訳ないだろ。ただでさえ初めてのイベントで連中のテンションは際限なく上昇中なんだから。それを何とかしろとか無茶ぶりにもほどがある。
「元々はお前が企画したんだろ。だったら責任位持てと何回言わせるんだ」
「責任持てとは確かに言われていたが、今も前も持てるわけないだろ」
以前なら勇実達。今は十二本家の連中。どちらも俺一人で対応できるレベルを超えている。だったら一人で苦労するよりも一緒に馬鹿騒ぎしていた方が自分の負担が減る。その分、更に周りへ被害が行くのだが。
「部長、勝手に動かないでください!」
「おじさんだって勝手に動いているじゃないか」
「対お前用の切り札だぞ。勝手に動いて何が悪い」
俺に責任云々言っている癖に自分だって持ち場離れているじゃないかとは言えない。ここからは擬態しておいた方がいいと思う。護衛会社の部長と親しすぎるのもあれだし。
「主任さん、お疲れ様です」
「如月さん。もっと自重してください」
ちょっとじゃなくて、もっとかよ。何か腹抑えている辺り、大分胃に負担を与えているようだな。隣のおじさんなんて飄々としているのに。図太さが段違いだな。
「テンション爆上げ状態なので大目に見て下さい」
「止めてください。それぞれの担当者達が戦々恐々としています。私達が出来ることにも限度というものがありますから」
各担当者達なら自分達の性格だって掴んでいるはず。だからこそ部長であり、俺に対して普通に対応できるおじさんがやってきたのだろう。誰か一人でも抑えられるように。
「ストッパーが不在の状況ですから、私一人だけで抑えることなんて出来ません。肉壁も役には立っていませんから」
「あの、すみませんが肉壁とは一体誰の事なのでしょうか?」
「長月」
頭を抱える主任さん。長月が役に立っていない理由は肉壁が一つだけでは全然足りないからだ。あの人数相手に壁一枚は脆弱すぎる。それに俺が加わっても結局脆弱なまま。
「何なら部屋の中に誰か置きますか?」
「止めてください。部下が倒れてしまいます」
そうかもしれないな。危ないことはしていないつもりだが、俺達の行動で神経すり減るのは確かだろう。茜さん達の気遣いを無駄にするつもりはないから大人を入れる気はないけど。
「部長さんからも言われたので外での行動はなるべく控えるようにします。私が出来る範囲でですが」
「お願いします。本当にお願いします」
二度も言わなくていいのに。さてそろそろ戻らないと部屋の中がどうなっているか分からないな。釘は刺していたが綾先輩がそれを守るとも限らない。葉月先輩もいることだし。
「約束は守れよ」
「善処します」
マンションの通路で何をやっているのやら。観測している人達は何を思っているだろう。十二本家の令嬢にアイアンクローをかます他社の部長は何者だろうとか噂になっていたりして。
「戻った……、何をしているんだ、お前らは」
何で人が隠していた動物パジャマを持っているんだよ。それを大いに広げながら自慢げに見せびらかしている諸悪の根源。綾先輩をどうしてくれようか。
「取ったどぉー!」
「うるせー!」
何を高らかに勝鬨を上げているんだよ。俺の方が宣戦布告しそうだ。人の恥ずかしい過去を探し当てただけでなく、全員に晒しものにするとか何の罰ゲームだよ。まだゲームすらしていないに。
「やるなと言ったのに」
「そう言われたらやるのが私じゃない」
ですよねーと言いそうになってしまったが、綾先輩の横で必死に謝っている凛を見てグッと堪えた。彼女も頑張って姉の凶行を止めようとしたのだろうが無理だったのだろう。
「こんな可愛らしいものを琴音が持っていたなんてね」
「僕も綾が持って来た時は驚いたよ。まさかこんな可愛らしい趣味があったなんてさ」
「私はオールオーケーです!」
何がOKなんだよ、小鳥。あとパジャマ片手ににじり寄ってくるな。満面の笑顔が怖いんだよ。誰か抑止力連れて来い!
「着ないぞ。絶対に着ないからな!」
「フリだよね。大丈夫、ちゃんと分かっているから」
何か暴走しつつありそうだから準備しておいたハリセンで側頭部をぶん殴っておいた。ノリが完璧に以前の俺になっているのだが構っていられない。油断していたら絶対に食われるぞ。
「おっふ、飾りだと思ったらマジで使うのね」
「この面子で武器の一つでもないと不安だったからな」
本当ならあまり使う気はなかったんだよ。平和的に騒いで楽しく終わりたかった。八割がたそんなことは絶対にないだろうとは思っていたけどな。
「でもさ、これって琴音は着たことあるのよね?」
「一回だけ。場の雰囲気に流されて着た。その時は恥ずかしいとかじゃなくて純粋に暑かったからリアクションは薄かったけど」
「いつ着たのよ?」
「夏真っ盛り」
全員が納得してくれたような顔をしたな。もっと薄いものなら良かったが、明らかにこれは冬用だ。今ですら時期的に早いと思っている。だが着ない。
「琴音が買ったわけじゃないのか。何か色々と残念な気がするよ」
「私の性格知っているよな。こんな可愛らしいものを買う訳ないだろ」
「いやいや、表ではそんなことを言っていても、裏で実は憧れているとか」
葉月先輩よ、お前は私にどんな設定を盛ろうとしているんだよ。そりゃ確かに似合うのなら着てみようかと思うけど、これだけは絶対にない。俺に可愛い系は似合わないと思う。
「ないない。可愛らしいのは小鳥の方が似合うだろ」
「僕としてはいつもとのギャップを楽しみたかったんだけど。他にはないのかな?」
「あると思うか?」
「だよねー」
他にこんな服は持っていない。ここに住むことになった時にも一度何があるのか全部確認しているし、買っていたものだっていつものものだ。偶に同行する人から勧められるが買ったことは無い。
「よし、琴音。着よう!」
「話を聞けよ!」
本当に綾先輩はブレないな。それでも先程の一撃を警戒しているのか無理に近寄ってこようとはしないな。その代わり、周りの同意を得ようと画策しているようだが。
「なら次のゲームでは琴音を絶対に負かせる!」
「人生ゲームで集中攻撃とか大人げないな」
この人生ゲーム、妨害ありとか、攻撃ありとかで全く売れなかった奴だよな。それで俺だけが集中攻撃とか虐めのレベルだぞ。しかもそれをやる前から宣言するとか正気かよ。
「詰んだな、これ」
綾先輩、葉月先輩、小鳥は言わずもの。凛も何か期待しているような顔をしているし、水無月は面白がって乗るだろう。長月は何もしなくても自爆しそうだ。
「諦めて今着てもいいんだよ」
「せめて勝負はさせてくれ。やる前から諦めたくはない」
「往生際が悪いね」
せめて勝負位はさせて欲しい。例え勝率が一割もないとしても可能性に賭けたい。それすらも踏み潰すような面子なのだが。しかし長月は何を迷っているのだろう。それとも何かあったか?
第二回戦をやるつもりだったのに何故かこうなりました。
二次会に関しては本当に予測がついておりませんので、あしからずです。