71.頑張れ護衛者
終了時間を大幅に過ぎたことに気付いて慌てて他の連中を追い出した。クラスメイト達に謝りつつ、教室の片付けを進めていたが特に問題はなかったな。
「問題が重なり過ぎても嫌だけど」
打ち上げをやると言っていたけど俺は断った。流石に騒ぐ気分になれない。本当なら今日の出来事なんかで盛り上がるんだろうけど、俺にとっては厄日だった。
「そうだ、晶さん達にも知らせておかないと」
パーティー当日の警護とかどうなるんだろう。そういったのって大人数でのパターンだと思うけど、主任さんはそこまでの人員を出してくれるだろうか。
「もしもし、晶さん?」
『何の用? 今日は私達が夜勤なんだけど』
「お疲れ様です。ちょっと一か月先のことなんですけど予定が決まったので」
『随分先の事ね。また何処かに遠出するの?』
遠出する位なら気楽でいいんだけどな。そう言えばやる場所とか全然聞いていなかった。でもどうせ如月家で送迎をしてくれる筈だから俺が気にすることじゃないか。
「十二本家主催のパーティーに出席することになりました」
『ゴホッ!?』
あっ、盛大に咽ている様子だ。まぁ仕方ないか。インパクトとしては今までで一番強いからな。
『何でそうなったのよ!』
「私にも分かりませんよ。まだ招待状も届いていないので場所とかも不明ですけど」
『本当なの?』
「主催者の家族から直接聞いたので確定でしょうね。流石に私名義で招待状が送られてくるそうなので断れそうにありません」
『主任に報告しないといけないわね。ちょっと恭介、琴音から連絡が来たんだけど』
やっぱり大事になりそうな雰囲気で。恭介さんも盛大に慌てていることだろう。通話では全然聞こえてこないけど。
「当日は大丈夫そうですか?」
『面食らったのは認めるけど、私達がやることはそんなに多くはないわ』
「そうなんですか? 人員の増員とか必要だと思ったんですけど」
『会場の警備担当がいるから内部は大丈夫でしょう。私達が担当するのは外部。つまり移動している時とかを担当するの。でも二人というのはちょっと不安があるわね』
「何かしらあったら事ですからね」
『やっぱり人員の増員は頼んだ方が良さそうね。同行者は誰になるのか予想できそう?』
「多分、母だけですね。双子は留守番だと思います」
あの二人が同行して来たら色々と大変なことが起こりそうだから。俺の事を見る目に不満を覚えて、片っ端から喧嘩を売りかねない。だから留守番という事で決めたはずだけど。大丈夫かな。
『うん、増員決定ね。幾ら主任でもこの状況で渋ったりはしないでしょう。警備計画とか立てないといけないかな』
「大変そうですね」
『気にすることないわ。これが普通なんだから。それにしても今の琴音がパーティーとはねぇ』
「私だって出席したくありませんよ。でも断れない状況だから仕方ないじゃないですか」
『いや、私はてっきり断るものだとばかり。以前だって好き勝手やっていたんだから断った所で今更じゃない』
ご尤も。だけど断れない理由は他にもあるんだよ。獲物である俺が断った場合、次の候補に挙がるのは間違いなく静流さんだ。ただのパーティーだと思って行かれては大変なことになる。
「私にも事情があるんです。それと終わった後で私の部屋で二次会をやります」
『鬱憤発散の為ね。私も参加したいわ。それでどういった面子?』
「葉月、霜月、文月ですね。まだ増える可能性もありますけど」
『馬鹿じゃないの!?』
耳に痛い絶叫だ。そう言えば十二本家の人達が俺の部屋に集まるのだから晶さんが騒ぐのも頷けるな。そこら辺、全然考えていなかった。
『面子がヤバすぎるじゃない!? 中止に出来ないの!?』
「全員乗り気ですから今更無理ですね。腹を括って下さい」
『何というかパーティーですら予想外なのに二次会が更に斜め上とかどうなっているのよ』
「私が出席するという情報を葉月が拡散させた影響ですね。学園祭で二次会の面子が集まった結果です」
誰が悪いといえば学園長であり、更に悪ノリしたのが会長だという事は確かだな。それに便乗したのが俺だから全員が共犯になるのではないだろうか。
『琴音。今から部屋に乗り込むから覚悟しなさい』
「何でですか?」
『こんなの私の口から主任に報告しても信じて貰えるわけないじゃない!』
それもそうか。十二本家の娘や息子が俺の部屋に集まって二次会するなんて誰が予想できる。晶さんからの報告だとしても、信憑性に欠けるだろうね。俺から言うしかないか。
「今回の面子が特殊なだけですよ。それにこれ以上、十二本家が増える訳じゃないですから」
『むしろ増やすな! こっちの胃が持たないわよ!』
仲がいいというか付き合いがあるのは三人だけだから。他の人達とはあまり面識もないはず。長月は誘った所で来るとも思えない。
『それじゃ一旦切るわよ!』
一方的に切られてしまった。左程時間も経たずに部屋にやってくるだろうから何の問題もないけど。さて夕飯は何にしようかなと考えていたらメールが来た。
「綾先輩からか。内容は」
晶さんご愁傷様。一名追加になった。そうか、十二本家の数は増えないけど、その家族が増える可能性はあったか。これは盲点だった。
「あっ、来た」
さてどうしたものかと考えている間にチャイムが鳴った。近場で俺の部屋を監視しているのだから数分で来れるんだよな。監視している場所は俺も把握しているけど。
「いらっしゃい。それと残念なお知らせがあります」
「何よ、まだ何かあるの?」
「こちらをご覧ください」
着信したメールの本文をそのまま晶さんに見せると数秒固まって崩れ落ちた。まぁそうなるか。本文の内容がどういったものかというと。
『二次会に妹も連れて行くから』
というもの。つまり霜月家からの参加者が二名になったということだ。まぁ隣に義理の姉が住んでいるから問題はないだろう。護衛の人達の胃がどうなるかは分からないけど。
「何でこんな短い間に増えているのよ」
「私も予想外でした。霜月家の妹とは面識がなかったはずなんですけどね」
学園で会ったことなんて一度もないはずだけど。綾先輩と一緒にいても遭遇すらしなかったから。今は一年にいるはずだから新しい生徒会の候補に入っていそうだ。
「琴音の交友関係はマジで分からないから油断できないな」
「恭介の言う通りよ。情報部の集めた資料が全然意味を成していないというのはどういうことなのよ」
琴音の交友関係なんて殆ど零みたいなものだからな。付き合いがある程度で友人ではないというのが当たり前。今の交友関係は殆どが俺の事情だし。
「それに何でこれだけ十二本家との繋がりがあるのよ。卯月とだけじゃなかったの?」
「色々と絡まれた結果ですね。言っておきますけど、私も巻き込まれている方なんですよ」
積極的に交友関係を広めようとしたわけじゃない。あっちの方から接触してきて、騒動に巻き込まれた結果だ。俺から友達になりましょうとか誘ったわけじゃない。
「面子が濃すぎるのよ。琴音ももうちょっと自分の立場を理解してくれると助かるんだけど」
「理解したら喫茶店でバイトなんてしませんよ」
「それもそうだな。おかげで俺達が楽しているのも事実だ」
自分の立場なんて琴音になってからサクッと捨てたぞ。そんなの気にしていたらまともな生活が出来ん。実家に住んでいるのなら話は違うけど。
「それで連絡の方はいいのですか?」
「そうだった、そうだった。晶、連絡してくれ」
「何で私よ。恭介がすればいいじゃない。私が連絡したら小言から始まるかもしれないじゃない」
何をやったんだよ、今度は。俺の担当になってから問題行動が減ったんじゃないんか。もしかしたら減ってこれなのだろうか。そうだとしたら主任さんの心労について納得してしまう。
「分かったわよ、私がすればいいんでしょ」
かれこれ三分ほど揉めた結果、晶さんが連絡することになったようだ。どれだけ主任に連絡したくないんだよ、あんた達は。
「もしもし、主任ですか? いえ、何か問題を起こしたわけではなくてですね」
最初に問題を起こしたと勘違いされている辺り、過去にどれだけのことをやらかしていたのかが想像できてしまうな。俺の担当になって良かったんじゃないか。主任さんの胃的にも。
「連絡したのは事情がありまして。えっ、配置換えの要望? そんなこと言う訳ないじゃないですか!」
「いつもこんな感じなんですか?」
「大体こんなもんだな。だから俺も連絡したくないんだよ。定時報告なら事務員でいいんだが、今回は大事だからな」
「報告しなかったら首が飛ぶでしょうね」
「だな」
報告なしでパーティー当日を迎えたら職務怠慢で配置換えどころか職場を退職することになるだろうな。安全第一が何よりも優先されるはずなのにそれを怠れば。しかし話が進まん。
「晶さん、パス」
このままだと主任さんの説教にどれだけ時間を食われるか分からないので俺が変わろう。流石に声を挟めないのか御免と視線で答えてスマホを渡してくれた。
『貴女は毎回毎回』
「お話の途中申し訳ありません。晶さんと交代しました、如月です」
『……ちょっと馬鹿に代わって貰ってもいいでしょうか?』
「お気持ちは重々承知していますが話が先に進まないので後にしてください」
何で警護対象と一緒に居るとか、連絡を変わるのかとか思っているはずだけど今の状況だと仕方ない。さっさと用件を済まさないと夕飯の準備が出来ないんだよ。
「晶さん達に伝えたのですが、一か月後にパーティーへ出席することになりまして」
『……えっと、御免なさい。私の聞き間違いかしら。もう一度お願いできますか?』
「十二本家主催のパーティーへ私が招待されました」
『……』
あっ、無言になった。二回目はちゃんと足りない部分も補足して言ったから理解が追い付いていないのだろう。予想外もいいところだからな。
『晶と代わった理由は理解しました。あの子からの報告だったら信用できなかったかもしれないわ』
「口調は崩したままで結構ですよ。それとこっちの方が晶さん達の反応からして重要だと思うのですが」
『まだ何かあるのかしら?』
「私の部屋で二次会を開く予定なのですが、参加者が葉月一名、霜月二名、文月一名となっています」
今度は受話器が落ちる音が聞こえた。俺の耳が痛いんだが。多分だけど頭を抱えているんじゃないだろうか。
「主任だって頭を抱えたくもなるわよ。担当じゃなかったら私は逃げる」
「俺も同意だな。万一何か起こった場合が怖すぎる。特に文月が」
やっぱりあの親父さんの情報は伝わっているか。小鳥に何かがあった場合の暴走が怖いよな、会社的に。部下を切り捨てた所で絶対に会社自体へ何かしらの攻撃を加えると俺だって思う。
『中止の可能性は?』
「霜月が暴走してもいいのならいいですよ。警護会社から中止してほしいと打診されたと正直に話しますけど」
『止めて!』
必死な声が聞こえるな。中止なんてしたら綾先輩が一体どんな行動をするのか俺だって予想が出来ない。そもそもこの面子で中止なんて言えないなと今気づいた。後がヤバすぎる。
「一応先にお伝えした方がいいと思ったのですがご迷惑でしたか?」
『いえ、連絡ありがとう。色々と気持ちの整理とかこれからの対策とかで頭の中が大変なことになっているけど』
だろうね。大事どころの話じゃなくて、会社の命運が掛かった仕事になりそうだから仕方ない。他の警護会社と合同にしたらどうだろうか。失敗したら共倒れだろうけど。
「そういう訳なので詳しい日程や場所については晶さんか恭介さんに伝えておきます」
『お願いね。私は上司に報告して来るわ』
これで報告は終わったな。主任さんは本日残業の可能性が跳ね上がったが仕事だから仕方ない。俺としてもちょっとだけ心が痛むな。何気ない会話が凄く他人に迷惑を掛ける結果になったから。
「さて夕飯の準備をしよう」
「事の重大さを分かってほしいわ」
晶さんから突っ込みが聞こえてきたが俺じゃ何とも出来ないから。出来ることとしたら二次会で何を作るかとかそんなことかな。どうせ当日は俺も素を出すから警護の人達は大変だろうな。
前回後書きで書こうと思った内容でした。
そりゃ前回中止にしますよね。勢い余って一話分になってしまったんですから。
突発的に思いついた二次会ネタがよく考えたら濃い面子になって後悔している筆者です。