70.学園祭終了
学園祭の話は何処へやら。
家族会議で何かが決まったかというと予定以外は何も決まらなかった。家族にとっても今回の事は想定外であるし、俺も何をしていいのか理解していないから仕方ない。
「皆、残り時間僅かだけど頑張るよ!」
晴海の激励が聞こえて時計を見ると残り一時間で学園祭が終わるようだ。仕事しながらぼんやりしていたみたいだが、それが一番危ないんだよな。
「全部学園長に持っていかれた気がする」
今回の学園祭は主役を全部取られた感じがする。俺にとってはだが。他の学生にとって俺の悩みなんて知らないはずだし。楽しいイベントのはずなのに溜息の数が多い事。
「お客の前で溜息吐かないのは流石だと思うけどね」
「店員が憂鬱そうな顔や仕草をしていたら失礼じゃないですか」
「私ら学生なのに、何でそんなプロ意識を持っているのよ」
元社会人を舐めたらあかん。多少の手抜きとかなら大丈夫だが、表情に出すのだけは一番駄目なのだ。接客なら一発アウトである。
「意識の違いですね。それにしてもお客も随分と減りましたね」
「残り僅かだからね。今年も何事もなく終わって良かった良かった」
「盛大な爆弾を私は持たされましたけどね」
周りに一切の被害が無く俺にだけ害があるって何なんだよ。しかも精神的なもので。しかも一か月も解決しないのだから猶更質が悪い。やるなら一思いに済んでくれ。
「何とか間に合ったかな」
「何の用ですか? 会長」
「お客に対しての第一声がそれはないんじゃないかな」
客だと思っていないからな。扱いが勇実みたいになっているが、コスプレ喫茶にした元凶に対しては当然の結果だ。俺にとって久しぶりの学園祭だというのに最初から気が滅入ることをしやがって。
「部下の出店に顔を出さないのは上司としてどうかと思ったんだけど」
「お持ち帰り用のでしたらあちらにご用意していますのでどうぞ選んでください」
「最初からテイクアウトを勧めないでくれないかな」
暗にとっとと帰れと伝えているのだが。それで諦めてくれる会長じゃないことくらい知っているけどさ。勝手に空いている席に座る辺り、居座る気満々だ。
「店員さん、スマイル一つ」
「メニューに載っていないものを頼まないでください。それに私以外なら喜んでやってくれるはずですよ」
中身はあれだけど外面はいいからな。何で俺が接客しているかというと他の皆が近づこうとしないから。あれか、憧れが強すぎて近寄りがたいとかか。そんな大層な人物じゃないのに。
「やっぱり琴音は仕事をしている時の方が生き生きとしているね。今はちょっと陰りが見えるけど」
「良く分かりますね」
「そりゃ一緒に仕事をしている仲間じゃないか。何なら僕に相談してみるのもいいかもよ」
「本当に藁にも縋る思いにならない限りありえませんね」
実際はそんな心境なんだけどな。相談できる相手も限られている。普通の人にパーティーに出席したくないといった所で理解してくれない。だけど会長は駄目だ。絶対に碌でもないことしか言わないだろう。
「でもさ、琴音の悩みは遅かれ早かれ僕の耳に届くと思うんだよね。それが家の事情なら尚更ね」
「よく特定できますね」
「琴音が仕事中でも悩んでいるなんて余程のことだろうからね。なら如月家が絡んでいると予想するのは当然じゃないかな」
確かにそうか。誰かに相談して解決したり、それこそ自力で解決できることならここまで悩んだりしていない。自分一人じゃどうしようもないから悩んでいるんだから。そこまで深刻じゃないのが更に厄介なだけ。
「それで悩みは何かな? 人生の先輩として相談に乗るよ」
「私と一年しか違わないのに何の経験が違うんですか」
「ノリだよ、ノリ」
会長ともう一人の人は本当にノリで動くから性質が悪い。更にそこへ打算も入ってくるから更に悪い。だから喋りたくはないのだが、他に相談できる人もいない。というか相談できる人でまともな回答が出来る人が思いつかない。
「まぁ遅かれ早かれ気付かれるのは同意しておきます」
「君がそう言うということは僕らにも関係あるってことかな」
「招待状が届く可能性は高いでしょうね。何せ十二本家絡みですから」
「招待状という事はパーティーのことかな。 えっ、出席するの?」
「遺憾ながら」
そういう反応するよな。今の俺からそういったことに好んで出席するとは思わないだろう。仮にこれを小鳥に話したら大いに喜んだだろう。
「何でまた」
「私宛に届くそうですから、どうにもなりそうにありません」
「琴音名義で? 確かにそれだと断れそうにないね。何というかご愁傷様」
「それで何か解決策はありそうですか? 私が出席しなくてもいいような回答とか」
「ないね」
予想通りの回答をありがとうよ。その笑顔と合わせてドッと脱力した。絶対に何かを考えて楽しんでいらっしゃる様子で何よりだ。
「遂に学園だけじゃなく社交界の方のイメージ改善に進むんだね」
「別にやる気はありませんよ。出席するのも今回だけですから」
「それで済めばいいんだけどね」
以前のイメージがあれだったから琴音宛の招待状なんて届くはずはなかった。それがイメージ改善してみろ。絶対にまた招待状が届く可能性が上がってしまう。嫌だよ、そんなの。
「それで何でスマホを弄っているんですか?」
「それはもちろん。この情報を拡散させる為さ」
「やっぱり碌でもなかった……」
怒る気もない。だって相談した時点で俺に利点がある展開になるとは思っていなかったから。もう諦めて対面の席に座る。だって残っている客は目の前の会長だけだから。
「誰に送ったんですか?」
「社交界に出席するであろう僕の知り合い全員」
「大迷惑な!」
「だって琴音が復帰するなんて業界としては大ニュースだよ」
悪い意味でな。今まで琴音がいなくて平和だった所だってあったはず。如月の両親に関しては触れさえしなければ無害だから。琴音は触れなくても起爆する劇物であった。
「戦々恐々とするでしょうね。むしろ出席者が減るのでは?」
「それはないね。十二本家からの招待状を断るなんて恐れ多いことをする人は滅多にいないよ」
「いるにはいるんですね」
「破滅願望か、余程自分に自信のある愚か者がね」
確かに愚か者だな。どれだけ頑張れば十二本家と肩を並べられるのか分からない。何代か世代交代しないと無理だろ。しかも一切の失敗なしで。
「私もそんな中の一人だったんですけどね」
「琴音の場合は意味合いが違うかな。出席はするけど迷惑行為を止めないという一番迷惑な存在だったからさ」
間違っていないのが酷い。しかもそれが全員の認識なのが更に酷い。だから出たくないんだよ、俺は。
「私が出席したくない理由は分かりますよね?」
「過去の自分がやったことじゃないか。因果応報だよ」
「そうなんですけどね」
悪いのは俺というか琴音なのだが。そういったパーティーで失礼な行いをすれば父親の元に報告が上がって自分を見てくれているという歪んだ思いの結果。もう病んでいるレベルだから。
「それにしても何処の家かな。琴音を招待したところは」
「学園長経由で情報を教えて貰いました」
「何をやっているんだ、あの人は」
それには大いに同意する。最近だとトラブルメーカーと化してきているのは気のせいじゃないだろう。目の前にいる人もそうだが、この学園にはトラブルを作り出す人が多過ぎる。
「生徒を守るのが学園長の本分だというのに」
「全くですね。色々と巻き込まれているのでもう諦めていますけど」
「災難だね」
「全くです」
あの人の所為で普通の学園生活とは違った方面に進まされていることは間違いない。どちらかというと生前の俺の方面へ進んでいる気がする。主に学生がやる事じゃない方へ。
「でもあの人のおかげで喜ぶ人もいるだろうね」
「何となく予想できますし、噂をすれば何とやらです」
会長が情報を流してからそれなりに時間が経っている。その真偽を確かめるために何人かはここを目指してくるのも察することが出来る。約二名ほど喜ぶ人物について心当たりがあるから。
「猫が剥がれていないといいのですが」
「薫が僕と別れてからそっちに向かったはずだから大丈夫だと思うよ」
木下先輩がいないのはそういう訳か。あのクラスのストッパーであるのだから大丈夫だと思いたい。偶に木下先輩も混ざってとんでもないことになりそうな気がするんだけど。
「木下先輩から連絡がないのが気がかりですけど」
「多分だけど、連絡するだけの余裕がないんじゃないかな。学園祭も終了間際で色々とやることがありそうだから」
「そういうことです」
現れたか、トラブルメーカーの筆頭が。若干息が弾んでいるのはここまで走ってきたからだろう。興奮しているわけではないと思いたいが。まだ猫は被れている様子で若干安堵する。
「何の用ですか、綾先輩」
「情報の真偽を確かめに参りました。発信源がそこの人である時点で疑わしいのですが。一応の為の確認です」
その割には目がマジなんだけど。さっさと語れというプレッシャーが半端ない。
「本当ですよ。まだ招待状は届いていませんが確定レベルの情報ですから」
「私にとっては大変喜ばしいことですね」
心の中でヨッシャー! と絶叫しているのが分かってしまう笑顔だ。色々とダダ漏れで大丈夫なのかと思ってしまう。一度限りとはいえ、仲間が増えて本当に嬉しいのだろう。
「やっぱり今の君だと違和感が半端ないね」
「これで通していますので仕方ありません。いい加減慣れて頂かないと困ります」
「私もまだ慣れていませんけどね」
本性の方がインパクト強すぎて、礼儀正しいこっちの違和感が凄すぎる。慣れろと言われて簡単に出来ることじゃない。頭の中で勝手に翻訳されるレベルだから。
「琴音さんは一体いつになったら本性を見せてくれるのですか?」
「学園の中にいる限り、出すことはありません」
綾先輩と同じで学園の中で口調を変えるつもりは一切ない。偶に学園長と話していてポロリと出てしまうがあの中でなら大丈夫だと思っている。
「やっぱり琴音もか。本当に十二本家の二面性はどうにかならないのかな」
「小鳥は違うと思いますけど」
「あの家が特殊なだけさ。大体の家は生まれた時から二面性を抱えているからさ」
「確かにそうね。私の家も何故か人前では素を出してはいけないと幼い頃から思っていたから」
各家の歪みが半端ない。能力が高い故の障害だろうか。小鳥も子供が生まれたらこんな状態になるのだろうか。末恐ろしいな。
「琴音さん! 聞きたいことがあります!」
「何か続々と集まってきましたね」
予想通りとはいえ段々とこの教室の大物率が跳ね上がってきたな。小鳥も加入して四人か。まだ何人かいるだろうけど、全員集合はないから安心して欲しい、クラスメイト諸君。
「情報の通りですよ。小鳥にも招待状が届きましたら当日は宜しくお願いします」
「琴音さんと一緒のパーティーでしたら絶対に出席します!」
「あっ、何か心が痛い」
純粋無垢な小鳥を見て、何か思う事でもあったのだろうね綾先輩は。若干素を出しながら胸に手を当てている。嬉しい気持ち同士なのに中身が違うのだろうか。
「琴音さん、二次会どうしますか?」
「私の部屋でいいんじゃないですか。あそこなら素を出しても何の問題もありませんから」
隣の住人なんて綾先輩の兄さんだからな。茜さんだって義理の姉に当たるから乱入してきても何の問題もないだろう。だけど俺の返答に聞いてきた綾先輩がキョトンとしている。
「どうかしましたか?」
「いえ、てっきり断られるとばかり思っていましたので」
「確実に憂さ晴らしで騒ぎたくなる状態になっているので同意したのですが。止めておきますか?」
「いえいえ、やりましょう。葉月はどうします?」
「僕も参加していいのなら行きたいね。パーティーで鬱憤が溜まるのも同意しておくよ」
「私も参加したいです!」
等と一か月後の予定を和気藹々と話し合っている間に学園祭は終わっていた。誰も知らせてくれなかったのは明らかに集まった連中が悪すぎたからだろう。あの晴海ですら二の足を踏んでいたらしい。それは正しい。明らかに爆弾が二人ほどいるから。
今回の事での護衛者の会話を此処に書こうと思いましたが止めました。
何かノリが悪かったので。
二週間ぐらい気分が乗らなくて執筆していませんでしたが、いざキーボードを叩くと意外と書けますね。