43.盛大な勘違い
注意:後書きが長いです。
43.盛大な勘違い
何で俺はこんな所にいるのだろう。最初の休暇日だというのに香織に引き摺られるようにショッピングモールに連れて来られた。店長の娘だから俺のシフトを知っているのは不思議に思わないけど。
「だからって何で此処?」
「もちろん海に行く準備に決まっているじゃない」
用事があると呼び出されて何だろうと思ったら水着売り場に来ていた。うん、訳が分からない。
「宮古に頼まれたのよ。琴音が水着買う気が一切ないから見繕ってと」
社交辞令で言った内容がそのまま伝わったという事か。そんなに嫌な顔をしていたのか俺は。
「多分、八月の初め辺りに海に行く予定を組んでいると思うから」
「私は強制参加か」
「どうせバイトばっかりで予定なんてないでしょ?」
「確かにないけどさ。だけど別に水着じゃなくても海には行けるよな?」
邪道であることは分かっているが、せめてもの抵抗はさせてもらう。
「それが許されると思っている?」
「思っておりません。すみませんね」
思いっきり睨まれたので素直に謝っておく。だけど水着ねぇ。男性なら下のみ隠していて上は裸なのだからその感覚で行けるのではないかと最初は思っていた。だけどその考えは水泳の授業で変わったな。
「大体私に水着は似合」
「最後まで言い切ったら怒るよ」
「本当にすみません」
怖い。怖いよ、香織。単なるジョークで時間稼ぎじゃないか。そんなマジで受け止めないで欲しい。というか女性の水着コーナーにいるだけでダメージを受けているのだが。
「うーん、琴音のスタイルならやっぱり露出多めが似合いそうだけど」
「止めてくれない。そういうの」
学園指定の水着でさえ恥ずかしかったのに、あれ以上の露出となると真面目に人前に出れないのだが。何でこういう感覚だけは箱入り娘なんだろう。
「ほら、こういうの何てどう?」
「話を聞けよ」
俺に向かって差し出された水着は俗に言うビキニタイプだろうか。露出過多だろ、どう考えても。香織は何を期待している。ポロリか?
「試着してみる?」
「断固拒否する」
よく見ると身体を隠す部分以外は全部紐じゃないか。これって結びが弱かったらマジでポロリするんじゃないか。それに背中なんて丸見えだろ、これ。
「何故にこれを選んだ?」
「似合いそうだから」
「本音は?」
「着た後の反応が見たかったから」
やっぱり面白がってやがる。似合う似合わない以前に俺をからかって遊んでいるんだろう。誰がこんなものを試着とはいえ着ると言うか。
「でも本当に似合いそうなんだけどなぁ」
チラッと見るな。着て欲しそうに見られても絶対に着ないぞ。香織は俺をどのような姿にしたいんだよ。いや、見れば分かるけどさ。
「チッ」
舌打ちをするな。うら若き女性が行儀の悪い。渋々戻してくれたが、あれ以上の露出が激しい水着はないだろう。
「なら、これなんてどう?」
「香織。香織ならそれを着る度胸はある?」
「ない!」
断言できるものを勧めるな! これは本当に水着なのか。確かに大事な場所は隠れているが、最小限過ぎるだろ。店側もこんなものを仕込むな。誰が買うんだよ、こんなの。
「遊んでないでさっさと選ぶぞ」
「それもそうね。こんなの誰が買うんだろう」
それは俺が聞きたいわ。余程自分の身体に自信がある人か露出狂の人ではなかろうか。あとは店員の遊び心とか。
「露出が多いの駄目となるとワンピースタイプかな」
それでも十分に露出が高いと思うのだが。だけどそれ以外だと全身隠すようなものしかないし。それはそれで恥ずかしい。
「白だと似合わなそうだし、黒とか紺とかどう?」
「いや、どうと聞かれても全然分からないのだが」
「だからもうちょっと服とかに興味持ちなってば」
お金が掛からないのであれば興味を持つかもしれない。でもそろそろ長袖も限界だな。何かしら半袖の物も買わないといけないな。
「うーん、これにしてみようか。ほら、試着してきなさい」
「やっぱり着ないと駄目か?」
「当たり前じゃない。サイズの確認とかもあるんだから。買って駄目でしたなんて面倒じゃない」
もしかしたら返品不可の可能性もあるか。そうなるとお金をドブに捨てることになるな。それだけは俺も許せん。
「一応言っておくけど、覗くなよ」
「覗かないけど着替え終わったら教えなさいよ。チョロッと見るから」
それ位ならいいか。仕切り全部開けられるよりはよっぽどマシだ。溜息を吐きつつ試着室に入って水着に着替えるのだが、寒い。冷房効いている所為だな。
「終わったけど」
「じゃあ失礼して」
仕切りから顔だけ出して中を覗いてくる香織。普通に考えればこういうのって逆だよな。試着室から顔を出すのが一般的なような気がする。それも恥ずかしがりながら。
「おぉ、結構似合っているね。それにする?」
「もうこれでいい。悩んでいても着せ替え人形にされそうだからな」
服を選んでいる人達は凄く楽しそうなのに、着せられている本人は凄く疲れるんだよ。虚空を見ながら現実逃避するほどに。
「それはそれで面白そうなんだけどね。それじゃ私も水着選んでくる」
「私は会計を済ませて外にいる。何かもう疲れた」
「むぅ、琴音にも選んで欲しかったんだけど」
「知っての通り、私にセンスはないから」
選ぶことなんて出来ない。試着した感想位なら言えるだろうが、水着なんてどれも一緒に見えるからな。気の利いた言葉も出やしない。
「それじゃパパッと選んでくるね」
「了解」
俺もさっさと着替えるか。しかし会計して思うのだが、水着って何でこんなに高いんだ。布面積が少ないのに普通の服より断然高いよな。やっぱり素材の違いか。それとも何かしらの機能の為か。
「さてと、少し休憩」
女性の買い物は長いと相場が決まっているが、香織はどっちだろう。悩まずに第一印象で決めるか、悩んで決められないか。一人だとさっさと決めそうだな。
「んっ?」
何か袖を引っ張られているような。袋を持っていない方を見てみると見知らぬ女の子が俺の袖を引っ張っていた。はて、何だろう。
「お母さん」
「……」
待て、ちょっと待て。思考停止している場合じゃないぞ。もし考えていることが事実だとしたら盛大に不味い。琴音に子供がいるなんて全く知らないんだが。
「お母さんとはぐれた」
ですよねー。いや、助かった。あり得ない想像をした俺が馬鹿だった。この子の見た目は小学校に入ったばかり位だろ。それで琴音の子供だったら何歳に生んだという話になる。常識的に考えてあり得ないな。
「あれ?もしかして藍ちゃん?」
「うん。お姉ちゃんの事見たことあったから」
会ったのは二回位だったかな。管理人さんの娘で、確か小学一年生だったか。管理人さんと一緒に買い物に来てはぐれたのか。それで見たことある俺に助けを求めに来たと。
「終わったよ。どうしたの、その子」
「迷子。知り合いの人の子で偶然私の事を見つけたから助けを求めに来た」
早いな。全く迷わずに買ってきたのが分かるわ。けど買い物どころじゃなくなったな。取り敢えず管理人さんを探さないと。いや、探す必要はないか。
「まずは連絡を取ってみるか」
スマホに連絡先が入っているから、着信に気付いてくれればすぐに終わるな。問題は慌てていて気付かなかった場合だな。
「もしもし」
『すみません、如月さん。今、緊急事態で後で掛け直します』
数コールで気付いてくれたということは何処かに連絡を取ろうとしていた所かな。だけど声から焦っているのが分かるな。
「藍ちゃんなら私の近くにいますよ」
『本当ですか!? はぁ、良かった』
かなり心配していたようだな。まぁ旦那さんを早くに亡くして娘と二人で暮らしているんだから当たり前か。うちの親だったらどうだろう。父は絶対に探さないだろうし、母はどんな手でも使って探すだろうな。対極過ぎる。
「今こういった所にいます」
『分かりました。すぐにそちらで行きます』
「お母さん、すぐに来てくれるってさ」
「ありがとう。お姉ちゃん」
うむ、いい子だな。だけど何でさっきからずっと手を握っているのだろう。二回しか会っていないのに懐かれている理由が解らない。
「うーん、琴音がもうちょっと年取っていたら親子に見えるかな」
「そういう想像するのマジで止めてくれないかな」
この年齢で子供がいるってかなり洒落にならない問題だからな。十七歳で子持ちって何だよ。もしかしたらそういう人がいるだろうが、苦労が計り知れないと思うぞ。更に俺の場合は大問題に発展するからな。
「藍!」
意外と近くにいたのかな。数分と経たずに管理人さんがやってきた。それも走って。どれだけ心配していたのかよく分かるよ。
「お母さん!」
だけど何故にこの子は俺から離れようとしないのか。そこは母親に駆け寄る感動の場面ではなかろうか。香織もこの状況には苦笑いだ。
「もう、ちゃんと待ってなさいと言っていたじゃない」
「ごめんなさい」
多分だが、管理人さんがトイレか何処かに行っている間に勝手に動いて迷子になったのだろう。そして運よく見たことのある俺を発見して救助を求めた。そんな所かな。
「ありがとうございます、如月さん」
「別に構いませんよ。私は連絡しただけで他には何もしていませんから」
「それにご友人の方との買い物を邪魔してしまったようで」
「だから全然気にしていませんってば」
感謝されるのはいいが、され過ぎるとむず痒いんだよ。こういうのは一言で伝わるから全然問題ないというのに。
「藍ちゃん。今度からはお母さんの言うことをちゃんと聞くんだよ。今回みたいに私がいるとは限らないんだから」
「うん! 分かった!」
元気が有ってよろしい。本当に分かったのかは疑問だが。だけど子供ってもう少し警戒心とかなかったかな。俺に対して警戒心ゼロというのが何とも。
「あらあら、随分と如月さんに懐いて」
「私と藍ちゃんって、会ってまだ三回位ですよね?」
「そうですね。子供特有の直感で信用できると思ったのだと思いますよ」
そんなものか。言われてみると怖がる子と懐く子と分かれていたな。この情報は俺のだが。琴音に関しては考えなくても分かるな。
「あっ、琴音。日焼け止めクリーム買った?」
「買ってないけど」
「どうせ持ってないだろうから買いなさい。接客もやっているんだからそこら辺も気にしなさいよ」
「分かったよ。それじゃ管理人さん、私はこれで」
「随分と変わりましたね。もちろんいい方向にですけど」
「えっ?」
そんなに変わったか。管理人と会ってからまだ四か月位か。あれから印象が変わるようなことはなかったよな。
「最初に会った時は表情を作っている感じがしたので。今ですと友人も出来て、大分素を出せるようになったように見えます」
「あの時は色々と不安がありましたから。何より風聞が悪すぎて誰が味方になってくれるか判らない状況だったじゃないですか」
しかも訳も分からず見ず知らずの女性の中に男の俺が入っていたのだ。これで不安を感じないわけがない。営業スマイルは社会人の基本であるから表情を作るのには慣れているし。
「引き止めてしまってすみません。藍、行きますよ」
「うん。お姉ちゃん、またね!」
元気に手を振る藍ちゃんに俺も小さくバイバイしながら香織の方に向き直る。何でこいつはニヤニヤしているんだよ。
「琴音も子供には弱いか」
「別にそういう訳ではないぞ」
「あんな笑顔を向けちゃって。それに周りが見えていないよ」
周り? 何でこんなに人が止まっているんだよ。そして俺を見ている状況が全く分からない。
「琴音は外見良いんだから男連中は立ち止まるのよ。ほら、通行の邪魔になるから戻るわよ」
「はいはい」
いまいちピンと来なかったが、香織の言う通り俺がこの場に留まっているのは得策じゃないな。視線が痛いわ。しっかし、そんなに変わったかな。周囲に味方が増えたからその影響かもしれないが。でも随分と最初と比べて改善したな。よし、まずは今年を乗り切ってみますか。
その前に海どうしよう……
子供が親を間違うとか漫画や小説の中だけの話ですよね。
我が身に降りかかるまではそう思っていました。
声を掛けられるだけなら勘違いで済みますけど、袖まで引っ張られたら確定ですよ。
声掛けられた時、流石の筆者も頭の中が真っ白になりました。
その後の展開も早かったですね。家族の方がダッシュで来て「すみませんでした」と一声かけて子供を抱えて去っていきましたから。
呆然と見送りましたけどね。対応できるわけもありません。無理です!
でもこの話をしても誰も信じてくれなかったんですよね。幾らなんでも無理があると。
せめて証人が居れば話が違うんだけどなぁと言われました。
だから二回目が起きたんでしょうね。
いきなり手を握られていつもの一言。でも君の隣にいる人が本物ですよっと。
親御さんも子供の声で気付いて、ギョッとしながら「貴女、誰?」という顔をしましたけど。
筆者が貴方達誰ですか! と言いたかったです。
去り方は前と変わりませんね。慌て方が凄かったですけど。
そしてこの時は社員旅行だったのです。後ろの方々は呆然としてからの爆笑。
同期の方、顔を逸らして笑いを堪えなくてもいいですよ。むしろそっちの方が地味にダメージ食らいますから。
そしてこれ以降、友人知人は殆どの話を信じてくれるようになりました。
そんな過去話でした。