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閑話:護衛者の報告①

閑話:護衛者の報告①



おかしい。私は実働班のはずなのにどうして来る日も来る日も書類仕事をしているのだろう。いや、前回の仕事でクレームが付いたからという理由は分かっている。


「おーい、主任が呼んでいるぞ」


「りょうかーい」


相棒の恭介も連帯責任で事務方に回されている。やっとつまらない事務作業から解放されるのかな。次はもうちょっと融通の利く人物だといいんだけど。


「次は黙っていろよ。喋るのは俺がやる」


「いやいや、あれに関しては相手側に非があるじゃない」


私ばかりが悪いように言われているけど、今回の件に関しては否定させてもらうよ。護衛が離れたら不味いのに、着替えるから部屋から出なさいとか聞けるわけないじゃない。偶にそう言って護衛を撒く人だっているんだからさ。


「もうちょっとオブラートに喋れよ。直球で言ったら機嫌を損ねるの分かるだろ」


「私だって最初はそう忠告したよ。でも全然聞いてくれないからさ」


扱いが難しすぎるのよね、特にお嬢様は。容姿が気に入らないだけで難癖付けてくるし。果ては女性であるだけでチェンジを要求してくる馬鹿もいる。逆ハーレム狙いかよとツッコミたい。


「貴方達の次の護衛対象はこの人物よ」


差し出された調査報告書を見て思ったことは、またお嬢様かよだったね。勘弁してくださいよ、主任。


「しかもよりによって如月家のお嬢様とか。主任は俺達をクビにしたいんですか?」


「そうですよ。絶対にクレームが来る人物じゃないですか」


良い話なんて一つも聞いたことがないお嬢様よ。社交界で立っているだけで色んな話を聞くけど、その中で一番ヤバい人物じゃない。


「貴方達が仕事を選べる立場だと思っているの?」


世知辛い世の中だよね。


「このまま事務員に転属でもいいのよ。このまま実働部に居ても夏のボーナスは出ないからね」


「勘弁してくださいよ、主任」


買いたいものが色々とあるのにボーナスカットは困る。それを当てにしている部分もあるのに。事務員も全然魅力的じゃない。私の能力じゃここで生き残れないから。


「受けるしかなさそうだぞ、晶」


「拒否権がないでしょ。主任、謹んでお受けさせて貰います」


非接触タイプの依頼だから護衛対象と話すこともないだろう。その点だけで言えば私達に合っている。その代わりに行動に振り回されるパターンが増える。こちらで誘導することも出来ない。難易度は高めね。


「すでに伍島のコンビが護衛しているわ」


「おっちゃん達と合同ですか?」


「昼は貴方達が担当よ。夜が伍島達が担当になるわ」


「ちょっと待ってください。もしかして人員は私達とおっちゃん達のみですか?」


「そうよ。人員は以上」


普通なら最低でも四人で当たらないといけないのを二人でやれとはハードルが一気に上がったよ。相手が屋内に入って私達の視界に入らなくなった場合が一番大変だ。それともそこまで重要視されていないということかな。


「それと追加情報で対象は自殺未遂を起こしたわ」


頭が痛くなってきた。問題ばかり増えて良い所が全く見当たらない。私達が護衛に付いている間に自殺なんてされたら評判に関わる。それだけは絶対に阻止しないと。


「あの、盗聴器とかの使用許可は?」


「確認はしたけど駄目だったわ。再度、自殺をしても責任は問わないと言われているけど」


家族が責任追及して来ないのは有り難い。でもそれと評判とは別問題。ここをクビになった後の再就職にも影響が出てしまう。あとは会社の評判も落ちるだろうね。


「ヤバい。絶対にヤバいですって、主任」


「十二本家からの依頼よ。断れるわけないじゃない。普通だったら私でも受けたくはないわ」


だよねー。危ない匂いがプンプンするよ。先に付いているおっちゃん達は大丈夫だろうか。主に精神的な部分で。


「明朝に伍島達と交代しなさい。その際に前日の行動について引き継いでおきなさい」


「了解しました」


断れないのが辛いわー。今回の件に関しては無事に終わる気が全然しないよ。隣の恭介も表情が暗い。ある意味で事実上のクビ宣告ではなかろうか。おっちゃん達は巻き込まれたようなもんだね。


「次の就職先、探しておくか」


「私の候補地も宜しく」


真面目に次の事を考えておかないと不味いわ。今回の仕事がこの会社での最後かもしれないからね。マジで憂鬱だわ。



「おっちゃ~ん、おはよう~」


その日の内に準備を整えて、おっちゃん達が待機している場所にやって来たけどもぬけの殻。恭介と顔を見合わせて、もう一度部屋を確認したけど合っている。


「どゆこと?」


「俺に聞かれても困るんだが」


居ないという事は護衛対象が外出したという事で合っていると思う。だけど時間はまだ午前六時。普通に考えて出歩くような時間じゃないよね。


「悪巧みとか?」


「実家追い出されて早々に問題行動かよ。あの調査報告書だと否定できないけどな」


前途多難だわぁ。どうせ暇な時間も出来るだろうと求人誌の用意もしてある。いい職は載っていないだろうか。いや、クビにならないことが一番いいんだけどさ。


「むぅ、やっぱり製造系が色々と載っているね」


「今の職が特殊だからな。あとは医療関係とか福祉系だろうな」


それと資格保有者優遇とかも結構あるか。持っていないから自動的に外れるけど。私としては身体を動かすような職業が合ってそうなんだよね。


「戻ったぞ」


「おかえり、おっちゃん。何があったのよ?」


「対象が早朝トレーニングを始めた」


「はい?」


いやいや、そんなこと調査報告に載っていなかったじゃない。何だって急にそんなことを始めたのよ。一回死に掛けて何かしらの変化でもあったのだろうか。


「それと写真は信用しない方がいいよ。私達、初っ端から見失ったから」


「ちょ、ちょっと待ってよ。確か病室の外で待機していたんだよね?」


それで見失うってどういうことよ。幾らあの写真が濃い化粧をしているものであろうとも、そう簡単に私達が対象を判別できないことはないはず。


「これが隠し撮りしたスッピン写真」


「……見事なまでの別人」


スッピンの方が断然美人じゃないか。何でこれで化粧する必要があるのよ。私に喧嘩売っているのかな。タダでも買ってあげよう。ちくしょうめ。


「病院だから化粧できなかったとか?」


「その可能性もあるけど。さっきもスッピンだったよ」


瑞樹の言葉に混乱したよ。いつでもどこでも濃い化粧が標準じゃなかったかな、報告書では。色々と辻褄が合わなくて大変だ。誰か状況を説明しろー!


「これが前日の行動を纏めた物よ」


瑞樹から手渡された簡易の報告書。立ち寄った場所が書かれているけど、百貨店で買い物、喫茶店で夕飯は分かる。だけど喫茶店にいる時間が長くはないだろうか。


「こんなに遅くまでやっている喫茶店なの?」


「ううん。対象が出てきたのは閉店して暫くしてから。流石に中で何があったのかは私達も分からない」


うーん、どういうことか。報告書を信じるならば名を使って悪巧み。何かしらの強要をしている可能性もある。だけど今の状況が報告書と違い過ぎている。


「あと交友関係で喫茶店の娘と親しいみたい」


「私達が見た報告書って、ちゃんと調査したの?」


交友関係なんて卯月家のお嬢様と取り巻き位しかいなかったはずよね。何で一般人の子と親しいのよ。それに喫茶店の娘と親しいとなると強要とかの線も無くなる。訳が分からないわ。


「流石に手抜きはしていないと思うけど。でも現状を考えると問い合わせた方がいいかもね」


瑞樹の言う通り。これで違っていましたなんて言われたら洒落にならない。行動予測すら出来ない現状だと万一の場合の対応が遅すぎる。


「というか晶と恭介は何で求人誌広げているの?」


「「次の職探し」」


「真面目に仕事しろ、お前ら」


おっちゃんに突っ込まれたけど分かっているはずだよね。今回の依頼がハードだってこと。悪い噂ばかりのお嬢様に、当てにならない報告書。これで完璧に仕事しろと言う方が無茶よ。


「おい、対象が動くぞ。何で制服? 一緒に出てきたのは昨日の看護師か? ……お前ら、後は任せた」


「匙を投げないでよ、おっちゃん!」


投げたい気持ちは十分分かる。分かるけど投げちゃ駄目でしょ! 寝不足で頭が回らないのも理解しているけど、残されたこっちの身にもなってよ。


「というか今って春休み中よね?」


「そのはずだ。まさかと思うが制服以外に着る服がなかったとか」


いやいや、それは幾らなんでもありえないでしょう。仮にも一人暮らしさせる位なんだから私物の持ち込み位はさせているでしょ。これから服を調達しに行くとか初日からハードなのは勘弁して貰いたい。


「取り敢えず、お仕事開始するわよ」


「あいよ。どっちが車にする?」


「私が背後を付いていくわ。恭介は車での追跡をお願い」


「了解した」


さてと一体どこへ向かっているのやら。面倒な場所じゃなきゃいいけど。人混みも勘弁して貰いたい。


「で、結局本当に学園へ来たのね」


『みたいだな。何だ? 補習とかか?』


通信機越しに聞こえてくる恭介も自分で言っていることに納得できていないみたいね。この時期に補習はありえない。それなら留年している方が信憑性高い。


「それに化粧はどうしたのやら。あれだったら私達ですら気付かなかったわよ」


『事前に知れて良かったな。真面目に化け過ぎだろ』


おっちゃん達が見失ったという話も今なら分かるわ。あと社交界とかで妖怪と言われていたのも理解できた。比喩とかじゃなかったのね。


「おっ、出てきたわね。あまり時間掛からなかったけど」


『どっちにしろ俺達がやることは変わらないんだ。黙って仕事するぞ』


「了解了解」


それにしても情報だと運動しているというのはなかったはずなのに、結構歩くわね。朝にも走っているみたいだから本当に意識改革でも始めたのかな。三日坊主で終わりそうだけど。


「ここって、おっちゃん達の報告にあった喫茶店じゃない?」


『昨日立ち寄ったらしいな。何か食う気か。いいねぇ、お金持ちは』


本当にね。こっちは酒代でひぃひぃ言っているというのに。考えなしにお金を使っている自覚はあるけど、これが中々治らないのよねぇ。


「一応、恭介は裏を見張っていなさい。私は表を張るわ」


可能性は低いけど、私達の尾行に気づいた可能もある。そうなると裏口を通って逃げられるという可能性が生まれる。まっ、あり得ないけど。


「ねぇ、一時間位経過したんだけど、そっちはどう?」


『誰も出て来ないな。そっちは?』


「動きなし。ここからじゃ中の全体を把握することは出来ないからね。うーん、入ってみようかな」


『おい、俺達は隠れて護衛だろ。流石にばれたら不味いだろ』


「客として入るんだったら問題ないでしょ。って、何か侍女ぽい人が慌てて入っていったんだけど」


『如月家の関係者か?』


「多分そうじゃないかな。でもあの慌てようだと何かあったのかしら」


普通こういう所に来る場合は着替えを行って、あまり目立たないのが普通よね。それなのに全く着替えずにやってくる辺り、かなり動揺しているんじゃないかしら。なーんか、面白くなってそう。


「それじゃ突撃して来るわ」


『おい待て! 勝手な行動は今度こそ不味いって』


知らないね。どうせ今の仕事を続けるのは困難な状況なんだから最後位は楽しんじゃっていいじゃない。それに一回位顔を見られた所でばれる訳もないんだから。


「いらっしゃいませ」


何で対象が店員の挨拶しているんだろう。服装は相変らず学生服なのに、何でそこにエプロンしているの。侍女の人だって信じられないものを見ている感じね。何があったのよ。


「どちら様ですか?」


ちょっと、侍女の人が訳分からないことを言っているわよ。あれ? この人って如月家の関係者じゃなかったの。でも言われた本人は表情引き攣らせているし。


「本当にお変わりになられて」


それについては同意しておくよ。変わり過ぎて調査部を疑うほどだから。注文した珈琲を飲みながら傍観に徹しよう。あとは落ち着くこと。笑って吹いたら負けだからね。しかし話を聞く限り信じられないわね。何でお嬢様が率先してバイトしようとしているのさ。普通に考えてあり得ないでしょ。しかも家の方で許可出すなんてさ。風聞とか色々とありそうなのに。


「琴音お嬢様はこの後のご予定は?」


「スーパー巡りです」


「ふぁ!?」


いけない。あまりの事に素で驚いてしまった。ばれたかなと思ったら侍女の人も声を出していたみたいで大丈夫なようね。あまりにも不意打ち過ぎて油断したよ。だけどスーパーってあのスーパーよね。


「ヤバいよ。本当にヤバいよ」


『何か凄い動揺しているが一体中で何が起こっているんだよ』


「もう別人の護衛と決めた方がいい。調査資料は全無視が妥当」


『いやいや、幾らなんでもそれはないだろ』


「考えてみなさいよ。今までお嬢様だったのに庶民より自活しようとする人が何処にいるのよ」


『どういうことだよ』


「後で話すわ。それより対象が移動するわよ」


こそこそと通信機で会話しているけど、私の動揺は半端ない。ただ自殺未遂をしただけで人間がここまで変わるなんて普通なら信じられない。もう別人だと思った方がいい。


『それで何処に行くんだ?』


「スーパー巡りをするらしいわ」


『冗談だろ?』


「マジよ。むしろ歩みに迷いが無いわよ」


事前に調べていたのか迷うことなくスーパーを渡っていく。しかも時間まで調べていたのか特売時間に全て間に合うとかどうなっているのよ。しかも何も買っていないし。


「どう思う?」


『全くの別人だな』


「でしょ。というかこれをおっちゃん達に報告して信じてくれるかな」


『信じてもらうしかないだろ。俺だって実際に見てないと信じられねーよ』


「ただこれだけは言える。次の職場を考えなくていい!」


『いや、そう判断するのは早くないか?』


「どっかのお嬢様よりも難易度は格段に低くなったじゃない。しかもバイト先は喫茶店よ。経費で飲み食いできるかもしれないじゃない」


『主任が許してくれたらな』


必要経費で落ちないかな。ずっと外で警護は出来るけど、万が一中で何かがあったら初動が遅れてしまう。なら客のフリをして警護した方がいいじゃない。大丈夫、主任なら分かってくれる。


『だけど当たりだというのは否定しないな』


「喫茶店の中での会話を聞く限り、真人間に変わった可能性は高いわ。問題行動も起こしそうになさそうよ」


『多分主任にとっても想定外だろうな。俺達の報告を信じてくれたらの話だが』


「信じて貰えなかったら実際に見て貰った方が早いわね。その前におっちゃん達の報告もあるから信じて貰えると思うけど」


私達よりもおっちゃんの方が信頼度は高いからね。この業界にいるのも長いから。私達の信頼度なんて有って無いようなもんだし。私達が何をしたっていうのやら。


「これで夏のボーナスは貰ったも同然ね」


『この調子でいってくれたらな。まぁ最初の不安が無くなったのはデカいな』


我儘お嬢様のはずが、庶民に染まった普通の女性の警護となると難しいことはないだろう。あるとすれば彼女の立場を利用しようとする輩に関してね。でもそれは私の警護対象ではない。あくまで外的要因によるものの排除が目的になる。


『おい、対象が帰るぞ』


「了解。引き続き行動するわ。どうせやることは無さそうだけど」


特に危険な物や、人物と接触するようには見えない。それにスーパーで品定め出来るという事は自活能力もあるのよね。私よりも女子力高くない?


「あっれ~」


『どうした?』


「んにゃ、何でもない。行動開始よ」


首の皮一枚で繋がった状態なのは変わらないけど、最良の対象を引いたのは嬉しいわね。これから暫くは順風満帆な仕事に期待できるわね。



これが私が最初に琴音を知った感想ね。いやはや最初はどうなるかと思ったけど、長い目で見るとマジで永久対象にしたいと思ったわ。今だと天国よ、天国。ただ一つだけ苦行があること以外は。


「こ、琴音ちゃん。そろそろ休憩しない。ほら、太陽も辛いからさ」


「何言っているんですが。私はまだ余裕ですよ」


夏真っ盛りのこの時期に早朝ランニングは辛すぎる。四人でローテーション回しているけど全員の意見は一致している。


誰だ、三日坊主でトレーニングが終わると思った奴は!


「今日は喫茶店でグータラしてやる」


「いつものことじゃないですか。それに今日はバイト無いですよ」


「嘘!?」


「本当です。ちょっと遠出しますから宜しくお願いします」


夏の天国が、美味しい食べ物と飲み物が。嘘だと言ってよぉー!


予想外に長くなりました。

閑話なんて短くても大丈夫だと思っていた筆者を殴りたい。

しかもこれで本編の四話までしか書けていません。

泣きたいです。多分これ以降も書かないといけないと思います。

いつになったら本編に追いつくのでしょうね。

あっ、活動報告に今後の予定を書いてみましたので宜しければどうぞ。

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