40.一喜一憂
40.一喜一憂
漸くテスト期間も終わって、今日は結果発表の日。いつも通りのペースで進めていたから俺としては何の問題もない。気になる人物はやっぱり霧ヶ峰さんだよな。
「どうだった?」
「また五位でした」
隣の相羽さんに聞かれて答えた。別に悔しいとか全然ないのだが、どうやったらテストで全教科満点取れるんだよ。ケアレスミスすらないとか凄いな。
「如月さん!やりました!」
時間は昼休み。弁当を広げようとしたら霧ヶ峰さんが突撃して来た。クラスの反応はやって来た瞬間、嫌な顔をしていたが第一声を聞いて驚きに変わっていたな。そりゃあんなことがあったのに嬉しそうに俺へと来たんだから当たり前か。
「何位でしたか?」
「十九位でした。これも如月さんのおかげよ」
それは良かった。教えた方としても嬉しいものだ。ちなみに学園内では俺の事を名字で呼ぶことにしたらしい。別に名前で呼んでもいいんだけど。
「まだ油断は出来ませんよ。もう一回その順位をキープしないといけないんですから」
「分かってるわよ。夏休みも励むわ」
「息抜きも大事ですからね。根を詰め過ぎても駄目ですよ」
勉強だけの夏休みなんて寂しすぎるからな。学生なら遊ぶことも仕事の内だから。俺はバイト三昧の予定だが。
「ノートの件もありがとう。あれがなかったら危なかったかもしれなかったわ」
「あれは便利だよねぇ。うちのクラスでも取り合いになる位だから」
霧ヶ峰さんと相羽さん。二人は一緒に勉強していたことから面識がある。確かに最初は険悪な雰囲気だったが、すでに接触していた香織のおかげでアッサリと和解していた。
「それで裂かれそうになった時は私も肝が冷えました」
せっせと書き留めていた内容が裂かれそうになって反射的に怒鳴ったな。結果としてノートを奪取することに成功はした。あとは代表を一人選出してコピーを取らせ、それを量産させて事態は解決。
「ちょっと、どういうことか説明してよ」
疑問に思っているクラスの代表で皆川さんが聞いてきた。事情を知っているのは勉強会に参加した人だけだからな。
「簡単に説明するなら、和解しました」
「ザックリと説明し過ぎ。その過程を聞きたいんだけど」
「私の個人的な事情も絡まっているので喋りたくはないんですが」
「ならいいや。取り敢えず、そっちの人がちょっかい出すことは無くなったということでしょ。それで納得しておく」
正直、もうもう一度説明するのが面倒だっただけなんだよ。何回同じ説明すればいいんだよと。納得してくれて助かるよ。
「私は色んな所に敵を作っていたのね」
「まるで去年の私みたいですね。どうです、気分は?」
「最悪。嫌っていた相手と同じことをしていたなんて。如月さんのおかげで自覚できたというのはある意味で皮肉ね」
それでも全校生徒から嫌われていないだけまだまだなんだよな。俺の周りの親しい人達がいい感情を持っていないだけだから。
「他の人達の舵取りもお願いしますよ。霧ヶ峰さんが落ち着いても他の方々が暴走しては意味がありませんから」
「そっちは保証できないわ。あの時の人達の殆どが私から離れたから」
よくあるパターンか。いい未来を与えてくれる存在だから媚を売るけど、悪い方向に傾いた瞬間に手の平を返す。社交術ともいうが気分は良くないな。
「個人的な友人に影響は?」
「そっちは大丈夫よ。取り巻きだけが全てじゃないから。私にだって親友はいるわよ」
ならいいか。そのままボッチになったらこちらから手を差し伸べようと考えていたのだが。何だかんだとこのクラスの人達はお人好しの部分もあるからな。
「ふぅー!」
「それで小鳥は何で威嚇しているんですか?」
猫みたいに鳴くなよ。
「私、この人嫌いです!」
直球で来るなぁ。弁当を食いに来たのに嫌いな人がいたら威嚇は、しないよな。そのまま去る方を取るだろうに真っ向から衝突かよ。まぁその相手は凹んでいるんだけど。
「何か未来が暗くなってきた気がする」
「まだ文月だけですし挽回の機会はありますよ」
「だけど葉月会長にもよく思われていないから」
「あの人の事ですから何かしらのきっかけがあればコロッと変わりそうですけど」
面白い状況になったら絶対に首を突っ込んでくるぞ。それで状況が転がったら気に入られる可能性だって格段に上がる。俺としては巻き込まれる可能性が上がるのでそんな状況になりたくはないんだけどな。
「ほら、小鳥も。ヘソを曲げていないで昼食取りますよ」
このままだと昼食の時間がどんどん削られそうだから。小鳥は弁当を持って来ているけど、霧ヶ峰さんは手ぶら。それだけ嬉しかったという事だろう。
「わ、私はこれで失礼します」
「もう来ないでください!」
「だーかーらー。小鳥は何が気に入らないんですか?」
こうして出会うのは初めてだったはずだよな。
「琴音さんに嫌がらせをしていたからです!」
俺が理由かい。別に俺は気にしてはいないんだけど。学生ならそういうことの一つや二つくらいあっても不思議じゃないだろ。
「私はもう気にしてはいないのですが。確かにやられた直後は苛立っていましたけど」
ストレスは即日に発散させていたけど。ただ俺の発言で更に霧ヶ峰さんの顔色が悪くなっているな。あっ、藪蛇だった。
「大丈夫ですよ。私は何もする気はありませんから。それに思う所があれば勉強なんて教えませんよ」
事情はあったけど、それだけで教えていたわけではないんだから。
「それにそこまで考えが至るんだったら、私に嫌がらせするのはどうかと思いますよ」
「特に考えていなかったから」
衝動的な行動って大体そんなもんだけどさ。もぐもぐと口を動かしながら考えてはいるのだが、霧ヶ峰さんの行動って色々と矛盾しているんだよな。ただそろそろ帰ってくれないかな。
「取り敢えず今回は一度引いたほうがいいですよ」
話が拗れてくるから。悪い方向にどんどん向かっているぞ。思い出しては凹んでいるのだから世話ないな。
「如月さんにはお世話になるわね」
「そう思うのなら改善に努めてください」
割とマジで。小鳥の不機嫌さが見て取れるから。こんな雰囲気で昼食を取りたくはないんだよ。喧嘩とかは俺が見ていない所でやってほしい。ただでさえ午後の授業は憂鬱だと言うのに。
「それじゃ如月さん。またね」
「頑張って下さいね、色々と」
前途多難ぽいけどな。俺自身も経験したが悪い印象って中々払拭できないから。コツコツと前に進むしかない。
「小鳥もいつまでも不貞腐れていないで」
「琴音さんは大人ですね。私ならあんなことされたら嫌いになるのに」
社会人を経験しているからな。嫌な相手だとしても仕事上の付き合いで絶対に顔を合わせることだってあるし、一緒に仕事をする可能性だってある。あとは如何に我慢するだけ。霧ヶ峰さんの場合は先入観があったから問題行動を起こしただけで、根は悪い人じゃなさそうだし。
「でも小鳥だって社交界に出ているのですからそういった世渡りは心得ているでしょう?」
「ただ笑顔で対応しているだけですから。勘違いする殿方もいらっしゃいますが、そこら辺は両親が捌いてくれます。」
何気に有能だな、その両親。今の所、まともな十二本家って文月位な気がするんだよ。他の欠陥が色々と見えてくるし。学園長の場合は、皐月家と言うより個人だと思うが。
「如月さん。急がないと準備間に合わないよ」
「次の授業は何なのですか?」
相羽さんに急かされ、小鳥に聞かれたが俺としては二重の意味で乗り気じゃないんだよ。
「水泳です」
もっとも受けたくない授業ワーストワンなんだよ。
変に気を遣った小鳥は昼食を取り終わるとすぐに自分のクラスに帰っていった。そして俺は屋内プールの更衣室に向かい、現在着替え中。
「何でタオルで全身隠すかな?」
見せたくないし、恥ずかしいからだよ皆川さん。他の女子は全員気兼ねなく全裸を晒しているから俺はそっちに視線を向けないようにするので手一杯。
「ふーん、如月さんとしては自信のない体つきと申しますか」
「いやいや、全然そんなことはこれっぽっちも思っていませんからね!」
これは絶対にひん剥かれるパターンだよな!?にじり寄ってくる数名の目が怖いんだけど!
「私達としては断然興味があるんだけど」
「滅相もないから近づいてくるの止めてくれませんか!」
このクラスも大概問題ありだった!そして全裸で迫って来るなよ!目のやり場に困るわ!
「者共、掛かれー!」
「「「わぁー!」」」
「五月蠅いよ!さっさと着替えて出てきなさい!」
屋内プールの方から聞こえてきた体育教諭の加藤先生の叱責でピタリと止まり、そそくさと着替えに戻るクラスメイト。ノリがいいな。そして助かった……。
「悪ふざけが過ぎますよ」
「ごめんごめん。反応が面白かったからついね」
香織と同じようなことを言うなよ。兎に角、俺もさっさと着替えないと。再び野獣が向かってくるかもしれないからな。
「くっ、これが胸囲の格差か」
着替え終わったら、終わったで数名から怨嗟の目で胸を見られている。見られた所で減るものでもないんだが、反射的に隠してしまう。多分ここら辺は琴音の癖なんだろうな。
「ほら、また加藤先生から怒られますからさっさと行きますよ」
「持っている者の余裕かー」
何も言えんわ。そして棒読みで言うなよ。何か来年の特殊クラスにこのクラスが指定されそうで怖くなってきたな。あと、隣のクラスの女子が若干引いているからな。水泳の授業は共同なんだから。
「それじゃ今年最初の水泳の授業だから好きにしていいわよ。ただし準備運動はしっかり行う事」
水泳の授業は加藤先生が受け持っている。この人は問題教諭の後任としてやって来た人だ。佐伯先生とは飲み仲間らしく偶に話しているのを見たことがある。男性教諭が女子の水泳を受け持つのは色々と問題があるという声があったみたい。こっちとしては色々と助かるんだけど。
「泳げない人はどうすればいいですか?」
「水に慣れなさい」
全く教える気がないな。ちなみに泳げない人とは俺の事。前の人生でもそうだったがカナヅチである。琴音の身体ならもしかしたら泳げるかもしれないが、どうだろう。
「如月さんなら何でも出来ると思ったんだけど」
「私だって万能じゃないですよ」
そういう目で見ていたのかよ、相羽さん。俺にだって出来ないことの一つや二つあるさ。主だった所で化粧とか。
「水が怖いとか?」
「それは大丈夫です。取り敢えず入ってみます」
前は身体が沈んでいたからな。友人たち曰く泳ぎの才能が全くないと言われるほどだった。
「立派な浮袋が付いているから大丈夫でしょ」
「皆川さん、何か私怨を感じるんですが」
「べっつにー」
身体つきについて文句を言われてもどうしようもないんだけど。あっ、今回は浮けた。これなら泳げるかな。
「大体胸が大きければバスケし難くないですか?」
「そりゃそうだけどさ。やっぱり女としてはあった方がいいじゃない」
そこら辺は好みの問題だろうな。俺としては無くても全然問題ないんだけど。男性視点から見てもあるなしは人それぞれだし。
「ふむ、便利かな」
「何が?」
手首に付けているテープが。茜さんと佐伯先生が気を遣って教えてくれたのだが、本当に水に付けても剥がれないんだな。あと肌と色合いが同じだから違和感がない。トイレに行く途中で貼っておいて良かった。
「何でもありません。それより泳ぎ方を教えてくれませんか?」
「一揉みで受けようかな」
「相羽さん、お願いします」
「冗談だから何か反応してよ」
セクハラ反対なんだよ、皆川さん。何でも誰もかれも胸に触れようとするのかな。妹に揉まれ、綾先輩に揉まれと関連性なく揉まれているな。
その後は手を引いてもらいながらバタ足など教えて貰い泳ぎが少しばかり上達した。どうやら琴音のスペックも水泳には反映されていないようだ。
「おっも!?」
プールから上がると水分を含んだ髪が何と重いことか。首が疲れるぞ、これ。
「髪が長いから仕方ないでしょ。それだと乾かすの時間掛かりそうね」
「乾かす時間はあまり取れそうになさそうですけど」
何せこの後にもう一つ授業があるのだから。早めに授業を切り上げてくれるのは助かるんだけど、それでも時間は足りない。部屋でもドライヤーの使用時間で電気代が圧迫されている。
「うーん、全員でドライヤーを如月さんの髪に当てればいけそうだけど」
「確実に髪が痛みそうです」
温風の波状攻撃とか如何にもと考えるな。でもドライヤー自体も昔と比べると格段に進歩しているからもしかしたら大丈夫かな。昔のだと髪が焦げることもあったから。
「でも髪は結べそうにないよね」
「仕方ないですけど、暫く下ろしています」
ポニテには出来んな。完璧に乾いているならやるんだが、曖昧な状態で纏めるわけにもいかない。蒸れるし。
「でもそういうのも新鮮だよね。いつも結んでいるから」
「私としては色々と動いて邪魔だと思っています」
だけど茜さんから髪を切るの禁止されているんだよ。ある程度の長さまでなら許してくれるんだけど、それ以上だと怒るんだよな。何でも俺の髪を弄るのが面白いのだそうだ。
「ドライヤーを使うなら皆川さんからどうぞ。私は時間いっぱい使いますから」
「私は短いからさっさと終わらせるね」
その間にタオルで拭えるだけ髪を拭いておかないと。しかし本当に重いな。こういう日がまた続くと思うと憂鬱だ。やっぱり男性の方が色々と簡単に済んで楽なんだな。
「ほい、交代」
「本当に早いんですね。大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。ある程度乾けばあとは自然乾燥で何とでもなるから」
胸の事は気にしているのに、そういった部分はあまり気にしないのかよ。さっぱり分からんな。さて髪との格闘を始めますか。
今回は平和でしたのでイヴの日の話でもしましょう。
内容はよくあると思う話なんですけどね。
上着のポケットから落ちるスマホ。そして足の小指に直撃。
痛みに悶えながらスマホの心配をするという珍妙な光景。
誰にも見られていなかったことに安堵しました。多分変な顔していたと思いますから。
サンタさん、来年はネタのプレゼントはいりません。というか何もいりません。
平穏無事に過ごさせてください。