74.生徒会の引継ぎ
あの後、母からは謝罪、双子からは何で家に来ないのかと連絡が来た。父が在宅しているなら俺が家に行くのは無理だからと送っておいた。説得は母に任せた。それから数日後。
「本当に私も行かないといけないんですか?」
「琴音も生徒会の一員。最後のお仕事には参加する義務がある」
「小梢さんの正直な気持ちは?」
「怠い。帰りたい」
本当に正直に答えやがった。気持ち的には俺も一緒だけど。学園祭の事後処理も終わり、本格的に今期生徒会の仕事が無くなった。そうなると次にやることは決まっている。次期への引継ぎだ。
「私は引き継ぐ相手がいないんですけど」
「顔合わせの意味もあると思う。あとは会長の相手をよろ」
最後の最後までその仕事が付いて回るのもどうなんだろう。ただ俺が面倒だと思っているのは会長の相手じゃない。新しい会長の相手が凄く嫌なだけだ。
「新しいメンバーについて情報はありますか?」
「あるけど、初期構想と違うと思う。十二本家には軒並み断られた模様」
小鳥が断るとは予想外だな。何だかんだと引き受けそうなイメージだったけど。俺が関係しているのもあると思う。だって俺と新会長の仲が悪いのは周知の事実だから。
「霜月は何でだろう。姉の介護で忙しいのでしょうか」
「姉の介護って何?」
介護というより火消し役かな。もしくは煙が立ちそうになる前に防ぐとか。苦労性なのが凄く分かる。そりゃ生徒会に所属している暇なんてあるはずもないか。
「水無月は、うん、あれはちょっとね」
「何があったの?」
あれの欠点は琴音ですら積極的に関わろうとしなかった位だから。下手したら心がぽっきり折られる。勧誘しに行った長月は心折られなかっただろうか。
「欠点しか見えない十二本家が本当に酷い」
「水無月の欠点って何?」
「よく本音が漏れる事」
「欠点?」
「無意識に心を折るような発言をしますから。私も以前に折られ掛けましたね」
普通に接している分には穏やかで優しいイケメンなんだけどね。あの顔と笑顔で普通に毒を吐くときがあるから油断しているとやられる。文字通りポッキリと。
「本当に十二本家は濃い」
「何も言えないです」
何でこうなったんだろうな。何も知らない人達からしたらエリートぽく見られている筈なのに。中身を知れば知るほど凄さが霞む。別の方向で凄いけど。
「さて到着しましたが」
「入りたくない」
同意。前会長がすでに到着しているという話は聞いているから中が混沌としていないか不安。それに合わさって新会長が何かしらやらかしていないかも不安なんだよ。
「失礼します。如月琴音、入室します」
「同じく斉藤小梢。入室する」
入ってみて一言。何か暗い。前生徒会メンバーはいつも通りなんだけど、新生徒会メンバーの表情が暗いんだよ。特に新会長の長月が一番落ち込んでいるように見える。
「琴音。遊ぼー」
「引継ぎはどうしたんですか、葉月先輩」
「もう終わった」
すみません、俺と小梢さんが遅れたのは分かるけど十分も掛からずに終わる引継ぎは大丈夫なのだろうか。何か色々と事前準備していたのは知っているけどさ。
「それとこの暗い雰囲気は何なんですか?」
「勧誘失敗したのを引き摺っているみたいだよ」
吹っ切れよ。自分自身に問題があったのかもしれないが、殆どの理由は長月と関係ないかもしれないじゃないか。霜月なんて家族の問題だし。
「他の方々は?」
「僕以外はまだ引継ぎ途中だけど、やることの多さにグッタリなんじゃないかな」
確かに予想しているよりは多いだろうな。俺も思ったことだし。そして何気に木下先輩が教えているのが霧ヶ峰さんなのに驚いた。何故に副会長になっているのだろう。深刻な人材不足なのだろうか。
「オセロやろ、オセロ」
「空気読んで下さい」
「だってやることないからさ。琴音だって引き継ぐ相手がいないじゃないか」
正規メンバーじゃないからな。早々に俺みたいな人材補給をする訳にもいかないだろう。面子というものもあるから。前会長よりも先に手札を切る訳にはいかないよな。
「というか葉月先輩相手にオセロでも勝てる気がしないんですけど」
「暇潰しだと思って付き合ってよ」
何手先まで読んでくるのか全然想像できないけど、知略勝負で勝てる気がしない。スポーツ勝負ならいい線行くんじゃないだろうか。葉月先輩がスポーツ得意というのは聞いたことないから。
「何か飲みながらやりましょう。葉月先輩は何にしますか?」
「緑茶で。しかし琴音から先輩と呼ばれるのは新鮮だね」
だってもう会長じゃないから。なら呼び方も変えないといけない。こっちとしても違和感が半端ないけど仕方ない。ちなみに長月のことを会長と呼ぶ気はない。理由は察して欲しい。
「先攻後攻どうします?」
「琴音が決めていいよ」
と言われても、先行だろうが後攻だろうが結果は変わらない気がするんだが。となるとあれでもやるか。白と黒の二面色なら出来るし。行儀は悪いけど。
「なら白と黒。どちらを選びますか?」
「それじゃ白」
駒を親指に乗せて真上に弾く。手の甲に乗せたら上を向いたのは白だった。強制力とかあるのだろうか。
「先攻よろしくです」
「はいはーい」
「自由過ぎますよ、二人とも」
木下先輩に突っ込まれた。引き継ぎ終わったのだろうか。項垂れている霧ヶ峰さんの様子から察したけど。霜月と似たようなもので副会長は会長の介護役だからな。
「やることないから仕方ないじゃないか。はい、琴音の番」
「私も下手に手を出せませんから。皆さんの努力次第で今後の生徒会が決まってきますね。はい、葉月先輩」
「何だかんだで似てますよね、お二人は」
大丈夫、話はちゃんと聞いているから。今の生徒会に興味がないからオセロの方に意識が集中しているだけ。会長も同じだとしたら思い出も何もないのだろうか。
「というか、長月さんはいつまで凹んでいるんでしょうね」
「琴音が励ましてあげればいいんじゃないかな。私が入ってあげると」
「確かに元気になるでしょうね。怒る方で。そして被害を受けるのは私ですか」
長月に対する俺のイメージは一体いつになったら改善するのだろうか。何をしたところで逆効果になるような気しかしないんだけど。だからチャレンジする気も起きない。
「二次会に彼も連れて行こうか?」
「面倒な事態になりそうなので断りたいのですが。あと護衛の人達から釘を刺されています」
これ以上、十二本家を増やすなと。家族すらも拒否されるありさまだけど、俺が考えた所でどうしようもない。勝手に増えるから。頑張ろう、主任さん。
「何で護衛の人達が出てくるのさ?」
「十二本家しか集まらない二次会が相当にヤバいらしいです。私達は全く気にしていないんですけどね」
「だよね。そこまで気にする必要はないよね」
「やっぱり考え方が似ています」
木下先輩に呆れられた。俺自身は重要な人物だと思っていないし、葉月先輩は自分の立場を理解したうえで話している。小鳥も綾先輩も自分が重要だとは思っていないだろう。
「でも何かあった場合は責任被るの私の所でしょうね」
「いや、連帯責任で僕の所や文月の所にも行くだろうね。そうなったら幾らなんでも庇うけど。流石に何社も一斉に無くなるのは不味いよ」
有名な会社が揃って数社潰れるとかになったら社会的に問題になるだろう。経済に打撃を与える可能性があるだろうから、それは何としても阻止しないといけない。だって俺達の馬鹿な催しが原因とか考えたら不味いだろ。
「十二本家の影響力は本当に危ないですね」
「僕達が言っても説得力がないよ」
「「あははは」」
「二人とも、笑い事じゃないです」
木下先輩が突っ込み役というのも珍しい。俺がボケに回っているのもかなりレアな方だけど。突っ込みばかりだと疲れるんだよ、本当に。偶にはボケ側に回ってみないと。
「それと私がそろそろ詰みそうなんですが、まだやるんですか?」
「盤面的にはまだ半分ほど埋まった程度なのですよね。投了するには早過ぎませんか」
「何処に置いても負けるイメージしか出来ませんから」
それは最初からだけど。ニヤニヤしながら駒を弄っている葉月先輩にイラッと来る。知略勝負で葉月先輩に勝てる人はいるのだろうか。知略関係なしに綾先輩なら勝てそうだけど。
「最後までやってみようよ。僕としては何処まで白く染められるかが勝負になっているから」
「じゃあ勝敗はそっちにしましょう」
「どうすれば勝敗が付くのか私には想像できませんね」
本人が悔しがっていれば負けでいいんじゃないだろうか。こっちとしては黒を何駒生き残らせられるかが勝敗のカギだ。うむ、すでにオセロじゃないな。
「しかし私は本当に何をしに来たんでしょうね」
「僕の暇潰しの相手じゃないかな。くっ、隅を取られた」
「生き残らせるのが目的なんですから是が非でも取りますよ」
生存確定の場所だからな。隙さえあれば他を犠牲にしてでも取る。ただ気付いた会長も全力で阻止しだしたから簡単じゃないな。最低でも半分は取りたいところだけど。
「これはもうオセロじゃない」
「小梢さんも終わりましたか」
「私は引き継ぐことは少ないから。それよりもこっちの方が面白そう」
「見ている分には私としても面白いですね」
外野も楽しんでくれているようで何より。やっている本人達も楽しんでいるからいいけど。オセロのルール変わっているのは気にしない方向で。
「あの、以前の生徒会はいつもこんな感じだったのですか?」
「ノリ的にはそうだな。この資料が入っているのはこっちのフォルダーで」
会計はまだ掛かりそうだ。庶務の山田さんは挨拶回りに行ったっきり中々戻ってこない。あの人の事だから大丈夫だとは思うけど、引き継ぐ人は大丈夫なのだろうか。
「それで長月さんも二次会に誘うのは本気なんですか?」
「そろそろ彼にも現実を見て貰いたいからね。十二本家の本性というのを」
「わぁ、酷い方法ですね」
全員素を出した状態の十二本家集合とか本気で性質が悪いな。まともなのがいない。俺の部屋に来た小鳥のテンションも気になる所だ。
「多分、素を出した状態でまともなのって琴音位だと思うよ」
「私が基準になる位酷いというのはちょっと言いすぎ……じゃないですね」
ごめん、弁護出来ない。どちらかと言えば長月がまともな方であるのも正しい。学園にいる十二本家は会ったことがあるから問題点もあるけど、その他が不明で怖い。
「ストッパー役で欲しいですね。よし、誘いましょう」
「自分の被害を減らすために肉壁を用意するなんて流石は琴音」
「私が誘った所で来ないと思うので葉月先輩からお願いしますね。というか投了です」
結局七枚しか生き残らせることが出来なかった。これでも色々と考えてやった結果なんだが、それでも葉月先輩は悔しそうだ。完全試合を目指していたのだろうか。
「仕方ない。長月君、今度のパーティーで二次会を開くんだけど君もどうだい?」
「すみません、葉月先輩。今までの会話、全部筒抜けでしたよ」
そりゃ同じ部屋にいるんだから当たり前のことだよな。俺も葉月先輩も分かっていて喋っていたんだけど。
「初めて知りました。この二人が組むと最悪ですね」
「うん、性質が悪い」
お互いに知りながらやっているからな。これでどうやって長月が来たがるのだろうか。誘っておきながら何だが、真面目に誘う気ないな。俺達。
「一応聞いておきますが、場所とメンバーはどうなっているんですか?」
「メンバーは僕、琴音、文月、霜月姉妹が決定している。場所は琴音の部屋」
「すみません。想定外すぎて頭が痛くなってきました」
あっ、普通の反応だ。やっぱりまともなのは長月か。真面目で堅物だから分かり易い反応だな。
「来るんなら長月君の人脈も広がるんじゃないかな。文月や霜月と交流はないよね」
「ないですね。文月と話したのは生徒会への勧誘の時が初めてでしたから」
それでよく誘えたな。そりゃ小鳥も断るか。よく知らない相手にはあまり親しくなるなとか親父さんに言われてそう。それにこの面子だと小鳥が副会長になりそう。生徒会の現場を親父さんが見たら確実に修羅場になるな。
「君の事もよく知らないから警戒されているんだよ。一緒に騒いだり何かをやれば友好度とか上がるさ」
「そ、そうかな。それだったらいいんだけど。だけど場所が如月の部屋とか。あそこの家でやるのは本当に大丈夫なんですか?」
「えっ、私の実家じゃなくて、私が一人で住んでいるマンションですよ。両親なんていませんから騒いでも構いません」
「は?」
「あれ、長月さんは私の一人暮らし知りませんでしたか?」
おかしいな、結構有名な話のはずなのに。これも信じていなかったのだろうか。相変らず頭固いな。
「嘘だと思っていたんじゃないかな。もっと思考を柔軟にしないとこの先やっていけないよ」
「情報の精査は重要な事ですからね。鵜呑みにばかりしていたら駄目ですけど、本当のことすら信じられないようならまだまだです」
「誘う気あるの?」
「「えっ、来ればいいかな程度」」
「本当に最悪ですね、この二人は」
小梢さんと木下先輩の視線が冷たい。大体俺と葉月先輩の毒吐きなんてまだ可愛い方だ。比較対象が水無月の時点でおかしいのは分かっている。葉月先輩なら誘えそうだけど。
「この際だから水無月も誘おっか。学園十二本家親睦会みたいな感じで」
「滅茶苦茶カオスになりそうですね。もう毒を食らわば皿までの気分なのでドンと来いです」
「木下先輩。琴音のテンションがおかしいというか、壊れている」
「ですね」
チラッと霧ヶ峰さんの事を見てみたら全力で首を横に振られた。俺も鬼じゃないからそこまで嫌がる相手を無理に誘う気はないよ。多分、ちょこっとトラウマになるようなことが起こりそうだと思うし。
「当日が楽しみですね」
「現実逃避している琴音も面白いね」
自暴自棄になっているのは分かっている。本気でパーティーに出席したくないからさ。そんな内面を理解しているのはこの中だと葉月先輩だけだ。壊れている原因もそれだから。二次会でどれだけ俺は壊れるだろうか。
四月初め辺りはネタに困らなくて困る状態でした。
お賽銭を投げ入れて鈴を鳴らして「平穏無事な生活を送りたい」と願ったことがあります。
そうしたら頭上から鈴が落ちてきました。
神様に「だが断る」と言われた気がしました。お祓いに行かない理由は他にもあるんですけどね。
何でこんなにネタを持っているんでしょう……