07.悪意の猛威
ブックマークありがとうございます。
まさかここまで登録してもらえるとは思ってもみませんでした。
今話から暗い話になります。琴音の受難始まります。
07.悪意の猛威
テストが終わってからまたクラスメイトとの関係がギクシャクしだした。理由は簡単だろう。あの噂だ。クラスメイト達も休憩時間中の行動は知っているのだが放課後までは知らないから仕方ないだろう。
こればかりは俺が動いたところで事態が悪化するとしか思えない。犯人を捕まえたところで琴音の所為だと言われれば納得されるからだ。
そして事態が動いた。
「これはまたあからさまな」
朝、登校してみると机の上に花瓶が置かれていた。ご丁寧に一輪の花が入れられているのが何とも。要は死んだ人に対する扱いなのだから俺自身が資産家のお嬢様として死んだということを意味しているのかもしれない。
なら俺の事情に精通している人の仕業なのだろう。クラスメイトも見て見ぬ振りをしているがそれは正しい判断だ。下手に構ったら標的にされるかもしれないからな。
「相羽さん、心配しなくてもいいですよ。私は気にしてませんから」
「でも」
「これどうしようか。捨てるのも勿体ないし」
適当に窓際に飾っておくか。さてこれが前哨戦なのか、それとも警告のみで終わりなのか。俺的には後者であってほしいんだが。
でこの後は特に何もなかった。休憩中に誰かと接触することもなかったし、昼休みの間もいつもの場所にいって小鳥と話したくらい。いつも通りの生活だったのだが教室の雰囲気だけは悪い。
全体的に暗いというか、俺に対する接し方が分からなくなっているとか。まぁいじめがクラス内で発生したのだから当たり前か。
次に変化があったのは午後からだった。
「やり過ぎでしょう」
体育の授業を終えて女子更衣室に戻ってロッカーの中を見たら俺の制服が無残なことになっていた。ズタズタに切り裂かれているとかいじめどころじゃなくなっているぞ。
これって器物破損扱いになるんだったかな。というかこの後の授業どうしよう。着替える物が無いんだが。
「如月さん、どうしたの?うわっ……」
ロッカーの前で固まっている俺を不審に思ったんだろう。相羽さんがロッカーを覗き込んで絶句している。それで他のクラスメイトも気づいてしまって女子更衣室の中がまた雰囲気悪くなる。
これは見ていて気持ちいいとは思わないだろうな。ただこれで分かったことはある。クラスメイトが犯人だということはない。だって同じ授業に出ていてここに戻ってくる人はいなかったからな。
ただこれは駄目だろうと思う。
「……ない」
「えっ、他にも何か被害が」
「時計も財布もない」
店長から貰った腕時計も必要最低限の現金しか入っていない財布も無くなっている。むしろあるのは切り裂かれた制服しかないという状況だ。おい、窃盗罪まで適用されるぞ。
これは教師に報告しておかないといけないな。隠していてもばれた時が問題だ。これは学園の責任問題にもなり兼ねない。その理由もある。
「と、取り敢えず私は先生に報告してくる!」
「体育教師には喋らない方がいいです。恐らく握り潰される」
「えっ、何で!?」
「女子更衣室のロッカーは鍵付きです。そして鍵は私が持っています。そうなればマスターキーが必要になります」
「でも鍵を壊せば」
「見た限り鍵は壊されていません。そして女子更衣室のマスターキーは教師が管理しているんです。となればいずれかの教師がグルの可能性があります」
「その中でも体育教師が怪しいの?でも……、そうだ近藤先生に相談する!」
「お願いします」
正直信頼できる教師は近藤先生しかいない。他の教師はまだ琴音に対して懐疑的な反応をしているし件の体育教師は今ですら俺のことを毛嫌いしている。それが理由でもあるんだが。
しかし露骨にやってきたな。まさか初日からここまでやらかすとはな。
「あとで店長に謝らないと」
「如月さんの所為じゃないよ。私からも説明するから」
「うん、ありがとう」
といっても俺の表情は暗い。折角俺の為にプレゼントしてくれた腕時計を無くしてしまったのだ。左手首を隠すものも無くなったが長袖を着ているからばれないだろう。
あとは教室に戻ったらハンカチでも巻くか。見方によってはお洒落に見えるかもしれない。
「んで荷物すら消えてるとかマジかよ」
あまりの出来事に素が出てしまったがそれだけ驚いたのだ。机の中に入れていた教科書とかは無事だったが、脇に掛けていたカバンが消えている。中に入っている図書室から借りた本も自宅の鍵もない。
これは本格的にヤバいな。部屋に入れない。というかここまでするのかよ。
「これって警察に届けた方がいいんじゃないかな」
「いえ、まずは学園側での対応でしょうね。それで学園側の判断で警察に介入してもらうか決めてもらいましょう」
学園内部の問題なのだからやはり対応の決定権は学園側が握っている。だから俺が出来るのはあくまでも被害について報告するだけ。まぁ俺が報告したところで自作自演とか思われるだろう。
だから頼みの綱は相羽さんと近藤先生のみとなっている。
「あぁ、鍵どうしよう……」
「何かあまり気にしてないように見えるんだけど。でも家に帰れないね。合い鍵とかは?」
「作ってない。下手に盗まれたら大変だと思ってましたから。管理人さんに相談するしかないですね」
これでも結構凹んでいるんだけどな。所持品全部紛失とか損失が馬鹿にならないのだ。制服は予備があるから明日着てくる分には問題はないが後でまた買わないといけないだろう。
あと新しい鞄に時計、財布とお金が掛かる。
「次の授業の先生が来ましたから相羽さんも座って下さい。私は先生に事情を説明してきます」
「うん、何もできなくてごめんね」
いや巻き込んだら大変だから気にする必要はないんだが。あぁ、クラスの中も暗いな。多分やり過ぎだと思っているんだろうな。しかし相手も大胆な行動に出たな。
普通は探りを入れつつ徐々にエスカレートするようなもんじゃないのか。最初から本気とか思わなかったぞ。というか予想通り教師は信じてくれなかった。
はぁ、災難だな。
「さて授業も終わったから私は近藤先生の所に行ってきます」
「うん。私からも伝えてはあるけど本人にも来るように言われているから。あの、元気出してね」
「ありがとう。相羽さんも気を付けて。私だけが標的とは限りませんから」
「うん。友達と一緒に帰るようにするから」
さて職員室に向かいますか。ただ職員室の中は苦手なんだよな。方々から苦々しい視線を送られるのだから好む人はいないだろう。いたらM確定だろう。さて何ていうかな。大騒ぎにしないで欲しいというのは伝えないとな。
考え事をしながら階段に差し掛かったら背中を押されたのはそんな時だった。
「えっ?」
バランスを崩して階段から転げ落ちる。相手の顔を確認している暇すらなかった。頭を打たないように庇いながら転がるが左腕を思いっきり打ってしまった。イテェ。
勢いも付いていたから壁に背中をぶつけて止まった。ヤバい、思いっきり打ち付けたから息が出来ない。視界も暗い。だけど耳は聞こえる。この品のいい笑い声には覚えがある。
「……あいつかよ。恨まれる覚えはないんだが何だつーんだよ。いっ!?」
立ち上がって左足を付けた瞬間に激痛が走った。これは捻ったか。ちくしょう、普通初日でここまでやるか。何だよ警告から窃盗に実力行使とか普通考えないぞ。
あぁ、くそ!左半身がイテェ。体操服だから汚れは目立たんが、傷とかも目立たんな。あまり見たくはないが、傷の確認はしないといけないな。職員室に行く前に保健室に行くか。
うわぁ、まともに歩けん。左足の痛みが半端ない。
「やっと着いた」
左足を引き摺りながら壁に手を付いて移動していたが痛いものは痛い。それに庇いながらだから移動に時間が掛かった。あまり注目されなかったのが不思議だったが、多分体操服だったからだろう。
部活で怪我でもしたんだろう程度に見られているんだろうな。
「何の用。ここは貴方のサボりに使う場所ではないのよ」
「佐伯先生、授業は終わっているのでサボりじゃないですよ。治療は勝手にしますのでお手を煩わすことはしません」
養護教諭の佐伯先生にも琴音は嫌われている。仮病で授業をよくサボっていたのだから当たり前である。そして仮病とはいえ病欠になるのだから佐伯先生にシワ寄せが来るのも当たり前の話だ。
えっと、必要なのは湿布かな。適当に棚を探していると見かねた佐伯先生が近づいてきた。美人女医という言葉通りの真面目で気配りが出来ると評判の先生はやっぱり仕事にも真面目だった。
「ほら、怪我見せてみなさい」
「すみません。あの、椅子に座ってもいいですか?」
「怪我人が遠慮しないの。ほら、座って。怪我は左足かしら。他にはどこかある?」
「左腕と背中を打ちました」
まずは靴を脱いで左足を見せる。うげ、凄い腫れている。そりゃ痛みも酷いわな。次に左袖を巻くってみるとこっちも真っ赤になっている。これは後で変色するな、主に紫色に。
あっ、左袖捲ったら背中見せれない。仕方なく戻して体操服を脱いで背中を佐伯先生に見せると息を呑む声が聞こえた。どんだけ酷いんだよ。
「何をしたらこれだけの大怪我をするの?」
「階段から転げ落ちました」
「誰かに押されたの?」
「階段から転げ落ちました」
「……」
佐伯先生、気付いているな。普通に考えて階段の途中から落ちた程度じゃこんな怪我はしない。階段の真上から落ちたのなら納得できたとしても普通に降りていたのならまずありえない。
尚且つ今日の俺の被害を聞いているのなら尚更だろう。だけど俺は明言を避ける。まだ物的証拠もないし俺の聞いた声だって俺しか聞いていないのでは証言としても弱いどころか無意味。
つまり犯人を上げることは出来ない。
「貴方がそう言うならそういうことにしましょう」
その後はテキパキと作業してくれた。湿布の前に薬剤を塗られてから貼られて包帯でガッチガチに固められた。左腕も同じような感じに処置。背中は流石に包帯を巻けないから薬剤と湿布のみ。
ふぅ、少し楽になったかな。しかしどうするかな。この状態だと何とか自宅に帰れるが管理人さんに説明もしないといけない。それに晩御飯どうしよう。茜さんに連絡取ろうにも携帯も鞄の中だから紛失中。
「ありがとうございます。それでは私は職員室に寄ってから帰ります」
「待ちなさい。それだけの怪我をしていて歩かせるわけにはいかないわ。用事のある教師は誰?」
「近藤先生です」
「なら呼ぶわ。ちょっと待ってなさい」
徐に携帯を取り出して連絡してくれるのはありがたいのだが、学園内での携帯の使用は禁止されているよな。まぁ先生だからいいのだろうが、電話一本で呼び出される近藤先生も何か哀れだな。
「問題が起きたって何だよ!?」
「うわ、早」
「職員室、目の前だからね」
保健室と職員室が目と鼻の先だったのを忘れていた。手前が保健室、ちょっと奥が職員室だったな。というかまだ俺、上着来てなくて下着姿なんですが。
「お忙しい所お呼び立てしてすみません」
「いや構わないから服着ろ。目のやり場に困る」
顔を赤くしている近藤先生を見かねて体操服を着る。擦れて多少痛みはあるが大丈夫だろう。しかし包帯と湿布まみれの俺に色気なんてあるのかね。佐伯先生が笑っている辺り近藤先生の反応が面白いのだろう。
まぁこれで状況の説明はいらないだろう。色々と見られたから察することは出来るだろう。本当に色々と見られたが。
「で何があってそんな怪我をしたんだ?」
「階段から転げ落ちました」
「はぁ、そういうことかよ。大胆すぎて呆れるわ」
「そうですね。まさか一日でここまでやられるとは私も予想外でした」
「ここまでの恨みを買うような心当たりはあるか?」
「無いです。相手の心当たりというか声は聞きましたが」
「誰だ?」
「その前に。近藤先生は私の証言を信用しますか?」
さっきも言ったが俺の証言と言うのは信用度ゼロというか変な方向に捉えられる可能性が高い。それが自分の所為なのだから仕方ないとはいえそれまでなのだが、こういった場合は困る。
何せ何を言った所で俺の所為になるのだから。
「そういうことね。貴方も去年のこととはいえ自業自得な分が大きいわ」
「だがその怪我を見て自業自得とはいえないだろ。下手をしたら命に係わるかもしれないんだぞ」
「確かにそうね。頭を打っていたら危なかったかもしれないわね」
「それで先生方の意見は?」
「俺は信じる。変わろうとしているお前を信じないと誰もお前の味方がいないだろ」
「私も信じるわ。それだけの怪我をしていては信じないわけにはいけないわ」
「ありがとうございます。それで声の持ち主なのですが恐らく卯月志津音さんだと思われます」
「十二本家かよ」
あの笑い声には嫌と言うほど聞き覚えがあるのだ。なにせ去年の琴音の取り巻きというか協力者の一人なのだから。同じ十二本家で交友もあり同じような性格していたことから意気投合していたのだ。
まぁ意気投合していたと思っていたのは琴音だけで、志津音はただ琴音を利用していただけだ。志津音が悪さをしても全部琴音の所為にしていたのだから。
「ですから対応は慎重にお願いします。下手に刺激したら先生方にも迷惑が掛かりますから」
「そうだな。取り敢えず学園長に相談する。ここまでのことをしたから暫くは大人しくしているだろ」
「えぇ、そう願いたいものです。流石に実力行使が明日もあると身体が持ちそうにありません」
「何か大人ね。普通、こういう状況に立たされて味方が目の前にいるのなら泣き付くと思うのだけど。如月さん、貴方は状況を受け入れすぎているわ」
「こういう状況を作ったのは私自身の所為です。私がそれを拒否することは出来ず受け入れる事こそが私にできる事。それが贖罪です」
俺の所為ではない。そういえば確かに気持ちは楽になるかもしれない。だがそれでも身体は琴音の物なのだから恨みも悪意も集まってくる。それを否定することは必然的に出来ないのだ。
だったら覚悟を決めるしかない。それら全てを受け入れ琴音の代わりに償い、消えるまで耐えるしかない。それが俺の覚悟だ。
「異常ね。むしろ狂っているかもしれないわね。全てを受け入れることは出来ない。その前に心が壊れるわよ」
「それでもやるしかないんです。それしか出来ることがないんですから」
逃げることは出来ない。むしろ逃げる先が無いからこそ覚悟が出来た。でも佐伯先生がここまで考えてくれるとは思わなかった。去年は散々迷惑を掛けたというのに。
ちゃんと今の俺を私を見てくれる人はいるんだと、少し安心して笑みが零れてしまう。
「貴方、この状況でよく笑えるわね。というかその笑顔はヤバい。近藤先生、大丈夫?」
「あ、あぁ。流石に生徒に邪な気持ちを抱いたら駄目だろ」
「陥落されないでくださいよ。いいゴシップの的になるんですから」
はて、二人は何の話をしているんだろう。ただホッとして笑える位の余裕が生まれただけなのに。まぁいいや、用事はほぼ終わったしそろそろ帰らないと。
「それではそろそろ失礼します」
「待ちなさい。まさかとは思うけど歩いて帰る気?」
「持ち物全消失しているので徒歩以外に選択肢がありません」
「それを私が見過ごせるわけないでしょ。近藤先生、学園長に説明するときに私が如月さんを送ることも報告しておいて」
「分かった。頼んだぞ」
「いえ、お手数をお掛けするわけには」
「貴方はもう少し他人に頼ることをしなさい。それに貴方が拒否しても無理矢理にでも車に詰め込むわよ」
「……分かりました。お願いします」
佐伯先生の目が怖い。確かに足を怪我している生徒を徒歩で返すのは鬼の所業だろうが俺としては何の問題もないんだが。我慢すればいいだけの話だしな。それが許せないんだろ。
なら有り難く送ってもらうか。
露骨にやり過ぎた感がありますが、サクッと終わらせるために詰め込みました。
終わらせるために書いたはずなのにねぇ。どうして続きがあぁなったのやら。
あと更新時間は朝の7時位で大丈夫でしょうか?ちょっと気になったので。