56.過去との晩餐
遅くなりまして大変申し訳ありません。
それと、ブクマ一万件突破ありがとうございます!
職場の休憩所で噴き出しました。
56.過去との晩餐
一旦自室へと赴き、必要なハリセンを取って居間に戻る。そこにはすでに侵入して義母さんと話している勇実の後頭部に一撃を見舞う。ペシッと気の抜けた音がした。
「いきなり何をするのかな、琴ちゃん」
「いや、これを使えばいいと聞いたんだけど。駄目だな、これは」
経年劣化でペラッペラであった。音による一撃がハリセンの醍醐味だと言うのにこれでは意味がない。痛みなんて二の次だし。
「評価としては三十点。音もそうだけど、キレがいまいち」
何で叩いた評価をされているんだろう。しかしやる気なしで叩いたのまでばれているとは。どれだけ叩かれ慣れているのかはこの際考えない。
「折角だから作り直そうよ」
「使う機会が無いだろ。学園ではこんなキャラじゃないし」
「「嘘!?」」
信じられない顔をするなよ。義母さんまで同じような顔をするな。いきなりこんなキャラになったら学園では大問題だぞ。でも生徒会ではこんなもんか。
「琴ちゃん、学園ではどんな風なのかな?」
「別に普通だけど。こんにちわ、近藤さん。元気、有り余っていますね。こんな感じだな」
「嘘クサッ!」
「失礼な!」
笑顔を浮かべつつ喋ったら勇実に突っ込まれた。大体これで合っている筈なのに、俺と琴音でそれほどの差があるとは思えないんだけどな。
「勇実ちゃんもあまり琴ちゃんと総君を同一視しないの。二人は別人なんだから」
「うぐ、それに関してはごめん。なーんか、琴ちゃん相手だと無意識にそうなるんだよね」
別に釘は刺さなくても良かったのに。それに今更の話でもある。俺自身が気にしていないのだから問題点なんて一つもないような気がする。
「今までは指摘してくれる人がいなかったみたいだけど、私から言わせて貰えば勇実ちゃんの言動は失礼極まりないのよ」
「あっ、ヤバ」
勇実が気づいたように、俺も過去の事から気付いてしまった。義母のスイッチが入ったと。何かしら仕出かした時は物理的に勇実の母が、精神的に義母さんの説教が来るのだ。今のは予兆だな。
「こ、琴ちゃん。ヘルプ」
「何のことか知りません」
ここは知らないフリをしておこう。下手に口を出してとばっちりを受けるのは俺だって御免被りたい。折角、今の状況を理解してくれる人と出会えたのに何だって説教を受けないといけないんだよ。
「琴ちゃんも同罪なのよ」
「嘘!?こっちにも来るの!?」
「貴女が指摘していれば状況は変わっていた筈なのよ。否定も肯定もしないのはただ引き延ばしているだけなのだから」
これは確実に俺もターゲットにされているな。ただ否定はいいとして、肯定したらいけないだろ。確かにズルズルと結果を保留にし続けていたのは悪いかもしれないけど。
「そもそも小夜子さんは何で琴ちゃんについて詳しいのかな? 初対面だよね?」
不味い部分に突っ込んできたが、ナイスだ、勇実。このまま説教ルートは勘弁して貰いたい。あとはどうやって義母さんが誤魔化してくれるかを願うだけだ。
「ごめんなさいね。仕事の関係で色々と情報があるのよ」
「その割に親しそうだけど」
「話してみたら付き合い易い子だと思ったの」
そりゃ何年も一緒に暮らしていた関係だからな。反りが合わなかったら俺だって一人暮らしするくらいの覚悟はあったさ。でもほっとけないだろ、この人の事を。
「ふーん、じゃあ納得しておく」
納得はしていないが、詮索する気もないという所かな。有り難いけど、勇実ってこんなに深入りしない性格だっただろうか。後先なんて考えずにズカズカと踏み込んでくるタイプだったはずだけど。
「それじゃあ、さっきの続きだけど」
「ぎゃあ! 戻ったよ!」
やっぱりこの程度じゃ誤魔化せなかったか。そんな気はしていたよ。だってこの程度で抜け出せるのであれば学生時代に説教地獄を味わう事もなかったはずだから。
「諦めよう。時間が立てば終わるさ。終わらない説教なんてないんだから」
「止めてよ! 総君と同じことを言わないで! 諦めたらそこで終わりだよ!」
いや、他に方法ないし。逃げ出したら別の人に捕まるんだからさ。主に師匠だけど。むしろ師匠からの連絡が今すぐ欲しい。夕飯まだかなぁ。
「まずは勇実ちゃんだけど。貴女は昔から」
やった、最初のターゲットから逃れた。昔のままだったら俺も一緒に怒られていたな。一緒に怒らない辺りが義母さんの優しさかな。でもこの後は俺だろうな。だけど今の俺の何を怒るのだろう。
「本当に昔のままだな」
家同士の繋がりも、家族としての繋がりも全部そのまま。本当はそんなことあり得ないはずなのに。俺が死んだ影響は確かにあるはず。勇実が以前の職場を辞めたこともそれだろうな。
「しかしいつ終わるのだろうか」
穏やかに、だけど威圧感を出しながら説教は続いている。この時ばかりは勇実も借りてきた猫の如く静かなんだよな。まぁ色々とあったから。
「さてそれじゃ次は、……初音から連絡ね。夕飯が出来たみたいね」
「助かった」
「琴ちゃんだけ、ズルい。私だけなんて不公平だよ」
「勝手に道連れにするなよ。それに遅れたら初音さんからも説教貰うんじゃないか?」
「うっ、それは確かに」
原因が勇実であることがばれた時点で鉄拳制裁の一発位は確実だろうな。何で一発貰うかでダメージが違うけど。フライパンとかだったら悶絶ものだな。
「それじゃ移動しましょう。待たせるわけにはいかないから」
「小夜子さんでも初音さんは怖いですか?」
「頭が上がらないだけよ」
そりゃ食事について全面的に頼っているんだから頭が上がらないのは当然か。俺がいなくなってから更に頼ることになっていただろうし、師匠も心配して引っ張っていったことだろう。
そして戻ってきた近藤宅。居間のテーブルにはすでに料理が並べられており、美味しそうな匂いが漂っている。だけど毎回思うのだが。
「多過ぎませんか?」
「我が家ではこれが普通よ」
俺がやってくることなんて予定には入っていないはずだから近藤一家と義母さんの計四人のはず。なのにテーブル二つをくっつけた上に所狭しと料理が並んでいる。
「旦那が良く食べるのよ」
知ってはいるのだがそれが一番の疑問なんだよ。何でいるかどうかも分からないほど影が薄いこの人が一番食うんだよ。燃費が悪いように見えないし。偶に影の薄さを利用して人の皿から奪うし。
「小夜子はビールでいいわね。琴音ちゃんはお酒大丈夫?」
「そもそも未成年です」
「あら、ごめんなさい。なら烏龍茶でいいわね」
初音さんまで勘違いしていたのかよ。これだと学生服着ていない限り毎回年上に見られることになるな。嫌だぞ、休日にも学生服で出かけるのは。
「それじゃかんぱーい!」
「「「「乾杯!」」」」
勇実の音頭で始まったが、最初は特に話すこともなく全員が食べることに集中する。ある程度腹を膨らませることを優先しないといつの間にか食べ物が消えるんだよ。原因は旦那さんの所為だが。だからこそ食事が始まればそこは戦場になる。
「琴ちゃん! それ私の!」
「口に入れば私の物」
遠慮? そんなことをしていたら腹は膨れないさ。食いたい物があれば奪ってでも口の中に入れなければ味わうことも出来ない。あと旦那さんのことはちゃんと把握しておかないと。一番油断できない人物だ。
「うちの食卓って普通じゃないはずなんだけど、慣れているわね」
「初音の旦那も琴ちゃんに容赦ないわね。虎視眈々と狙っているようだけど」
琴音としては初対面なはずなのに、全くと言っていいほど譲る気が無いぞ。何回か箸を伸ばした先で攫われているんだが。一応、俺は客ではなかろうか。
「小夜子には悪いんだけど、総司君がいた頃を思い出すわね」
「私は全く気にしていないわよ。私もそう感じているから」
「ちょっ、旦那さん!? 人の皿から奪わないでください!」
「なら私も!」
「宣言してから奪うなんて出来ると思っているのかよ!」
「……本当にあの頃のままね」
ギャアギャア騒ぎながら食事をするのも久しぶりな気がする。最近だと茜さんと静雄さんによる焼肉争奪戦だったな。俺のノリの良さは近藤家で培われたのだ。だから義母さん、俺は変わっていないんだよ。
「琴ちゃん、自分が良家のお嬢様であることは分かっているのよね?」
「もぐもぐ。忘れてはいませんよ。今は脇に退けているだけです。そんなことを気にしていたらこの場で食事なんて獲れません」
食事を取るのではなく、奪ってでも獲得するのだからお嬢様なんて肩書は邪魔でしかない。庶民として混ざって騒いで楽しむのが一番だ。
「そう言えば琴ちゃんってお嬢様だったね。ねぇ、今までどんな美味しいもの食べていたの?」
「あまり気にしたことが無いな」
毎日食べている食事を覚えている訳もない。それも俺としては一度しか実家で食事を取ったことは無い。確かにあの時の食事は美味しかった。だけど量が少なかったんだよな。
「一般家庭と比べたら材料費が物凄いことになっている位しか分からない」
「いや、それで想像しろと言う方が無理なんだけど」
「うーん、三ツ星店以上の料理と言えば分かるかな」
「食べたことが無いから想像できないけど、高いということだけは分かった」
専属の料理人がいる位だからな。雇用費だけど一体幾ら支払っているのか俺だって想像できない。使用人だっているんだから。そう考えると琴音の家は本当に資産家だよな。
「それだと私の料理は舌に合わなかったかしら」
「初音。取り合いする位に食べていたのにその言葉はないわよ」
義母さんの言う通り。確かに実家の料理も美味しかったけど、師匠の料理だって負けていない。それぞれで良い所はあるんだから。大体不味いなんて言葉に出したらどんな目に合されるか分からん。
「ふぅ、ご馳走様でした。大変美味でした」
「お粗末様。それにしてもよく食べるわね。旦那が物足りなそうにしているなんていつぶりかしら」
多分、総司として俺が来ていたら更に料理の量は増えていただろうな。普通の人の二倍は食う自信があるから。旦那さんは後でカップ麺でも追加で食うだろう。それがいつものパターン。
「片付けは私がやりますから、初音さんは小夜子さんと一緒に寛いでいてください」
「それはありがたいんだけど、流石に任せっきりには出来ないわ。という事で旦那が手伝うわ」
「あいよ」
やっと喋ったよ、この人。人の皿から奪い取っても、ドヤ顔するんだけど一切喋らなかったというのに。あれにはいつもイラッとする。
「ついでに何か作るか。まだ腹六分目位だからな」
「何で片付けしながら料理をしようとしているんですか」
相変らずこの人の行動が全く読めない。皿洗って、その皿を使う気だぞ。絶対に。
「更についでとばかりに外の連中に差し入れ位作らないとな。一応は部下だからな」
「は?」
確か旦那さんの職場は警備会社とか言っていたよな。それが今俺に付いている人達の所だというのだろうか。そうだとしたら世間狭すぎだろ。
「時間的に夜の人達と交代していますけど、部下って?」
「そのままの意味だ。まさか如月家の護衛している人物がうちを訪ねてくるとは思わなかった」
「そりゃそうですね。むしろ外の人達の方が驚くんじゃないでしょうか」
「護衛対象と一緒に上司が出て来たらそりゃ驚くだろうな」
俺としてはそんな場に居合わせたくない。絶対に気不味い雰囲気になる事が確定しているだろう。そう言えば旦那さんの立場ってどの位なんだろうか。あんまり突っ込んで聞いたことが無かったな。
「旦那さんの役職は?」
「部長」
「わぁお」
逃がしてあげたいけど無理だよな。晶さんは全力で逃亡しそうだけど、残念ながら今の当番じゃない。多分、一番面白いことになりそうなのに。
「むしろ家の中に入れるか。流石に酒を振舞う事は出来ないが」
「職務中ですからね。というか止めてあげてください。一番居づらいじゃないですか」
上司の家の中に招待されるとか何の嫌がらせだよ。居た堪れなさ過ぎて可哀そうに思えるぞ。俺ですら全力で断りたいけど、上司が目の前で断れるわけもない。しかも職務中で用事があるという言い訳も使えない。
「冷えたお茶と軽食でいいか。片付けが一段落着いたら呼ぶか」
「私が連絡しますので、その後にしてください」
「何で知っているんだ? お前たちそんなに仲が良かったか?」
接触したことは報告として上がっているだろうが、番号を交換していたのは知られていなかったのか。伍島さんとは交換していないけど、瑞樹さんとは交換しているんだよな。明らかに電話帳の中身が社会人に偏っている。
「緊急連絡用に交換はしていますよ。私用で使われることもありませんから」
嘘です。普通にメールなんかしながら情報交換しています。晶さんに関しては愚痴やら、世間話。瑞樹さんは美味しいお店や、俺に似合うだろう服について。恭介さんは晶さんの無茶話。
「嘘だと思うがいいか。あまり護衛対象と親しくなるのは好ましくないんだが。俺がそれを言えることじゃないからな」
一緒に飯を食って、しかも取り合いをするような仲ってそうはないだろう。しかも琴音としては初対面なのに、こんな状態なんだから。
「しかし手を動かしながら、話せるとは手馴れているな」
「自炊を半年もやっていれば嫌でも慣れますよ」
話にばかり集中していたら効率が悪いだろ。両方をこなすのはそんなに難しくないし。皿を洗うのなんて頭を使う必要もないだろ。ちょっと注意力は必要だけど。落とさないようにな。
「さて、こちらは終わりましたけど。そちらは?」
「俺の方も出来たな。というか片付けは殆ど琴音君が終わらせたようなものだな」
最初に洗った皿を拭いて、その皿を旦那さんが使うという訳の分からなさ。しかし皿洗いだけで結構な量だよな。流石は近藤家。
「それじゃ連絡宜しく」
「分かりました。あまり部下を虐めないでくださいよ」
「そんな気は一切ないんだがな」
あんたに無くても当人達にとっては胃が痛い状況になりそうなんだよ。ここら辺はやっぱり勇実の親だと思える。さて、一体どんな反応が返ってくるのやら。もちろん誰に言われたとかは俺の口から言う気はない。
だってそっちの方が面白そうだから。
世間の狭さは私も体験しています。
姉の旦那さんの家族が取引先でしたから。
家族の初顔合わせで一週間ぶりですと答えた時の我が両親の顔は見物でした。
むしろ姉よりも先に家族構成を把握していましたからね。
あっ、ブクマ一万件記念はやりませんよ。
ネタがありませんし、前回ので懲りている部分もありますから。
突発的に思いつきでやる可能性は否定できませんけどね。
それと活動報告で嘘を吐きました。
過去編、もう一話位続きます。ごめんなさい。