76.いざ決戦場へ
74話後日談を活動報告の方に書いてみましたので宜しければどうぞ。
会場に到着して車から降りると無数の視線を向けられたような気がする。ちらほらと聞こえてくるのは誰なのか、新規参入会社の令嬢なのかと聞こえてくる。全く違うけどな。
「お母様が一緒で特定できたみたいですね」
「それでも驚いているみたいね。やっぱり今の琴音はあまり認識されていないのかしら」
残念がっているが、今の俺の事を知っているのは学園に通っている子達くらいのものだ。もしかしたら喫茶店に来ている人がいるかもしれないが、まさか如月の娘が店員しているとは思っていなかっただろう。
「さっさと受付に行きましょう。流石に居心地が悪いです」
「自慢の娘を他の方々にもちゃんと見て貰いたいのだけど」
「止めて」
これだけの視線の中に立たされるのは嫌だ。興味本位の視線と明らかに侮蔑のようなものも混じっているから尚更なんだよ。見た目だけの問題じゃないからな。
「あっ、学園長」
受付していたら学園長が現れた。困ったような表情で手を振りながらやってきたけど、相手をした方がいいよな。何かその後ろに見覚えのない女性がいるんだが。
「来てくれて本当に助かった」
「幾らなんでもドタキャンなんてしませんよ」
「本気で嫌がっていたからな。もしかしたらと思ったのだ」
確かに来たくはなかったさ。だけど俺の我儘で静流さんに迷惑掛ける訳にもいかないだろ。こんなことを言っていたら護衛の人達に怒られるな。こっちの迷惑はどうしたと。
「これっきりにしてくださいよ。私は身を引いたのですから」
「それはこっちに言ってくれ。主犯はこっちなのだから」
学園長が身を寄せて後ろにいた人物を前に出した。学園長の言い方からして身内で合っているだろう。確か学園長は三男だったけど、他に姉弟が何人いるか知らないな。
「一応自己紹介しておくわね。皐月近江よ。貴女が弟の協力者で合っているのかしら?」
「学園長にはいつもお世話になっております。プライベートに関しては本当にどうにかして貰えないですか?」
面倒事が山ほど出てくるからさ。俺の発言にお姉さんは笑ってくれた。家族だから自分の弟がどういった人物なのか分かっているのだろう。
「うん、協力者で間違いないようね。いつも愚弟が迷惑を掛けていてごめんね」
「全く持って迷惑でした。そろそろ協力体制を解除したいのですが構いませんよね?」
「ダ~メ」
可愛らしく言われたけど、俺の顔は凄くウンザリしたものになっているだろう。
「この協力体制が切れるのはいつ頃の予定なんですか?」
「愚弟が結婚するまでかしら」
「前途多難な」
彼氏彼女の関係になったけど、そこから更に関係が進むかと言われると厳しいんだよな。だってデートに誘うのが学園長なんだぞ。碌なプランを練れないだろ。
「静雄さんに丸投げしたい」
「あの人の事は私も知っているけど、その内キラーパスが来るわよ」
うん、そんな気はする。下手したら俺の部屋で緊急会議が開かれるかもしれない。学園長も同席したら断罪の場に早変わりだけど。俺と静雄さんで罵倒するぞ。
「それにしてもこの愚弟が気に入った人物というのは気になるわね。まだ会ったことがないから」
「別に普通の人ですよ。有名なご令嬢とかでもなく一般的な庶民です」
普通の人とは言えないだけの酒量を誇るけどな。仮に結婚して式を上げた時にがぶ飲みするのだろうか。幾らなんでも式では控えるだろう。その後ドン引きする位飲みそうだけど。
「ふーん、ヘタレな愚弟が惚れるような人物だから一癖ぐらいあるかと思ったんだけど」
「癖はありますね。肝臓へもろにダメージ食らいますけど」
「あっ、そういうこと。凄まじく酒臭い日があるから」
そりゃ静流さんに付き合って飲んでいたらそうなるよな。でも不思議と静流さんは朝に会っても酒臭くない。茜さんも偶に酒臭い時はあるけど。あの人の体の構造はどうなっているんだろう。
「しかし人も変われば変わるものね。あのいけ好かなかった小娘が頼りになる助っ人になるなんて」
「変わり過ぎて周りの人達が困惑しています」
「そりゃそれだけ変わればそうなるわよ。表面も中身も全くの別人じゃない」
はい、半分正解です。外見に関しては正真正銘の琴音なんだけど、本当に名残もないのかな。幾ら厚い化粧だったとしても何かしらの特徴は残ると思うのだが。内面が強すぎたのかな。
「姉さん、そろそろ中に入らないと間に合わないぞ」
「OK、愚弟。それじゃ琴音さんも今日は楽しんでね」
「無理です」
率直返したら笑いながら去って行ったよ。しかしあの人が今回の主犯か。行動力がある人のように思えるのだが、何故それが学園長に引き継がれなかったのか。もしかしたら全部姉に取られたのかな。
「琴音、もう少し言動に気を付けて頂戴」
「すみません。学園長の家族だと思うと思ったままに言葉が出てしまうので」
「おかげで注目の的よ」
あれま。確かに車から降りた時以上に視線を向けられている気がする。以前の琴音だったら他の十二本家と繋がりがあると思われていないだろう。
「私達も会場に入りましょう。ここにいると更に誰かと会いそうですから」
他の十二本家とこれ以上接触していたら更に注目を浴びそうだ。どうせ後で同じような目に遭うのだが、別に今じゃなくてもいいだろう。
「本当に以前の琴音と比較したら雲泥の差ね」
「自覚はありますけどね。場所はいつも通り隅の方でいいですか」
以前ならすでにこの時点で問題行動を起こしているだろう。殆どの人が諦めていて、琴音が何をしてもスルーするのが一般的になっていた。だから俺が現れた時点で身構えている人物もいた。
「それにしても始まったというのにチラチラと見られますね。結構気になるんですけど」
「以前の貴女ならいいカモがいると思って喧嘩を売りに行く所ね。今回は我慢してくれると嬉しいわ」
「疲れるだけですからやりません。それにしてもいまいち今回のパーティーの趣旨が分かりませんね」
パーティーが始まって主催者からの挨拶が始まっているが何故開いたかが良く分からない。あくまでも嬉しいことがあり、皆様と親睦を深めたいというもの。ただし何が嬉しいのかという報告はなし。内容を知っている俺としてはどうでもいい。
「大体あの調子で結婚まで漕ぎつけられるか分からないのに」
「そこは琴音の腕の見せどころじゃないかしら」
「お母様も私にやれというのですか?」
「繋がりを得ることは大切よ。確かにもう十分すぎるほど皐月家とは繋がりを得ているけど、貴女がやっていることが失敗して切れる可能性もあるじゃない」
恋人同士になってフラれたら学園長は立ち直れるのだろうか。暫く学園の方も休みそうなほどダメージを食らいそうな気がする。失敗の責任を取れなんて絶対に言いそうにないと思うんだけどな。
「そもそも結婚まで後どれ位掛かるのかも未定ですからね。私が学園を卒業するまでにケリを付けたいのですが」
「それは本人達次第だから仕方のない事よ。それを考えると卒業後も付き合わないといけないかもしれないわね」
それは本当に勘弁して欲しい。大体卒業後に俺自身があの部屋でまだ一人暮らし出来るかどうも分からない状態なのに。実家に戻されるか、大学に行くのか、就職するのか。選択肢は色々とあるのに自分で選べないのが歯痒い。
「何とか自分でも企画立案できるように学園長を改造できないでしょうか」
「私は彼の事をそこまで知らないのだけれど、琴音はそれが出来ると思っているの?」
「無理」
出来ていたら今苦労していない。必要なことを伝えて企画できるようなら旦那さんのお世話にもなっていないはず。思考が凝り固まっている点でいえば長月と同じか。
「叶わぬ恋が終わったと思ったら、今度は他人のキューピット役なんて本当に琴音の人生は色々あるわね」
「こんなの私だって予想していなかったです。しかもこれが結構の難題なんですから本当に困ります」
いい雰囲気を作って、あとは二人でご勝手にとかなら簡単に済んで助かるんだけど。学園長の事だからそこで絶対にヘタレると思う。普通なら手を出すはずなのに。
「あぁ、思いっきり文句が言いたい」
「琴音、言葉遣い」
「分かっています。只の愚痴ですから、以後は出しません」
二次会まで鬱憤は溜め込んでおかないと。この場で学園長相手に文句を言ったら喧嘩を売っていると周囲に思われてしまう。そして言い返せない学園長の立場も危うくなる。それは困る状態だ。
「あまり油断しないように。ここではどのような会話でも拾われてしまうのだから」
「肝に銘じておきます」
油断は命取りか。本当にここは別の意味で戦場だったな。ただ俺の言葉遣いがおかしいとかの話が出ても今更の話な気がする。以前に散々やらかしていたんだから。
「でも私はこちらのイメージを改善しようとは思っていませんよ」
「それでもよ。悪評は出ないに越したことは無いのだから」
そりゃそうだけどさ。悪評でいえば如月家の面々なんてすでにどれだけ稼いでいるか分からないぞ。その中でも琴音がダントツに稼ぎ過ぎているんだが。
「悪評というか色々な憶測が今回のパーティーで流れると思いますよ。お母様も覚悟しておいた方がよろしいかと」
「そうね。私にも話が来るのは確実よね。憂鬱になってきたわ」
これから十二本家の連中と色々と話さないといけないんだ。しかも友好的に会話している時点で何があったのか周りの連中は気になる所だろう。俺本人に聞けないのであれば母親に聞きに来る奴だって出てくるはずだ。
「挨拶終わりましたね。それでは私はそこら辺の壁際に居ます」
「私は文月の奥様に挨拶してくるわ」
そのまま固まって話していれば余計な連中も寄って来ないかもしれないな。俺はどうするべきか。険しい表情でもしていれば誰も近寄って来ないかな。知り合いも近寄らない可能性は高いが。
「何を悩んでいるの?」
「どうしたら余計な連中が近寄って来ないかと思案中です。ドレス姿似合っていますよ、霧ヶ峰さん」
「前文が危ない発言だった気がするのだけれど。一応ありがとうと言っておきます」
予想外に霧ヶ峰さんの方から声を掛けて来たよ。こういう場では接触して来ないと思っていたから。何かしら吹っ切れたのだろうか。
「そうでした。副会長就任おめでとうございます」
「私には大任過ぎて荷が重いわ。本当なら文月さんや霜月さん、水無月さんがなる筈だったのに」
「軒並み断られたそうですから仕方ありませんよ。長月さんのリードをしっかり握っていないといけないのは確かに大変そうですけどね」
「いえ、犬ではないのですから」
犬よりも厄介であると言っておこう。自分で考えて違う方向へ行こうとするのだからきっちり進む先を修正させないといけない。頭が固いから修正するの大変そうなんだよ。
「それよりもこういう場で私と話していていいのですか? 色々と言われると思いますよ」
「打算もあるわよ。この後の展開を考えると今の内に如月さんと親交があると思われている方が得策だから」
「その心は?」
「十二本家が貴女の周りに集まるから」
はい、正解。小鳥と葉月先輩、綾先輩は絶対にやってくるだろう。そんな中に霧ヶ峰さんも混じっていれば彼女自身の地位向上に役立つだろうな。今の悪評なんて軽く吹っ飛ぶだろう。
「それに私は如月さんと友達だと思ってるのよ」
「最初の関係から随分と変わりましたよね。敵対していたはずなのに友達になっているなんて」
「私が勝手に敵視していただけなんだけど。それにいざ付き合ってみれば、如月さんは意外と世話焼きよね」
「そうかもしれませんね」
そうでもないと勉強教えたり、利用しようとしているのに苦情すら出そうとしないからな。友達を利用する位なら幾らでもどうぞ。ただ会話するだけで友達の悪評が消えるのなら何でもない。
「ついでに小鳥との関係も修復しておきましょうか」
「それはちょっと無理なんじゃないかしら」
「大丈夫、大丈夫。何とかしますよ。ほら、本人も来ましたから」
笑顔で向かってきていた小鳥が、急に顔を顰めた。俺の隣にいるのが霧ヶ峰さんだと気付いたんだろうな。それを見た霧ヶ峰さんの表情も曇る。関係の改善なんて簡単な事なのに。
「小鳥は私の友達が嫌いなのですか?」
「そんなことはありません! 勝手に邪険にしていてすみませんでした」
「いえいえ、元はと言えば悪いのは私だったので」
はい、関係改善終了。しかし本当に小鳥の将来が不安だ。俺のいう事なら簡単に信用してしまうのだから。これで俺が嘘を吐いたらどうなるのやら。それを分かっているから俺も小鳥を騙そうとは微塵も思わない。
「琴音さんはどうしてこんな壁際にいるんですか? もっと前に出てもいいと思うんですけど」
「私が出ても邪魔なだけですよ。だったら壁の染みにでもなっていようかと」
「そこは壁の花と言っておきなさい」
今の俺なら花に昇格してもいいかな。以前の琴音なら染みといっても誰も否定してくれなかっただろう。
「そう言えば生徒会室で話していた二次会は本当にやるの?」
「来ますか?」
「謹んで所じゃないわ。全力でお断りさせてもらう。十二本家しかいないのに私が立ち入るのは流石にキツイわ」
やっぱり皆、そんな反応なんだよな。別に他の人が参加してもいいような気がするのに。それにお隣さんだって乱入する気満々なんだから立場なんて気にする必要もないと思う。
「まぁこれ以上参加者を追加すると本気で怒られそうなので無理なんですけどね」
「誰に怒られるのよ?」
「護衛の人達」
俺の言葉に霧ヶ峰さんが思いっきり呆れている。小鳥はよく分かっていないようで小首を傾げているな。怒るのは晶さんだけで、主任さんは胃に穴が空くかな。
「それよりそろそろ霧ヶ峰さんは避難した方がいいですよ。葉月先輩と綾先輩が向かってきましたから」
「そうね。それじゃ失礼するわ。生徒会で分からないことがあったらよろしくね」
「善処はしておきます」
生徒会室に入ることはないだろうけどな。やっと肩の荷が下りたのに自分から首を突っ込みたくはない。さて、暴走特急達の相手でもしますか。
連続投稿三日目にしてやっといつもの時間に間に合いました。
今回は筆者のネタ話は小休止で。
作品よりも後書きの方が目立っていますからね。
後書きで書くことが無くなればまた再開します。主に次回とか。
次は何の話にしようかなぁ。