57.過去の騒乱-前編ー
お待たせいたしまして申し訳ありません。
三話構成にしようと思いましたが、いつも通り二話構成にしました。
三か所も区切れる所が見当たらなかったのです。
瑞樹さんに連絡を取って、玄関前まで来てくれるように話した。内容はこうだ。
「私が今いるところは分かりますよね?」
「分かるけど、どうしたの?」
「そのお宅の方のご厚意で軽食を瑞樹さん達に振舞いたいと言っていたので、玄関前に来てくれませんか。伍島さんも一緒に」
「丁度良かった。今日は何を食べようか相談していた所だったのよ」
本当にタイミングが悪いことで。これでお腹いっぱいですという言い訳すらも使えない。でも旦那さんは分からないから、ばれないか。まぁ断れない話なんだけど。
そして現在。
「お勤めご苦労さん」
「「ぶ、部長!?」」
流石に上司の自宅までは知らなかったか。度肝を抜かれたような顔でたじろいでいらっしゃる。今回の事で言えば俺も共犯になるのだろうか。
「おいおい、幾らなんでも驚き過ぎだろ」
そう言いながら顔がにやけているんだけど。俺は何とか無表情を張り付けている。だってそうしないと俺も笑いそうだから。やっぱりサプライズはこうでないと。でも疑問が出ている。
「よくこれだけの影薄い人を記憶していますね」
「おま!?」
伍島さんが素で驚愕しているけど、近くに居てすら存在を見失うような人だぞ。出会っているのに全く記憶に残らないような人物でもあるんだから、二人が知っているのが疑問なんだ。
「しゃ、写真で確認したことがあるから」
「なるほど」
瑞樹さんの回答で納得できた。幾らなんでも写真にまで影響力は及ばないよな。むしろ影響が出ていたら心霊現象を疑うわ。
「現場から成り上がった人だから、俺達の事もよく考えてくれているんだ。いつも姿を見ないが」
「そうですね。私達の為に色々な事をしてくれていますね。姿を見たことがありませんけど」
「おじさん。職場でくらい気配出していてくださいよ」
「仕事押し付けられるから遠慮しておく」
下の人材の事は考えてはいるが自分に降り掛かる火の粉は見事に回避してるのね。立ち回りが上手いことで。それでどうやって上の人達を説得しているのか謎だよ。
「よく出世できましたね」
「現場で活躍していて、勧められたんだ。いい加減自分の年も考えないといけなかったからな」
「むしろ給金に惹かれたんじゃないんですか?」
「否定はしない」
苦労もあるだろうがそれに見合った給料を貰えるのであれば文句もないだろう。俺がいた職場なんて労力に見合っていなかったからな。
「何で琴音ちゃんはそこまでズケズケと言えるの……」
「そう言えば初対面だったな。何か忘れていたが」
「私もあまり気にしていませんでしたね」
近藤一家にとって琴音であろうと俺であろうとあまり関係無さそうなんだよ。大体初対面の人物を自分の家の夕飯に招待している時点でおかしい。普通ならもうちょっと警戒するだろうに。
「娘の親友だからで納得しておくか」
「そうしてください。出会ってまだ一か月も経っていない気がしますけど」
その期間で親友と言われても違和感しかないわ。まぁ俺と勇実の会話を聞いて、そしてやり取りを見ているのであれば納得もするだろう。明らかに友人の域を抜けているから。
「取り敢えずお前ら、上がれ」
「「いやいやいや」」
「結局家の中に招くんですか?」
「ちょっと頼みたいことを思いついたからな。いつまでも玄関前で話している訳にもいかないだろ」
確かに周辺から変に思われる可能性もあるか。昔は俺と勇実で話題には事欠かない家同士であると有名だったからな。俺は殆ど巻き込まれていただけだというのに。
「お二方、ご愁傷様です」
「まぁ俺はいいとして、瑞樹が大丈夫かどうかだな」
「もしかして一緒に現場に出ていたとかですか?」
「まぁな。一応は部長が先輩になるな。まさか部長になるなんて思っていもいなかったが」
「私なんてこれが初対面ですよ。上司だから失礼のないようにしないと」
「「いや、あまり気にしなくていい」」
見事に俺と伍島さんの声がハモッた。その程度で何かしらの報復に出る人じゃないからな。むしろ面白がるだろうし。更にここはあの人の家だ。賑やかになること間違いないだろう。
「まぁ食えや」
「「頂きます」」
「お茶です」
取り敢えず居間まで連れて来られた二人にお茶を差し入れる。珍しく勇実が静かなのが謎だけど。何となく察したか。父親が仕事モードに入ったのを。そんなことは全くないのだが。
「それで俺達に頼みたいことって何ですか?」
「いや、頼みたいのはそっちだけ。伍島はそのまま警護を続行だ」
「私ですか?」
瑞樹さんだけに頼むことって何だろう。業務の事であれば伍島さんも一緒になるし、必然的に俺と関係することだと思ったけど違うのかな。
「琴音の下着とパジャマを買ってきてくれ。代金は俺が出す」
「そう言えば琴ちゃんの着替えってなかったね。ナイスだよ、父さん」
「勝手に話を進めるな!」
いつの間に俺が泊まること前提で話をしているんだよ。しかも何でっていう顔を俺に向けるな。むしろ俺が何でなんだよ!
「いやいや、今更帰るっていうのはなしだよ」
「まだ電車に間に合う」
「逃がさん!」
琴音の実家でもこんなことがあったが何で毎回泊まる事になるんだよ。そして周囲も俺が泊まる事に賛成なんだよな。だって退路塞いでいっているし。
「小夜子さん」
「今回は勇実ちゃんに同意よ。折角なんだから泊まっていきなさい。何かあれば私が責任を持つから」
「いや、責任を持つのはおじさんでしょ。私の護衛を一人抜けさせて大丈夫なんですか?」
「代行は俺が担う。伍島もそれならいいだろ?」
「確かに先輩の実力は俺が保証しますけど。職権乱用な気が」
そうだ、もっと言ってやれ。大体近藤家はノリが良すぎるんだよ。周りが止めないと何処までも突っ走っていくのはどういうことなんだよ。
「私は賛成です! 琴音ちゃんはセクシーなのがいい? それともラブリー?」
しまった。暴走を始めた人を忘れていた。瑞樹さんが俺を着飾りたいと以前にメールで話していたのを思い出したよ。唯一の救いは俺が同行しない点か。一緒に行ったら着せ替え人形になって閉店までいると思うぞ。
「スタンダードでお願いします。もっと言えばジャージでいいです」
どうせ泊まる事はすでに確定しているのであれば抗うだけ無駄だ。なら被害を最小限に抑える方向で行こう。主に精神的な被害な方だけど。
「それじゃ面白くない! なら私がお勧めを買ってきます!」
テンション上がり過ぎだろ、この人。しかしお勧めって一体どういうのを指しているのだろうか。セクシーなのはネグリジェとかかな。ラブリーって何だよ。
「着ぐるみパジャマなんてどうかしら。もちろん動物のね」
おい、師匠。何をトチ狂ったことを言っているんだよ。流石にそれは俺に似合わないだろ。
「承りました! それでは行ってきます!」
「ちょっ!?」
止める間もなく出て行ってしまった。
「そ、そうだ。スマホで連絡を取れば」
「あぁなった瑞樹は止まらないぞ」
「そ、そんな……」
伍島さんの言葉でとどめを刺された。何で俺が動物の着ぐるみをパジャマにしないといけないんだよ。ニヤニヤとしている師匠が憎たらしい。言葉に出せないけど。
「初音さん。どうしてそんなことを言ったんですか?」
「面白そうじゃない」
もうヤダ、この家族。本当に勇実の親だってことが分かるよ。他人を犠牲にして面白さを取るんだからさ。今回の被害者は明らかに俺だな。
「更に面白くしましょう。彼女が買ってくる動物は何でしょう?」
「一口五千円からな」
近藤両親による賭け事が始まった。お前ら本当にいい加減にしろよ。
「それじゃ言い出しっぺだから私からね。定番な所で猫かしら。一口ね」
「じゃあ私は犬にするわ。私も一口」
義母さんも参加するのかよ。酒が入っている所為でノリが良くなっているのだろうか。俺のテンションはダダ下がりだよ。
「私は大穴で狸!一口」
一番意味が分からないのが勇実か。もう予想すらせずに適当に言っているだろ。それでも賭けるのが勇実らしいけど。
「牛に二口」
「おじさん、セクハラです」
「そんな訳あるか、ぶは!?」
明らかに俺のある一部を意識して言っているだろ。ニッコリ笑顔の師匠がスリッパで思いっきり叩いたな。スパンじゃなくてバシンと痛そうな音がなっているから全力だろう。よくスリッパが壊れないな。
「俺は参加しない。護衛対象を賭け事の対象にするのは流石にな」
「私も参加しません。動物限定と言っても種類は多いですから。それに未成年で賭け事は不味いです」
伍島さんが唯一の良心だよ。俺は明らかに負ける部類だし、何より賭けの対象が自分自身だぞ。乗り気にもならない。しかし全員外れた場合はどうするんだろう。
「ちなみに全員外れた場合は買ってくる彼女の総取りよ」
瑞樹さんが一番勝率良い様な気がする。当たったら何か奢って貰おうかな。慰謝料的な意味で。ただプライベートで会うと着せ替え人形にされそうで怖いんだよな。
「他の連中も呼ぼうかな」
「止めろ。私が恥ずかしい。むしろ居間に入りきらないだろ」
何で変な恰好を他の連中にまで見せないといけないんだよ。あいつ等なら大爆笑で写真まで撮り出すぞ。大体あと三人もこの居間には入りきらない。
「外に出しておけばいいよ」
「近所迷惑になるから止めろ」
ただでさえ家の中で騒ぎまくっているのに窓全開にしたら近隣住民にまる聞こえだぞ。そもそも何時までこの騒ぎが終わるかなんて予測も付かない。
「琴音ちゃん。お風呂沸いているから入ってきたら?」
「そもそも着替えがまだ来ていない状況で入るのはどうなんでしょう? それに家主より先に入るのは気が引けます」
明らかに俺をここから一旦追い出したいような感じだよな、師匠。今度は一体何を企んでいるのだろう。まさか本当に奴らを呼ぶ気かよ。
「なら勇実と一緒に入りなさい」
「ご遠慮させて頂きます」
絶対に嫌だ。女性と一緒に入る事すら出来ないというのに。それに一般家庭の風呂に二人は狭すぎる。湯船でゆっくりも出来ないだろ。
「えぇー、私は別に構わないのに」
「私が気にするんだ。それに着替えの問題が解決していない」
風呂に入って、もう一回同じ服を着るのも抵抗がある。先程出て行ったんだから絶対に間に合わないだろ。
「暫く帰って来ないだろうな。聞いた話だと瑞樹の買い物は長いらしい」
「それは何となく分かります」
メールでのやり取りで感じている。そうなると俺の入浴は暫く後だな。誰かと一緒に入る気はないし。例え義母さんでも遠慮したい。
「連中来るってさ」
「いつの間に!?」
ちょっと視線を外した隙にメールしやがったな。それにしても相変らずノリの良い連中だ。お盆なら家族とゆっくり過ごしていろよ。どうせ全員実家にいるんだろうから。
「ついでにマネージャーも呼んでみよう。実家が遠くて帰省する気はないって言っていたし」
「マジで入りきらないけど。本当に外に出す気かよ?」
「だって入らないし」
近所から苦情が来ないだろうか。そう言えば過去にもこんなことがあったな。全員を呼んで入りきらないからって外で騒いでいたら隣の家の怖いおじさんが叱りに来たんだよな。明らかにその二の舞になるぞ。
「そうと決まれば作ろうか、琴ちゃん」
「何を?」
「ハリセン」
やっぱりか。騒ぐ前に叩き潰すためには確かに武器が必要だな。だけど材料とかあるのだろうか。……あるんだろうな、言いだしたという事は。
「という訳で私の部屋へゴー!」
何でハリセンの材料が勇実の部屋にあるんだよ。俺以外に使うような人なんていないだろ。師匠ならそこら辺にあるものを使うだろうし。思いっきり凶器になるけど。
「いやぁ、マネージャーに作ってあげようと材料を集めたんだけどね」
「騒ぎの後に叩いても遅いだろ」
「性格的に無理かな。引っ張っていくようなタイプじゃないからね。私達が良い様に振り回しているから」
駄目じゃん。ハリセン持たせたら性格変わってくれるとかなら何とかなるだろうけど。俺と違って、付き合い短い人だと同じようなことは無理だ。
そして勇実の部屋でアッサリとハリセン完成。特に時間が掛かるような作業でもないからな。
「慣れているねぇ」
「こんなの誰にでも出来るだろ」
「いやいや、琴ちゃん。お嬢様じゃん。何でお嬢様がハリセンの作り方知っているのよ」
「色々とあるんだよ、私にも」
その色々の部分は語れないけどな。以前に小道具作りで習ったとでも言っておこうかな。劇とかでは絶対にないことは想像つくけど。むしろ過去に琴音が漫才をやっていたら笑えるな。
「おっ、来たね」
「近所だから早いな」
「あれ? 皆の住んでいる場所話したっけ?」
「小夜子さんから聞いた。総司さんの思い出話で」
サラッと嘘が出てくるな。逆に俺が思い出話を語ったというのに。しかしこっちに戻って来てから油断が過ぎるな。
「ほほぉ、小夜子さんがそんなことを。ということは小夜子さんも吹っ切れたかな」
「仕事熱心通り越して、病気になり掛けていただろ」
「やっぱり見ていて分かるよね。それに去年とかその前はうちで夕飯食べたらすぐに戻って行ったね。一人にはさせられないって」
義母さんも相当に重症だったんだな。実際は何も吹っ切れていないんだけど。目の前に本人が現れて義母さんの中で俺が死んだことがなかったことになったのだろう。
「というか下の連中ほっといていいのか?」
「お母さんが相手してくれているから大丈夫じゃないかな?」
騒いで鉄拳制裁を受けているに一票。主に新八の所為であろうが。さっさと行って事態を収拾しないと大変なことになりそうだ。慣れていない伍島さんもいることだし。
「試しに新八さんを叩くか」
「賛成。いい音期待しているよ」
取り敢えず、出来上がったハリセンを持って階下に降りる。聞こえてくる声から察するに来ているのは新八か。歳三はあまり喋らないから判断できない。でも一は確実にいなそうだな。
「マネージャーを迎えに行ったかな」
「巻き込むなよ」
何でこのカオスの中に他者を連れ込むんだよ。しかも毎日迷惑掛けている相手だろ。偶には精神的な癒しを与えてやれよ。
「人数多い方が楽しいじゃない」
「収拾が付かなくなるって言ってんだよ!」
勇実と会話しつつ、見えた新八の後頭部にハリセンを一閃。スパーンといい音が部屋の中に響いた。叩いた理由は特にないけどな。
「いきなり何なんだよ。あいさつ代わりに一発とかそういうのか?」
「分かっているじゃないか」
理由なんてそんなものだ。あとは試し打ちでもある。久しぶりに作ったから失敗している可能性だってあったから。手ごたえ的に成功だな。あと五回は使える。
「それで勇実。面白いものが見れるって言われたから来たんだが、それは?」
ハリセンを食らったというのに平然と会話を続けるあたり、新八も慣れているな。全く気にしないのもどうかと思うのだが。あと面白いものって明らかに俺の事だよな。
「それはまだ準備が出来ていないから待機かな。あと、部屋が狭くなるから外に出てって」
「呼んでおいて酷いな」
歳三の言う通りだな。居間の窓を全開にして二人を蹴り出したぞ。後から来る予定の二人も外に出すつもりかよ。招いた側の対応としては最悪だな。
「せめて椅子くらい出せよ」
「いつもの場所に仕舞ってあるから勝手にどうぞ」
いつもの場所とは外にある物置小屋の事。もちろん鍵が掛かっているので勝手に取り出せるわけでもない。親父さんがカギを投げ渡すまでは。
「瑞樹から連絡が来た。買い物が終わったから戻ると」
「早いですね」
「あいつのそういう情報収集は凄いからな。今だとスマホで色々と検索もできる」
「確かにそうですね。ちなみに何を買ったのかは報告は来ていませんか?」
「ないな」
持って来てからのお楽しみとかいらないんだが。先に報告があれば逃げることも出来るのに。最悪、三年前の俺の服を着るのだって考えている。義母さんだって反対はしないだろ。
「じゃあ琴ちゃんはもう少ししたらお風呂入ってね」
「何で?」
「もちろん逃げ道を塞ぐため」
そうだろうな。風呂に入って着ている物を洗濯されたら用意された物を着るしかないよな。流石に下着姿でうろつく気はない。そう言えば下着も買ってくると言っていたが普通のだろうか。それも不安だ。
「と言う訳で一名様ご案内~」
「押さなくても行くって! 大体少し待つんじゃなかったのか!?」
「状況によって逐一変わっていくものよ」
ノリのみで行動している為か、勇実達の状況判断は早い。無駄に能力が高い所為かほぼ自己解決できるのも悪い。状況改善よりも悪化させる場合だってある。
「それじゃごゆっくり~」
引き続き、後編も宜しくお願い致します。