51.護衛者達の希望
51.護衛者達の希望
着替えた。えぇ、相変らず往生際が悪いと引き摺られながら更衣室に叩き込まれたさ。現在は水着の上にパーカーを羽織っている。水着を買ったついでに手に入れた。
「往生際が悪い」
また香織に言われたよ。最近よく言われるなぁ。俺にとっては最後の抵抗だ。
「だってなぁ」
「何で色々と無頓着なのにそういう所は気にするかなぁ」
うっさい。俺だってこの影響は予想外だったんだよ。男の頃なら水着程度で恥ずかしがったりしない。むしろ海にいるのだから当然の恰好なのに。
「ほらほら、見られているよ」
「香織も含めてだろ」
俺だけが見られている訳ではないと思う。香織だって容姿はいいんだ。胸がちょっと足りないがそれを引いた所で十分に海なら目立つ。あとは俺達の後ろを付いてきている人も目立っているんだよ。
「晶さーん。接触してきてもいいですよ」
「ならお言葉に甘えて」
黒のビキニで扇情的なはずなのに、全くそう見えない不思議。ただ周りはそう見えていないようだけど。晶さんを含めたら視線がいっぱいだよ。
「誰?」
「私の護衛。ずっと後ろにいたぞ」
引き摺れて行く俺の事も見ていただろうな。この人なら笑いながら見ていただろうけど。あと晶さんの隣に大人の女性がもう一人。この人は夜担当の人だったよな。
「夜に支障はないんですか?」
「バスで寝ていれば大丈夫よ」
あんまり大丈夫じゃないと思うのだが。昼に騒いでバスで寝た所で疲れは取れないだろうに。一体何が彼女を駆り立てたのかと馬鹿な事を考えてしまった。
「で、あの惨状は何ですか?」
「さぁ?」
さぁは無いだろう、さぁは。おじさん達の手伝いをしているのは傍目から見たら良いことだろう。だけど何でお前らが隣に設営しているんだよ。隠れる気ないだろ、完璧に。
「おいこら、事情を吐け」
取り敢えず恭介さんの頭を叩いた。原因は絶対にこの人だろう。結果が予測付かなかったとしてもだ。
「いてぇな、晶。……何で琴音が叩いているんだ?」
勘違いして俺の事を晶さんだと思ったか。普通なら俺は叩かないからな。ただ今回は規模が大きい。何でこの人数を連れてきたのか事情を説明して貰おう。
「いいから事情説明。あと正座」
「えっ、この砂浜で? 地味に熱いんだが」
「正座」
「……はい」
俺の圧力に負けたか。あとは自分でも悪いと思っている部分があるのだろう。あとおじさん、怖そうに俺を見ないで欲しい。
「それで何でこんな大人数になったんですか?」
「暇だったんだと。今の時期って俺達の仕事が若干減るんだよ」
「何でですか?」
「ほら、金持ち連中って夏休みは海外に行くだろ。そうなると護衛も現地で取ることが多いんだ。こっちで連れて行くのは必要最低限。だから休暇申請も通り易かった」
なるほどな。必要以上の護衛を連れて行っても移動費が掛かる。それが家で持つのか会社で持つのかは分からないけど、どちらにせよ費用は掛かる。なら有休を消化させた方がいいと考えたのだろう。
「私の護衛は何人なんですか?」
「俺と晶を含めて四人」
あとの七人はバカンスかよ。そちらに視線を向けると手を振られた。見覚えがあるような無いような顔ぶれだな。そうなると一度は俺の護衛に就いたことがあるのかな。
「ちなみに実働班は三人。残りは事務員だ」
面識ない人もいるのかよ。比率で男七人、女四人。ただ疑問に思うのが何で事務の男性も体格がいいのだろうか。あと何人か顔が怖いのだが。
「事情は分かりました。あと晶さんがビールの誘惑に負けそうですよ」
「お前は仕事中だろうが!」
止めようと立ち上がろうとして転んでいた。ちょっとしか正座していないのに足が痺れるなんて不甲斐ないね。他の方々は爆笑している。こちらのおじさんと奥さんはオロオロとしている。うむ、カオスになってきたな。
「私達がいない間に何が起きたの?」
「私にも分からない」
ちゃんと晴海にも説明してやれよ、香織。お前は最初から事態を見ていたんだから何となく察しているだろ。俺が巻き込んだようなものだけど。
「あぁ、一応紹介しておく。私の護衛の人達」
「そう言えば琴音はお嬢様だったね。最近その設定を忘れるんだよねぇ」
晴海よ、設定言うなし。俺自体がお嬢様らしいことをしていないのが原因であるのは分かっている。だからって今更やろうとも思っていないけど。
「取り敢えず、この人達の事は無視して構わない。隣人だと思ってくれ」
「そうね。私達はバカンスに来ただけだから。だから私もビールを飲んで良し!」
それは幾らなんでも無理があるぞ、晶さん。ほら、恭介さんが握り拳を作ってるから。あと知らない人も怖い笑顔を向けているぞ。多分、上司ではなかろうか。
「夏のボーナスが支給された後に言うのもなんだけど。冬のボーナスはどうなるかしらねぇ、晶」
「しゅ、主任。冗談ですよ! じょ・う・だ・ん!!」
必死である。それにしても主任まで休暇取って来たのかよ。いや、お目付け役か。これだけの人数が護衛対象と一緒となるんだ。クレームが来るようなことを防ぐためかな。
「名前を聞いてもいいですか?」
「沢渡穂波です。晶と恭介の上司です」
「心中お察しします。大変苦労をなさったでしょう」
「それはもう!」
うわぁ、滅茶苦茶声に力が篭っている。話の二人は視線どころか顔ごと逸らしている。何をやらかしていたのやら。
「何で琴音は年上に対しても平然と受け答えが出来るんだろうね」
「うちで働いているからじゃない? あれ、でも元からこんな感じだったような」
そりゃ社会人経験しているからな。相手が年上だからと言って受け答えで詰まったら話にならん。立場が社長辺りなら緊張はするけど。
「それでは仕事は関係なく。だけど仕事は確実に」
「ですね。そっちの方が私としても気を遣わなくて済みます」
仕事中の人はキッチリ働き、休暇の人は楽しく遊ぶ。だから職務中にビールを飲むなんて言語道断なんだぞ、晶さん。
「大体貴方達は日頃から楽をしているのだから他の者達よりも働かないといけないの」
「主任。一応俺達もちゃんと働いているんですが」
「恭介の言う通りです。私達にしては珍しくクレームが来ていないじゃないですか」
「それは琴音さんだからよ!」
言い切ったよ、この上司。クレーム出すにしても今の所は不満も何もない。楽をしている点で言えば、喫茶店で寛いでいる姿を見ているから納得はする。
「そう言えば、そろそろ契約更新の時期だったわね」
「私のですか?」
「そうです。契約期間は当初半年でした。更新の依頼が来ているので引き続きこちらで引き受けることになっています」
確か琴音としての見極め自体が半年だったな。それはクリアしたと判断していいだろう。むしろこれで駄目だったらどうしようもなかったな。
「もしかして主任。私達を担当から外すとか言わないですよね?」
「流石にないだろ。護衛者本人から要望でもない限り」
ジッと俺の事を二人が見てくるが決定権って俺にあるのか? 主任さんの声一つで全部決まりそうだけど。
「はーい! 俺、立候補する!」
「俺も俺も!」
「あっ、私も!」
「あんたは事務員でしょうが!」
流石に事務担当の人はちょっと。競争率高いとは言っていたが、これほどとは。もしかしてこれを狙って休暇を取ったのだろうか。幾らなんでも邪推かな。
「琴音さんが決めていいですよ。依頼者からもそのように承っておりますので」
「なら変更なしでお願いします。あっ、偶に夜の人達も昼に回して貰えることって出来ますか?」
「可能ですが。理由を聞いても宜しいですか?」
「ずっと夜のみと言うのも可哀そうですから」
昼夜逆転の生活は厳しいからな。それに休みの時までその癖が出ると休日が潰れる時だってある。寝て終わる休日も偶にならいいが、それが続くと虚しくなるんだよ。
「あぁもう! 琴音大好き! 私は瑞樹よ。宜しくね!」
テンション高いな、夜担当の女性。そして抱き着いて来ないで欲しい。女性に抱き付かれて赤面している俺を友人三人はニマニマと眺めている。いいから、遊びに行けと言いたい。
「なら俺も自己紹介しておくか。伍島だ。正直な所、その提案は助かる」
夜の人達って結構年齢差あるように見えるな。瑞樹さんが三十代前なのに対して伍島さんは五十代手前だろうか。顔が結構厳ついから、ちょっと近寄りがたい。
「私の晩酌の時間が減る……」
「諦めろ。担当外されるよりはマシだろ」
夜担当が喜んでいるの対して、晶さんは落ち込んでいるな。恭介さんはあまり変わり無さそうだけど。楽な部分は分かち合わないとな。
「ちくしょう、選ばれなかった」
「諦めるな、まだチャンスはあるさ」
「今度の休みの日に行ってみようかな」
男性連中は項垂れているが、事務の女性はどうやら喫茶店に来るみたいだな。それだけで部署内でどんな噂になっているのか気になるんだが。喫茶店が有名になる分にはありがたい。売り上げが上がれば俺を雇ってもらった意味もあるから。
「それにしても本当に最初の調査と違いますね」
「やっぱり調べていましたか?」
「護衛対象の調査は必ずやらないといけないことですから。どのような場所に好んで行くのか、親交のある人物は誰であるのか。性格から何から」
当然か。接触して常に周囲にいる護衛と違って、俺の場合は非接触だからな。影から見守るような場合だと行動予測も必要になる。更に俺に付いている護衛は少人数だし。
「その調査も殆ど無駄でしたが」
「あまりに変わり過ぎていますからね。自覚はあります」
「楽であることには有り難い話なんですが」
琴音に対する調査だからこそ、俺と差異があり過ぎたんだろう。それに俺の行動範囲なんて殆ど変わらない上に、危ない場所に等行く事もない。あとは事前に護衛の人に話を通していることも関係しているだろう。
「その分、琴音さんへの希望者が殺到してしまって」
「希望した所で代わるものなんですか?」
「基本的には代わりませんね。大失敗したとか、護衛者本人から要望がない限り」
なるほど。チャンスとはそういうことか。そしてこれがクレームの話にも繋がるんだな。でもクレームが出る事って何だろう。まぁ自意識が高いお嬢様辺りなら注意されただけでクレームを叩きつけてきそうだな。
「私としては全く問題ないですね。過度に接触してくることもありませんから」
「報告を聞く限り、そうでもないような気がするのですが」
実家まで送ってくれた時の事かな。でも護衛としては間違ったことじゃないと思う。多少楽をしたいという考えがあったことも否定はしないけど。でも喫茶店で話しかけてくることもないな。
「基本的に私から話しかけない限り、会話もありませんから」
偶にメールは来るけど。何で俺に他者の愚痴を語ってくるのか分からん。そこは報告に上がっていない内容だろう。護衛対象に愚痴る人物が何処にいるんだよ。
「私は職務に忠実であります!」
「過去の報告書を全て読ませるわよ、晶」
「すみませんでした!」
幾ら上司が相手でも弱すぎないか、晶さん。色々とあって頭が上がらないのだろう。そんな様子を苦笑して見ている恭介さんも苦労人なのだろう。
「仕事の話していないでそろそろ遊ぶわよ、琴音」
「だからって引き摺るな! 色々とずれるから!」
業を煮やした香織に腕を取られるとそのまま海の方に引き摺られた。それに参加するように反対側まで晴海が引っ張る。せめてパーカーは脱がせろ!
「水着似合っているよ、琴音。セクシー」
「それを今言うのかよ!」
引き摺られる俺の横を歩く宮古に突っ込む。ちょっと待て、このまま海に投げ込むつもりじゃないよな。準備運動も何もしていないんだが。護衛者達も微笑ましそうに見ていないで助けろよ!
「助けなくていいの?」
「いつものことですよ、主任」
「そう」
納得するなぁ! 確かに傍から見たら危機的状況じゃないけど、俺は泳げないんだよ! プールと海は違うんだからな!
「行くよ、香織!」
「分かっているわよ、晴海!」
「ファイトー、二人とも」
ラストスパートとばかり駆け出したよ、俺を引きずったまま。その後は海の中まで俺を引き摺って行ったさ。水着がずれなくて良かったと思うが苦言は言いたい。
「泳げないって前に言ったよな!」
「聞いたけど、足が付くから大丈夫でしょ」
「私は聞いていないから」
そうだな、クラスが違うから香織には話していなかったな。それに足が付くという問題じゃない。お前らの腰まで海水が来ると、引き摺られている俺は頭まですっぽり海水に浸かる結果になる。
「パーカーも濡れるし」
「乾かせば大丈夫!」
分かっていて言っているよな、宮古。乾かして大丈夫じゃないから言っているのに。はぁ、洗濯分けないと。
「ほら、遊ぶわよ!」
「はいはい。ここまで来たらもう逃げないよ」
香織の言葉に頷いておくが、遊ぶって言っても何をするんだ。ビーチボールとかも手元にないのに。取り敢えず適当に付き合うか。折角来たんだから楽しまないとな。
さて折角50話も突破したので閑話でも書こうと思っています。
候補は二つですね。
「腕時計の過去」視点は主人公。中心は喫茶店の沙織。
「護衛者の報告」視点は晶。護衛初日からの話ですね。
この二つのどちらかを書こうと思っています。
投稿するとしたら海水浴が終わってからの本編と合わせてですね。
流石に海水浴の間に差し込むような話でもないので。
どっちにしようかなぁ。