54.過去への帰郷
前回の活動報告ではご迷惑をお掛けしました。
ご指摘された方々、本当にありがとうございます。
54.過去への帰郷
今日はお盆。特に何かをする訳でもなく墓参りが一般的だろう。そんな中で俺はちょっと遠出してみた。どうせ実家の墓参りになんて行けるはずもないからな。
「さて久しぶりだな」
電車を乗り継いでやってきたのは俺の故郷。といっても琴音のいた街の隣町なんだけどな。意外と近いことに調べた当初は驚いたわ。
「あまり変わっていないな」
三年だと駅前が変わることもないか。大規模工事で一気に変わることもあるが、今の所は変化なしだな。懐かしいと思う所だろうが、俺にとっては半年位しか経っていない。
「取り敢えず家に行ってみるか」
目的は義母さんがどうしているかの確認。仕事一筋でまともな生活が送れているのか心配なんだよな。家事全般俺が担当していたから家が無事なのかどうかも気になる。隣家の人がサポートしているといいのだが。
「うぅ~」
後ろで唸っている人は無視しておこう。バイトが無いことがそんなに不満だったのだろうか。ランニングしている最中に言ったら項垂れたからな。周りの目が痛かった。
「さて歩くか」
だからといって楽させる気はサラサラ無い。家まで徒歩で一時間位だったか。炎天下での徒歩は大変だけど、飲み物の準備はしてある。熱中症には注意しないとな。後ろの人は知らないけど。
「あぁ~、何も変わっていないな」
住宅地に入って見知っている道を通って自宅付近までやってきた。途中で後ろの人が変わった以外に変化はないな。しかし本当に何も変わっていない。
「おっ、琴ちゃんじゃない。どうしたの、こんな所で」
予想はしていたがやっぱり出会ったか、勇実に。隣家がこいつの家だから出会う確率は高いと思ったが、家に着く前に出会うとは思っていなかった。買い物帰りなのだろう。両手に荷物持っている所から推測するに。
「散歩」
「散歩でこんな所まで来るなんて余程暇だったんだね」
「五月蠅い。それより仕事はいいのかよ」
「流石にお盆期間はお休みを貰っているわよ。働きっぱなしは私も御免よ」
世の中にはお盆でも休みが無い人は大勢いるけどな。それを考えればこいつの職場はまともだということだろう。取り敢えず祝福しておくか。心の中で。
「でも暇そうならいいや。一緒に家でお昼ご飯食べようよ」
「どうせ私に選択権なんてないんだろ」
「もちろん。引っ張ってでも連れて行くよ」
それを簡単に言ってしまえば拉致と言うのだが。でも俺の師匠のご飯は魅力的だな。仕事の関係であまり立ち寄ることもなかったからな。自活できるのもあったし。
「分かったよ。迷惑じゃなければな」
「全然迷惑じゃないよ。お隣さんも誘うから一人増えても全然問題ないよ」
やっぱり義母さんも誘うのか。お盆恒例のことではあるから予想はしていたけど。まぁこれで面と向かって安否確認できると思えば結果オーライか。こそっと覗くつもりだったけど。
「なら荷物一個貰うぞ。その位は手伝う」
「いやぁ、優しいね。そこがやっぱり似ているんだけど」
両手に持っている荷物の片方を強引に奪う。この位しないとこいつも渡そうとしないからな。変に気を遣うよりも強引に行動へ出た方が付き合い易いんだよ。
「琴ちゃんはあれから何をしていたの?」
「何って言っても夏休みだからな。バイトして勉強したりだな」
「うわぁ、枯れた夏休みだねぇ。友達いないの?」
「友達位いるわ! この間、海に行ったしな」
人をボッチみたいに言うな。確かに最初は友達が出来るのを諦めていたが、今だと不思議と人が集まっている。やっぱり付き合い易いと思われたのが大きいか。
「……ズルい」
「は?」
「ズルいよ! 私なんてまだ海にも行っていないのに! 何で誘ってくれなかったのよ!」
何でお前が食いついてくるんだよ。それに勇実を誘えるわけないだろ。お前を誘えば必然的にあいつ等も付いてくる。全員を海に連れて行ったら騒ぎになるの目に見えるだろ。
「立場考えろよ」
「そんなの関係ない。琴ちゃんが誘わなかったのが悪い」
「何で私が悪いことになるんだよ」
「友達じゃん。それなら遊びに誘うのが普通じゃない!」
「年齢を考えろよ! 私の同年代と一緒に遊べると思っているのかよ!」
「為せば成る!」
「ならねーから言っているんだよ! あとオプションも付いてくるだろうが!」
「オプション呼ばわりは酷くない!? せめて私の付き人とかさ」
「それもそれで酷いな!」
喧しい位に騒ぎながら住宅街を歩いていると、周りから懐かしそうに見られている。前の俺と勇実が歩いている時もくだらないことで言い合いしていたからだな。家が近づいてきた辺りで見知った人物が俺達の目の前に飛び出してきた。出てきた場所は俺の家だ。
「あっ、小夜子さん。ただいま~」
「い、勇実ちゃん。何だか昔のような賑やかさが聞こえて来たんだけど」
動揺しまくりだな、義母さん。でも俺と琴音の声はかなり違うはずなんだけどな。男と女なんだから当然だよな。しっかし相変らず私服は地味だな。
「いやぁ、何か不思議と琴ちゃんと一緒だと総ちゃんの感覚で接しちゃうんだよね」
「私も別に気にしていないからな。むしろこの年齢差で会話が続くのも不思議だよな」
「酷っ!?」
差と言っても十も離れているわけではない。それに中身に関して言えば同い年だから必然的に話題も共通になる。若干俺の話題が古いか。
「え、え~と。私が話に付いていけないのだけど」
「強いて言えば親友?」
「まぁ疑問符が付くよな。会って一か月も経っていないから」
再会したのが七月の終わり、今が八月の中旬だから約半月か。それなのにここまで遠慮のない関係を築ける方がおかしい。勇実もそれを不思議に思っているのだろう。
「不思議だよねぇ」
「不思議だよな」
「私にも紹介してくれないかしら。勇実ちゃん」
話に付いて行けていない義母さんも流石に痺れを切らしたか。うーん、義母さんの職業でも琴音とは面識無い筈だよな。だけど記憶にないだけかもしれない。
「琴ちゃんだよ」
「端折り過ぎだろ。隣町の喫茶店でバイトをしている如月琴音と言います」
「……何だか信じられない言葉を聞いたような気がするのだけど」
事実だからな。これも性格が変わったことと一緒で何処までも着いてきそうだ。いいじゃないか、お嬢様がバイト位したって。
「えっと、小夜子さんと呼べばいいですか?」
「沖田小夜子よ。勇実ちゃんと隣家として親しくさせて貰っているわ」
「他人行儀だよ、小夜子さん。家族ぐるみの付き合いじゃない」
あまりにも家事能力が壊滅的で心配した師匠が色々と手を焼いてくれたな。俺に対する師匠の教育もそういった面もある。本気で飢え死にを心配された。
「あっ、小夜子さんの昼食もお母さんが作ってくれるってさ」
「いつもありがとうね」
俺が心配していたことで義母さんの食事事情もあったのだが、この様子を見る限り大丈夫そうだな。外食ばかりだと栄養面で不安があったから。さてあとは俺も覚悟を決めておかないと。
「夕飯は豪華だから期待していてね」
「何で昼食の話していて夕飯の話になるんだよ。それに勇実が作るわけじゃないだろ」
すでにさん付けすら止めた。だって勇実だし。
「私が作っても美味しくないじゃない。お母さんの料理は絶品よ」
それは知っている。師匠の真似をしても同じような味を再現できる気がしないのだから不思議なんだよな。それにしてもこいつは結婚する気はあるのだろうか。そして独り立ちする気はないんだな。
「お母さん、ただいま~。お昼一人分追加でお願いね」
「そういうことは事前に教えなさいと何度も言っているでしょう。初めまして、勇実の母で初音と言います」
礼儀正しくお辞儀してくれた初音さんだが、本当にどうして勇実がこんな性格になったのか不思議なんだよ。生命の神秘だな。
「初めまして、如月琴音と言います。突然の訪問、申し訳ありません」
「あらあら、勇実も琴音さんみたいに育ってくれたら良かったのに」
「無理だと思いますよ」
「そうね、無理よね」
俺と初音さんで同意すると勇実は頬を膨らませて拗ねやがった。何歳だよ、お前は。
「琴ちゃんもそんなに他人行儀にならないでいいのに」
「無理を言うな。勇実以外は全員初対面なんだぞ」
第一印象は大事だ。全員知っていると言っても俺だけが知っているだけ。勇実と同類と見られるのだけは絶対に避けたい。俺はこいつほど暴走はしないぞ。
「琴音さんは苦手なものはあるかしら?」
「ハンバーガー以外は何でも大丈夫です」
俺の発言に全員が何とも言えない顔をした。まぁ俺の死因を知っているのであれば当然か。それに今日はお盆だからな。何としても考えてしまう事だろう。
「それじゃ冷やし中華にしましょう。他にも何か作ろうかしら」
「お手伝いします」
「お客様の手を煩わせるのも悪いわよ。それと私にも敬語はいらないわよ。何故だか貴女に敬語で話されるとこそばゆいから」
やっぱり俺って感覚で分かられるのだろうか。俺の事を知っている人達は何となく察してしまうから。義母さんに関しては無言だけど。
「私がやりたいから」
「ならお言葉に甘えようかしら。勇実は何も手伝ってくれないから」
「だってお母さん、私に包丁すら握らせてくれないじゃない」
「貴女に握らせるととてつもなく不安になるからよ」
あぁ、何となく察することが出来る。普段の行動がこういった場所にも出てくるんだよな。落ち着きがないと言うか、怪我しそうだとか。
「それじゃ勇実と小夜子は居間で待っていて。琴音さんはこっちよ」
案内されなくても勝手知ったる勇実の家だな。義母さんが仕事でよく家を留守にするから食事とかはこっちで食べることが多かった。だからよく調理の手伝いをすることにしていたんだが。
「いつも悪いわね」
「貴女に家事能力を求めていないから大丈夫よ。総君が赤ん坊の頃は不安で不安で仕方なかったわ」
聞いた話だが義母さんは俺を抱っこしながらオロオロしている所を師匠に見られて助けを求めたらしい。師匠とはその頃からの付き合いらしい。師匠がいい人で本当に助かったよ。
「本当にあの頃は助かったわ」
「むしろ無表情で赤ん坊を抱いている姿に恐怖を抱いたものよ」
義母さんはいつだって無表情。仕事では鉄仮面と呼ばれ結構有名な人になっている。だから感情の機微を読めないと意思の疎通が難しい。俺が言うのもなんだが俺もよくまともに育ったものだ。
「そのおかげで私と総ちゃんが知り合えたんだからいいじゃん」
「そういう問題じゃないのよ。同じ赤ん坊を育てている身としてあれほど心配になることは無かったわ」
「仕事一筋でごめんなさい」
何だろう、この中で比較的まともに思える人が師匠しかいない気がする。それどころか俺の過去の知り合いって一癖どころの話じゃない気がする。
「あっ、琴音さんは野菜を切って頂戴」
「了解です」
俺の過去話なのか義母さんの過去話なのか全然分からないけど盛り上がっているな。本人としては凄く恥ずかしいのだが止められる訳もない。だって今の俺は過去の俺じゃないから。
「あら、手馴れているわね」
「自炊していますから」
師匠仕込みの技術には今もお世話になっているからな。これで下手くそと言われたら凹みそうだ。そしてひたすら野菜を切るだけの作業が終わってしまう。そう言えば親父さんは何処にいるんだろう。五人分作っているということは何処かにいるはずなんだが。あの人、驚異的に影が薄いからな。
「何だか昔を思い出すわ」
「昔って何年前の話をしているんですか?」
「三年位前ね。そこにお皿が入っているから盛り付けて頂戴」
「了解です」
メインは師匠だからな。俺はサポートで色々と動かないと。だけど物が何処にあるのか分かっているのに、一々聞かないといけないのは不便だな。
「は~い、出来たわよ」
「それじゃ頂きま~す」
持って来て早々に勇実が食いついたが全員を待つ気はないんだな。いや、いつものことなんだけど。あとやっと親父さんを確認できた。多分ずっと居間にいたと思うんだが。何か喋れよ。喋ってくれないと親父さんの存在を確認できないんだから。
「夕飯の時はいいとして、私達がお墓参りに行っている間、琴ちゃんはどうする?」
「流石に誰も居ない間、此処で待っている訳にもいかないからぶらついている」
「私の所に居ればいい」
目的が散歩と言っていたから近場の店とか確認しようとしたら、まさかの義母さんから誘いがあった。この人の考えはいまいち読めないんだよな。長いこと一緒にいるというのに。
「帰ってきたら私が呼びに行くわね」
「それ位しかやることないんだろ」
「そうとも言う!」
準備は全部師匠がやるだろうし、手持ち無沙汰だろう。その間の相手を俺がしないといけないのがいつものパターンだな。むしろ俺も準備に加わると言うのに。
「ご馳走様でした」
「早!?」
パクパクと食っていればこんなもんだろ。別に俺が早食いな訳じゃないと思う。ほら、他の人だって半分以上食べているじゃないか。
「お盆だからかな。何か色々と思い出すわね」
「前から私と同一視しているのに何を今更」
「それはそうなんだけどさ」
しんみりとしない辺りが勇実らしいんだが。あとは遠慮が全くない辺りとか。俺じゃなかったら不快感やら感じるだろうなぁ。
「琴音さんって大物よね」
「本当に大物なのよ。初音は気付いているの?」
「えっ?」
義母さんの言葉に師匠が明らかに分かっていないような返事を返している。そりゃ一般家庭にお嬢様が入っていて更には昼食の手伝いをするなんて思わないだろう。だから俺からも何も言わない。そっちの方が面白そうだし。
その後はお茶を頂いて片付けを手伝い、そのまま前の自宅へと俺と義母さんは移動した。中に入って俺が生きていた頃と全く変わっていないことにちょっと安堵したな。
「……」
そして向き合って座っているのだが、無言が辛い。俺から話題を提供なんて何を言ったらいいのか分からない。何かしら共通の話題と言っても何もないな。
「ちょっと失礼な事を聞くけどいいかしら?」
「何ですか?」
失礼な事ね。お嬢様なのに何で此処に居るとか、バイトしているとか、自炊しているとかそういうことだろうか。あとは、まさかな。
「貴女は総君?」
義母さんが壊れた。
義母さんが尋ねた理由については次話で書きます。尺が足りませんでした。
むしろ仕事始めて失踪するのかと思いました。時間が足りません。
そして母の手作り料理による攻勢が続きました。
煮魚箸が刺さらない煮魚とは何でしょう。
焼き魚(生)箸を刺したら血が滴る焼き魚とは何でしょう。
そしてそれにピンポイントに当たる私は何でしょうね。
ネタが多過ぎて処理が大変です。