80.琴音の逆鱗
お待たせいたしました。
そして一次会ラストでございます。
学園の十二本家が集結したことにより、会場内の注目度が上がったような気がする。琴音の記憶でもここまで十二本家が目立って集結することもなかったことだから。
「思うのですが、私達ここから動かなくてもいいんでしょうか」
休憩所と化しているのだが、俺を含めて最初からいる面子は飲み物を取ったりする以外に全く動いていない。本来ならあいさつ回りなど必要だと思う。
「人脈を築くとかなら必要だけど、今は必要ないかな。社会人となれば必須だろうけど、僕達にはまだ早いから」
「私も独り立ちを目指していますから、ここでの人脈は必要ありません」
もう少しで卒業する二人がこれなのだからまだ卒業まで日が長い俺達にはまだまだ無縁な話だ。それに俺にとっても必要な人脈だとは思えない。将来の展望なんてまだ考えられないから。
「それでも僕達とお近づきになりたい人達は勝手にやってくるものだから」
「今回はそんな馬鹿が来ませんね。いえ、来ないでくれる方が一番いいのですが」
「それはほら、君がいるからさ。でも来るとしたら相当な馬鹿だろうね」
俺達にとって此処は休憩所になっているが、分かっている人達なら地雷原だと思っているだろう。しかも確実に踏み抜くことが決まっている回避不能な場所。そりゃ来ないな、常識がある人なら。
「以前の私も相当な馬鹿に分類されていましたよね」
「そうだね。そのおかげで今は大分楽が出来ているから。何回も出席すると効果が落ちそうだけど」
「何回も言っていますけど、今回限りだと思っていてください」
「フラグだと思っておくよ」
折りたい、そのフラグ。大体俺の事を誘うのは十二本家関係だけだろ。何も知らない所だとまだ警戒心が強い筈だから。それでも誘って来たらどうしよう。
「私としては盛大に巻き込みたいですね。ほら、私は期間限定ですから」
「本当に期間限定なのかは未定じゃないですか。本当に勘弁してください」
「私が気遣いすると思っているのですか」
全然そんなこと思っていない。やると言ったら絶対にやる人だと思っている。そして隣の凛よ。そんな期待の眼差しを送るのを止めてくれないだろうか。絶対に巻き込まれたくないんだよ。
「霜月家名義で私に招待状を送らないでください。そうなったら強制出席ですから」
流石の父も俺宛ての招待状が送られて来たら断ることはしないだろう。そうなったら何度だって俺はこういったパーティーに出席しないといけない。殴って止めようかな。
「その手を使わせてもらいます、如月先輩」
「だから止めてくださいと言っているんです」
「手段は選びません」
やっぱりこの子も霜月家の人間なんだなと思ってしまった。少しはこっちの心情を考えて欲しいよ。隣にいる綾先輩は笑っているし、葉月先輩は楽しそう。そんなに俺が弄られるのが面白いか。
「確かにこういった場があるのは助かるな」
「休憩所、如月の場ですか。僕としても必要ですね。凛さんに習って僕もしてみようかな」
長月に水無月まで同意しやがった。長月は俺に招待状を送るといった行為はしないだろうが、水無月は本気でやるだろう。そして小鳥まで何か頷きまくっている。ヤバい、包囲網が完成しつつある。
「招待されたら問題起こして差し上げますね」
何か和やかに笑われてしまった。絶対に俺がそんなことをするとは思っていないのだろう。やろうと思えば実行するのが俺なのに。油断していると足元掬われるぞ。
「あっ、全員戦闘態勢。馬鹿一名が接近中だよ」
どうやらパーティー終盤でイベント本番がやってきたようだ。毎回誰かしらの馬鹿がやってくるから全員慣れたものだ。緩んでいた雰囲気が一気に引き締まったのが分かる。何処の戦場だよ。
「撃沈担当は誰にするんですか?」
「誰でもいいんじゃないかな。まだ誰が標的になっているのか分からないから」
俺と葉月先輩の会話に誰も突っ込まない辺り全員が殺る気に溢れている。やはり休憩所に殴り込みを掛けられたのが相当ご立腹のようだ。馬鹿は大変な場所にやってきたようだ。
「皆様、ご機嫌麗しゅう」
全員、沈黙。相手にする気はないと言外に言っているような気がする。相手の子は見た目は可愛らしい感じ。ドレスも淡いピンクで雰囲気を更に良いものにしているのだろうが、中身がな。うん、俺にとっての敵だ。
「み、皆様はどうしてこのような場にいらっしゃるのでしょうか? 皆様のような方々は中心にいてこそ映えるのですから」
更に沈黙。まだ標的は決まっていないのだろうか。特定の個人を呼ばない限りここの面子は誰一人として反応しないと思う。俺もそれに倣って何も話さないのだが。
「それにしてもこの場には似合わない方がいらっしゃいますね。ねぇ、如月さん」
どうやら標的は俺に定まったようだ。しかし似合わないと言われてもな。勝手に人が集まって、勝手に休憩所になっているだけなのに。
「文句があるのなら他の方々へどうぞ。私はただ立っていただけです」
「動けばよろしいのではないでしょうか」
「それは駄目だね」
「そうですね、それは駄目ですね」
先輩二人からの駄目出しである。どうせ休憩所が動くのは困るとかそんな感じだろう。動く休憩所なんて不便でままならないのは分かる。
「このように拒否されるので私は動けません。大体私が動いた所で他の方々に迷惑が掛かりますから」
「ご自身の事をよくご存じで。迷惑だと思われているのでしたら出席を辞退した方が良かったのではないでしょうか」
そもそも何故俺が標的に選ばれたのかが分からない。学園でも見たことがないし、見た目的に幼い感じだから年下であろうことは予測できる。それに過去のパーティーでも出会ったことはないと思うのだが。
「そうは思いませんか、長月様」
なるほど、俺をダシに使って他との懸け橋にしようとしているのか。だけど選んだ話題が悪すぎるな。それじゃ同意なんて得られる訳がない。例えそれが長月であろうと。
「いや、無理だろ」
「え?」
当然の答えだな。それが出来ていたらそもそも俺はこの場に居ない。断れないから嫌々来ているだけなんだから。誰が好き好んで過去に醜態を晒した場所に来たいと思うよ。
「十二本家は対等だ。招待状が届いた時点で他の予定をずらしてでも出席する必要がある。それが俺達にとって普通の事なんだから」
はい、正解。断るという事は相手を蔑ろにしていると捉えられる可能性がある。敵対する必要がないのであれば欠席する理由にはならない。出席する人を指定していないのであれば家族で代理を立てればいい。今回は俺が指名されたから代理なんて立てようがないんだよ。
「私宛に招待状が届いたのですから断るのは無作法に当たります」
「如月の行動が当たり前であり、君の言っていることに正当性はない。残念だったな」
「で、ですが如月さんは過去に騒動を起こして迷惑を掛けていたと」
「それが今と関係はないだろ。今回は騒動を起こしていないのだから」
過去は過去。大体そんな状態の俺を学園長側で招待するとは思えない。他の家だって俺を招待するのであれば裏を取るはずだから。何かしらの確証があって大丈夫だと判断したはず。
「無作法といえば君の方かな。自己紹介もせずに堂々とこの場に踏み込んできたのは無作法以外の何者でもないと僕は思うのだが」
この場にいる誰一人として目の前にいる彼女の事を知らない。知っていたら情報共有で一番最初に知らせて貰っている筈だから。葉月先輩も知らないのは意外だったけど。新参かな。
「申し遅れました。私、高円寺 桃と申します」
思い出したくない事って唐突に記憶から出てくるものだ。クソ婆の現在の苗字なんて知らないと思っていた。だけど唯一知る機会があったのも確か。新婚祝いの記念写真が実家に送られてきて義母と一緒に燃やしたんだった。その時に映っていた中に高円寺という名前があった気がする。
「道理で」
出会った瞬間に敵だと思ったわけだよ。雰囲気や面影がクソ婆と似ているような気がする。実際には会ったことがないのだから全部俺の想像なのだが。
「長月様と霜月様も和名学園に在籍されているのですよね。私も来年は学園に通う予定にしておりまして」
どうやら俺や長月は相手にしても難しいと判断して弟や妹の方へと標的を変えたようだ。そちらの反応も相変らずであまり相手にされていないのは当然だな。だって下心が丸見えだから。
「葉月先輩、霜月先輩。ちょっとお願いがあるのですが」
「琴音からお願いなんて珍しいね。何かな?」
「私も加わるのは余程の事ですね。一応聞いておきましょう」
「私がやり過ぎだと判断したら止めてください。枷が外れそうなので」
「「えっ」」
クソ婆が関連しているのであれば俺の理性なんて簡単に飛ぶからな。その娘には何の恨みもないが関連しているだけで対象になる。というかこの会場にクソ婆はいるのだろうか。
「さてどうやって刈り取ってやりましょう」
「これはヤバいね。琴音の目が本気で怖いよ」
「これって琴音が戦闘開始する前に止めた方がいいんじゃない」
追い払う位はやらせてほしい。ここにいる全員にとっては邪魔でしかないんだから。大丈夫、暴力的なことは多分しないと思う。相手の行動次第だけど。やられたらやり返す主義なので。
「それじゃ行ってきます」
「「ほどほどに」」
取り敢えず許可は得たと考えていいだろう。やり過ぎだとしても被害を受けるのは俺と桃だけだ。俺の場合は他の皆の好感度が下がる程度だと思う。折角上げたのだが我慢できる気がしないのだ。
「そろそろいい加減にした方がいいかな」
後輩達に遠慮なく話している桃の肩に手を添える。あくまで力を入れずに、脅威を感じさせないように。苛立ちを浮かべたような表情で振り返る桃が一瞬で恐怖に染まったのは何故だろう。特に表情は変えていないのに。
「調子に乗るなよ、小娘。今お前がいる場所を何処だと思っている」
枷が外れているから口調もおかしくなっている。本来の口調とも違った感じがする。ちなみこの状態になった時の友人達は一斉に逃げ出す。誰一人として止めようとか考えない辺り酷いと思うのだが。
「ここもパーティー会場なのですから誰が何処に行こうと本人の勝手では」
「そうだな。その意見は正しい」
意見が出来るのは根性がある証拠か。ただしここでの正論は何の意味もない。だって正論すらも叩き潰すだけの権力を持っている連中が集まっているのだから。
「だけどな、世の中には踏み込んではいけない場所がある。お前は雰囲気を読むことが出来ない愚図か?」
「なっ!?」
「十二本家が楽しく談笑している場に踏み込んでいる時点でお前の好感度なんてダダ下がりなんだよ、小娘」
実際、桃がやってきてから私語すらなくなったのだから。あまり私生活を知られたくないというのが理由。それで偶然を装って待ち伏せされたら本気で殺意が湧くわ。
「誰もかれもがさっさと消えて欲しいと思っている中に図々しくまだいるお前は何なんだ?」
肩から頭へと手の位置を変える。遠目から見ているのなら親しいように見えるかもしれないが現実は非情である。話している内容が周りを巻き込んでの心を抉る内容だから。あくまで俺個人としての意見だけど。
「さてここまで言っていて何で動こうとしないのかな。普通なら逃げ帰る筈なんだが」
理由は少しずつ頭に置いている手に力を入れているから。それでも動こうと思えば動ける。なけなしのプライドが邪魔している可能性があるけど、本当にこの場にいる意味がない。
「それともこの場に居られないようにした方が早いか」
「はい、琴音。ストップ」
「そこまでにしておきましょうね」
「ちょっと物足りませんが仕方ありませんね。はい、さようなら」
先輩方から止められたのなら仕方ない。背中を押して優しくこの場から押し出してやる。少しばかり放心しているが押された勢いのままに歩いていくだろう。
「流石にあのまま続けていたら彼女の心が砕け散りそうな予感がしたよ」
「そうするつもりでしたよ」
「確信犯なのは質が悪いですね。まさか去年の方がまだマシだったとは思いませんでした」
琴音には悪いが威圧感が足りなかったからな。ただ相手を小ばかにして怒らせるか、理不尽なことを言っているだけの存在だったから。俺はなるべくそこら辺は意識している。
「というか何が琴音の逆鱗に触れたのかな?」
「うーん、名字でしょうか?」
「ず、随分とアバウトだね」
名字というよりも高円寺の家族が原因だな。クソ婆がいる可能性が高いと思った時点で枷が外れかけたから。思えば俺がここまで意識している存在というのも珍しい。敵だけど。
「元凶と関係があると思ったらどうにも抑えが効かなくて。私の悪い癖です」
「問答無用でキレるのはどうかと思うよ。ちなみにその癖が発動する人物は誰なのかな?」
「父と高円寺のクソ婆」
「凛、伝令。今すぐに如月の母に父親及び高円寺とは接触させてはいけないと伝えてきなさい。可及的に速やかに」
「了解しました。綾姉」
何で母に伝えないといけないんだよ。別に出会った所ですぐに殴りに行くだけで何の問題も無い筈なんだけど。俺がやらかした所で後悔もない。逆にスッキリすると思う。
「琴音の意外な一面というか、恐ろしい面を見た気がするよ」
「ドン引きものですからね」
「本人が言うかな、それを」
怒ることはよくあるのだが、理性吹っ飛ばして行動するのは滅多にない。その滅多にない場に居合わせた連中は揃って後悔するらしい。今回は途中で止められたが最後まで行くと周りすら心が折れるらしい。
「さてパーティーも終わりそうですね」
「何で琴音が関わると何事もなく終わらないのかな」
「スタート前に問題を起こす元会長に言われたくはないです」
後か先かの問題なのだが、どちらも問題を起こすことに変わりはない。お互いに笑っていたら綾先輩に頭を叩かれた。すいません、多少は自重します。
友人にゲーセンでのコインゲーム禁止を言い渡されました。
私だって好き好んでアホみたいに出している訳じゃないんですけどね。
馬が、馬が言う事を聞かないのです。
何で面白半分に高倍率に賭けた時に限って当たるんでしょう。
当てた瞬間に友人から頭を叩かれたのは当然です。だって待ち合わせ中だったんですから。
ゲーセンでのコイン製造機になっているので禁止されるのも納得できるんですけどね。
預け入れの有効期限が切れて何万枚消えたのかは把握しておりません。