37.もう一つの舞台-後編-
37.もう一つの舞台-後編-
「でも考え方次第なんだよね。彼女の会社を蹴落としたいと考えている人がいるということは、それだけ彼女の会社を評価しているとも言えるんだから」
「でもそれが現状を変えることもないですよね」
「そうだね。まずは現在の如月琴音がどのような人物であるかが知られていない状態だと何も変わらないね」
だから俺が社交界に出る必要があるんだろうな。でも俺が出ると表明した所で如月家が許さないだろう。主に父が。
「今の私の状態ですと社交界に戻るのは不可能です」
「それは僕も分かっているよ。だから別の案として十二本家の誰かと霧ヶ峰さんが親しいというのを周知させるのが効果的かな」
「私には無理です。十二本家の方々のガードの堅さは有名ですから」
「そりゃ家族から散々に言われていることだからね。付き合う人物はよく考える事ってさ」
言われたことないな、琴音は。それに小鳥だって同じだな。琴音にほいほいと付いてくるような人柄だし。
「会長は駄目ですか?」
「僕が嫌だよ。それで縁組の相談なんか出されたら洒落にならないからね」
本当に面倒臭い世界だな。でもそうなると男女で親しいという話を出すわけにはいかないという事か。小鳥に話を持っていっても嫌な顔するだろうな。前回ので激怒してたから。
「詰みですか」
「そうなるかな。いやぁ、残念だね。霧ヶ峰さん」
笑顔で返す会長が凄く悪い人のように見えるな。それは霧ヶ峰さんも同じだろう。顔面蒼白にしてるから分かり易い。でも本当に俺に出来る事なんてないんだよな。多分会長は他にも案を持っていると思うけど。
「琴音さん、私は明日の下準備に入ります」
「木下先輩全然話に入ってきませんね」
「私が入れるような会話ではないので」
確かに社交界に出たことがない人だと話自体に付いて来れないな。それ以外にも木下先輩は霧ヶ峰さんに態度が冷たいというのもあるんだが。
「で、でも私が如月琴音の代わりに生徒会に入れば評価も変わるはずでは」
「却下だね」
「あり得ませんね」
会長と副会長からのダメ出しだと俺から言えることは無いな。目に見えて霧ヶ峰さんの顔が泣きそうになっている。
「私の何が駄目だというのですか!」
「影でこそこそとやるのは僕が好きじゃないから」
「同感です。琴音さんを選んだのは私達です。文句があるのであれば生徒会に直接どうぞ」
同情すらせずに相手を蹴落としていくな、二人とも。あとは霧ヶ峰さんを入れた場合の事も考慮しての発言だろう。
「それに貴女では現在の生徒会での活動が務まるとは思えません」
現在と言う辺り、木下先輩も分かっていらっしゃる。生徒会の活動難易度が上がっているのは現在の会長の所為だからな。
「如月琴音に出来ることが私に出来ないと言うんですか!」
「その偏見が駄目だと言うのです。それに貴女に今回のような催し物の準備が出来ますか?」
「ど、努力します」
「それは現在出来ないと同じです。貴女が出来るようになるまでに私達がいなくなる方が早いです。つまり私達が必要としているのは即戦力となる人物です」
何の因果かそこに俺が入ってしまったんだよな。でも俺が戦力となっているのは過去の経験があるからであって、普通の高校生だったらこんなこと出来ないぞ。ある意味でズルしているようなものなんだよ。
「では私はどうすれば」
「諦めるしかないのではないでしょうか」
鬼や、この二人。絶対に何かしらの案を持ってそうなのに提示しない。何処まで彼女を落とそうというのかね。何も言わない俺も同罪なんだけど。流石にそろそろ可哀そうに思えてきたな。
「一つ聞きますが、一年くらいで会社が危機に陥ることはあり得ますか?」
「多分ないと思う。でもなってみないと分からない」
「なら次の生徒会に入るように努力しましょう。どうせ私は次期生徒会に入る気はありませんし、入れませんから」
まだ一学期だと言うのにすでに次期生徒会長の有力候補は決まっているからな。あれと一緒に仕事する気はサラサラ無い。
「私が入れない場所に霧ヶ峰さんが入る。ほら、これで立場が変わりますよ」
「弱っている人に手を差し伸べて、恩を売るスタイル。流石琴音、悪女みたいだね」
「黙っていてください、会長」
横でコントをしているが無視しておこう。目標が設定されたならあとは努力するだけ。何もせずに生徒会メンバーに選ばれるほど簡単じゃないと思う。
「ですが今の私の評価だと無理かも」
「学業でも伸ばせばいいと思いますよ。あの人は基本的にチョロイですから」
「言うようになったよね、琴音も。まぁ僕も同じ感想かな。彼が生徒会長になるのは僕としては反対なんだけど」
「私も彼が会長ですと入る気がしませんね」
長月の評価が酷いな。単純に人の表面や噂などをまともに受けるような人物だからな。だから彼に必要なのはちゃんと人物を見られる補佐役が必要なのだが、今はいないんだよな。
「学業を伸ばせば必然的に彼の評価にも繋がります。私は例外ですから気にせずに」
目に入っても不正を疑われるからな。もうちょっと色々な所に目を向けられれば彼も伸びると言うのに。あとはちゃんと現実を直視することかな。
「前回のテストで学年順位四十六位だったんだけど、足りないよね」
「そうですね。せめて二十位以内を目標にした方がいいです。十位以内に入れれば安全圏だと思いますが」
「無理無理!いきなり順位をそこまで上げるなんて出来ない!チャンスはあと二回しかないのよ」
「ちなみに二回ともその順位じゃないと多分無理ですよ」
今回の期末と夏休み明けの中間テストが勝負どころだな。それにたった一回程度順位を上げても偶然と見られる場合があるから逃せない。
「それに私の場合を考えてみてください。底辺から上位へ上り詰めたのですから」
ズルしているけどな。あとは復習するだけの時間を春休みで取れたのが大きい。幾ら学んでいたと言っても忘れている箇所が多かったから。
「貴女と一緒にしないで」
「あれ?私が出来ることは霧ヶ峰さんにも出来るのではなかったのですか?」
「うぅ」
「希望を持たせて弄って反論できなくさせるなんて悪い人だねぇ」
五月蠅いぞ、会長。これでやる気を持ってもらうのが狙いなんだから。
「両親の会社の為に頑張るのではなかったのですか?」
「そうだけど。そうだけど、今から頑張っても間に合わないわよ」
「うーん、ではこうしましょう。私が勉強を教えます。これでも前回のテストで教えた人達は順位を結構上げていますから。ただし貸しが一つ追加になりますけど」
「……一つ聞いてもいい?」
「何ですか?」
「貴方、本当に如月琴音なの?あまりにも去年と違いすぎるから。それに嫌がらせした私に何で親切にするの?」
「それだと質問は二つになるんですが、まぁいいです。一つ目の質問は確かに私は如月琴音です。それは家族も認めています」
本当は騙していることになるんだが、言えることではない。本物か偽物なのかは問題じゃない。証明することが出来ないから。
「二つ目は単純に私の保身の為です」
「保身?」
「そうです。貴女の会社に潰れられると私が危ないのです」
正直、霧ヶ峰さんの会社が経営難に陥った所で何の問題もないと思っていた。だけど色々と考えたら、その結果に伴う俺への被害が甚大なものになると分かってしまった。
「よく考えてみてください。貴女が私に対して嫌がらせをしていた。それは球技大会で多くの人が目撃しています。そして遠くない将来に霧ヶ峰さんの会社が潰れる。その際に流れる噂を考えてみてください」
「「……うわぁ」」
真面目にヤバい噂が流れそうなんだよ。それを会長と霧ヶ峰さんは理解したようだ。木下先輩はあまり分かっていないようだが。
「如月琴音が報復で会社を潰したかな。最大級の爆弾になるね」
「で、でも考えすぎじゃ」
「それは私も分かっています。ですが一番最悪な結果がそれなのです。その噂が流れると恐らく私の将来も危ないのです」
社交界で恐ろしいのが曲解した噂が流れる事。そしてそれが真実であると信じる者がいる事。それに合わせて琴音の評価が真実味を帯びさせてしまう。
「そしてその結果、私は幽閉される身になるかもしれない。どのような手段を用いたかの問題ではないのです。そのような危険人物を私の父が野放しにするとは思えない。ならばどうするか。何処か人里離れた場所に幽閉するのが一番だと考えるでしょう」
信じた者が俺の事を利用することも考えられる。なら殺すことも出来ないのであれば、隔離するのが一番だろう。そんな将来、絶対に嫌だ。
「琴音さん、それは被害妄想じゃないのですか?」
「常に最悪な結果を考えているだけです。そして今回の予想が起こりうる可能性はそこまで低くないのですよ、木下先輩」
俺だってなってほしくない将来だということは分かる。被害妄想と言われるのも分かっている。だけど考えるとあり得そうなんだよ。
「霧ヶ峰さんの行動が奇しくも琴音と一蓮托生の流れに持っていったという事かな。琴音、お疲れさま」
「真面目に何かに八つ当たりしたい気分です。何でこうなるんでしょうね」
「私はそんなつもりでやったんじゃ」
「それは私も分かっています。ただの憂さ晴らしだったのでしょう。単純に相手が悪かっただけです。だから私からの提案だったのですよ」
その提案を受けるかどうかは霧ヶ峰さんに任せる。断るのであればこっちは他の方法も考える。如何に俺に被害が来ない、または被害を少なくするのかを。
「出来るかどうか分からないけど、テストの件をお願い。でも駄目だった時は」
「今から駄目だった時の事を考えてどうするのですか。まずは努力してください。その結果がどうなろうと私は恨みません。後のことはその時に考えます」
「男らしい発言だね。流石琴音って所かな」
「あの、葉月会長。本当に彼女は如月琴音なんですか?頼りがいのあるお姉さんのように思えてきたのですが」
「だから偏見で人を見るものじゃないということだよ。だからこそ僕は彼女を取り入れたんだから」
何か年上に思われることが多いんだよな。確かに中身は高校生じゃないけどさ。ただ他の人達よりも人生経験が長いだけだというのに。
「さて米研ぎ終了ですね。タイマーは何時にしますか?」
「明日の五時半にしましょう。私達は六時に集合する予定ですよね?」
「そうですね。木下先輩の方は大丈夫ですか?」
「私の方ももう終わりです。あとは明日、調理すれば大丈夫です」
下拵えも終わりという事か。なら今日はすることはないな。
「本人が全く気にしていないように見えるんですが」
「大物だよねぇ」
気にしても仕方ないだろ。どう考えても霧ヶ峰さんが努力して成功しようが失敗しようが事態は進むんだから。というか彼女から話を聞かなかったら不味かったな。知らぬ間に俺の将来が決まりそうだったわ。
「それでは霧ヶ峰さん。今後の予定について話し合いたいと思うのですが、予定は大丈夫ですか?」
「予定はないけど、本当にいいの?」
「今更です。それでは会長、木下先輩。お先に失礼します」
本当に今更だ。俺はもうやると決めたのだから。不安そうに確認されたがそれだけでこっちが不安になると思うなよ。ビシバシ厳しく教えてやる。
「否定派の有力候補ゲットだね。やるねぇ」
「いつの間にか霧ヶ峰さんも普通に話していましたからね。琴音さんの人徳と言った所でしょうか」
「でも変なことに巻き込まれるのはもう運命かな」
「苦労性なのが見えますね」
出て行った後に家庭科室で会長と木下先輩が何か話していたが聞こえなかったな。さてどう予定を組んで教えていくか。多分また香織とかが泣き付いてくるだろうかそれも考えないとな。
テスト一つで大騒ぎだな。
投稿しようとしたらエラー出て何故と思ったら前編が1月に予約していました。
前編が読めるの一か月後とか大迷惑ですね。筆者のミスですけど。
思い付きのエピソードがここまで長くなったのは予想外です。普段の倍ですからね。
筆者の予定は未定ですね。本当に。