55.過去の暴露
55.過去の暴露
義母さんが壊れたと思ったが、よく考えると俺との誓いを覚えていたという事だろう。お互いに嘘は言わない。これを覚えていたからこそ直球で来たのだと思う。だけど常識は何処に置いてきたのだろうか。
「それでどうなの?」
「どうと言われても困るな。正解はどちらでもない」
だから俺も素を出して嘘偽りなく答える。内面は俺であっても、外面は琴音であることに変わりない。つまりどちらも死んでいるし、お互いに生存している。訳が分からない状態なんだから。
「こっちからも聞くけど、どうして私が総司であると思った?」
「第一に貴女を最初に見た時、総君を幻視したからよ。勇実ちゃんと一緒だと特にそう思ったわ」
ふむ、第一印象ということか。だけどそれだけだと弱いと思う。
「第二に貴女が調理している様子を見たけど、総君と殆ど同じ動きをしていたこと」
よく見ていることで。まぁ調理の癖とかは隠そうにも無理だから。下手に誤魔化そうとすると何かしら失敗はするだろう。
「第三に貴女と総君を同一視している人が多いこと。私だけじゃなく勇実ちゃんの家族まで思うのは不自然よ」
複数人が今の俺を総司だと思えるのは確かに不思議に思うだろうな。本人の雰囲気なんかが出ている所為だと思うが、それだけだと常識的に考えて俺であると思う事はないだろう。
「第四に癖よ。貴女、暇を持て余して指で腕を叩いていたじゃない。それに今もよ。何かしら都合が悪くなると腕を握りしめている」
どう答えていいのか分からないから結構ストレスなんだよな。それに癖って自分で自覚できないからこそ治らない。というかどれだけ理由があるんだよ。
「第五に」
「いや、もういい。義母さんが短い間にどれだけ私の事を見ていたのかよく分かった。だけど私が答えて義母さんは納得するのか? 私が総司を騙っているだけの可能性だってあるだろ」
「なら私と総君しか知らないことを答えて貰えればいい。私が総君に真実を語ったのはいつ?」
俺を生んだのが義母さんではなかったことを話しているんだろうな。あれは確か。
「小学校に入学した時だな。それについて中学校に入学してから突っ込んだっけ」
六年越しの突っ込みだったな。思春期の子供に喋る内容じゃないだろと。それについては理由もあったから仕方ないと思うけどさ。
「あの婆が現れなかったらもう少し後に喋る予定だったんだよな」
「生みの親を婆呼ばわりするのは変わらないのね。でも確信は出来たわ。この話は初音にもしていないから」
身内の恥を晒すようなもんだからな。そう簡単には喋れないよな。生みの親が俺の名前を決めた直後に失踪したなんて。しかも平然と戻ってきたことがあるんて。
「あの婆は私の葬式に来たのか?」
「来なかったわ。来たとしても私が追い返していたと思うけど」
流石は婆だ。幾ら義母さんの妹とはいえ、俺の敵認定している。子育て放棄して結婚報告に来るとか信じられん。俺を生んだのも玉の輿を狙っての事だったらしい。しかも相手に捨てられるとか。マジで何なんだよと思った。
「しっかし、よく私かどうか聞く気になったよな。普通なら頭のおかしい人だと思われるぞ」
「総君が私に誓ってくれたからよ。嘘を言わないと誓ってくれたから直球で聞けたの。正直、私だって常識を疑うわ」
「だろうな」
「それにしても総君に女装趣味があったなんて。それも整形までして」
「ちょっと待てやコラ!?」
「冗談よ」
冗談でも言っていいことと駄目な事があるだろうに。しかも表情が変わらないから分かり辛い。相変らず掴み辛い人だ。
「信じて貰えたのならいいけどさ。今の状況について私から説明できることは無いぞ」
「説明されても理解できるかどうか分からないからいいわよ。取り敢えず、お帰りなさい」
「んっ、ただいま」
良い雰囲気になっているところだけど、この後の展開が予想できる。絶対にこの雰囲気はぶっ壊れる。だって義母さんの肩が震えているから。
「何で女の子になっているのよ! それも如月家とかふざけているとしか思えないわ!」
「知らねーよ! 私だって気付いたらこうなっていたんだから仕方ないだろ!」
「しかも一人称が私とか完全に女に成りきっているじゃない!」
「仕方ないだろ! 女で俺とか言っても変だろ! あと本当に女になって驚いているのは私だからな!」
「大体生き返ったのかどうかは分からないけど連絡の一本位寄越しなさい!」
「出来る訳ないだろ! 常識を考えろよ!」
親子喧嘩勃発。どれだけ俺が死んで悲しんだのかよく分かるのだが、かなり無茶苦茶な事を言っているな。あと泣きながら訴えないで欲しい。こっちとしても心が痛い。
「それで落ち着いたか」
「えぇ、何とかね。色々と納得できない部分は多いけど」
十分後、お互いに壮絶な殴り合いをしたかのように疲れ果ててテーブルに突っ伏していた。嘘を吐かないという誓いがあるので本音をぶちまけていただけなんだが。
「納得できなくても現状を受け入れるしかないだろ」
「私も大概だけど、総君も常識外れよね」
失礼な。死んだと思ったら女になって生き返ったなんて常識的に考えてあり得ないが、なってしまったものは仕方ないだろ。悩むよりだったら行動した方が有益だろ。
「そう言えば私って何で殺されたんだ?」
「死ぬ前の記憶はあるのよね?」
ハンバーガーを食ったまでの記憶ならある。それは勇実達にも話してあるから義母さんも把握しているだろう。だけど犯人が誰なのか。有力候補で差し入れ持ってきた同僚だよな。
「同僚が持ってきた差し入れ食って苦しくなったまでは覚えている」
「犯人はその同僚。動機は勇実ちゃんに惚れていたから」
「は?」
「ストーカー行為までしていたらしいわ。それで勇実ちゃんが総君と付き合っていると直接言ったのが原因だったらしいのよ」
「色々と予想外すぎるな」
俺はその話を一切聞いていないのだが。それに俺と勇実が付き合っているとか何処から出た話なんだろうか。あれか、これ以上付き纏われない為に嘘を言ったのだろうか。
「総君と勇実ちゃんが付き合っているとか今更過ぎて話す必要もなかったんじゃないかしら」
「別に恋人同士でもないんだが」
「どちらかというと兄妹と言った方が合っているわね。でも傍から見ているといつ結婚するのだろうと思っていたわ」
「いや、ないない」
これについては勇実も同意見だと思う。お互いに好きであることは理解しているが、恋愛というものではない。親愛の方が合っているな。
「貴女達が結婚してくれれば私も初音も安心できたんだけど」
「それはどっちの意味でだよ」
「私は純粋に総君の幸せを願って。初音は娘を押し付ける相手が出来て安堵するんじゃないかしら」
だよねぇ。あの人も結構苦労していたからな。主に勇実が起こした騒動の謝罪やら後始末やら。俺もそれに加わっていたんだけど。
「だからといって私に全部押し付けるな」
「それも今更の話ね。総君、死んじゃったし」
この人、本人が目の前にいるのに平然と言いやがったな。悲しみも何も感じないのは俺が存在しているからだろう。先程まで泣きながら文句ぶちまけていた人とは思えないな。
「まぁ女になったしな」
「それで勇実ちゃんに本当のことを言うの? あの子、総君が死んじゃった時塞ぎ込んじゃったほどなんだけど」
「言わなくていいだろ。何だかんだで乗り越えているみたいだし」
「初音が爆発したらしいけど」
あぁ、それは勇実に同情だな。師匠が爆発したとなると大騒動になったに違いない。それこそ勇実が騒ぎを起こした時の比じゃない。俺ですら恐怖する。
「でも本当に言わないの?」
「聞かれるまで言わない。それに何となくでも勇実は気付いているだろ」
伊達に義母さん以上の付き合いじゃないからな。俺の死を受け入れているからこそ、琴音である俺と、総司である俺を一緒に出来ないのだろう。同一視はしているのは無意識かな。
「総君がそう言うなら私から言うことはないけど」
「それに勇実に言ったら連鎖的に私の事が広まりそうだから」
「否定はできないわね」
喜び勇んで知り合い全員にばら撒きかねないからな。それは幾らなんでも俺が困る。信じる奴がいる可能性を否定できないのが痛いんだよな。
「今の関係も殆ど昔と変わらない気がするし」
「見ていれば分かるわ。でも年齢的に貴女が妹的なポジションになるのかしら」
「それは断固否定させてもらう」
年齢なんて関係ない。あいつの妹とか弟とか断固拒否させてもらう。幾らなんでも苦労人ポジション過ぎるだろ。問題起こす前に潰さないといけないのだから姉の方が合っている。
「何だか話し過ぎて喉が渇いたわ。総君、何か飲み物頂戴」
「おい、家主」
俺は三年半もこの家にいなかったんだぞ。何処に何があるのか把握できているわけないだろうに。それに義母さんしかいないとなると冷蔵庫の中身も想像つくんだが。
「やっぱり水しか入っていない」
「アイスコーヒーが飲みたい」
「駄々を捏ねるな。仕方ない、お湯沸かすか」
いつのか分からないインスタントコーヒーがあるけどこれでいいか。一応中身を確認したが固まっていないし大丈夫かな。駄目なら溶けないだろう。
「本当に昔を思い出すわね」
「本当に私は昔から介護しているような気がする」
断らない俺にも問題はあるんだけどな。流石に珈琲を淹れる位なら義母さんでも出来るだろうが、家でのこの人は気を抜いているからな。その分、仕事を頑張っているから俺も協力しているけど。
「やっぱり外食がメインだったのか?」
「基本的にそうね。休みの日は初音が私を迎えに来てくれるわ」
「私と勇実が兄妹みたいなものと言いながら、義母さんと師匠も姉妹みたいな感じだよな」
親子揃ってどうしてこんな関係になったのか分からない。似た者同士と言えなくもないが、本当に何なんだろう。
「氷はあるな。いつのかは分からないけど。はい、出来上がり」
「お酒飲むときに使っているから大丈夫よ。それとありがとう」
お互いにブラックで飲んでいるが、味は大丈夫そうだな。下手したら二人揃って噴き出していたかもしれない。品質的な問題で。
「それにしてもいい腕時計しているわね。やっぱり如月家だから?」
「早々に一人暮らしさせられているからそんなお金はない。これはバイト先の奥さんに貰った物だ」
結構高価なものなのに今だとこれを付けていないと落ち着かないんだよな。もう付けているのが当然になっているけど。壊した時が怖いな。一回壊しているし。
「でも何だか見たことがあるような」
「沙織さんを知っているのか?」
「……もしかして橘沙織さん?」
「そうだけど。やっぱり知り合いか」
「知り合いと言う訳じゃないけど、仕事でちょっと関係があっただけよ。流石に個人情報に繋がるから詳しくは話せないわ」
義母さんの仕事となると弁護士だから、何だろう。考えてもよく分からないな。それに腕時計自体も見た覚えがあるとなると想像もつかないな。
「直接聞いてみるといいわ。本人自体はあまり気にしている様子ではなかったし。むしろさっさと解放されたかったみたい」
「いや、そんな曖昧に話されても全然分からないんだが。まぁあとで沙織さんに聞いてみるよ」
「そう言えばその時に喫茶店を開くから良かったら来てくださいと言われていたわね。すっかり忘れていたわ」
「まぁ社交辞令かもしれないからな」
しかし喫茶店を開く前の話となると全然分からない。だって俺が生きていた間の話だから。義母さんも守秘義務があるから喋れないだろう。
「総君はそこで働いているの?」
「バイトだよ。学園にも通っているからその合間に」
「……総君、何歳?」
「十七歳」
「ごめんなさい。全然そんな風に見えなかったわ。もう成人しているものだとばかり」
「そんな風に見えるんだな、やっぱり」
義母さんにまで言われると本当に凹むな。そりゃ中身は成人なんて過ぎているけどさ。それでも今の年齢が外見と合わないとなるとそれはそれで気にする。小鳥みたいに下に見られるよりはいいけど。
「ねぇ、総君が今までどんな生活をしていたのか聞かせてくれないかしら」
「別に構わないが私として目を覚ましたのは今年の三月の話だからな」
「何で?」
「知らない」
俺が知りたいくらいだ。その間の三年間、俺自体がどうなっていたのか。それこそ自宅に入ってからチラリと俺の仏壇を見たのだから死体の確認もしたのだろう。そこまで気になると言う訳ではないけど。
「それでもいいわ。話してくれる?」
「なら目を覚ました直後から話すか。最初に目を覚ましたのは病室だった」
「先行きが不安になる出だしね」
そこから勇実が呼びに来るまで俺自身も振り返りながら話し始めた。所々で義母さんが頭を抱えていたが今更の話なんだよな。でも流石に全部を語りきるだけの時間はなかった。
「あっそっびましょ~」
まともに呼びに来ることすら出来ないのかよ、あいつは。それと師匠を手伝う気が一切ないだろ。そもそもすでに玄関から侵入してきているし。突っ込みきれないぞ。
「ハリセンってある?」
「総君の部屋はそのままよ」
なら確実にあるな。三年経っているから強度に問題があるかもしれないが、盛大に一発ぶちかますか。
書く時間が無ければ寝る時間を遅くすればいいじゃない。
そんな訳の分からない思考で書き進めまてみたら結構いけるものですね。
あとはやる気の問題でした。
代償は眠気です。