44.過去は唐突に-前編-
久しぶりに本筋へ戻ってきたら全然指が進みませんでした。
44.過去は唐突に
段々と暑さが厳しくなってきたな。七月も終わりそうになって夏真っ盛り。八月に入ったら更に暑くなりそうだが、喫茶店の中は外と違って快適だ。長袖でも丁度いいな。
「それじゃ店長。休憩札掛けてきます」
「おう。今日はカレーだぞ」
いつも昼食で賄いを貰っている。おかげで家計が助かっているから有り難い。まぁ殆ど余ったものを再利用しているだけなんだが。しかし外に出ると熱風が鬱陶しいな。
「まだセーフだよね!?」
休憩中と書かれたプレートを表に掛けて中に戻ろうとしたら走り込んできた人物に尋ねられた。というかこの声には聞き覚えがあるんだが。
「いえ、アウトです。またのお越しをお待ちしております」
だから俺もいつもの通りに返してしまったが、普通なら批判ものだな。まずは店長に確認を取らないといけないのに。
「そこを何とか!」
やっぱり食い下がってきたか。しかし何でこいつが此処に居るんだ? 住んでいる場所は隣町だからここを拠点としている限り会わないと思っていたのに。何より仕事はどうした。
「琴音ー。入れていいぞー」
店長から許可が出てしまったから入れるしかないか。それにこいつの後ろには俺にとって見慣れた人物たちが勢ぞろいだし。何でこうなるのだろう。
「うちの問題児が無茶言ってすまない」
「いえ、店長から許可が出たので構いません」
その中の代表が謝ってきたが、こいつも相変らずの苦労性か。全然変わっていなそうだな。懐かしい面々だ。だけどあくまで俺は初対面として接しないと。
「ご注文をどうぞ」
「パスタ!」
「カレー」
「お勧め一つ」
「サンドイッチセット多めで」
統一性の欠片もないな。あと最後の注文を受けることは出来ない。何だよ、セット多めとか。普通の物を出すぞ。あと一つ、カレー中毒者は完治してなかったのか。
「悪いがこっちも休憩時間に入っているからあまり接客は出来ないぞ」
「こんな時間に来た私達が悪いから全然構わないよ、店長さん」
こいつ等にとってはいつものことだからな。俺も慣れているし。だから本当に料理を配膳したら俺も昼食を取る。店長も食い始めているからな。
「店長。このお店に色紙とかってありますか?」
「何に使うんだ?」
「一応あの人達、有名人に該当すると思いますよ。記念に要りませんか?」
それに香織がファンだと言っていたのだから必要だと思う。俺はいらないけど。元知り合いのサインとか貰ってどうするんだよ。
「誰なんだ、あの人達は」
「店長……」
娘がファンだと言うのに全く関心ないんだな。恐らく香織がTVとか見ていて、店長も見ていたはずだが覚えていないのだろう。
「私達の知名度なんてそんなものよ。結構若い人がファンに多いから」
「明日ライブなのにこんな所に居ていいんですか?」
香織が家にいるのであればスマホで呼んでいたのだが生憎留守であることは知っている。明日の為に買い物へ出かけているのだ。残念だなぁ。
「私達だって外に出る気はなかったのよ。なのにマネージャーの奴が」
何かしらの揉め事でもあったのだろうか。明日のライブに関係していることかな。だとしたらここで喋るのは不味いのではないだろうか。
「昼食にハンバーガーを用意したのよ!私達は誰も食べないのに!」
しょうもない理由だった。いや、昼くらい我慢して食えよ。店長を見てみろよ。凄い呆れているぞ。
「ハンバーガー嫌いなんですか?」
「別に嫌いじゃないわよ。ただある理由で食べたくないだけ」
それは嫌いということじゃないだろうか。まぁ俺も食いたいとは思わないな。死んだときに食ったものだから拒否反応が凄い。匂い嗅ぐだけでも吐き気がする。
「だから抜け出して昼食を取りに来たのよ。ただあまり人が多い所だと騒ぎになりそうだから」
そりゃ一応はTVに出ているような人物だからな。ばれたら騒ぎになるのは確実だろう。そこら辺を考えるだけの頭はあったか。成長したな。
「だからといって休憩間近の所を狙いますか?」
「あっ、ばれてた?」
お前との付き合い何年だと思ってやがる。席だって外から見えない位置にしているし。
「でも最初のやり取りはあいつを思い出すな」
「そうだな。あいつのバイト先で同じようなことしたよな、勇実」
「そう言えばそうね。どういう状況だったのか忘れたけど」
それが原因で俺と勇実が付き合っているとかバイト先で話されて誤解を解くのが大変だったんぞ。その愚痴も勇実には零していたのだが、こいつ笑って済ませやがったからな。
「店員さんの名前は何かな?」
「琴音ですよ。近藤勇実さん」
「もしかして私達のファンかな?」
「全く違いますので安心してください」
色々と興味はあるがファンと言う訳ではない。香織から曲も聞かせて貰って確かに俺も気に入ってはいるがそれだけだし。CDもネットでの配信も買っていないから。
「何か琴音ちゃん。私に冷たくない?」
「平常通りですのでご安心を」
染み付いた癖だからどうにもならん。よく言えば明るい。悪く言えば騒がしく問題行動の多い勇実を相手に、こっちまでノリに乗ったら収拾が付かないからな。このメンバーの中で当時は俺が常識人だったのだから。
「でも最初は私を見た時、軽く驚いていたよね?」
「一応は有名人じゃないですか」
表情に出さないようにしていたはずなんだが。そりゃもう会わないと思った人物と唐突に再会したら誰だって驚くだろ。ただそれだけだ。
「そうだけどさぁ。なーんかそんな感じの驚き方じゃなかったような」
変な所で勘が鋭いのも相変らずか。だけど俺であることに気づくことは無いだろ。幾らなんでも荒唐無稽な話だから。
「それに性別とか姿とかは違うんだけど。似ているのよね、総ちゃんに」
「そうですか」
「ちなみにさ。兄とかいるかな?もしくは隠し子的な」
「いません。父と母共に知っていますし、下に双子がいます」
可能性の話だな。俺の母親の事だから隠し子がいたとしても不思議じゃないのは分かる。だから聞いてきたのだろう。俺が知らない所で何をしているか分からないからな、あの人は。
「ふむ、となると単純に似ているだけかな。うーん、でもなぁ」
悩むな。そこは納得しておけと言いたいが、俺が言えるわけがない。ツッコミできないのがもどかしいな。
「ねぇねぇ、琴ちゃん。私達とバンド組まない?」
「ぶっ!?」
いきなり何を言い出すんだ、この馬鹿は! 脈略も何もないし、何処からそんな話が出てくるんだよ。周りの連中も止めろよ!
「何か勇実の暴走も久しぶりだな」
「やっぱりこれがないとな」
やっぱり止めないのかよ! 慣れ過ぎていて感覚がマヒしているのは分かっている。だけど巻き込まれた方は大変なんだぞ。
「私を誘ってどうするのですか。言っておきますが歌ったことなんてありませんよ」
琴音が歌うなど音楽の授業位だ。カラオケだって行ったことがないのだから歌唱力はさっぱり分からない。それに今の俺にそんな自由はない。
「ルックスは及第点。むしろそれだけでも売れそうだし。歌については私の勘かな」
「勘で決めないでください。それと私はそういったことに一切興味がありません」
俺がTVなんかに出てみろ。大騒ぎどころの話じゃない。実家からどんな連絡が来るのか怖くて想像もしたくないわ。
「えぇー、喫茶店で働くよりもお金は稼げるよ」
「うちの看板娘を引き抜かないで貰えないか」
店長、もっと言ってやってください。それにお前達と一緒に活動していたら学園での生活自体破綻するだろ。
「私の苗字は如月です。それで分かりますよね?」
「わぉ、そういう言い方するってことは十二本家の人かぁ。そうなるとちょっと無理があるかな」
ちょっと所の話じゃないからな。察してくれて有り難いがこの程度で勇実が諦めるとは思えない。俺の過去話を聞いている余裕はなさそうだ。
「その前に何で十二本家の如月が喫茶店で働いているんだよ。普通に考えておかしいだろ」
疑問に思うのはご尤も。この中での唯一の常識人、一さん。他の連中は全く疑問に思っていなそうだから。真面目に常識をどっかにぶん投げているような集団なんだよ、こいつ等。
「問題起こして家から追い出されました。ほら、こんな人物を組み込むのは問題がありますよ」
「それを本人が言っちゃう辺り大丈夫そうなんだけどね。それに私達も色々と問題ありだから全然平気よ!」
平気じゃねーよ! 何でお前は引き下がらないんだよ! 他の連中も飯食っていないで何か言えよ!
「絶対に嫌です」
「どうしても?」
「どうしてもです。新選組に入る気は全くありません」
だから禁句を発する。俺たちに共通している点であり、ある意味で黒歴史と化している単語。効果は抜群であり、全員の食事の手が止まった。
「ね、ねぇ。まさかとは思うけど私達のデビュー前を知っているとかは無いよね?」
「さぁ、何の事でしょう」
ノリと勢いのみでやった黒歴史なんぞ知らない。あとで知り合いから映像を見せて貰って全員羞恥に身悶えたのは記憶しているけどな。
「大体調べれば分かることじゃないですか。全員の名前が何故か新選組に似ているというのは」
「確かにそうだけどさ。だからこの面子が集まったともいえるけど。……本当に私達の過去は知らないのよね?」
「どうでしょうね」
よし、話題は逸れた。あとはこいつ等をさっさと帰せばいいだけだ。俺の過去なんて二の次。まずは目の前の脅威から身を守らないと。
「何か二人のやり取りを見ているとあの頃を思い出すな」
「俺も思った。店員が総司とダブるな」
中学時代からの付き合いだから何か感じるものがあるのだろう。あと新八よ。カレーを綺麗に食うのはいいが、名残惜しそうにスプーンで掬うな。もう皿は空だから。
「私も思った。だから兄妹の話したんだけど、勘違いかな」
「勘違いです。むしろ隠し子がいたら大問題ですよ」
十二本家の人間の中に隠し子がいますなんてゴシップのいいネタにしかならん。ただでさえ立場が危ういというのにこれ以上問題を積まないで欲しい。
「あとはこの喋り方があっちになれば完璧だと思わない?」
「だな。つーか、店員に遠慮がないというのも久しぶりだな」
お前らに遠慮するような豊かな心は持っていないんだよ。むしろお前らがもっと遠慮しろ。前のバイト先での騒ぎを思い出すわ。
「ねぇねぇ。ちょっと男っぽく喋ってくれないかな?」
「それを女性に勧めてくるのはどうかと思いますよ」
別に喋った所で琴音と俺が同一人物であるとばれることはないだろうけど、どうしてこいつ等は俺を同一視したくなるんだ。確かに仲間と認識はしているけど。
「ぶぅ、ケチ」
「店員がお客さんに敬語使わないのも不味いので。あと、食べ終わったのでしたら食器を片付けますよ」
綺麗に食べ終わった食器の片付けもさっさと終わらせないとな。今が休憩中なのは変わらないのだから残った仕事は速やかにしないと。
「タッチ!」
「っ!?」
「いったーい!?」
前かがみになった所で何故か胸を触られたので反射的に持っていたトレーで勇実の頭を叩いてしまった。自業自得だ、馬鹿が。
「琴音ー、備品は大切に扱えよ」
「すみません。店長」
「私の心配は?」
「因果応報だな」
店長の言うとおりである。あと触った手の感触を確かめるような動きをするな。同性とはいえ何か卑猥だぞ。
「触った感想をどうぞ、勇実リポーター」
「デカい!柔らかい!」
「お前も馬鹿なことを聞いているんじゃねーよ!あと語彙少ないな!」
カッとなって新八の頭もトレーで叩いてしまった。もう我慢が出来ん。突っ込みいれないと俺の精神が持たない。多分、これも癖だ。
「「「キタァー!」」」
「五月蠅いわ!」
悪乗りが加速する結果となったのは言うまでもない。一も頭抱えていないでこいつ等を止めろよ。お前と俺の二人で掛からないと無理なのは分かっているだろ。それとももう諦めたのか。あぁ、もう収拾付けるの無理だわ。
前回の後書きで、結構な方が同じ経験があるのは意外でした。
逆に安堵もしましたけど。筆者だけではなかったと。
他にも色々と子供関係のネタはありますが、機会があればですね。
さて、いつもはやらない近況報告でもしておきます。
プライベートの方がバタバタとしていて結構不定期投稿になりそうです。
まだ決定ではないのですが、一人暮らしの可能性が出てきたので。